「というわけなんです。どうにかなりませんか?」
鈴子のことでお話したいことがあります、という文を帝に送った、その夜。弘徽殿にやって来てくれた。
文でのやり取りが手間だということも分かる。鈴子のこと、と書いたのだから、何か一大事があったのではないのか、と思ったことも。
だから妻戸を開けた途端、駆け寄ってきた。局に入るまで、抑えていたのがよく分かる。
挨拶など必要ないとばかりに問われ、私は早速、昼間あった出来事を一部始終、話したのだ。
心配で血相を変えてやって来るほど、鈴子を可愛がってくれている帝。表向きの父親というだけでなく、我が子のように愛情を注いでくれているから、鈴子も疑うことなく慕っているのだ。偽りの関係であっても、十年間培ってきた帝と鈴子の関係は、間違いなく親子だった。
そんな帝なら、鈴子の力になってくれるかもしれない。だけど愛情が強過ぎて、反対する可能性もあった。
私の話を聞いた帝が難しい表情をしている。やはり、鈴子の未来は変わらないのだろうか。
「先に告げておきますが、私は鈴子が斎宮に選ばれることは反対しておりません。鈴子に告げていないのは、卜定によって斎宮が選ばれるためです。先に告げて良いものではないと判断したからです。けして、帝の意向を蔑ろにした結果ではありません」
「分かっている。私もまた、千景と同じように鈴子を見てきたのだ。だからこそ、私も迷っている」
「……それは嫁がせたくないからですか?」
私への罰ではなく、ただ単に父親としての気持ちなら、希望はある。
「両方だ。私と鈴子は、血の繋がりはあっても親子ではない。縁が……切れてしまうのかと思うと、寂しいのだ」
「鈴子にはまだ、真実を話しておりません。けれど私は、今までと変わらない、と思っています。鈴子を我が儘に育てたのは、どなたですか? 今日も「鈴子のお願いなら、ほとんど叶えてくれるもの」と豪語していたのですから」
鈴子に似せて言って見せたら、帝は大笑いをした。
「無理に真似をしなくても、容易に想像はつく」
「笑わせたくてしたのではありません! 自重してください、と申し上げているのです。鈴子をあまり甘やかさないでください、と」
「分かった、分かった。それで、なんだったか。そう! 雅継のことだ」
どうやら直すつもりはないらしい。話をはぐらかされてしまった。
「鈴子が雅継を弟のように思っているのなら、千景が無理して先回りをしなくてもよいのではないか?」
「無理などしていません。ただ……」
「ただ?」
「私が、惟久様に感じた最初の気持ちに似ていて……それで、つい」
「……兄のように慕っていた、と?」
「はい。それがいつしか、目で追い、日々ずっと心を占めるようになりました。今の鈴子を見ていると、似ているのです」
キッカケは母猫だ。子猫が生まれることに目が行き、同じ話題で惹かれ、常盤院に行きたいと駄々を捏ねるようにまでなった。
「ふむ。しかし、今はまだ急ぐ必要はないと思うが。鈴子はまだ十だ」
「分かっています。雅継の気持ちもありますし、そもそも兄が許してくれるかも分かりません」
「だが、斎宮よりも、降嫁させたいのだな。そうすれば、千景も実家に帰ることができるし、私もいつ退位しても構わないわけだから」
帝の言葉に、私はドキッとした。それはつまり、惟久様との再会が近いことを意味していたからだ。けれど私にも、帝に対しての言い分がある。
「退位したいのは、帝も同じなのではありませんか?」
「何?」
「この間、承香殿女御に嫌味を言われましたの。鈴子の健康成就に行幸へ行かれるけど、本当は女人に会いに行っているのだと。帝唯一の御子を産み、中宮になったからといって、その座にあぐらをかき過ぎなのではないか、と」
別に私はそれに怒っているわけではない。そもそも私には惟久様という好きな相手がいるのだ。帝もそれを承知の上であるため、外へ会いに行く女性がいたとしても、非難する資格はない。
「も、もしや、鈴子も?」
「惟久様に似て、情報収集が得意な子ですから。けれど、意味までは理解していない可能性もあります」
