並木道に、向かったはずなのに。
わたしたちはいま……『裏道』を歩いている。
「海原君、どうしてこっちを選んだの?」
「靴を履いたら、気が変わりました」
彼にしては、珍しい返答で。
「それは、嘘だよね」
「じゃぁ、都木先輩はどうしてですか?」
その逆質問のしかたも……珍しい。
「靴を履いたら……気が変わった」
海原君は、わたしの答えを聞くと。
「それも、嘘ですよね」
空を見上げながら、そうつぶやくと。
「並木道ではじめて会ったときは。笑顔が、まぶしかったんです」
「えっ?」
海原君が、静かな口調で。
「その次の日にここを歩いたときは、透明な笑顔だと思いました」
「ちょ、ちょっと……」
それから、もっと真剣な声で。
「僕はきっと、都木先輩に憧れていたんです」
……衝撃的なことを、予告なく一気に伝えてきた。
「タ、タイム!」
「えっ?」
「い、息ができない……」
「だ、大丈夫ですかっ!」
海原君は、ものすごく大きな声になって。
しかも、とんでもなく目を見開いて。
「スマホで、救急車をっ!」
大慌てでわたしを見て。
「あぁ! でもスマホ、持ってません!」
笑わせようと……しているの?
「本当に息ができなかったら……しゃべれるはずないよね?」
「た、確かに。じゃぁ、息はできていたんですか?」
「当たり前でしょ?」
「ということは……僕の言葉で驚いたとか、慌ててしまったとかですか?」
「それ……わたしに聞く?」
「す、すみません……」
裏道のベンチに並んで腰掛けて、ふたりでそんな会話をして。
「もう、きょうの海原君は……」
そこまでいいかけて、ふと空を見上げると。
……飛行機雲が、わたしが進学する大学の方角に進んでいるのが見えて。
「そっか……」
そうしたら、心の中の『なにか』が……スッと晴れた。
「そっか、『そういうこと』だったんだね」
海原君はわたしに……憧れてくれていたのか。
きっと彼のいう『憧れ』とは、恋の対象ではなくて。
もっと……名誉なものなのだろう。
だったらそんな存在に、好きだといわれても……ね。
……わたしは、あなたに恋をしていたのに。
ここまで続いてきた、わたしの恋の物語は。
どうやら……意外な終わりかたをするらしい。
だったらわたしはこの先。
わたしが恋した彼の、憧れの存在として。
……彼の幸せを願える女に、なっていこう。
「ねぇ。このまましばらく、空を眺めさせて」
……器用に伝えることができたという、自信はないけれど。
僕の憧れの、都木美也先輩はいま。
僕の肩に頭をのせてくれていて。
静かに……空を眺めている。
……先輩に好きだといわれたことは、光栄なことだと僕は思ってきた。
もし都木美也という女性が、同級生だったら。
きっとこんな僕になんて。
見向きさえしてくれなかっただろう。
先輩がふたつも上の学年だからこそ。
余裕とか、視野の広さとか。
よくわからいけれど……そういったいろいろなものがあるからこそ。
僕への気持ちが、生まれたのだろう。
……憧れの先輩に、僕なんかでは役不足だ。
都木先輩がいてくれたからこそ。
挑戦したり、解決したり、前に進めたことがたくさんある。
先輩は、ずっと僕を導いてくれたのだ。
だから僕にとって、その存在は憧れで。
同時に先輩がこの先『大学にいって』。
僕よりも何歩も進んで、おとなになっていくと思うと。
……それを知るのが、少し怖くもある。
ただ、だからこそ。
いまこうして、先輩のぬくもりを肩で感じて。
腕にかかる重力と、甘い香りのすべてを。
僕は、すべてありがたく感じておく。
そして僕は、先輩のことを。
……お別れしたって、忘れない。
「……なあ。さっき海原の悲鳴みたいなのが、聞こえなかったか?」
並木道から、裏道のほう見上げた長岡仁先輩が。
隣を歩くわたし、春香陽子に聞いてくる。
「あぁ。あの『だ、大丈夫ですかっ!』とかいうやつ?」
「すげぇな『陽子』。そこまで聞こえてたのか?」
「まぁね」
……だって『仁君』。わたしは元・放送部員だよ?
「で、あいつ。大丈夫なのか?」
「問題ないよ、ただお取り込み中なだけ」
「な、なんでわかるんだ?」
まぁわたしも、どこにいるかまでは知らなかったよ。
でもね、実は少し前に『みんな』とすれ違ったとき。
「あれ? 『ふたり』足りなくない?」
わたしが聞いたら……全員に無視されたから。
「放送部員は、みんな無駄にややこしいからね。だから平気だよ」
「な、なんだそれ? ぜ、ぜんぜんわかんねぇ……」
それで……海原君さ。
まさか美也ちゃんと、ここで『お別れ』だなんて思っていないよね?
