恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……進行表には、なかったことなのに。

 姫妃(きき)ちゃんが舞台の上で、輝いている。


「ねぇ? 千雪(ちゆき)
「ごめん由衣(ゆい)……ちょっと待ってて」

 わたしの視線は、機器室から見えるステージに釘付けで。
 そんなことなど知らない姫妃ちゃんは。
 リズムよく、そしてあかるく高校生活を語りつつ。

「だ・よ・ね、海原(うなはら)君?」
「そ、そうですね……」
 きちんと彼を、巻き込んで。
 笑顔で……輝いている。


 ……なんだか息が、ピッタリだ。


「そういえば、鬼の『副部長』がいるんですけ・れ・ど!」
 絶好調の姫妃ちゃんは。
 たまに『放送部ネタ』まで、混ぜ込んで。

「ええ、確かに。テスト前は普段以上に、迫力ありますよね」
 海原君もそれに乗せられているけれど。
 あとでどうなっても……知らないからね。


「ねぇ。千雪」
 由衣が、またわたしをつついてきて。

「なに、どうしたの?」
「あのバカ、どうにかしてきてよ」
 あきらかに不機嫌な顔でいうけれど。

 ……それは、わたしにぶつけないでもらえないかな。


 この状況を、あとの三人はどう見ているのだろう?
 わたしがふとそう思って首を横に向けると。

「なにかしら、千雪?」
 うわっ、月子(つきこ)ちゃんがすぐ隣から聞いてきた……。


「あの……姫妃ちゃんって。前もって予定、知っていたんですか?」
 こうなれば怒っているとわかっていても、話しを振るしかない。
 わたしはとっさにそう思ったのだけれど。

「そんなわけないでしょ。あの子、きのうだって『所用』で休んだじゃない」
 あれっ?
「だからあれは、あの子の才能なのよね」
 意外と……好印象なの?


「もちろん。一部の不愉快な発言は、あとで厳しく指導するわよ」
 やっぱり、怒ってはいるらしいけれど。

「ところで、その隣にいる海原くんには……」
 続けて月子ちゃんは。
「千雪は才能があると思う?」
 予想外のことを、わたしに聞いてくる。


「ど、どうなんでしょう……」
「そうよね。あれは姫妃だからこそなのよね」
「えっ?」
「あの子はきっと、海原くんの『なにか』を引き出せるのよね……」

 ……月子ちゃんは、どうしてそんなことをいうのだろう?



 ただ、月子ちゃんはそれ以上は。
 この会話を続けたくないとばかりに。

玲香(れいか)、あとどのくらい?」
 その横でじっと、進行表に目を落としている玲香ちゃんに尋ねると。

「あと三分十秒」
「あの子、時間どおりで終わらせるわよ。千雪も準備して」
 わたしにも次の行動へと移れという。


 すると美也(みや)ちゃんが近づいてきて。
「散会後の手順、確認しよっか?」
 そういいながら、わたしのインカムをセットし直してくれる。

「海原君、休む時間ないままだね」
 無意識のうちに発した美也ちゃんの言葉は。
 どこまでも……穏やかな響きなのだけれど。
 先輩たちは、このとき。


 ……どんなことを考えながら、ふたりを見ていたのだろう?



 予定の時刻が近づくと。
 本当に姫妃ちゃんは、時間きっちりに。

「とにかく。来月からみなさんがこの高校で過ごす日々を、応援しています!」
 そういって手を振りながら。
 海原くんと舞台袖に、消えていく。


「ふたりとも、どうもありがとう!」
 佳織(かおり)先生と響子(きょうこ)先生の登場のタイミングと。
「もうすぐはじまる『丘の上』での生活、少しはイメージいただけましたか?」
 ふたりの声のボリュームは完璧で。

 機器室の中は、オリエンテーション終了後に向かって一気に動き出し。
「千雪、姫妃の分もお願いしていいかしら?」
「はい」
 わたしは月子ちゃんからインカムセットを受け取ると。
 急いで舞台袖へと、向かっていく。


「玲香、由衣。聞こえる?」
 インカムからは、美也ちゃんの声がして。
「良好」
「はい」
 ふたりの返事は、いつもどおりだ。

 やるべきことは、きちんとこなす。
 その当たり前ができるのが、わたしたち『放送部』で。
 わたしだって、そのメンバーのひとりなのだから。


 ……姫妃ちゃんに、圧倒されている場合ではない。


「千雪、こっち!」
 呼ばれたわたしが舞台袖で、インカムを手渡すと。
「あ・り・が・と」
 とってもかわいい笑顔の『演劇姫』は。

「海原君、聞こえる?」
 わたしの目の前で早速、先に移動している彼を呼ぶ。


波野(なみの)先輩、お疲れさ……」
(すばる)君。こちら感度良好」
「海原、無駄にしゃべるな」
「海原くん、聞こえるかしら?」
「なになに? 海原君もしかして呼んだ?」

 一気に重なるみんなの声に、姫妃ちゃんは顔をしかめると。
「そこは、お疲れさまが先だよ・ね!」
 プイとしながら、訴える。


「ほんと、素直じゃな・い:ね!」
 目の前でわざとらしく腕組みをしたその人が。
「で・っ?」
 わたしの言葉を、待っている。


「海原君、お疲れさま」
「えっ!」
 わたしは姫妃ちゃんの前で、インカム越しに彼にねぎらいの言葉をかけると。

「あれ? どうかしました?」
 同じように腕組みをしてから。
 目を見開いている先輩をチラリと見る。


「な・に・そ・れ!」
「姫妃ちゃんの真似……ですかね?」
 それから数秒、わたしたちは互いを見つめあうと。

 わたしより、ちっちゃいけれど。
 ステージの上では誰よりも大きく見えるその人は。
 大きく腕を伸ばして、一気にわたしにくっついてくると。

「千雪、大好きっ!」


 全身で……わたしの『なにか』を、受けとめてくれた。