「そうだろうか。聡い子だからな。いや、常盤院に行きたい、と私の真似事をしているのやも」
「いくらなんでも、それはあり得ません」
ちょっとやり過ぎただろうか。帝が本気で反省をしている。
「ともかく、帝も退位をすれば、その方を都に呼び寄せることができるのではありませんか?」
「だが、鈴子が……」
「成長すれば理解しますわ。いずれ、真実を話すことにもなりますし。そうなれば、帝の行動も分かってくれます」
「そうだろうか」
帝の言葉に、私は目を瞑った。
真実を話した時、鈴子はどんな反応をするだろうか。私のことも非難するかもしれない。そう思うと、帝の姿が私自身のものと重なった。いや、惟久様だろうか。
だからつい、帝の体に寄り添った。このくらいなら、惟久様も許してくれるのではないか、と思って。
「ご安心ください。鈴子が聡い子だと、今、おっしゃったではないですか。甘えん坊で、我が儘でもありますが、優しく育ったのは、間違いなく帝のお陰です」
「私の……」
「十年前、鈴子を生かすのも殺すのも、帝の御心次第でした。憎んでも仕方がないのに、私が苦情を言ってしまうほど、甘やかし、愛情を注いでくださいました」
本当に感謝し切れないほどに。
「そんな鈴子が、帝を非難することはあり得ません。絶対に。もしもしたら、私が叱ります!」
またもや、その光景が目に浮かんだのか、帝がクククッと笑い出した。
「では、左大臣に声をかけてみよう。千景は明日、鈴子を連れて常盤院へ行ってくれ」
「良いのですか?」
「その目で確かめてほしいのだ。本当に恋なのか、そうではないのか、を。千景が行けば、惟久も私に報告してくるだろう」
そうだ。惟久様は十年前に帝の間諜を辞めても、報告だけは欠かさずにしていたらしい。すべて、私と鈴子のために。
だけど、帝と同じように駄々を捏ねたらどうしましょう。帝のように説得できるわけではないから、困ってしまうわ。
けれど数日後、私は知ることになる。鈴子の想いも、帝の心配も。私の憂いを、いつも誰が晴らしてくれていたのか、ということを。
鈴子のことでお話したいことがあります、という文を帝に送った、その夜。弘徽殿にやって来てくれた。
文でのやり取りが手間だということも分かる。鈴子のこと、と書いたのだから、何か一大事があったのではないのか、と思ったことも。
だから妻戸を開けた途端、駆け寄ってきた。局に入るまで、抑えていたのがよく分かる。
挨拶など必要ないとばかりに問われ、私は早速、昼間あった出来事を一部始終、話したのだ。
心配で血相を変えてやって来るほど、鈴子を可愛がってくれている帝。表向きの父親というだけでなく、我が子のように愛情を注いでくれているから、鈴子も疑うことなく慕っているのだ。偽りの関係であっても、十年間培ってきた帝と鈴子の関係は、間違いなく親子だった。
そんな帝なら、鈴子の力になってくれるかもしれない。だけど愛情が強過ぎて、反対する可能性もあった。
私の話を聞いた帝が難しい表情をしている。やはり、鈴子の未来は変わらないのだろうか。
「先に告げておきますが、私は鈴子が斎宮に選ばれることは反対しておりません。鈴子に告げていないのは、卜定によって斎宮が選ばれるためです。先に告げて良いものではないと判断したからです。けして、帝の意向を蔑ろにした結果ではありません」
「分かっている。私もまた、千景と同じように鈴子を見てきたのだ。だからこそ、私も迷っている」
「……それは嫁がせたくないからですか?」
私への罰ではなく、ただ単に父親としての気持ちなら、希望はある。
「両方だ。私と鈴子は、血の繋がりはあっても親子ではない。縁が……切れてしまうのかと思うと、寂しいのだ」
「鈴子にはまだ、真実を話しておりません。けれど私は、今までと変わらない、と思っています。鈴子を我が儘に育てたのは、どなたですか? 今日も「鈴子のお願いなら、ほとんど叶えてくれるもの」と豪語していたのですから」
鈴子に似せて言って見せたら、帝は大笑いをした。
「無理に真似をしなくても、容易に想像はつく」
