……お開きとなった会場の出口で、僕たちは卒業生を見送っている。
「海原っ! あばよっ!」
「『丘の上』を、よろしく頼んだぞ」
長岡仁先輩や、田京一先輩たちと。
僕の骨を砕こうとするかのような握手をかわし。
「海原君、『これからも』よろしく」
「『なにかのとき』は、絶対連絡してね!」
元新聞部の部長や、都木先輩のご学友たちからは。
なんだか『含み』のある言葉をかけられる。
ちなみに、最上級生を『見送るがわ』には。
当然ように『卒業生』がひとり、混じっていて。
「美也、本当に二次会こないの?」
「引越し準備ちっとも終わってないから……また会おうね!」
そういって、なかばみんなにあきれられながら。
あかるく笑顔を振りまいている。
会場撤収の最終確認を終えると。
僕たちは、控え室に移動する。
扉を開くと、藤峰先生と高尾先生がいて。
「みんな、お疲れ」
「卒業生たちのために、ご苦労さま」
その声が、いつになくやさしいのは。
……すでに高嶺と市野さんが、涙を流しているからだろう。
先生たちが、まずふたりを抱きしめる。
続いて波野先輩が、迷わずその輪の中に入って。
三藤先輩と玲香ちゃんは、互いに。
「美也ちゃんより先には……泣かないと決めていたはずよ」
「でももう無理だよ、月子」
そうやって涙声で話したあと。
かたまりに加わって、肩を震わせている。
「卒業するわたしだけが、出遅れたみたい」
僕の隣で、都木先輩が。
苦笑いをしながらこちらを見る。
「『主役』を、待っているだけじゃないですか?」
「なにそれ、海原君らしくない」
先輩はそっと涙をぬぐうと、一度僕をジッと見てから。
「じゃぁ……いってきます」
静かに輪の中に加わっていく。
みんなが涙を流して、それから笑顔に戻るまで。
僕はいつまでも……待つつもりでいた。
……わたしたちは、海原君に見守られている。
みんなのあたたかい抱擁の中で、そう感じていたのは。
もちろん……わたしだけではなくて。
「アンタ、ジロジロ見ないでよ!」
由衣の『照れ隠し』がきっかけとなって。
わたしたちは一斉に、彼を見た。
「え? ……なに?」
「仲間外れだっていじけてないか、確認しただ・け!」
姫妃の声に、彼は少し笑顔になり。
「海原くん、時間は平気かしら?」
「えっ? あ、あぁ……大丈夫です」
月子に聞かれて、元に戻る。
よかった、これでいい。
だって……。
……海原君が、あと少しで涙を流しそうだったから。
別にこんなときくらい。
泣いてくれてもいい気もするけれど。
……そうしたら誰が慰めるのかで、もめそうだもんね。
どうやら……わたしの『言葉』を、伝えるときがきたらしい。
海原君、じゃぁちょっとだけ。
ここで『主役』をやらせてもらうね。
「えっと! 気になるだろうからお知らせします!」
わたしは大きく息を吸うと。
「わたしの恋は、まだ終わっていません!」
笑顔で、高らかにみんなに宣言する。
「確かに、もう『丘の上』にはいないけれど」
……これは、事実。
「遠距離だって、好きな気持ちは変わりません」
……そしてこれも、事実。
「だから、安心なんてしないでね!」
……そしてこれは。
「いいみんな? 油断してたら、海原君奪うからね!」
……わたしからの、『宣戦布告』。
なんだか、みんなの顔が。
『なぜいまここで?』と驚いている気がする。
わたしだってまさか、自分の心の中を。
こんなにも『誰か』にさらけ出せるなんて。
ちっとも……思っていなかった。
「だからみんな! いままでありがとう!」
精一杯の笑顔で、感謝の言葉を伝え終えると。
「ではこれで……引越し準備があるので帰ります」
妙に現実に戻って、わたしはみんなに一礼して歩きだす。
「ちょっと待って、美也」
「えっ?」
「みんなだって、伝えたいことがあるみたいよ?」
佳織先生と響子先生に続いて。
「美也ちゃんが『暴走』するのは想定済みなので」
「わたしたちからの言葉も、聞いてください」
玲香と千雪が、待ってましたといわんばかりの顔でわたしを見る。
……もしかしてわたしの気持ち、宣言する必要なかったの?
月子が、ため息みたいなものをついてから。
姫妃と一緒にスタスタと歩いていく。
「アンタは最後」
「えっ?」
「なに? 『空気読みな』よ」
そういって最後に由衣が、海原君の背中を押すと。
エレベーターまでのあいだに。
互いに『適度に』距離を置いたまま。
全員がずらりと一列になり、わたしを見つめていた。
「美也ちゃん、いってらっしゃい」
わたしを見送る、最初のひとことは。
全員まったく同じことを口にしたけれど。
そのあとはなんというか……『らしい』感じだった。
「……負けませんから」
だ、だよね。
「……渡しませんけど」
そ、そうなの?
「……譲りません」
や、やっぱり……。
幸か不幸か、わたしはひとりひとりの気持ちを……知ってしまった。
中には『新たな情報』も含まれているので。
当人とわたし以外はまだ……誰とも共有できないこともある。
この状況について、のちの月子の言葉を借りるならば。
これは『相当な名誉』らしいけれど……。
「都木先輩、大丈夫ですか?」
エレベーターの前で、最後に立っているその人は。
「秘密って、知りすぎると怖い……」
ゲッソリとした顔のわたしを見て、なんだかちょっぴり……楽しそうだ。
「ねぇ。もしかして海原君、楽しんでない?」
「さすがにそんな余裕は……ありません」
「怪しいなぁ。でも……だったら、ね」
大好きな人との『別れ』だけれど。
これは実は……『はじまり』だ。
「ねぇ、海原君?」
「はい」
「もし君に、彼女ができたらね」
「えっ?」
「その日のうちに連絡して。わたしもすぐに、大学で彼氏をつくります」
「えっ……」
そうそう、わたしは君の。
動揺したときの表情が大好きだ。
「あとね。『逆の場合』は、どうして欲しい?」
「……それって。ど、どういうことですか?」
あぁ……まったく海原昴というこの男は。
どこまでも、鈍いのか。
それともわたしの恋の行方について。
なにか相当な自信でも、あるのだろうか?
……わたしに『先に』彼氏ができたら、いったいどうするつもりなの?
「ええっ!」
「じゃ、海原君。大学にいってきます」
「あ、あの……」
「海原君。ま・た・ね!」
ベストなタイミングで、エレベーターの扉が閉まると。
わたしは一度だけ、深呼吸をする。
わたしの高校生活は、これにて終了。
でもね、わたしの恋は……まだまだ続く。
……恋するだけでは、終われない。
「だから……いってくるね、海原君」
外に出ると、やや強めの風が吹いている。
「まだまだ、荒れるね」
わたしはポケットに右手を入れると。
ブレザーのボタンをひとつ取り出し。
それをグッと、握りしめる。
卒業式で入手した、この大切な宝物は。
わたしにとっていわば……『彼の分身』だ。
照れ隠しにニコリとほほえみ、前髪を直すと。
「先ほどは『自粛』した本音を、君に伝えます」
念のためにと、言葉を添える。
それからわたしは、手のひらの『海原昴』に向かって。
「……高校で彼女なんて、作るなっ」
祈りをこめて……つぶやいた。

