神子としての覚醒――その日を境に、学園の景色は一変した。
登校するたび、肌を刺すような視線の正体が「嘲笑」から「熱狂」へと書き換えられていることに、私は戸惑いを隠せないでいた。 かつて私を底辺と見下し、冷たく当たっていたAクラスやBクラスの子達が、今はまるで親しい友人のように微笑みかけてくる。 遠巻きにされていたCクラスの皆さんも、おずおずとお昼に誘ってきたり……。 今までの孤独が嘘のような、あまりに急激な変化に、胸のざわつきが収まらない。
(皆さんには悪いけれど、馴れ合うつもりはないの)
心の中でそっとお断りしながら、私は差し伸べられる無数の手をすり抜ける。 神城さんからも「たとえ生徒であっても警戒を解かないように」と大切に守られている身。 今の皆さんが向けてくれる熱い眼差しは、私という個人ではなく「神子」という肩書きに向けられたものだと分かっているから、どうしても素直に喜ぶことができない。
唯一、隣に立つことを許されたのは、親友の冬美だけだった。
彼女は、私が無価値な「無能」だと思われていた入学当時から、変わらぬ温かさで私を支えてくれた。 神城さんも「彼女だけは信頼に値する」と言って、私の様子を冬美に頼んでくれているほど。 もちろん、神城さんが配置してくださった護衛の方々のおかげで、学園生活は何の支障もなく平穏に過ぎていくのですが……。
今日も神城さんに付き添われて登校し、教室の席に着くと、すぐにクラスメイトたちが集まってきた。
「玲花様、おはようございます!」「今日もお美しいですね」「お昼、ご一緒しませんか?」
朝から飛び交うたくさんの声に、私は一つひとつ丁寧に応えながら、授業の準備を始める。 すると、それを見計らったように冬美が顔を出してくれました。
「玲花ちゃん、おはよ! 相変わらず、どこぞのアイドル並みの人気だねぇ」
「おはよう、冬美。ふふ、今日も一緒に勉強する?」
「えっ、いいの!? やったぁ、ありがとうー!!」
冬美とは最近、こうして二人で机を並べるのが日課になっている。 それは、もうすぐ始まる、この学園の厳しい定期テストに備えるため。
試験の内容はとても難しく、私たちCクラスには「霊力」のアドバンテージがない。 だからこそ、筆記試験でしっかり点数を取らないと、正当な評価をいただけないのだ。
私は国語をはじめ、どの教科も得意なので、冬美のためにテスト対策のプリントを作ったり、分からないところを教えたりしている。
「うん、全部正解。……満点だよ、冬美! 凄いじゃない!」
丸付けを終えた解答用紙を差し出すと、冬美はぱっと顔を輝かせました。
「ありがとう、玲花ちゃん! 玲花ちゃんの教え方が、本当にわかりやすいからだよ」
「そんなことないわ。冬美が一生懸命頑張っているからよ」
照れくさそうに笑う彼女を見ていると、私の心も自然と温かくなる。神子としての宿命や、周囲の打算的な期待に包まれる日々の中で、冬美と過ごすこの純粋な学びの時間だけが、私にとって何よりの宝物。
「さあ、次の範囲も頑張りましょうか」
「うん、よろしくね!」
カチカチと時を刻む時計の音と、紙の上を滑るペンの響き。私たちは心地よい静寂の中で、また仲良く勉強の続きを始めるのだった。
ようやく四限目のチャイムが鳴り響き、待ちに待った昼食の時間になった。
以前なら学食へ向かっていたけど、神子として覚醒してからは、できるだけ生徒の密集する場所を避けるようにと神城さんから言いつけられている。そのため、最近のランチタイムは教室で、お弁当を広げて過ごすのが習慣になっていた。
「はい、玲花ちゃん。今日も隣、お邪魔するね」
