恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……部活動『再開』当日の朝。

 いつものように家を出発し、駅前の横断歩道に差しかかると。
「おはよう、(すばる)君」
 向こうから歩いてきた玲香(れいか)ちゃんが。
「今朝は姫妃(きき)、『所用』で遅れてくるって」
 そうスマホに連絡がきたと、教えてくれる。


「あの子、『子役』デビューするそうね」
 それから列車の中で会った、三藤(みふじ)先輩が。
 家にわざわざ電話がかかってきたというと。

 次の駅で乗る高嶺(たかね)と、乗り換え駅で合流する市野(いちの)さんに至っては。
「あ、なんかスマホにきてたっけ?」
「そういえば……あったね」
 そんな感じで、極めてあっさりとした反応だった。


 ……『女子』というものは、恐ろしい。


 いや、これは波野(なみの)先輩に対する『女子高生』の反応だけではなく。
 昨日は『やさしかった』はずの……『女性教師』の仕打ちの話しでもある。



「あの……なんですか、これ?」
海原(うなはら)君さー。見たらわかるでしょー」
「いえ……意味が、わかりません」
「そうなの?」

 藤峰(ふじみね)先生と高尾(たかお)先生だけではない。
「おはよう! 気持ちのいい朝ね!」
 そういって登場した大ボス。
 寺上(てらうえ)つぼみ校長の説明も……まったく、わからない。


 放送室に、山のように積まれた段ボール箱と。
 未使用段ボールの束に……たくさんの宅配伝票。

「海原君、こちらは新入生たちの教科書です」
「は、はぁ……」
「最近は入学式で持ち帰らずに、宅配でお届けするそうなのよ」
「な、なるほど」

「なので、よろしく」
「えっ……」
 校長のいうことは、それだけですかっ?


「本来なら、業者さんにお願いするのですけどね」
 校長は、チラリと隣の先生たちを見ると。
「『担当教師』が早割の時期を逃しましてね〜」

 犯人はこのふたりのどちらか。
 いや……あきらかに僕から目を逸らしている藤峰先生だと告げている。

「で、ではこれは藤峰先生に……」
「ただちなみに。その予算は『謝恩会』に回してしまいましてね」
「えっ……?」
 謝恩会のどこに、そんな余剰予算があったのだろう?


「ですよね、海原君?」
「へっ?」
「昴君、なににお金使ったの?」

 笑顔の校長の隣で、玲香ちゃんの目がギラリと光る。
 その表情はまるで。
 あれだけバチバチ電卓をたたいていたわたしに、ミスなどないといいたげで。

 僕は必死に……。
 謝恩会当日のことを思い出す。

「そういえば、寺上先生があのとき……」


 ……「学校の『予備費』です。追加のお料理に『でも』使いなさい」


「『全額使え』と、いったかしら?」
「『使うな』とは……お、おっしゃらなかったのでは……」
「そんなの、知りませんけど?」

 こ、校長として。
 き、教育者として。
 も、ものすごいパワーワードだ。

 終わったイベントで支払ったものは、返せない。
 それどころか……。

 ……まるで僕が、犯人みたいじゃないか。


「海原君、ご苦労さま」
 笑顔の高尾先生と。
「有罪だね!」
 己の罪をなすりつけてご機嫌の『悪魔』。

「あとはよろしく頼みましたよ」
 そして『大魔王』が……放送室から消えていく。



「ま、わたしのミスじゃないからいっか」
「えっ?」
「そうね、玲香でもわたしでもなくてよかったわ」
「み、三藤先輩……?」

「まぁ、おいしかったからいっか」
「廊下寒いから、早くしません?」
 それに高嶺と市野さんも。
 なんだか……数百人分の教科書発送業務に妙に前向きで。

 おまけに、そのおかげで……。

「じゃ〜ん! 未来のス・タ・ーの、登場で・す・っ!」
 登校するまでのあいだ、精一杯あかるい登場シーンについて。
 あれこれ考えてきたという波野先輩に。

「あ。『奴隷』が増えた」
「そうね、まずは『下積み』から、はじめなさい」
「はい、軍手どうぞ」
「ホコリっぽいんで、よかったら三角巾つけませんか?」

「……先輩、お疲れさまです」

 僕もごくごく『いつもどおり』に……接することができた。






「ちょっと・っ! どこが『いつもどおり』な・の?」
「えっ……」
「女優なのに待遇、ひどくな・い?」
「そ、そうですか……?」

 段ボールを積んだ台車を押している海原君の隣で。
「絶対そうだよ! みんな冷たすぎる・っ!」
 わたしは彼に、もっと構えとアピールするけれど。

「姫妃、危ないから下がって歩きなさい」
「い・やで・すー」
「海原君の邪魔よ。だったら帰りなさい」
 お・ま・けで引率してきた月子(つきこ)が。
 とことん……邪魔をする。


「だって! みんなとは連休までしかいられないんだよ」
 しまった、ついうっかりいってしまった。

「もうすぐ……お別れなんだよ」
 このふたりに挟まれて、わたしはとっても幸せだから。

「だからもっと、もっとね」
 こんなことを、口にする気なんてないのに。
「いなくなる子なんだって、無視して欲しい……」
 思ってもいない気持ちが……とめられない。


「本当に、困った子ね」
 長い廊下の中央で、思わず立ち止まってしまったわたしを。
 月子が……強く、強く抱きしめる。

「忙しいのに、ごめんなさい」
 月子と、わたしをそっと見つめてくれている海原君に告げながら。
 わたしは昨日のことを……つい思い出す。




「……『お別れしたって、忘れない』ですか?」
「あぁ。そう伝えてくれと、託された」
 あの日、わたしの社長。
 いやマネージャーは、そういって。

「本当に、背中を押してくれたのね……」
 ママはそっと、つぶやいた。

 ……女優になりたければ、選ばなければならないことがある。

 だから海原君は、女優になるには『お別れ』することが必要で。
 でもわたしを『忘れない』と、答えてくれた。

 望みどおり、彼はわたしに(ひざまず)いてくれたのに。
 わたしはいったい……なにをしているのだろう。




「月子、ありがとう」
「少し、落ち着けたの?」
「……うん」


 ……わたしは、女優になる。


 怒られるから、台車からはちゃんと離れて。
 わたしは笑顔で、ふたりの前でクルリと回る。

「あの……波野先輩……」
「ちょっと、姫妃ったら……」

 それから、ふたりが照れたりあきれても。
 じっと笑顔のままで、ふたりを見つめ続けて。
 意地でも……涙をこぼさずに頑張った。


 ……絶対に忘れられない存在に、わたしはなってあ・げ・る。


「なによ、それ」
「上から目線感が、すごいですね」
「いいでしょ! そういう覚悟な・の・っ!」

 それからわたしは。
「それ、か・し・てっ!」
 月子の頭から三角巾を。
「それも、ちょうだいっ!」
 海原君の手からは、軍手を奪うと。


「急ぐよ! ついてき・て・っ!」
 思いっきり、台車を押して。

「ちょ、ちょっと!」
「あ、危ないですよ!」


 ふたりの声を、置き去りにして。

「それぇ〜っ!」


 長い廊下を……一気に駆け出した。