「海原、しっかり睡眠とれよ!」
「お前が頼りだ、ちゃんと休めよ!」
「あ、ありがとうございます……」
委員会が終わり、社会科教室の出口で見送る僕に。
男子の部長たちが、いたわりの声をかけてくれる。
一方、女子の先輩たちはちょっと微妙で。
「し、失礼しまーす」
「海原君、お大事に……ね」
なんだか会話が、ぎこちない。
「ごめん、みんな出てもらっていい?」
すると突然、玲香ちゃんが現れて。
「このあとすぐに、別の打ち合わせがあるから急いでもらえる?」
残っていたメンバーに、早く教室から退出するよう指示を出す。
「そんな予定……あったかしら?」
「わたしの予定が、できただけ」
三藤先輩の問いかけに、玲香ちゃんはそう答えると。
「昴君は、残ってもらえるかな?」
ほかの『みんな』にも、部屋を出るよう伝えている。
「あなた、途中でうしろにいたわよね?」
「ごめん月子。あとでちゃんと話すから、お願い」
玲香ちゃんは、三藤先輩の話している途中で言葉をかぶせると。
「……先に戻ろう、月子」
なにかを悟った波野先輩が、背中を押して部屋を出る。
「みんな、ありがとう」
そういって頭を下げている玲香ちゃんに。
きっと僕は……怒られる。
先ほどの会議について。
というより、僕の不甲斐なさについて叱られる。
小学校のときの玲香ちゃんが、そうだったように。
頼りない自分を、これから彼女が諌めるのだろうと。
僕は静かに……玲香ちゃんが話し出すのを待つことにした。
「ねぇ、昴君」
ところが……玲香ちゃんは。
「メンバーが減ったのに、やることが増えるって大変だよね」
意外にも、やわらかい声でそういうと。
……僕に、一口サイズのチョコレートを渡してくれた。
「えっ……?」
「なに、昴君どうかした?」
「だって、怒られると思ってた」
「そうだね。昴君、ダサかったもん」
……やっぱり、怒っているんだ。
「でもね。わたしが隣でいたわけじゃないから、悔しくはない」
「えっ?」
「ほかの子は知らないよ。でもわたしは……『隣』にいなかったから」
玲香ちゃんは『隣』という言葉を繰り返すと。
「これ、いまでも好きでしょ?」
もうひとつあるから、一緒に食べようとニコリと笑う。
「いつ食べても、おいしいよね」
小学生の頃と、同じセリフをつぶやいた玲香ちゃんは。
「はい、どうぞ」
チョコレートを包んでいたフィルムを。
小さく丸めてから、僕に渡してくる。
「ちゃんとやってよ。忘れてないよね?」
僕が戸惑いがちになったのを見抜いた玲香ちゃんは。
「聞こえてる、昴君?」
そう念押ししてから。
僕が自分の袋で、丁寧に包み直すのを見届けると。
「もうひとつ、ちょうだい!」
あの頃と変わらないセリフで。
「おかわり、いただきまーす」
……ひさしぶりに、子供っぽく笑ってくれた。
「これ以上食べたら、虫歯にな……」
引き続き『当時』を再現しようとした僕を。
「昴君はね、いまは学校のリーダーなんだよ」
玲香ちゃんが突然、『現在』へと連れ戻す。
「自分が望んだわけじゃないとか、関係ないの」
僕に背を向けて。
「だから、みんなの前では。立ちどまらないで欲しい」
ゆっくりと窓際に歩く彼女は。
「君にとまられたら、みんなが動けなくなる」
あの頃とは……違うことを話している。
「間違えても、無茶苦茶でもいいから。導いてあげて欲しいの」
……おままごとの主導権は、いつも玲香ちゃんだったのに。
あの頃は、ずっと。
玲香ちゃんが、僕を引っ張ってくれていたのに。
「それが、昴君の役割だよ」
……いまはもう、違うんだ。
「ねぇ、昴君」
玲香ちゃんは、僕から数メートル離れたところで。
「わたしね……」
ゆっくりと振り向くと。