そう言って冬美が、当然のように自分のお弁当を持って隣の席へやってくる。 彼女は、私が一人で寂しい思いをしないようにと、わざわざ毎日お弁当を持参してくれるようになったのだ。 そんな彼女の優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとう、冬美。今日も一緒に食べられて嬉しいわ」
私がゆっくりとお弁当の蓋を開けると、そこには鮮やかな彩りが広がっていた。
ふんわりと焼き上げられた黄金色の卵焼きに、どこか愛嬌のある可愛らしいタコさんウィンナー……。 これは、いつも私を支えてくれる凛さんの特製弁当。
一つつまんで口に運ぶと、素材の甘みが優しく広がり、思わず頬が緩む。
(……美味しい。やっぱり凛さんの味は、心が落ち着くなぁ)
冬美と二人、お互いのおかずを交換したり、他愛もないお喋りに花を咲かせたり。 教室の喧騒からは少しだけ切り離されたような、穏やかで美味しいひとときが過ぎていった。
穏やかな昼食の時間は、ふとした冬美の問いかけから、少しだけ賑やかな空気へと変わる。
「そういえば玲花ちゃん。明日から三連休だけど、予定はどうなってるの~?」
「えっと……そうね、テスト勉強をするくらいかしら」
私はお箸を止めて控えめに答えたが、冬美は「またまた~」と言いたげな顔で私の瞳を覗き込んできた。
「それ以外は? 本当に勉強だけ?」
「……ええ。本当に、何もないわよ」
「嘘だぁ、絶対にあるでしょ! 正直に言いな~、玲花ちゃんは隠し事が下手なんだから」
冬美の鋭い指摘に、私は思わず言葉に詰まってしまう。どうやら、私の落ち着かない視線で悟られてしまったようだ。 隠し通すのは無理だと諦めた私は、熱くなる頬を指先で押さえながら、消え入りそうな声で打ち明ける。
「実は……その、神城さんと……デートをするの」
私の言葉に、冬美は一瞬だけ石のように固まった。 けれど、すぐに弾けたような笑顔になり、「きゃあ~っ!」と可愛らしい悲鳴を上げて身を乗り出してきた。
「えっ、嘘、本当に!? どこに行くの? 何するの!?」
「え、ええっと……。神城さんはお仕事でとても忙しいから、あまり遠出はできないけれど……。近場の、海に連れて行ってくれるって」
「えぇっ! なにそれ、最高じゃない! めちゃくちゃ素敵!」
いつも以上に前のめりになって喜んでくれる冬美に、私は少し気恥ずかしさを感じながらも、自然と口元が綻んでいくのを感じていた。
「ええ、私も……本当に、楽しみなの」
日々、次期当主としての仕事や喧騒に追われる神城さんと、二人きりで出かけられる機会なんて、めったにないこと。 それは私にとって、どんな宝石よりも価値のある、大切で貴重な時間。 寄せては返す波の音を隣で聞ける日を想像するだけで、私の胸は期待でいっぱいに膨らんでいく。
「あぁ~、なるほどね。だからかぁ……」
「……何が?」
いたずらっぽく目を細める冬美に首を傾げると、彼女は楽しそうにクスクスと笑い声を漏らしました。
「玲花ちゃん、さっきからずっと嬉しそうにニマニマしてたんだもん。お弁当がそんなに美味しいのかなって思ってたけど、正解は『神城さん』だったわけね」
「えっ! ……そ、そんなに分かりやすかったの……!?」
思わず両手で頬を押さえたが、時すでに遅し。どうやら私の心は、自分が思っている以上に正直に顔に出てしまっていたようだ。
(恥ずかしすぎるわ……。どうか、冬美以外の人には見られていませんように……)
そんな幸せな困惑に包まれているうちに、昼休みはあっという間に過ぎ去り、午後の授業もすべて終わりの時間を迎えた。
