恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……入金に訪れた謝恩会の会場は、いわゆる『シティホテル』である。

 地方都市に二つだけある中で、立派なほう。
海原(うなはら)君、わかるか? 背が高くてな、広い宴会場があるほうじゃ」
「は、はぁ……」
「なんせ十階建てじゃ。市役所以外にはふたつとないぞ」

 駅前のマンションは確か、十五階建てだった気もするけれど。
 とにかく、卒業式の数日後。
 その会場を……理事長の鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)が紹介してくれた。


「あの、本当に会場代が不要なんですか?」
「あぁ。いわゆる『ワケアリ』というやつでな」
 本来は、宝石販売を兼ねたパーティーで使う予定が。

「イベント会社の不祥事だか倒産だかで、突然キャンセルとなっての」
「は、はぁ……」
 すでに発注済みの食材もあるので。
 相場より相当安く、使わせてもらえるらしい。


「ワシら経営者仲間の集まりで、小耳に挟んでな」
 それは、怪しい会合で。
「オーナーとも長い付き合いじゃ。レストランの割引券もよくもらっとるぞ」
 ともすれば、怪しい人脈で。

「あとはな、できれば前払いがいいそうじゃ」
 どう考えても怪しい……取引ではあるけれど。

「なに。来月孫娘が『丘の上』に入学するのでな」
 学園の理事長としては、なにかあったら。
「そのときは人質にでもすればええ」
 一応『担保』は、あるらしい。 



 ホテルにはすでに、何度か打ち合わせでお邪魔しているので。
 今回はお金を渡するだけで、早々に退散しよう。
 僕としては、そのように見積もっていたものの。

「申し訳ございません、急用で三十分ほど出ておりまして……」
 どうやら担当者が……不在なようだ。


「つきましては。せっかくの機会なので、ご案内しておくようにと……」
 代理の女性はそういうと。
 エレベーターホールへと僕たちを誘導する。

 どこにいくのかは、わからないけれど。
 百万円を持ったまま、ただ待つよりはありがたい。
 僕は、担当者のその『小さな親切』に感謝しようとしたものの。

 ……それは、『大きなお世話』だった。


 エレベーターが、いつもと違う階に停まると。
「こちらへどうぞ」
 僕たちはうながされるままに、あとに続いていく。

 途中で都木(とき)先輩は、『白いほう』。
 そして三藤(みふじ)先輩は、『渋いほう』。
 ふたりがそれらの『異物』に目を奪われる中で。
 代理の人は、怪しげにほほえみながら奥へと進んでいく。


 ……えっ?


「あ、あの。こ、ここは……」
「どうぞ、お入りください」

「えっ……」
「えぇっ……!」
 先輩たちの悲鳴を打ち消すように、その人は。
「お入りあそばせ」
 突然古風に、そして容赦無く告げると僕たちを。



 ……『ブライダルサロン』へと、押しこんだ。



「ウエディングドレス、素敵ですよね?」
 話しを振られた、都木先輩はもちろん。
「そのお肌には絶対に白無垢、お似合いだと思いますよ」
 ほめられているはずの三藤先輩も、言葉を失っている。

「あ、あ、あの……」
「幸いなことに、本日は夕方までご予約を頂戴しておりませんので」
 とっておきの営業スマイルの、その人は。
 特大ディスプレイ前のテーブルに、僕たちに座れと指示を出す。


「では、担当は一時間ほどで参りますので」
 さっきは……三十分といったのに。
「それまではイメージムービー、ループで流しておきますね」
 その倍の時間、ここで待てと?

 しかも一瞬見えた再生時間は、五分とあるので。
 ま、まさか。
 十二回も……同じものを見ていろと?

「あ、あの……」
 これじゃぁまるきり、拷問だと。
 なんとかして僕が声に出そうと努力しているうちに。

 いったい、いつのまにワープしたのだろう?
 遠くで『ブライダルサロン』の、重厚な扉が閉まると。
 なんだか『ガチャリ』と音がして、無慈悲に代理の人は消えている。


「う、海原君……」
「そ、それは……」
「はい?」

 ふとテーブルを見ると。
 僕の目の前にだけ、チラシがあって。
 デカデカと『スペシャルプラン』と記されたそれには。
 スーパーの野菜の値札みたいに、九の数だけがいくつも並んでいて。

 か、仮にではあるけれど……。
 この手元の『百万円』を使ったとすれば。

「お、お釣りが……千円きます」
「え……?」
「……えっ?」

 ふたりが、続けて僕になにかいおうとしたものの。
 その瞬間、荘厳な音楽が流れだして。

 それから僕たちは。
 幸福に満ちた、人生が輝く最高のひとときなる『洗脳映像』を。
 リピートすること三回鑑賞し終えるまで。

 ……微動だにすることが、できなかった。






 ……お願い、作者のひと。この状況でわたしに語らせないで。

「と、都木先輩……」
「み、美也(みや)ちゃん……」
 ふたりがわたしの名前を呼ぶと、また冒頭の映像が流れだす。

「さぁ、想像してください。あなたの理想のウエディングを……」
 理想もなにも、この『三人』できた段階で。
 それはもう……『悪夢』でしかない。


「最高に人生が輝くひとときを……」
 すると大きな池をバックに、ドレスを着た花嫁が。
 まるで自由の女神みたいなポーズをして。
 笑顔のまま、軽々と男性に持ち上げられているけれど。

 結婚ってまず……背筋と腹筋を鍛えるの?
 あとちゃんと痩せておかないと。
 わたしが『重い』と、ふたりとも池に落ちるよね?


「おふたりの夢を、どこまでもかなえます」
 今度はなぜか、動物園で撮影会だ。
 しかも、うしろのゴリラがちょっと……。

「アットホームなおもてなしをご希望なら、いつものホームパーティーのように」
 続いて、いくつもある円卓を囲んで。
 出席者がいっぱいご飯を食べているけれど。
 わたしの家のリビングは、とてもじゃないがこんなに広くない……。


 おまけに……きたっ!
 一番気になる、最上階レストランプランの紹介だ。

「贅を尽くした食材を、『絶景』とともにお楽しみいただけます」
 そのナレーションに乗せて。
 優雅にお酒を飲むふたりが、笑顔になる。

 でもカメラが遠くに映すその景色は。
 どう見ても……わたしたちの『丘の上』が中央に見えていて。
 わたしには、その『日常感』が。

 ……あまりに、リアルだった。



「あの……美也ちゃん?」
 中央に座る海原君越しに、月子(つきこ)がわたしに呼びかける。

「もしかして月子も、気がついた?」
「なんだか『現実』が、見えました」
 彼女はあっさりと答えると。

 今度は海原君が。
「あのゴリラ……同時に両方の鼻、ほじっていますよね」
 やっぱり、そこが気になっちゃったんだ……。



「じゃ……はじめようか?」
「そうですね、いいかしら海原くん?」
「あの……ゴリラのときだけは見てもいいですか?」

 それから、わたしたちは。
 いわゆる『幸福に満ちた、人生が輝く最高のひととき』はさておいて。

「月子、チェックお願い」
「美也ちゃん、読み合わせしましょうか?」
「でも……ゴリラのシーンまで、あと一分です」
 ブライダルサロンで……いつもの。

 いや、ある意味で『理想』の。


 ……『部活動』の時間を、過ごしていた。