恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


「……えっ?」
「だから海原(うなはら)君、ちゃんと準備してるよね?」

 ……来年度入学する生徒向けの、オリエンテーション。

 確かに、以前。
 入学式とセットで『一式』よろしくとは頼まれた。


「まーさーかー、忘れてないよね?」
 クリームパンをかじりながら、突然放送室に現れた藤峰(ふじみね)先生が。
「当然、準備は完璧だよねー」
 いかにも僕のせいにしようと、聞いてきて。

「入学式のあとにやるのは、『新入生』オリエンテーションでしょ?」
 続いて、共犯の疑いの高い高尾(たかお)先生が。
「それで明日は『入学前』オリエンテーションの日だよ」
 ニコリとしながら、解説を加えるけれど。

 ……絶対自分たちだって、わかっていなかったはずだ。


「よしっ! 準備は完璧だね!」
 返答に詰まる僕を無視して、藤峰先生は。
「ね、つぼみちゃん? ちゃんとできてるってよ!」
 訝しげな顔をしながら、うしろにいる寺上(てらうえ)つぼみ校長に。
 無駄に笑顔で、アピールする。

 すると、三藤(みふじ)先輩が。
「そうですね……」
 藤峰先生がサッと机に置いた書類を、右手で持つと。
「渡されたばかりですので、『いまから』読ませていただきます」
 迷わず校長に、告げ口する。

 ……とはいえ、そこは先生たちの『育ての親』だ。


「やっぱり……」
 寺上先生は、そういって一瞬ため息をついたものの。

「では海原君、頼んだわよ」
「へっ?」
「まだ二十四時間あるから、どうにかなるわよね?」
「あ、あの……寺上先生?」

 年度末は忙しいから助かった、でもちゃんと家には帰りなさいと。
 校長はまるで、帰宅できることに感謝しろといわんばかりで。

「では佳織(かおり)響子(きょうこ)。『教師の仕事』に戻りましょう」
 入学前の生徒を迎えるという、『教師の大仕事』を華麗に丸投げすると。
「あぁ〜忙しい忙しい」
 なんだか声を弾ませながら、消えていった。





「……でも、なんとかまにあったね」

 そして、それから二十四時間と少しが経過したあと。
 都木(とき)先輩の言葉どおり。
 ギリギリのところで、準備を終えた僕たちは。

 例によって司会の、藤峰先生と高尾先生の。
 思いっきり『よそいき』の声を聞きながら。
 講堂の機器室で……ようやくひと息ついている。


「じゃぁ、僕は舞台袖に移動してきます」
「え、本当にひと息だけ?」
 市野(いちの)さんが、驚いた顔で僕を見るけれど。

 みんなお疲れなのは、あきらかで。
 かといって全員でのんびりしていては。
 もし本当に『なにかあったとき』に、困るだろう。


「じゃ、わ・た・し・も!」
 一瞬、ほかの誰かの声も聞こえたけれど。
 波野(なみの)先輩の宣言が、より早くて大きくて。

「いい? みんなは、ちゃんと休んで・よ!」
 おまけにその響きは、なんだかいつも以上に。
 異論は認めないと……伝えている気がした。



 機器室からの階段を、スキップするように降りながら。
「みんなを休ませてあげようなんて、海原君ってやさしいよ・ね?」
 波野先輩が、僕を見る。

「あの。別に先輩も休憩してきても……」
「い・い・の」
 先輩は僕の言葉を、途中で遮ると。

「わ・た・し・は、付き合ってあ・げ・る」
 ゆっくり、そしてわざわざ自分のことを強調してから。
「早く舞台袖に、い・く・よ!」
 そういって、ピョンピョンと進んでいく。


 ……なんだろう、この違和感は。


「ん? どうかした?」
「い、いえ……」
 きっと僕のことだから……気のせいなのだろう。

「ステージって、大好き」
 藤峰先生と高尾先生が司会をしたり。
 なにかの担当の先生が、演台で話しているだけなのに。
 舞台袖に立ったときの波野先輩の瞳は、キラキラしていて。

「そう思うよね、海原君?」
 放送室で書類とにらめっこしているときの顔とは、完全に別物だ。



「……そろそろかな?」
「へっ?」
 先輩の顔が、もう一段上気したようになって。

「では続きまして、個人写真の撮影に入ります」
 そんな藤峰先生の声がして。
 僕が手元の進行表に目を落とし。
 なるほど、予定どおりですねと答えようとしたところで。

 ……先生が、なにか『予定にないこと』を話しはじめだす。


「なおせっかくの機会ですので、待機時間中みなさんには……」
「藤峰先生、なにをしゃべっているんですかね?」
「だから鈍いんだよね、海原君は」
「えっ?」

 波野先輩の視線の先には。
「みなさんが入学後に実施する、生徒会選挙に向けて準備中の委員会」
 もうひとり、勝手なことを話している高尾先生と。
「現在は、実質的な生徒会みたいな存在の……」
 また一瞬だけ目のあった、藤峰先生がいて。

「『海原(うなはら)(すばる)委員長』を、ご紹介します!」
「えっ……」

 ……まったく予定外のことを、しゃべっている。


「呼ばれたよ、海原君」
「い、いえ。なんのことだかさっぱり……」
「ま、そうだよね」

「ではわたしより右側の新入生のみなさん、撮影に向かいましょう」
 ただ、高尾先生のよくとおるその声は。
「あと、よろしくね」
 僕には、そう聞こえて。

「委員長、どこですかー?」
 藤峰先生が手招きしながら呼ぶ、その声は。
「もし逃げたら、当然お仕置きだからね」
 あかるいけれど……裏にはそんなメッセージが込められていそうだ。


「さっきから先生たち。チラチラこっち見てたでしょ?」
「え、ええ。でも……」
「『女の企み』とか、ほんと理解してないよ・ね」
 先輩はいつから……気づいていたのだろうか?


「ど・う・す・る、海原君?」
 僕の横では、弾んだ声がして。

 続いて、ふと。
「ここで頼んでくれないのが、君なんだよねー」
 少し低くて、寂しそうな声がして。

「ま、しかたないか」
 最後にまた、声の調子が変わって。


 ……それから、波野(なみの)姫妃(きき)の笑顔が花開いた。


「わたしに、ついてきて」
「えっ?」

 その人は、一瞬だけサッと僕の手を引くと。
 あとは迷うことなく、ひとりで先に歩きだす。


「みなさん! ご入学、おめでとうございます!」


 それから、ステージが最高に似合う先輩は。
 光を浴びながら、どこまでも楽しそうな笑顔になると。
 僕のすぐ目の前で。


 ……この日もキラキラと、輝きだした。