クラスメイトたちが名残惜しそうに私を振り返りながら教室を後にする中、私は自分の席で、静かに「その時」を待つ。 すると、聞き慣れた足音と共に教室の扉が開き、凛とした佇まいの神城さんが姿を見せた。
「玲花、待たせたな」
その落ち着いた声を聞いた瞬間、私の心はパッと花が咲いたように明るくなった。
「神城さん! 全然、大丈夫ですよ!」
溢れ出す喜びを抑えきれず、私は弾かれたように立ち上がると、吸い寄せられるように神城さんのもとへ駆け寄った。
そんな私を、彼は少し驚いたように、けれどすぐにいつもの慈しむような眼差しで、大きな腕の中に優しく抱きとめてくれた。
私は神城さんの体温と、懐かしい香りに包まれていた。
周囲の喧騒も、神子としての重圧も、すべてが遠い彼方へ消えていくような——私にとって、世界で一番安心できる、穏やかな時間がそこにあった。
神城さんは、私の顔色を細めるように見つめると、ふっと安堵したような表情を浮かべた。 そして、慈しむような声でいつものように問いかけてくれる。
「今日も楽しかったか?」
「はい! とても」
私の即答に、彼はわずかに眉を寄せ、守護者としての鋭い眼差しを覗かせた。
「誰かに、嫌なことはされていないな?」
「ええ、大丈夫です。クラスメイトの皆さんは……その、今はとても優しい方ばかりですから」
私の言葉に、神城さんはすべてを察したように少しだけ苦笑いを見せたが、すぐに優しく頷いてくれた。
「そっか。それならいいんだ。……じゃあ、帰ろうか」
「はい! またね、冬美」
「うん! ばいばい、玲花ちゃん。また休み明けにね!」
大きく手を振る冬美と別れ、私たちは学園の外に待機していた神城家の車へと乗り込みます。
帰宅してすぐ、神城さんは残っていたお仕事のために書斎へと向かう。私は一人自室へと戻り、机に積み上げられた参考書を開いた。
今日は、眠りにつくまで徹底的に勉強に打ち込むと決めていた。 明日、神城さんと二人きりで過ごす幸せな時間を、何にも邪魔されず、心ゆくまで楽しむために。
(頑張らなくちゃ。明日は……神城さんと海へ行くんだから)
ペンを走らせる手にも、自然と力がこもる。
数時間後、仕事を終えた神城さんと共に、穏やかな夕食の時間を過ごした。 温かなスープの湯気の向こうにある彼の笑顔に癒やされ、一日の疲れが溶けていくのを感じた。
その後、ゆっくりとお風呂に浸かって冷えた体を温め、心地よい微睡みの中でベッドに潜り込んだ。
消灯した部屋に、規則正しい時計の音だけが響く。
瞼を閉じれば、そこに広がるのは青い海と、隣で微笑む神城さんの姿。
明日訪れるはずの幸せなひとときを指折り数えながら、私は深い、優しい眠りへと落ちていくのだった。
待ちに待った三連休の初日。窓から差し込む柔らかな陽光に、私はいつもよりずっと早く目を覚ました。
今日は、神城さんとの初デート。
鏡の前で何度も服装を確かめ、普段より少しだけ時間をかけて準備をする間も、胸の鼓動がトクトクと高鳴っているのが分かった。 傍から見れば、きっと今の私は冬美が言っていた通り、隠しきれない喜びで「ニマニマ」してしまっているに違いない。
「神城さん、お待たせしました!」
玄関で待っていた彼のもとへ駆け寄ると、神城さんは少し目を見開いた後、優しく目を細める。
「……ああ。今日の玲花は、一段と愛らしいな」
その一言だけで、私の気分は最高潮に達してしまいた。
周囲には、神城さんが手配した護衛の方々が影のように控えているけど、今日ばかりは彼らの存在も気にならないほど、私の心は浮き立っていた。
最初に向かったのは、今、SNSでも話題の行列が絶えない人気のお洒落なカフェ。
「玲花が食べてみたいと言っていた場所だろう?」
