恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……机の上には、封筒が置かれている。


高嶺(たかね)……持ってみるか?」
「いやいや、わたしパスっ!」
「じゃぁ市野(いちの)さんは?」
「とりあえず……持ってみようかな」

 続いて、波野(なみの)先輩が。
「ふーん」
 珍しく読めない反応をして。
「わ、わたしはやめとくね!」
 都木(とき)先輩は、両手を左右に振っている。

 そして玲香(れいか)ちゃんと三藤(みふじ)先輩は。
「数えたからいい」
「中身が合えば、それで構わないわ」
 なんというか……そっけない。


 ……机の上には、謝恩会の会費の入った封筒が置かれている。


 金額はきっちり百万円。
 僕たちにとっては、恐ろしい大金である。


 よって、このお金を安全に運搬するために。
 顧問と副顧問が、車で運ぶ手筈になっていたものの。
 約束の時間が過ぎたのに……ふたりがこない。

 指定の時間を、十五分過ぎたので。
「あのー」
 じゃんけんに負けた高嶺が。
 スマホをスピーカーにして、まず藤峰(ふじみね)先生に連絡する。

 先生は奇跡的に、ワンコールで出たものの。
「無理っ!」
 それだけで通話が切断されると、二度と繋がらなくなった。


 続いて、あみだくじで決まった市野さんが。
 高尾(たかお)先生をコールすること数回。
 ようやくつながったと思った、その瞬間。

「おかけになった電話番号は現在……」
 本人の白々しい『肉声』がそのまま、そこまで聞こえると。
 やはりこちらも……二度と繋がらなくなった。



「アンタ、寺上(てらうえ)校長に頼みなよ」
「ええっ……」
 辞退できる雰囲気のない中で。
 僕は内線電話を使って、連絡を試みる。

「あのふたり、トラウマがあるのよねー」
 思いのほか、スッと電話に出てくれた校長は。
「確か高二だったかしら? 学年遠足の旅費、半分落としたのよー」
 あの先生たちが、まだ高校生だった頃の。
 割と恥ずかしそうな過去を、サラリと口にする。


「それで、どうなったんですか?」
「遠足? もちろんいきましたよ」
 ただし節約と称して、観光バスから路線バスタイプに変更した上。
 ぎゅぎゅう詰めのまま、片道三時間かけてキャンプ場にいって。
 昼食のバーベキューを、鶏肉三切れだけにした。

「でも高校生ですし、お腹もすくでしょうから」
 みんなが目を丸くするなか。
「もやしはちゃんと、食べ放題にしてもらったのよ!」
 スピーカにつないだ、寺上先生の弾んだ声がする。


「それで結局。お金は……戻らなかったんですか?」
「それがね。『当時の顧問』の車の中に、落ちてたのよ」
「えっ?」

 もしかして……その『顧問』ってまさか……。
「あら。外線ですので、切りますね」
「あの、先生?」

 一方的に電話を切られる、その直前。
「だからバスでいきなさい」
 なんだか、校長のつぶやきが聞こえた気がするけれど。

 ……百万円を、バスで運べというのですか?



「アンタ、よろしく」
「えっ?」
 高嶺のボディガードなしで、僕がひとりでいくのか?

「海原君。そのまま、逃げたりしない?」
 市野さんの、僕に対する不当な評価はさておいて。
「奪われたからって弁償するの、いまは無理」
 玲香ちゃん、じゃぁいつならいいの?
 というより、このお金って……誰かに奪われるの?


「卒業生代表は、責任があるわね」
「えっ月子(つきこ)? それわたし?」
美也(みや)ちゃん以外に、誰かいますか?」
「でも、ふたりだと五十万円も払うんだよ!」
 どうしてみんな……お金がなくなる前提で話しているのだろう。

「あの……それなら全員でいきませんか?」
 いぶかしげな顔の三藤先輩に、僕は続けて。
「それならひとりあたり、十四万二千八百五十……」
「……いかないわよ」
 ま、まだ金額が途中なのに。
 断られてしまった……。






 ……ところが、わたしはなぜか。

 断ったはずなのに、『運搬要員』にされている。

「ありがとう、月子」
 美也ちゃんはなんだか、ご機嫌で。
「百万円は三等分できないので、一円は余分に僕が支払います」
 海原くんも、張り切っているけれど。


 ……三人で歩く並木道が異常に、非常に居心地が悪い。


 原因はお金の入った封筒を。
「こういうのは、誰かわからなくするのがいいんです」
 そういって千雪(ちゆき)が、誰かのカバンに封筒を忍ばせたからで。

「ね、ねぇ、月子……」
「美也ちゃん、冷静に。誰が持っているのかを考えてはいけません」
「あの……三藤先輩」
「海原くん、ダメよ。一切顔には出さないで」

 ダメだ、偉そうにいうけれど。
 わたしだって……つい自分のカバンが。
 気になってしかたがない。


 ……おまけにこういうときに限って、『あの人』が現れる。


「おぉ!」
 例によって、あの『新聞部の元部長』が。
「奇遇だねぇ! しかも『三人で』帰ってるの?』」
 格好のネタを見つけたとばかりに、近づいてくる。

「ど、どうも……」
 スクープ好きな、その人を。
 お願い、海原くん。
 どうか、どうか遠ざけて。


「ん?」
「はい?」
「もしかして、避けてる?」
「は、はい……」
 なのに。どうして、認めるのよ……。


「ねぇ美也、どういうこと?」
 先輩は、すぐにターゲットを変更すると。
「さては……三人で喧嘩中?」
 どんどんカマをかけてくる。

「ち、違うよ!」
 すると、ただでさえ危なっかしい美也ちゃんが。
 ここでさらに……。

「あのね! わたしたち。『運命共同体』なの!」
 暴走……してしまう。



「……ねぇ、どういうこと?」
 加えて元部長は、わたしに聞くけれど。
「あの。『そういう意味』ではありません」
「ほかになにかあるっけ?」
 そんなの、答えられるわけないじゃない……。

 ロータリーに着くと、バスの発車時刻が迫っていて。
「じゃ続きは中で、聞かせてもらおうかな〜」
 蛇よりしつこい、元部長は。
「えっと〜『誰の隣に』す〜わろっかな〜」
 好奇心丸出しの顔で、わたしたち三人の品定めをしはじめる。

 すると、完全に壊れた美也ちゃんが。
「あのね、だからわたしたち『運命共同体』なんだってば!」
 またその言葉を、繰り返して。

 おまけに海原くんが……とんでもないことを、口にした。


「え……?」
「えっ……」
「う、海原くん……」

「……なので、そっとしておいてください」

 それは、その。
 あのしつこい先輩が、思わず黙ってしまうくらい。
 破壊力満点のひとことで。

 ただ、どこをどう考えても。



 ……『誤解』しか招かない言葉だった。



「ちょっと! 海原君!」
 目の輝きを、もう一段階レベルアップさせた元新聞部長が。
「なにそれ! もっと聞かせてよ!」
 好奇心を爆発させて、グイグイと迫りくる。



 ……『いまは、別れられないんです』。



 しかもその『誤解』は。
「ねぇ海原君! 教えてっ!」
 ありえないことに……。


「いったいどっちと、いつから『付き合ってた』のっ!」


 ……最悪の方向へと、進んでいった。