自分にはもったいないとか、ふさわしくないとか。
勝手に勘違いして、先走ったりしていないよね?
あとね、美也ちゃん。
好きすぎて『卒業』しなきゃとか。
もしくは、あの超鈍感君になにかいわれて。
誤解して舞い上がって、暴走したりしていないよね?
……ダメだ、ちょっと心配になってきた。
「ねぇ、ここでふたりに叫んでもいい?」
「えっ? なんだそれ?」
「幼馴染の卒業祝いと、弟分への目覚ましがわり」
……放送部から『お別れ』したって、感謝は『忘れない』からね。
わたしは、あの仲間たちとともに過ごした日々を思いながら。
楽しかった『あの夏』の発声練習を成果を。
「ちょっと大声になるから、覚悟して」
この並木道で……思いっきり披露した。
「ね、ねぇ海原君?」
「は、はい」
「いまの……陽子の声だったよね?」
「で、ですよね……」
「しかも『お取り込み中の幼馴染と弟分!』って、いったよね?」
「それから『勘違いと暴走をやめろー!』と続きました……」
海原君の肩に、頭を乗せたまま。
そんなやり取りをして。
「なんだか、一気に現実に戻されたね」
「そもそも。学校ですからねぇ……」
……だめだ。海原君のひとことが、なによりもリアルだった。
「そういえば、裏道のベンチだったね!」
我に返ったわたしは、慌てて背筋を伸ばして。
「ご、ごめんね海原君!」
急いで彼のほうを向いたのだけれど。
「気にしないでください、都木美也『さん』」
「えっ?」
「どうか、しましたか?」
いま……わたしのことを?
い、いやそれよりも。
いつまでもこうしてはいられない。
……いまこそ『大切なこと』を、伝えるときだ。
「あのね、海原君。わたしね……」
「だ、大学生になるんですよね!」
「えっ……」
「な、夏までにね……」
「『デビュー』するんですかっ!」
「……えっ?」
「……はい?」
「えっ……?」
……まさか、わたし。
「一度帰ってくるって、いってなかった?」
「まだ会える機会がある……んですか?」
……え? どういうこと?
「冗談、だよね?」
「ち、違ったんですか……?」
……なにいってんの、海原君?
そう思わずには、いられないほど。
海原昴とは元来……『そういう人』だった……。
随分前だけれど、放送室の机の上には。
確かにいわゆる『大学デビュー』についての記事が置かれていた。
「対人関係を一新するとか、垢抜けた自分を目指そうとか……」
ふんわり茶髪で、ジャージをやめて、露出をあげて。
ほかにももっと……『過激』なことも載っていた気もするけれど。
「まさかそれを……信じたの?」
「わざわざ、蛍光ペンでひいてあったので……」
……きっとわたしからの、なにかの『暗示』だろうと。
「ちょっと! あんなの誰かがわざと置いただけだよ!」
「え……? そうなんですか?」
「当たり前でしょ! 普段鈍いのに、どうして妄想するかな!」
「いえ、そのために。わざわざ関西に進学するのかと……」
「そんなわけないでしょ! ちゃんと理由聞いてよ!」
「いや、それは……」
「……なに?」
……『いろいろと考え出したら。不安になってきたから』と。
「先輩が卒業したらもう……」
「ちょ、ちょっと海原君……ストップ!」
「えっ?」
「いいから、そこまでにして!」
続きを聞くのは……直感的にやめておこうと思った。
だってもしかしたら、もしかしてだけど……。
『僕はきっと、都木先輩に憧れていたんです』
……その『過去形』って、『お別れ』が前提だったとか?
「そっか、わかった」
どうしよう。
「なるほど。わたし、大学での『出会い』に目を向ければいいんだよね?」
「えっ……」
なんだか……少し楽しくなってきた。
そもそも、これまで散々告白してきたんだから。
海原君も少しくらい。
いや、わたしくらい。
「じゃ、わたし『大学デビュー』目指してみるね」
「ええっ!」
……あかるく、苦しめっ!
高校生活で、わたしにいわゆる『彼氏』はできなかった。
でも、わたしはきちんと恋をした。
……恋するだけでは、終われない。
大学生になっても、わたしの『恋』はまだまだ続く。
だって、わたしは誰がどう思おうと。
目の前の……この彼のことが。
まだまだ……大好きなのっ!

