恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


「なぁ、海原(うなはら)(すばる)。お前は……波野(なみの)姫妃(きき)が好きなのか?」

「ちょっと! 映画出演と、関係あるそれ?」
 藤峰(ふじみね)先生と。
「そもそも、本人がいないんですよ?」
 息ぴったりの、高尾(たかお)先生が。

「海原君、答えなくていい!」
「ウチの生徒たちに、なんてことを!」
 立ち上がって『おっさん』をにらみつけている。


 あぁ……あまり認めたくはないけれど。
 こういうときの先生たちって。


 ……控えめにいって、最高だ。


 それにこの『おっさん』だって。
 僕がどう答えるかまでは、わからないだろうけれど。
 きっととその先にある『結論』については……。
 すでにイメージできているはずだ。




「本当に波野母娘は……」
 僕の声は、このとき。
「煮ても焼いても、食べられませんよねぇ……」
 自分でもよくわかるくらい、落ち着いていて。


 ……先輩のワクワクした顔が、目の前にあるような感じがしていた。


「きっと『あのふたり』のことですから……」
 僕がここで『はい』と答えないなんて。
 とっくにわかった上で、『仕組んで』いる。


 ……波野先輩の『舞台』に、僕はいつも巻き込まれてしまう。 


「悪いけれど。娘の背中を、押してあげてもらえる?」
 先輩のお母さんは、いつも僕を関わらようとするし。
「そうやってね、女優にな・る・の・っ!」
 波野姫妃という人は、とことんわがままだ。
 
 ……『一度くらい、(ひざまず)け』。 

「主役のために、それぐらいするよ・ね?」
 僕の出番なんてなくても。
 先輩は……ひとりだけでも十分に輝けるのはずなのに。



 ……お別れしたって、忘れない。


 僕が、そう答えたと伝えて欲しいと告げると。
 その人は静かにうなずいてから。
「お前と、話せてよかった」
 右手を僕に、差し出してくれた。


 それから、藤峰先生と高尾先生に。
 ていねいに頭を下げた『おっさん』を。
 僕は玄関まで、見送りにいく。

「……なぁ、海原昴」
 すると、女装していない『おっさん』が。
「どうだ、映画に出ないか? 大画面に単品で出してやる」
 真面目な顔で、僕にいう。


「もしかして冒頭で……崖から落とされたりする役とかですか?」
「残念。あれは俺の中では女性向きの役でな」
 その人は一瞬ニヤリとすると。

「白装束で、棺桶に入ってるほうだ」
 それだけ告げると、あとは振り返らずに。
 右手を軽く挙げて、帰っていく。


「……どのみち『生きた役』じゃないんだ」
 少なくとも、映画に出て『しゃべる』ということは。
 僕にはずっと、縁遠い世界のことらしい。

 ただ、おかげで僕は。

 ……その世界は、波野先輩のためにあればいいと。


 はっきりと……知ることができた。






 ……海原君が、静かに会議室に戻ってくると。

「はいっ! パンあげるっ!」
 佳織(かおり)がすぐさま、『餌付け』に走りだす。

「ええっ、藤峰先生。もういいですよ……」
「なにいってんの! ほら、響子(きょうこ)のもあげるから!」
 必死の佳織に、彼はなんだか迷惑そうで。
「ちょ、ちょっと高尾先生〜」
 わたしに助けを、求めてくる。


「はいはい、ちょっと佳織。落ち着きなさい」
「ねぇ! いつから姫妃の『異変』に気づいたの!」
「えっ、いきなりそこなの?」
 変化自在のわが友に、わたしは思わず驚いたものの。

「……きょうまで、その『理由』はわかりませんでした」
 海原君は意外に落ち着いた声で。
 ゆっくりと……語りはじめる。


「これまで何度か『所用』で、部活を休んだじゃないですか」
「うん、それで?」
「波野先輩なら、そんな『セリフ』は使いません」
「……確かに」
 あの子ならきっと、『用事・っ!』とか『風邪な・の・っ!』というはずだ。

「あと、この前のオリエンテーションのときに……」
 ステージの上で新入生たちに向かって。

『藤峰先生がご褒美に、パンをくれました!』
『高尾先生は、いっつも笑顔で励ましてくれました!』

「先輩は先生たちのことも大好きですし、楽しい学校生活のことを」
 わざわざ『過去形』では、話さないと。


 それから、海原君は。
「最後に先輩が、いったんですよね……」

『とにかく。来月からみなさんがこの高校で過ごす日々を、応援しています!』

「先輩は、ああいうときはいつも」
 小さく、ため息をついてから。
「『一緒に楽しも・う・っ!』としかいいません……」
 ボソリと、つぶやいた。


「そっか……」
 同じくボソリと同意した佳織を見てから、海原君は。
「あの、高尾先生?」
 わたしに向かって。

 ……『あの頃には、もう決めていたんですか?』と聞いてきた。


「姫妃のことは、知らなかった」
「そうですか……」
 彼は寂しそうに、口にすると。

「すみません、目にゴミが入りました」
 わかりやすいくらいの理由をつけてから。
 少し早足で、水飲み場に向かっていく。


「たまにだけど……冴えてるよね」
「海原君は、やさしいからね」

 ただ、そのやさしさを等しく『みんな』には渡せないことに。
 彼はそろそろ……気づいているのだろうか?


「それにしても、試練が続くよね」
「……そうね」
「でしょ、響子?」

 佳織とわたしは、互いのことをよく理解しているので。
 すべてのことを口にするより先に。
 いろいろなことが……わかってしまう。



「……ちょっと響子。暗い顔しないでよ」
「えっ?」
「わたしたちは、なにがあっても笑顔でいるの」

 その言葉どおり、佳織は戻ってきた海原君を。
「おかえりっ!」
 そういってとびきりの笑顔とともに。

「はい、あげるっ!」


 ……手元のフランスパンで、楽しそうに迎え入れていた。