「笑わせたくてしたのではありません! 自重してください、と申し上げているのです。鈴子をあまり甘やかさないでください、と」
「分かった、分かった。それで、なんだったか。そう! 雅継のことだ」
どうやら直すつもりはないらしい。話をはぐらかされてしまった。
「鈴子が雅継を弟のように思っているのなら、千景が無理して先回りをしなくてもよいのではないか?」
「無理などしていません。ただ……」
「ただ?」
「私が、惟久様に感じた最初の気持ちに似ていて……それで、つい」
「……兄のように慕っていた、と?」
「はい。それがいつしか、目で追い、日々ずっと心を占めるようになりました。今の鈴子を見ていると、似ているのです」
キッカケは母猫だ。子猫が生まれることに目が行き、同じ話題で惹かれ、常盤院に行きたいと駄々を捏ねるようにまでなった。
「ふむ。しかし、今はまだ急ぐ必要はないと思うが。鈴子はまだ十だ」
「分かっています。雅継の気持ちもありますし、そもそも兄が許してくれるかも分かりません」
「だが、斎宮よりも、降嫁させたいのだな。そうすれば、千景も実家に帰ることができるし、私もいつ退位しても構わないわけだから」
帝の言葉に、私はドキッとした。それはつまり、惟久様との再会が近いことを意味していたからだ。けれど私にも、帝に対しての言い分がある。
「退位したいのは、帝も同じなのではありませんか?」
「何?」
「この間、承香殿女御に嫌味を言われましたの。鈴子の健康成就に行幸へ行かれるけど、本当は女人に会いに行っているのだと。帝唯一の御子を産み、中宮になったからといって、その座にあぐらをかき過ぎなのではないか、と」
別に私はそれに怒っているわけではない。そもそも私には惟久様という好きな相手がいるのだ。帝もそれを承知の上であるため、外へ会いに行く女性がいたとしても、非難する資格はない。
「も、もしや、鈴子も?」
「惟久様に似て、情報収集が得意な子ですから。けれど、意味までは理解していない可能性もあります」
「そうだろうか。聡い子だからな。いや、常盤院に行きたい、と私の真似事をしているのやも」
「いくらなんでも、それはあり得ません」
ちょっとやり過ぎただろうか。帝が本気で反省をしている。
「ともかく、帝も退位をすれば、その方を都に呼び寄せることができるのではありませんか?」
「だが、鈴子が……」
「成長すれば理解しますわ。いずれ、真実を話すことにもなりますし。そうなれば、帝の行動も分かってくれます」
「そうだろうか」
帝の言葉に、私は目を瞑った。
真実を話した時、鈴子はどんな反応をするだろうか。私のことも非難するかもしれない。そう思うと、帝の姿が私自身のものと重なった。いや、惟久様だろうか。
だからつい、帝の体に寄り添った。このくらいなら、惟久様も許してくれるのではないか、と思って。
「ご安心ください。鈴子が聡い子だと、今、おっしゃったではないですか。甘えん坊で、我が儘でもありますが、優しく育ったのは、間違いなく帝のお陰です」
「私の……」
「十年前、鈴子を生かすのも殺すのも、帝の御心次第でした。憎んでも仕方がないのに、私が苦情を言ってしまうほど、甘やかし、愛情を注いでくださいました」
本当に感謝し切れないほどに。
「そんな鈴子が、帝を非難することはあり得ません。絶対に。もしもしたら、私が叱ります!」
またもや、その光景が目に浮かんだのか、帝がクククッと笑い出した。
「では、左大臣に声をかけてみよう。千景は明日、鈴子を連れて常盤院へ行ってくれ」
「良いのですか?」
「その目で確かめてほしいのだ。本当に恋なのか、そうではないのか、を。千景が行けば、惟久も私に報告してくるだろう」
そうだ。惟久様は十年前に帝の間諜を辞めても、報告だけは欠かさずにしていたらしい。すべて、私と鈴子のために。
だけど、帝と同じように駄々を捏ねたらどうしましょう。帝のように説得できるわけではないから、困ってしまうわ。
けれど数日後、私は知ることになる。鈴子の想いも、帝の心配も。私の憂いを、いつも誰が晴らしてくれていたのか、ということを。



