恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 午後に入り、会場をチラリと見にいくと。
 引き続き『祭り』は元気に続いている。
 一方、わたしたちの控室はといえば。

 ……月子(つきこ)いわく、『よどんでいる』らしい。

「どこがですか?」
 一緒に確認にいった由衣(ゆい)が、不思議そうな顔で。
「いつもどおり忙しいだけですよねぇ、美也(みや)ちゃん?」
 わたしに同意を、求めてくる。


「雰囲気の問題じゃなくて、空気の問題なのよ……」
 月子によれば、要するに『唐揚げくさい』ということらしく。

「なんだ、そういうことですか」
 由衣は気にすることないとばかりに。
 開けられる窓がないと嘆く、月子の背中を見ながら。
「ほんと、わかりにくいこといいますよねー」
 またわたしに、同意を求めてくる。


「ふたりとも。陰口たたいてると、後悔するよー」
 電卓をたたきながら玲香(れいか)が、チラリとこちらを見ると。

「そうね、わけてあげないわよ」
「ゲッ……」
 しっかり聞こえていた月子が、ジッとこちらを見て。

 それから一拍だけ置いたあとに。
「お、お待たせしました」
 海原(うなはら)君の声がして。

 ……『裏方用特製サンドウィッチ』が、現れた。


「えっ?」
「ちょっと、早く教えてくださいよ!」
 わたしが驚くと同時に、由衣が悔しそうな声を出す。

「あなたは、最後」
 月子が由衣に告げると。
「美也ちゃんも、おあずけです」
 玲香がそういって、おいしそうなそれをひとつ早速つまんでいる。

「あ、フライング!」
 すると千雪(ちゆき)が、そのタイミングで控室にやってきて。
「いただきます!」
 すぐに手を出して、幸せそうな顔になる。


「あれ? 会場、波野(なみの)先輩だけ?」
 海原君の質問に。
「いまはちょっと落ち着いてるから、休んでき・な・よだって」
 ご機嫌な千雪は、姫妃(きき)の口調を真似ると。

 そこでなにか、ふと気づいたように。
「なんかこの部屋、唐揚げくさくないですか?」
 そういって……迷わず由衣とわたしを見た。




「じゃぁ、持っていってきます」
 海原君が、姫妃のサンドウィッチを手に控室を出ると。
「……最近あの子、おとなしくない?」
 玲香が誰に問うわけでもなく、電卓をたたきながら声にする。

「美也ちゃんはどう思いますか?」
 月子の質問にわたしは。
「なんだか、そんな気がするよね……」
 ただ、心当たりがないのだと付け加える。

 ……でもすぐに、思い直した。


「『きょうまで』、だから?」
「……ですか、ね」


 ……一瞬忘れていたけれど、わたしたちは謝恩会の最中だ。


「ごめん、姫妃のところにいってくる!」
 控室を飛び出ようとしたわたしに、月子は。
「ちょっと待ってください」
 慌てないでと声をかけると。

「あの子の好きな具材だけ、追加で持っていってもらえますか?」
 そういって、手早くサンドウィッチをお皿にのせると。
「姫妃を、よろしくお願いします」
 珍しく不安げな顔で……わたしを見た。




「……美也ちゃん、『邪魔しに』き・た・の?」
 なのに……それが姫妃の最初のひとことだ。

「うん!」
「かわいく笑っても、邪魔で・す・よ」
 とっても素直な彼女は、わたしにわざと告げる一方で。

「でも……ありがとうございます」
 珍しく、しおらしい感じでお礼を口にする。


 ……この子の表情は、『なにかあるとき』ほどコロコロ変わるから。


「じゃ。三人で、わ・け・よ」
 今度は、ご機嫌な声の姫妃が。

「はい、美也ちゃん」
 とってもかわいい顔をして。
 お気に入りをひとつ、わたしに差し出してくれる。


「海原君は、こ・っ・ち」
「ええっ……これですか?」
「だってわたし、スモークサーモン大好きだ・も・ん」

 中身がないパンの部分だけを。
 海原君のお皿に、わざと置くと。
 姫妃はまるで子供みたいに無邪気に笑う。

 かと思うと、サンドウィッチの残りが少なくなると。
「……あと少しで、『終わっちゃう』ね」
 いつになく、気弱なことを口にする。

 そしてつい、わたしは思うのだ。
 きょうで『お別れする』のは、わたしのはずなのに。


 ……姫妃がどうして、そんな顔をしているの?


 なんとなく誘われるように。
 わたしは彼女の小さな頭を、抱き寄せる。


「……美也ちゃん、唐揚げくさい」
 もう、きょうの姫妃はなんなのだろう?
「そ、そうかな?」
「うん。唐揚げ、おいしかった?」

 恥ずかしいけれど、ここは素直に認めるしかなくて。
 わたしが小さな声で。
「……おいしかった」
 そう答えたところ。
 わたしは……どうやら。


 ……『演劇姫』に、騙された。


「だ・よ・ねっ!」
「えっ?」
「わたしも、ここで食べ・た・っ!」
「もう! なにそれ!」


 海原君が、ふっと笑う雰囲気がして。
 姫妃とわたしはまた笑顔になる。

 ところが、次の瞬間。
 細い腕がスッと伸びてきて。
 まるで感情が一気にあふれ出てきたように。


 ……姫妃がわたしを、抱きしめてきた。


 彼女の背中は、いまにも震え出しそうで。
 わたしはしっかり、離さないようにと力をこめる。

 そんなようすを見た海原君は、なにもいわず。
 いつでもすべての機械が操作できるようにと座り直すと。
 ステージにだけ、集中してくれている。



 ……海原君のそんなところが、わたしは大好きだ。



 わたしは、姫妃を抱きしめているはずなのに。
 つい彼のことを考えてしまって……ごめん。

 でもそれは、実はお互いさまで。
 わたしに抱かれながら彼女もまた。
 じっと……彼を見つめていた。


「変な・の」
「変だね」
「見な・い・で」
「じゃぁ、姫妃も見ないの」


 わたしたちはすぐ近くで、海原君の存在を感じつつ。
 そんなことを耳元でささやきあうと。

 それから、割と長いあいだ。



 そのままときを……過ごしていた。