そう言ってエスコートしてくれる神城さんの優しさが、何よりの嬉しい。 運ばれてきた色鮮やかなスイーツを前に、私は思わず声を弾ませてしまう。
「見てください、神城さん! 食べるのがもったいないくらい可愛いです!」
「ふふ、そうだな。だが、玲花が幸せそうに食べてくれるのが一番だよ」
賑やかな店内で、二人で分け合って食べる甘いひととき。 いつもは厳しい表情でお仕事をされている神城さんが、私の話に楽しそうに耳を傾けてくれる……それだけで、世界がキラキラと輝いて見えた。
その後も、賑わう街並みを歩き、素敵な雑貨屋さんに立ち寄ったりと、夢のような時間は瞬く間に過ぎていく。 そして日が少しずつ傾き始めた頃、車は最終目的地である海へと向かった。
潮の香りが鼻をくすぐり、視界が開けた瞬間、目の前にはオレンジ色に染まり始めた広大な海が広がっていた。
「わあ……綺麗……っ!」
私は思わず砂浜へと駆け出す。寄せては返す白い波が、夕日に照らされて宝石のように輝いていた。
追いついてきた神城さんが、隣でそっと私の手を取った。
「今日のデートは楽しかったか、玲花」
「はい……! 人生で一番、幸せな一日です」
繋いだ手から伝わる彼の体温。
静かな波音に包まれながら、私は神城さんの肩にそっと頭を預ける。
学園での喧騒も、神子としての重責も、今はどこか遠い国の出来事のよう。
ただ、この温かな夕暮れが永遠に続いてほしいと、私は心から願うのだった。
夕日に染まる渚で、寄せては返す波の音を聞きながら、私たちはしばらく言葉を交わさずに寄り添っていた。
「玲花」
静かに名前を呼ばれ、私が顔を上げると、神城さんは懐から小さな、けれど気品溢れる黒いベルベットの小箱を取り出した。
「これは……?」
「今日の記念だ。神子としてではなく、今日を一緒に楽しんでくれた一人の女の子としての君へ、贈りたかったんだ」
差し出された箱の中には、夕陽を反射して烈火のように輝く、大粒のルビーのネックレスが横たわっていた。
神城さんの逞しくも優しい手が私の首筋に触れ、丁寧に鎖を留めてくれた。 鏡を見るまでもなく、胸元に灯ったその赤い輝きが、私の心まで熱く染め上げていくのが分かった。
「……神城さん、これ、神城さんの瞳と同じ色です! まるで、神城さんがいつも守ってくれているみたいで、とっても嬉しい……っ」
私の言葉に、神城さんは少しだけ驚いたように目を見開き、それから困ったように、けれど最高に優しい顔で微笑んだ。
「そう言ってもらえると、選んだ甲斐があるな」
海風に吹かれながら、私は彼の胸にそっと顔を寄せ、ルビーの温もりと彼の鼓動を同時に感じていた。
帰宅後、自室に戻っても胸の高鳴りは一向に収まらなかった。私は真っ先に、今日一番の幸せを親友の冬美へ報告する。
『冬美、聞いて! 神城さんから、とっても綺麗なルビーのネックレスを貰ったの。海も、夕日も……全部が夢みたいに素敵だったわ』
すぐにスマートフォンの通知が勢いよく鳴り響きます。
『きゃあああ!ちょっと、情熱的なルビー!?しかも神城さんの瞳の色なんて、愛が重すぎ……じゃなくて、最高にロマンチックじゃん!絶対に見せてね!三連休終わったら、根掘り葉掘り聞くから覚悟してね!』
冬美の明るいメッセージに、私はベッドの上で足をバタつかせながら、幸せな溜息を漏らした。
窓の外には静かな夜が広がっているが、私の胸元ではルビーが今も熱を持って輝いている。
神子として目覚めてから、世界は大きく変わってしまったけれど。
こうして支えてくれる友人がいて、愛してくれる人が隣にいてくれる。
「……明日も、いい日になりますように」
