恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……いよいよ明日が謝恩会という、その日の午後。


「すごい……」

 美也(みや)ちゃんの、シンプルだが最もふさわしい言葉に代表されるほど。
 放送室の、みんなで囲み続けてきた長机いっぱいに。
 大量のサンドウィッチやパンが並べられている。


玲香(れいか)、これ……本当に食べ切れるの?」
 わたしに話しを振る、美也ちゃんに。
「お別れ会ですから、食べ切りましょうね」
 わたしが笑顔で、答えると。

「そうそう」
「パンは門出にふさわしい」
 調達係の響子(きょうこ)先生と佳織(かおり)先生が、満足そうな顔でこちらを見る。


「食べるもの……迷いすぎる」
「ちょっと由衣(ゆい)、美也ちゃんが先だから・ね」
姫妃(きき)ちゃん、いわなくてもわかってます」
「本当かな? さっきから狙ってない?」
「ちょっと千雪(ちゆき)、一緒にしないでよ!」

 そうやって盛り上がる三人から、やや離れたところでは。
 月子(つきこ)が、真剣な眼差しで。
海原(うなはら)くん……気をつけてね」
「は、はい」
 (すばる)君が、華やかに泡立つ黄金色の瓶入りジュースを。
 フルート型のシャンパングラスに注ぐのを見守っている。

「なんだか……すっごくきれいだね」
 美也ちゃんは、そういいながらふたりに近づくと。
 この『お別れ会』に出張で参加できない寺上(てらうえ)校長が。
 わざわざ前日に持ってきてくれたグラスに、顔を近づける。


「あ、あの……泡が跳ねるので、もう少し離れてもらえませんか?」
「だって近くで見たいから、海原君が気をつけて」
「ええっ……」
「うわっ、目に入った」
「えっ?」
「冗談だよ、次のグラスに早く注いで!」

 たとえ『別れ』がすぐそこにあっても。
 美也ちゃんは、この上なく幸せそうで。
 好きな気持で……溢れている。

 しかも不思議なことに。
「美也ちゃん。海原くんがこぼしそうですので、離れましょう」
「ダメだよ、ここで見させて」
「わがままいいませんよ」
「じゃ、月子も一緒に見る?」
「海原くんの気が散るので……見ません」
 なぜかその空間には……楽しそうな月子もいる。


 ……そこには、ただの仲良しとは違う強固な『なにか』がある。


 わたしは、わたしなりに『遠慮』していたけれど。
 そのあいだに、あのふたり。
 いや、ひょっとしたらあの三人に『なにか』があったのかと思うと。


 ……心が、痛い。



「玲香ちゃん、平気?」
 無事にボトルを注ぎ終えた昴君が。
 わたしにグラスを渡しながら、声をかけてくる。

「……別に、平気だよ」
「そっか……」

 ねぇ、昴君。
 君は小学校の頃から、よくわたしに『平気か』と聞くけれど。
 そのタイミングはいつも……遅いよね。

 そしてきっと、わたしの返事を聞いてまた誤解したはずだ。


 ……昴君、わたしはね。


 君が思うほど『強く』はないよ。
 それに、昴君に聞かれたらね。

 わたしはつい……『平気だよ』って答えてしまうから……。






「……どしたの、海原?」

 高嶺(たかね)にグラスを渡そうそして、聞かれたので。
「いや、玲香ちゃんがもう泣きそうだから」
 僕が、そんなことを口にした瞬間。

「このバカっ!」
「うぉっ!」
 あいつが僕の足の上に……かかとを落としてきた。


「……い、いまのはなんだ?」
「早く乾杯の挨拶しなよ」
「ええっ……」
「なによ?」
「そんなの……わざわざ怒ることじゃないだろう」

 思わず抗議した僕にあいつは。
「ホント、サイテー」
 ジロリと冷たい目で見たあと。


「あのさ!」
 思わずみんなが振り返るような大声になると。

「玲香ちゃんが泣いたっていいでしょ!」
 自分だって、我慢していたのだといって。
「だって、もう美也ちゃんと!」
 いきなり両目から、涙を溢れさせて。

「放送室で食べるの『最後』なんだよ!」
 そのまま……泣き出した。



「ち・ょ・っ・と、海原君!」
「は、はい」
「女の子泣かすなんて、サ・イ・テー」
 波野(なみの)先輩が、そういってから。
 高嶺と同じように、泣き出して。

 市野(いちの)さんが、もう少し控えめだけれど。
「海原君、女子泣かすなんて……ありえないよ」
 そういって、ふたりに加わって。

「なんだか昴君に、『また』傷つけられた……」
 玲香ちゃんが、少し『重い』セリフを。
 両目に涙を溜めながら、僕に告げてくる。


 それから、ゆっくりと近づいてきた都木(とき)先輩が。
「海原君って。よくこの女子軍団を……まとめてくれたと思うよ」
 まだ笑顔のままで、そこまでいうと。

 それから、涙の粒を隠すように。
「でも、『鈍い』もんね!」
 そういって高嶺たちを抱きしめにいく。


 そのとき三藤(みふじ)先輩は、みんなの飲み物をそっと並べ直していたけれど。
 高尾(たかお)先生が、やさしく肩を添えてうながすと。
 それから最後に……藤峰(ふじみね)先生も加わって。
 
 放送部の女子軍団はしばらくのあいだ。
 ひとつのかたまりになって……肩を震わせていた。




 ただ、女子というのは不思議な生き物で。
「そろそろ、食べよっか?」
「そうだね」
「あのバカに振り回されるなんて、パンがもったいないです!」

 そういっているうちに。
 なんだか、別のベクトルで団結したようで。

 やがてお別れ会は、にぎやかな『宴』となり。
 ご馳走は……きれいさっぱりなくなった。


「……そろそろ、移動の時間かしら?」
 片付けが終わると、三藤先輩がそういって。
「明日の会場の確認だ・ね!」
 波野先輩があかるく声をあげると。

「出ますよー」
 市野さんや高嶺に加えて。
 玲香ちゃんまで、すでにカバンを持って立っている。


「と、戸締りしますね」
 僕が慌てて、続こうとすると。
「あー、それ。あとでいいわー」
 藤峰先生が、背伸びをしながら僕にいう。

「じゃぁ、会議いってくるね」
 高尾先生が、みんなと一緒に部屋を出はじめるけれど。

 ……いったい、急にどうしたというのだろう?


「あ、あの……?」
 事態をいまいち理解しきれていない僕の隣で。
 誰かがスッと動いたと思ったら。

「ありがとう!」

 都木先輩の声が、長い廊下にまっすぐに響くと。
 みんなの『また明日ね〜』という返事が、聞こえてきて。



 ……放送室は、突然静かになった。



「あの……都木先輩?」
「海原君、わかるよね?」



 ……最後に一緒に、校内を回ってこい。


 都木先輩を案内する名誉を。
 みんなは僕に……託してくれた。


「そういうの、早く気づいたら『格』が上がるのにね」
「えっ……」
「でも君が先に頼んだら、誰も了承しないよね」

 先輩はそこで一度笑顔になり。
「まずは講堂から……お願いします」
 僕にそう伝えると。


「みんな! ありがとう!」
 もう一度、誰もいなくなった廊下に向かって声を届けると。


「……ありがとう」
 小さな声で、さらに繰り返してから。


 ひとり……深々と、一礼した。