「昴君のことが、好き」
……突然。でも迷わずに、そう告げた。
ただ、その顔はどこか。
届けたい想いではあるけれど。
口にしたこと以上のなにものでもなくて。
どちらかというと、『告げることができて満足した』。
そんな感じの……なんというか。
小学生の頃、僕を引っ張り続けてくれた赤根玲香ではなくて。
……まるでなにかの、区切りをつけたような表情な気がした。
しばらくのあいだ、沈黙が続いて。
校内に流れたチャイムの終わりを合図に。
わたしたちの会話が、再開する。
「どうかした、昴君?」
「い、いやその……」
「なに?」
「だ、だからその……」
そうそう、海原昴はそれでいい。
正直、あまりうれしくはないものの。
すでに美也ちゃんや姫妃から。
散々『告白され慣れている』君だからこそ。
わたしから、『返事』や『関係構築』を求めない限り。
きっとわたしたちはなにも変わらない。
気まずくなることなんて、ないだろう。
「昴君、ここの掃除はまかせていいかな?」
「えっ?」
「だって、いったん『用事』は終わったんで」
「あ、あのっ……」
「じゃ、よろしくね」
わたしは、昴君の返事も聞かずに。
ひとりで先に、放送室へと歩きだす。
「わたし……ちょっとうれしいかも」
誰もいない廊下は、ひとりごとにはちょうどよくて。
「きょうのは絶対、不意打ち成功」
思わず本音が……出てしまう。
別にわたしは、『答え』が欲しいわけではない。
不意打ちで伝えて、昴君が驚いてくれて。
あの瞬間は、わたしが彼を『占有』できた。
……だから、わたしはそれで満足だ。
ゆっくりと放送室の扉を開いて。
「さて……」
わたしは、わざとらしくそう口にすると。
無遠慮に集まる、すべての視線を。
「気になるなら、教えてあげる」
満足げに……ゆっくりと見渡して一呼吸置いてから。
「昴君に、好きだと伝えてきた」
その瞬間のみんなの表情を、絶対に忘れないようにと。
脳内に……しっかりと記憶する。
「お先に、失礼」
そういってのけたわたしに、姫妃だけは。
「わたしのほうが、先だっ・た・し!」
即座に反撃してきたものの。
あとのメンバーは、なにも答えない。
「好きだって、伝えたんだよね」
繰り返したわたしの言葉に、月子が小さくため息をつくと。
「聞こえたわよ、二度もいらないわ」
そう答えてから、少し荒めに資料をめくりだす。
続いて目の合った由衣は。
右手の人差し指で、その栗色の髪の毛の先をクルクルと回しながら。
「……聞こえてますんで」
不機嫌そうに答えてから、窓の外の楓の木にプイと視線を向ける。
そして千雪は、シャープペンをくるりと一回転させると。
「委員会の資料、まとめていたんですよね」
まるで関心がないというようなことを口にしてから。
「でも、よかったですね」
そういって、少しだけニコリとする。
「……なにそれ?」
「だって玲香ちゃん、ずっと我慢していましたよね?」
その笑顔には、やさしさが込められている。
「なので、ほかのみなさんだといえない言葉をあえて選びました」
とか思うわけ……ないでしょ千雪。
「……随分というのね、千雪」
月子が、ゆっくりと立ち上がると。
「玲香のためにお茶にするわよ、手伝って」
美しく長い髪を、サッとはらう。
「だったらみんなで、準備しない?」
わたしの言葉に、一瞬動きをとめた月子は。
「そうね、お茶の準備なら『みんなで』できるわね」
やたらと後半部分を強調してから。
水切りカゴへと、近づいていく。
……わたしに背を向けていても、あなたの動きはよくわかる。
月子は腕を少し伸ばすと。
それから一度、戻したあとで。
二度目は……迷うことなく。
……昴君の湯呑みに、手を添えた。