私はネックレスをそっと握りしめ、幸せな余韻に包まれながら、深い眠りへと落ちていくのでした。
そして三連休が終わり、私は鏡の前で何度も位置を確かめてから、神城さんに贈られたあのルビーを制服の襟元に忍ばせた。
校門を潜る足取りは、心なしかいつもより軽やかだった。
教室の扉を開けると、そこには既に登校していたクラスメイトたちの視線が集まった。
「あ……玲花様、その胸元の輝きは……!」
「なんて情熱的な赤。まるで神城様の瞳のような……」
神子としての神々しさに加え、ルビーの放つ鮮烈な輝きに、教室中が息を呑むのが分かる。 そこへ、弾丸のような勢いで冬美が駆け寄ってきた。
「ちょっと玲花ちゃん! 見せて見せて! うわぁ……本物だぁ……!」
冬美は私の胸元に顔を近づけんばかりに興奮し、瞳をキラキラと輝かせている。
「これ、玲花ちゃんが言ってた神城様からのプレゼントでしょ!? 意味深すぎるよ〜!『僕がいつも君を見守っているよ』ってメッセージにしか聞こえないよ!」
「ふふっ、冬美ったら。でも、本当に神城さんの瞳と同じ色で……私、これをつけていると勇気が出るの」
頬を赤らめる私を見て、冬美は「ごちそうさま!」と茶目っ気たっぷりに笑い、それからキリッと表情を引き締めた。
「よし! その惚気パワー、今日のテストに全部ぶつけようね! 玲花ちゃんに教えてもらったところ、完璧に叩き込んできたんだから!」
そう、今日はついに運命の定期テスト当日だ。
チャイムの音と共に、教室内にはピリついた緊張感が走る。 霊力を持たないCクラスの私たちにとって、この筆記試験は文字通り「生き残り」をかけた戦い。
配られた問題用紙をめくると、そこには私たちが連日、机を並べて解き明かしてきた難問たちが並んでいた。
(大丈夫。冬美と一緒に、あんなに頑張ったんだもの)
私は胸元のルビーをそっと指先でなぞる。服越しに伝わる微かな温もりが、神城さんが隣にいてくれるような安心感を添えてくれた。
ペンを走らせる音だけが響く静寂の中、私は冬美と視線を交わすこともなく、ただ一心不乱に解答を埋めていく。 冬美もまた、迷いのない筆致でペンを動かしていた。
これまで積み重ねてきた努力、冬美との絆、そして神城さんへの想い――。
そのすべてを解答用紙に刻み込むように。私は一分一秒を惜しんで、この試練に全力で立ち向かうのだった。
そして、定期テストの返却日、教室には独特の緊張感が漂っていた。
教壇に立つ先生の手元には、私たちの努力の結晶である答案用紙が握られている。
「今回のテストだが……素晴らしい結果を出した者がいる」
先生に名前を呼ばれ、受け取った紙には鮮やかな赤字で「100」の数字が並んでいた。 席に戻ると、隣で答案を握りしめていた冬美が、震える声で報告してくれた。
「玲花ちゃん、見て……! 私、信じられない。Cクラスなのに、学年で20位以内に入れたよ!」
「良かった、冬美! 本当に毎日頑張っていたものね。私も自分のことみたいに嬉しいわ!」
自分の満点よりも、親友の努力が報われたことに胸を熱くして微笑む私に、冬美がふと、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、それで玲花ちゃんはどうだったの? 相当凄かったんでしょ?」
「え……ええっと。それは……」
少し言い淀みながら、私はそっと自分の解答用紙の束を冬美に見えるようにずらした。 そこにある順位の欄を確認した瞬間、冬美は「ええっ!?」と教室中に響き渡るような声を上げた。
「い、一位……!? しかも全教科ほぼ満点!? 玲花ちゃん、凄すぎるよ…… Aクラスのエリートたちを抑えてトップなんて、もう伝説になっちゃうよ!」
