身動きが取れない身であっても、私は私で情報を集めることはできる。なにせ、私は新参者だからだ。
「よく参られた、尚侍」
私はまず、内侍司を束ねる高位の女官である尚侍を呼び出した。扇を広げ、御簾の向こうにいる、頭を下げた尚侍を見つめる。
「昨日、入内したばかりであられますのに、早々とお目通りできたこと、まことに嬉しく存じます」
「こちらこそ、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」
役職柄、彼女は帝に近しい女官である。そのため、お祖母様や惟久様、はたまたお父様から、何かしら私に対する情報を得ているのだろう。けれど私は尚侍がどのような人物なのか、残念ながら知らないのだ。
分かるのは、私よりも年上。もしかしたら小侍従よりも上のような気がした。
「早速だけど、最近お祖母様……宝泉寺へ行ったのは尚侍、あなたなの?」
いきなり直球過ぎたか、と思われたかもしれない。けれど尚侍は女官だが、後に女御となられた方もいる役職だ。いや、女御として入内できないため、女官として入内できる役職でもある。
帝の事務仕事の補佐をされるのだから、無理もないだろう。つまり言い方を変えると、帝が不在であることを、いち早く知ることができた人物でもある、ということだ。
「私が縁のない尼寺へ行くのは怪しまれますので、別の者が宝泉寺へ参られました。その……弘徽殿女御様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
呼び名などなんでもいいけれど、そのことに気を遣うということは、私が望んで入内したわけではないことを、この尚侍は知っている。
果たしてそれは、誰からの情報なのだろう。お父様がわざわざいうとは思えない。お祖母様? いいえ、先に縁がない、と言っていたことから、それもまた違うだろう。
消去法からいくと、惟久様だと思うけれど、こういう気遣いはやめてほしい。いや、これ見よがしに言っているのだろうか。私は味方だと。それとも敵?
「安心なさって。後宮の内情は詳しくないけれど、すでに右大臣家の姫君が承香殿に入られたのよ。必然的にこうなることは、予測できたことだもの」
「女御様……」
「仮に弘徽殿にどなたかいらっしゃったのであれば、麗景殿という可能性もあったのよね。尚侍としては、そちらの方が良かったのでは?」
もしも先ほどの言葉に牽制があったのならば、ここは同意するでしょう。仮に桐壺女御様の失踪も気にしているのであれば別だけど。
けれど尚侍という立場では、桐壺女御様よりも帝を優先するはず。
「何をおっしゃられますか。私を始め、後宮にいる者たちは、今、不安に苛まれております。弘徽殿女御様はすでにお聞きの上、我らの助けになってくれると――……」
「惟久様にお聞きしたのね」
「……はい。すでに利口で可愛らしい猫を選別してあります。帝から賜った、となれば、後宮に流れる噂も、少しは払拭できましょう」
嬉しそうに言う尚侍を見て確信した。猫を賜るのは、惟久様の案だからだ。
けれどこの案は、私の負担を軽くするためのもの。惟久様が私を騙したかもしれないという疑心よりも、今は尚侍を味方につけた方がいいだろう。私は私でこの後宮で味方を増やし、小侍従の負担を減らさなければならない。
向こうとて、私が惟久様と恋仲であることは知らないのだ。まさか入内したばかりの女御に、通う男がいるとは思うまい。
「では早速、今日にでも寄こしてちょうだい。入内したというのに、帝のお渡りがないと知ったら、不審に思われるでしょう?」
「分かりました。ですが、お気をつけください」
「猫の扱いなら大丈夫よ。常盤院にいた時も猫を飼っていたから」
ましてや、後宮にいる猫たちは我が家の猫たちと血が繋がっている。今からどんな子が来るのか楽しみだわ。
「いえ、そちらの心配ではございません。承香殿女御様に、です」
「……あの者は、帝のことを……後宮の内情を知らないの?」
「はい。入内された当初から、我らも手を焼いているものですから、お知らせした途端、外部に漏れる恐れがありまして」
「それで内緒にしているのね」
「我らが仕えているのは、承香殿女御様ではなく、帝ですから」
なるほどね。道理で最初から、友好的な態度なのか分かったわ。この時期にわざわざ入内することが、どのような意味を示しているのかなんて、勘の良い女官ならば、その意図を読むことができる。さらに帝の不在を隠すために入内したと知ったら、尚更だわ。
となると、惟久様との仲は私の杞憂だったのかも。
私は閉じた扇で軽く手のひらを叩いた。
「尚侍。私はお祖母様から詳細を聞いてない。ただ……事実を聞かされたにすぎないのよ。だから聞かせてくれないかしら。一体、何があったのかを」
「はい。仰せのままに」
「では尚侍を残して、皆、退がるように」
すると、尚侍の傍にいた女房達が一斉に退出していく。誰も戸惑うことなく退がる姿は、さすが後宮の女房達だと思えた。
一部の女房たちは退出する折に、几帳を移動させてくれたお陰で、皆が去った後、御簾を上げることができた。勿論、上げてくれたのは左大臣家から共に来てくれた女房である。
小侍従は忙しくて、信用における女房を一人、置いていってくれたのよね。先ほどの私と尚侍の会話に反応を示さないなんて、さすがは小侍従が選んだ女房だわ。
「尚侍。話してちょうだい。見たこと、聞いたこと。そしてあなたの考えも」
「私の考え、もですか?」
「先ほども言ったように、私は後宮の内情を知らないの。承香殿女御様がそのような方であったことも、今知ったばかりなのだから。あなたの見解も必要なのよ」
「分かりました」
