恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……気がつくと、いつのまにか『新年度』がはじまっていて。

 山のような雑用と、鬼のような行事の数々を。
 僕たちは『みんな』で……脅威的なペースでこなしている。


海原(うなはら)くん、そろそろ時間よ」
「は、はい」
 隣に座る三藤(みふじ)先輩が、時計を確認したのは。
 これから新年度最初の『委員会』があるからで。

由衣(ゆい)千雪(ちゆき)も、いくわよ」
「アイツだけ先に呼んだあと、おまけみたいに呼ぶのとかないよね」
月子(つきこ)ちゃんだもん、そんなやさしさ期待しちゃダメ」
「……聞こえているわよ、急ぎなさい」
 なんだか『距離の縮まった』三人が、一斉に立ち上がる。

 するとその瞬間。
「ね・ぇ! 海・原・君」
「は、はい」
「わ・た・し・は?」
 ワクワクした顔の、波野(なみの)先輩が聞いてくる。


「あなた……自分の役割があるでしょう」
 ブレない三藤先輩は、相変わらず強いけれど。
「い・く・も・ん!」
 わがままな波野先輩だって、譲る気はない。

「いいよ・ね、海原君?」
 ファイルを手にした三藤先輩を押しのけて近づいてくる、この笑顔。
「い、いやでも……」
 僕はこの笑顔を……どうたしなめるべきなのだろう?


姫妃(きき)、あなたは玲香(れいか)と一緒に……」
「いいよ月子、連れていって」
「えっ?」
「わたしひとりで、平気だから」

 ここのところ、生徒会の設立と選挙の準備などを。
 一手に引き受けてくれている玲香ちゃん。
 波野先輩のきょうの『任務』は本来。
 そのお手伝いのはずなのだけれど……。


「ここでイジイジされたら、わたしが集中できない」
 なんだか、(とげ)がある感じではあるものの。

「だから(すばる)君、連れていってあげて」
 玲香ちゃんが、チラリと僕を見てから重ねていう。


「ありがとっ! 玲香、大好き・っ!」
「いいから、邪魔しないで。あと、あっちでも邪魔しないよ」
「うん。へ・い・きっ!」

 玲香ちゃんは波野先輩の笑顔に小さくうなずくと。
 すぐにキーボードを、カタカタしはじめて。

「じゃ、いってくるね」
 最後に僕が、放送室を出る頃には。
 そのスピードを……さらに加速させていた。





「それでは、定刻になりましたので……」
 定番の、社会科教室。

 司会兼委員長として、僕の第一声から。
 各部活動の部長や幹部を集めた『委員会』がスタートする。


「……続いて、部活動の『勧誘週間』についてですが」
 思えば、『あれから』一年。

「並木道で、新入生に声をかける際には……」
 僕の高校生活の『原点』ともいうべき『出会い』から、一年。

 あの頃は、まさか自分がこのような立場で。
 話しをすることになるなんて……想像さえしていなかった。


 まだ一年生なのに部長になって。
 当時の三年生たちに助けられながら、どうにか終えた昨年度。

 いまだって、本来はもう一学年上の先輩たちがいるにも関わらず。
「念のための確認ですが、去年の反省から……」
 自分がこうし話しているのは、まだ慣れない。


 ……ただ、『生徒会』が発足したらきっと。


「……ねぇ、海原くん?」
 すると、隣に座る三藤先輩のつぶやきが聞こえてきて。
「あ……すみません」
 自分が話しの途中でとまっていたことに。
 やっと……気がついた。

「おい海原ぁ! 立ったまま寝るなー!」
「真横でトランペット鳴らすぞっ!」
 剣道部長と吹奏楽部長の大声に。
 三年生たちがどっと笑って。

「大丈夫なの、海原くん?」
 三藤先輩が、心配そうな顔でこちらを見る。

「す、すみません。つい考えごとをしていました」
 思わずそう答えて。
「えっと……な、なのでですね」
 僕がややまごついた、次の瞬間。



「海原君、落ち着いて」



 ……『あの先輩』の、声が聞こえた気がした。



「は、はい……」
 思わず僕が、返事をしてしまって。
 社会科教室が一瞬、静まり返る。


「海原くん……」
 理由を三藤先輩に、見抜かれて。

「最悪っ……」
 おまけになぜか、市野(いちの)さんがつぶやいて。
「このバカっ」
 後列から高嶺(たかね)が、背中に気合を入れてくる。



 ……都木(とき)先輩は、もうここにはいない。



 そんなことは……わかっているのに。



 ……おまけに波野先輩まで、いなくなる。



 忘れられない『出会い』が。
 次々と『別れ』に変わっていく。
 僕にはそれが……。




「海原君のかわりに、説明します・ね」
「えっ?」
 誰かがスッと、僕のマイクを手に取ると。

「彼ね、ちょっとお疲れなんです」
 みんなに笑顔を振りまきながら、立ち上がる。


「ずっと海原君を見てきたから、まかせて」
 波野先輩が小声でそういうと。
「では、手短に続けます!」

 社会科教室でも……輝きはじめた。



 放送部員以外は、波野先輩の今後についてはまだ知らないので。
「……副委員長、もしかしてかわったの?」
 誰かのつぶやきが、僕の耳に聞こえてくる。

「副委員長はもちろん、そのままですよ」
 先輩はその声を明確に否定すると。
「だからわたしは、ただの説明係です」
 そういって、またニコリとする。


 僕よりずっと小さくて。
 でもいまは大きく見えるその人は。

 それからまるで、軽く歌でも歌うように。
 議事をきちんと……引き継いでくれた。






 ……みんな、姫妃に『完敗』だね。

 なんだか昴君のようすが気になったので。
 念のためにと……見にきてみたら。


 ……いったい、なんなのこれ?


 わたしの存在に気づいた、手芸部と茶道部の部長たちが。
「ね、ねぇ玲香……」
「もしかして海原君って、波野さんと……」
 そっと、でも好奇心を抑えられない顔で聞いてくる。

 ほらね。
 美也(みや)ちゃんがいなくなった瞬間。
 もう……こうなっちゃったよ。


「いまは委員会中。だから『代役』の話し、ちゃんと聞いといて」
「ちょ、ちょっと玲香」
「で、でも……」


 ……あぁもう、いい加減にしてよ。


『美也ちゃんと、放送部員をなめないで』
 心の中でだけ、その子たちにはっきり告げてから。

「自分で『説明係』だっていってたでしょ。だから聞いてあげて」
 その子たちに不機嫌さを悟らせない。
 そんなギリギリの返事をしたわたしは。
 そっと……社会科教室をあとにする。



「昴君を、バカにしないで」
 誰もいない廊下は、ひとりごとにはちょうどよくて。


「昴君、バカじゃないの?」
 早足で歩くと……思ったことをはっきりいえる。


 
 誰もいない放送室に戻ると。
 みんなのお菓子箱に、やや荒めに手を入れて。
 いくつかの『それ』をつかんだわたしは部屋を出る。


 誰もいない廊下で、再びわたしは。


「昴君、覚悟して」


 自分の気持ちを……もう一度吐き出した。