「そんな、大袈裟よ……。冬美が一緒に勉強してくれたから、私も集中できたんだよ」
「もう、謙遜しすぎ! 玲花ちゃんは私たちの誇りだよ!」
冬美に手放しで褒められ、私は気恥ずかしさに頬を染めながらも、胸元のルビーをそっと押さえた。 この輝きが、私の背中を押してくれたような気がしたのだ。
その日の放課後、車に揺られて帰宅した私達を待っていたのは、温かな光に包まれたリビングだった。
「お疲れ、玲花。……そして雪乃さんも」
「お邪魔します、神城様! 玲花ちゃん、学年一位だったんですよ! 本当に凄いです!」
リビングに入るとテーブルには、凛さんが腕によりをかけて作った豪華な料理が並んでいた。今日は「テストお疲れ様パーティー」。 神城さんもまた、多忙な公務の合間を縫って試験に臨み、当然のように学年一位の座を射止めていた。
「二人とも、本当によく頑張ったな。今日は無礼講だ。好きなだけ食べてくれ」
神城さんの柔らかな声に促され、私たちは賑やかに食卓を囲みます。
「神城様、これ! 玲花ちゃんが教えてくれたところ、バッチリ出たんですよ!」
「ほう、玲花の教え方が良かったということか。流石、俺の玲花だ」
「もう、二人とも……。でも、冬美が毎日あんなに努力していたからだよ」
お互いを褒め合い、笑い合う時間。私の胸元では、あのルビーのネックレスが照明を浴びて誇らしげに輝いている。
「玲花、改めておめでとう。君の努力が報われて、俺も誇らしい」
神城さんがそっと私の手の上に、自身の掌を重ねました。 その温もりに、テストの疲れも、神子としての緊張も、すべてが溶けていくような気がする。
「ありがとうございます。……神城さんと、冬美と一緒にこうして笑い合えることが、私にとって一番のご褒美です」
窓の外には穏やかな夜が広がり、私たちは幸せな達成感に浸りながら、心ゆくまでこの特別な夜を楽しんだのだった。
登校するたび、肌を刺すような視線の正体が「嘲笑」から「熱狂」へと書き換えられていることに、私は戸惑いを隠せないでいた。 かつて私を底辺と見下し、冷たく当たっていたAクラスやBクラスの子達が、今はまるで親しい友人のように微笑みかけてくる。 遠巻きにされていたCクラスの皆さんも、おずおずとお昼に誘ってきたり……。 今までの孤独が嘘のような、あまりに急激な変化に、胸のざわつきが収まらない。
(皆さんには悪いけれど、馴れ合うつもりはないの)
心の中でそっとお断りしながら、私は差し伸べられる無数の手をすり抜ける。 神城さんからも「たとえ生徒であっても警戒を解かないように」と大切に守られている身。 今の皆さんが向けてくれる熱い眼差しは、私という個人ではなく「神子」という肩書きに向けられたものだと分かっているから、どうしても素直に喜ぶことができない。
唯一、隣に立つことを許されたのは、親友の冬美だけだった。
彼女は、私が無価値な「無能」だと思われていた入学当時から、変わらぬ温かさで私を支えてくれた。 神城さんも「彼女だけは信頼に値する」と言って、私の様子を冬美に頼んでくれているほど。 もちろん、神城さんが配置してくださった護衛の方々のおかげで、学園生活は何の支障もなく平穏に過ぎていくのですが……。
今日も神城さんに付き添われて登校し、教室の席に着くと、すぐにクラスメイトたちが集まってきた。
「玲花様、おはようございます!」「今日もお美しいですね」「お昼、ご一緒しませんか?」
朝から飛び交うたくさんの声に、私は一つひとつ丁寧に応えながら、授業の準備を始める。 すると、それを見計らったように冬美が顔を出してくれました。
「玲花ちゃん、おはよ! 相変わらず、どこぞのアイドル並みの人気だねぇ」