すると尚侍はゆっくりと、帝がこの後宮から消えた日のことを語り始めた。
「よく参られた、尚侍」
私はまず、内侍司を束ねる高位の女官である尚侍を呼び出した。扇を広げ、御簾の向こうにいる、頭を下げた尚侍を見つめる。
「昨日、入内したばかりであられますのに、早々とお目通りできたこと、まことに嬉しく存じます」
「こちらこそ、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」
役職柄、彼女は帝に近しい女官である。そのため、お祖母様や惟久様、はたまたお父様から、何かしら私に対する情報を得ているのだろう。けれど私は尚侍がどのような人物なのか、残念ながら知らないのだ。
分かるのは、私よりも年上。もしかしたら小侍従よりも上のような気がした。
「早速だけど、最近お祖母様……宝泉寺へ行ったのは尚侍、あなたなの?」
いきなり直球過ぎたか、と思われたかもしれない。けれど尚侍は女官だが、後に女御となられた方もいる役職だ。いや、女御として入内できないため、女官として入内できる役職でもある。
帝の事務仕事の補佐をされるのだから、無理もないだろう。つまり言い方を変えると、帝が不在であることを、いち早く知ることができた人物でもある、ということだ。
「私が縁のない尼寺へ行くのは怪しまれますので、別の者が宝泉寺へ参られました。その……弘徽殿女御様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
呼び名などなんでもいいけれど、そのことに気を遣うということは、私が望んで入内したわけではないことを、この尚侍は知っている。
果たしてそれは、誰からの情報なのだろう。お父様がわざわざいうとは思えない。お祖母様? いいえ、先に縁がない、と言っていたことから、それもまた違うだろう。
消去法からいくと、惟久様だと思うけれど、こういう気遣いはやめてほしい。いや、これ見よがしに言っているのだろうか。私は味方だと。それとも敵?
「安心なさって。後宮の内情は詳しくないけれど、すでに右大臣家の姫君が承香殿に入られたのよ。必然的にこうなることは、予測できたことだもの」
「女御様……」
「仮に弘徽殿にどなたかいらっしゃったのであれば、麗景殿という可能性もあったのよね。尚侍としては、そちらの方が良かったのでは?」
もしも先ほどの言葉に牽制があったのならば、ここは同意するでしょう。仮に桐壺女御様の失踪も気にしているのであれば別だけど。
けれど尚侍という立場では、桐壺女御様よりも帝を優先するはず。
「何をおっしゃられますか。私を始め、後宮にいる者たちは、今、不安に苛まれております。弘徽殿女御様はすでにお聞きの上、我らの助けになってくれると――……」
「惟久様にお聞きしたのね」
「……はい。すでに利口で可愛らしい猫を選別してあります。帝から賜った、となれば、後宮に流れる噂も、少しは払拭できましょう」
嬉しそうに言う尚侍を見て確信した。猫を賜るのは、惟久様の案だからだ。
けれどこの案は、私の負担を軽くするためのもの。惟久様が私を騙したかもしれないという疑心よりも、今は尚侍を味方につけた方がいいだろう。私は私でこの後宮で味方を増やし、小侍従の負担を減らさなければならない。
向こうとて、私が惟久様と恋仲であることは知らないのだ。まさか入内したばかりの女御に、通う男がいるとは思うまい。
「では早速、今日にでも寄こしてちょうだい。入内したというのに、帝のお渡りがないと知ったら、不審に思われるでしょう?」
「分かりました。ですが、お気をつけください」
「猫の扱いなら大丈夫よ。常盤院にいた時も猫を飼っていたから」
ましてや、後宮にいる猫たちは我が家の猫たちと血が繋がっている。今からどんな子が来るのか楽しみだわ。
「いえ、そちらの心配ではございません。承香殿女御様に、です」
「……あの者は、帝のことを……後宮の内情を知らないの?」
「はい。入内された当初から、我らも手を焼いているものですから、お知らせした途端、外部に漏れる恐れがありまして」
「それで内緒にしているのね」
「我らが仕えているのは、承香殿女御様ではなく、帝ですから」
なるほどね。道理で最初から、友好的な態度なのか分かったわ。この時期にわざわざ入内することが、どのような意味を示しているのかなんて、勘の良い女官ならば、その意図を読むことができる。さらに帝の不在を隠すために入内したと知ったら、尚更だわ。
となると、惟久様との仲は私の杞憂だったのかも。
私は閉じた扇で軽く手のひらを叩いた。
「尚侍。私はお祖母様から詳細を聞いてない。ただ……事実を聞かされたにすぎないのよ。だから聞かせてくれないかしら。一体、何があったのかを」
「はい。仰せのままに」
「では尚侍を残して、皆、退がるように」
すると、尚侍の傍にいた女房達が一斉に退出していく。誰も戸惑うことなく退がる姿は、さすが後宮の女房達だと思えた。
一部の女房たちは退出する折に、几帳を移動させてくれたお陰で、皆が去った後、御簾を上げることができた。勿論、上げてくれたのは左大臣家から共に来てくれた女房である。
小侍従は忙しくて、信用における女房を一人、置いていってくれたのよね。先ほどの私と尚侍の会話に反応を示さないなんて、さすがは小侍従が選んだ女房だわ。
「尚侍。話してちょうだい。見たこと、聞いたこと。そしてあなたの考えも」
「私の考え、もですか?」
「先ほども言ったように、私は後宮の内情を知らないの。承香殿女御様がそのような方であったことも、今知ったばかりなのだから。あなたの見解も必要なのよ」
「分かりました」
すると尚侍はゆっくりと、帝がこの後宮から消えた日のことを語り始めた。



