わたしは、新聞部の『恐ろしさ』をよく知っている。
「実は……」
だからわたしは、覚悟を決めて。
「謝恩会の会費、百万円を移送中です」
元部長の先輩に、できるだけ小さな声で。
真実を……打ち明けた。
「え? それだけ?」
すると先輩は、なんの遠慮もないボリュームで。
「三藤月子って、冗談とかいうの?」
なぜかわたしのフルネームを添えて、妙なことを聞いてくる。
「……いいませんけれど?」
「だよね、大量の嫌味くらいだよね」
その間違ったわたしの評判は、いったいどこから仕入れたのだろう?
わたしは一瞬、海原くんを問いただすべきか悩んだものの。
「えっと。一緒に運ぶから、『運命共同体』でぇー」
先輩が、わざわざ。
「誰が運んでいるかわからないから、『いまは、別れられないんです』」
先ほどの、美也ちゃんと海原くんのセリフを繰り返す。
「……随分と『誤解』を招く表現でしたね」
真実を告げて、心の軽くなったわたしは。
「『それ以外』は、なにもありません」
あえて先輩が口にした、
『いったいどっちと、『付き合ってた』のっ!』
そんなセリフを、脳内でだけ再生し直すと。
「……ご理解いただけましたよね?」
この話題を、終わりにしようとする。
「でもさぁ、美也がまだ固まってない?」
ところが、先輩のいうとおり。
美也ちゃんはどうやら……自分の世界に入ったままで。
「そっとしておいてあげてください」
「なんか、やさしいねぇー」
「移送中なので、緊張しているんですよ」
しかたなくわたしが美也ちゃんのフォロー……というよりむしろ。
「でさ、昨日。三年二組でね!」
元新聞部長の……話し相手をすることになってしまった。
……月子が、あの子の相手をしてくれているから。
ごめんね、このままわたしをそっとしておいて。
「やっぱり美也、大丈夫なの?」
「駅に着く頃には……戻ると思います」
ふたりの声は、わたしにしっかり聞こえているし。
おまけに自分の心臓の音もよくよく……聞こえている。
いままでのシリーズ作品と違って今回は。
『もしかして美也。まだ『あの彼』と別れてないの?』
『ねぇ、どうして付き合ってないの?』
現実や、実際の状況とは違っても。
まだ六話目にして、わたしにとって。
『いまは、別れられないんです』
『いったいいつから、『付き合ってた』のっ!』
……強烈な言葉が、次から次へと降ってくる。
海原君との『関係』について。
どうして周囲の人たちは当然のように。
軽々しく……『言葉』にしてしまうのだろう?
わたしは、このとき。
そんな言葉を多用しているうちに、もしかしたら。
海原君が、本当に誰かと。
あるいはわたしと、その……。
なにかがはじまったり、終わったりしてしまうのではないかと。
……どんどん不安に、なっていた。
バスが駅前に到着すると、元部長の子が。
「ごめん! 一分だけ美也借りるよ!」
海原君たちに宣言して、わたしをふたりから引き離す。
「ねぇ美也、覚えてる?」
「えっ?」
「五作目の第一章」
「えっと……『わたしの恋なら、終わらせた』だよね?」
「そうそう!」
あれは……昨年のクリスマスを前に。
代替わりした新聞部の、妙な恋愛企画の一環で。
海原君と月子との『ある疑惑』について。
なんと、本人たちに取材しようとしていて。
「わたし頑張ってあげたでしょ?」
「う、うん……」
この子が、ギリギリのところで。
なんとかとめてくれた……んだよね。
「状況は、あの頃のままだよ」
「そ、そうかな……」
「慌てるな、焦るな。美也しかいないから、心配するな」
なんだか……ちょっと大袈裟な気もするけれど。
……その子はわたしを、励ましてくれた。
「ま、大学いったらもっといい男いるだろうけどさ」
「えっ?」
「でも海原君もまぁまぁ、いいヤツだと思うよ」
「ちょ、ちょっと!」
「ごめ〜ん、お待たせ〜!」
その子は、わたしを無視して。
あかるく向こうのふたりに声をかけると。
「謝恩会、楽しみにしてるからね!」
そういってご機嫌に、帰っていく。
「台風みたいな……人ですよね」
そういって近寄ってきた月子に。
「どの向きの風……なんだろうね」
わたしが、少しだけ言葉を選びながら返事をすると。
「それで、なにかいいことでもありましたか?」
彼女は美しい藤色の瞳で、ジッとわたしを見つめてくる。
「えっと、ね……」
ここでどう答えるのがよいのかと。
少し悩んで、口ごもってしまったわたしを見て。
いちいちわかりにくい、わたしの恋の『ライバル』は。
「答えなくていい質問ですよ、美也ちゃん」
その見つめかたとは、真逆のことを口にすると。
「『まだ』不要です」
短く、つぶやいたあとでわざわざ。
「海原くん、いくわよ」
……少し離れたところに立つ彼に、わたしより先に声をかけた。
海原君を中心に。
右にわたし、左に月子。
わたしたちは、駅前の大通りを。
春の風を浴びながら……三人で並んで歩いていく。
「そういえば、誰のカバンにお金入っているのかな?」
そうしているうちにわたしの声が、少し弾んできて。
「海原くん、どう思う?」
月子の声も、なんだかやさしくて。
「あぁ、それはですね……」
つられてなのか、穏やかな声で海原君が。
「僕のカバンですよ」
迷いなく、答えを出す。
……改めるほどでもないが、わたしは海原君が大好きだ。
ただ、たまに彼は。
本当に、『どうしようもない』ほど。
鈍感力を……発揮する。
「いつ、自分の中だと気がついたの?」
「開けてもいないのに、どうしてわかるのかしら?」
だから、不思議に思って聞くわたしたちに。
「バスの中で、ふと思ったんです」
海原君が、余裕綽々の顔で発した言葉は。
……今回も空気の読めなさが、ピカイチだった。
「『市野さんが』誰かのカバンに入れるといったとき、『僕と』ふと目が……」
「あれっ?」
彼がいい終える前に。
月子とわたしは仲良く立ちどまっていて。
数歩先でようやく気づいた。
あのどうしようもない鈍感君を見つめると。
月子とわたしは、同時に小さくため息をつく。
……この状況で、ほかの女子の話しを出さないで。
「あ、あの……」
「はい」
「お願いね」
「えっ?」
わたしたちは同時に彼に、制カバンを差し出すと。
「三つ持ったら、絶対当たる」
「そうね、最初から海原くんに渡せばよかったわね」
「海原君が、百万円の人」
「奪われても、全額お願いね」
ふたりで彼を、責め立てる。
「ええっ……」
「反省しようね」
「そうね、発言には気をつけて」
月子とふたり、同時に海原君を責めるのは。
なんだかとっても……楽しくて。
……月並みだけれど、この瞬間は幸せだった。
謝恩会の会場に到着すれば、入金まではあと少し。
慣れない任務から、これでようやく解放されるのだと。
わたしたちは、エレベーターのボタンを押してから。
ホッと、ひと息ついたものの。
実はこのあと、もっと『ありえない状況』が。
わたしたちを……待っていた。