「おはよう、冬美。ふふ、今日も一緒に勉強する?」
「えっ、いいの!? やったぁ、ありがとうー!!」
冬美とは最近、こうして二人で机を並べるのが日課になっている。 それは、もうすぐ始まる、この学園の厳しい定期テストに備えるため。
試験の内容はとても難しく、私たちCクラスには「霊力」のアドバンテージがない。 だからこそ、筆記試験でしっかり点数を取らないと、正当な評価をいただけないのだ。
私は国語をはじめ、どの教科も得意なので、冬美のためにテスト対策のプリントを作ったり、分からないところを教えたりしている。
「うん、全部正解。……満点だよ、冬美! 凄いじゃない!」
丸付けを終えた解答用紙を差し出すと、冬美はぱっと顔を輝かせました。
「ありがとう、玲花ちゃん! 玲花ちゃんの教え方が、本当にわかりやすいからだよ」
「そんなことないわ。冬美が一生懸命頑張っているからよ」
照れくさそうに笑う彼女を見ていると、私の心も自然と温かくなる。神子としての宿命や、周囲の打算的な期待に包まれる日々の中で、冬美と過ごすこの純粋な学びの時間だけが、私にとって何よりの宝物。
「さあ、次の範囲も頑張りましょうか」
「うん、よろしくね!」
カチカチと時を刻む時計の音と、紙の上を滑るペンの響き。私たちは心地よい静寂の中で、また仲良く勉強の続きを始めるのだった。
ようやく四限目のチャイムが鳴り響き、待ちに待った昼食の時間になった。
以前なら学食へ向かっていたけど、神子として覚醒してからは、できるだけ生徒の密集する場所を避けるようにと神城さんから言いつけられている。そのため、最近のランチタイムは教室で、お弁当を広げて過ごすのが習慣になっていた。
「はい、玲花ちゃん。今日も隣、お邪魔するね」
そう言って冬美が、当然のように自分のお弁当を持って隣の席へやってくる。 彼女は、私が一人で寂しい思いをしないようにと、わざわざ毎日お弁当を持参してくれるようになったのだ。 そんな彼女の優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとう、冬美。今日も一緒に食べられて嬉しいわ」
私がゆっくりとお弁当の蓋を開けると、そこには鮮やかな彩りが広がっていた。
ふんわりと焼き上げられた黄金色の卵焼きに、どこか愛嬌のある可愛らしいタコさんウィンナー……。 これは、いつも私を支えてくれる凛さんの特製弁当。
一つつまんで口に運ぶと、素材の甘みが優しく広がり、思わず頬が緩む。
(……美味しい。やっぱり凛さんの味は、心が落ち着くなぁ)
冬美と二人、お互いのおかずを交換したり、他愛もないお喋りに花を咲かせたり。 教室の喧騒からは少しだけ切り離されたような、穏やかで美味しいひとときが過ぎていった。
穏やかな昼食の時間は、ふとした冬美の問いかけから、少しだけ賑やかな空気へと変わる。
「そういえば玲花ちゃん。明日から三連休だけど、予定はどうなってるの~?」
「えっと……そうね、テスト勉強をするくらいかしら」
私はお箸を止めて控えめに答えたが、冬美は「またまた~」と言いたげな顔で私の瞳を覗き込んできた。
「それ以外は? 本当に勉強だけ?」
「……ええ。本当に、何もないわよ」
「嘘だぁ、絶対にあるでしょ! 正直に言いな~、玲花ちゃんは隠し事が下手なんだから」
冬美の鋭い指摘に、私は思わず言葉に詰まってしまう。どうやら、私の落ち着かない視線で悟られてしまったようだ。 隠し通すのは無理だと諦めた私は、熱くなる頬を指先で押さえながら、消え入りそうな声で打ち明ける。
「実は……その、神城さんと……デートをするの」
私の言葉に、冬美は一瞬だけ石のように固まった。 けれど、すぐに弾けたような笑顔になり、「きゃあ~っ!」と可愛らしい悲鳴を上げて身を乗り出してきた。
「えっ、嘘、本当に!? どこに行くの? 何するの!?」
「え、ええっと……。神城さんはお仕事でとても忙しいから、あまり遠出はできないけれど……。近場の、海に連れて行ってくれるって」
「えぇっ! なにそれ、最高じゃない! めちゃくちゃ素敵!」
いつも以上に前のめりになって喜んでくれる冬美に、私は少し気恥ずかしさを感じながらも、自然と口元が綻んでいくのを感じていた。
「ええ、私も……本当に、楽しみなの」
日々、次期当主としての仕事や喧騒に追われる神城さんと、二人きりで出かけられる機会なんて、めったにないこと。 それは私にとって、どんな宝石よりも価値のある、大切で貴重な時間。 寄せては返す波の音を隣で聞ける日を想像するだけで、私の胸は期待でいっぱいに膨らんでいく。
「あぁ~、なるほどね。だからかぁ……」
「……何が?」
いたずらっぽく目を細める冬美に首を傾げると、彼女は楽しそうにクスクスと笑い声を漏らしました。
「玲花ちゃん、さっきからずっと嬉しそうにニマニマしてたんだもん。お弁当がそんなに美味しいのかなって思ってたけど、正解は『神城さん』だったわけね」
「えっ! ……そ、そんなに分かりやすかったの……!?」
思わず両手で頬を押さえたが、時すでに遅し。どうやら私の心は、自分が思っている以上に正直に顔に出てしまっていたようだ。
(恥ずかしすぎるわ……。どうか、冬美以外の人には見られていませんように……)
そんな幸せな困惑に包まれているうちに、昼休みはあっという間に過ぎ去り、午後の授業もすべて終わりの時間を迎えた。
クラスメイトたちが名残惜しそうに私を振り返りながら教室を後にする中、私は自分の席で、静かに「その時」を待つ。 すると、聞き慣れた足音と共に教室の扉が開き、凛とした佇まいの神城さんが姿を見せた。
「玲花、待たせたな」
その落ち着いた声を聞いた瞬間、私の心はパッと花が咲いたように明るくなった。
「神城さん! 全然、大丈夫ですよ!」
溢れ出す喜びを抑えきれず、私は弾かれたように立ち上がると、吸い寄せられるように神城さんのもとへ駆け寄った。
そんな私を、彼は少し驚いたように、けれどすぐにいつもの慈しむような眼差しで、大きな腕の中に優しく抱きとめてくれた。
私は神城さんの体温と、懐かしい香りに包まれていた。
周囲の喧騒も、神子としての重圧も、すべてが遠い彼方へ消えていくような——私にとって、世界で一番安心できる、穏やかな時間がそこにあった。
神城さんは、私の顔色を細めるように見つめると、ふっと安堵したような表情を浮かべた。 そして、慈しむような声でいつものように問いかけてくれる。
「今日も楽しかったか?」
「はい! とても」
私の即答に、彼はわずかに眉を寄せ、守護者としての鋭い眼差しを覗かせた。
「誰かに、嫌なことはされていないな?」
「ええ、大丈夫です。クラスメイトの皆さんは……その、今はとても優しい方ばかりですから」
私の言葉に、神城さんはすべてを察したように少しだけ苦笑いを見せたが、すぐに優しく頷いてくれた。
「そっか。それならいいんだ。……じゃあ、帰ろうか」
「はい! またね、冬美」
「うん! ばいばい、玲花ちゃん。また休み明けにね!」
大きく手を振る冬美と別れ、私たちは学園の外に待機していた神城家の車へと乗り込みます。
帰宅してすぐ、神城さんは残っていたお仕事のために書斎へと向かう。私は一人自室へと戻り、机に積み上げられた参考書を開いた。
今日は、眠りにつくまで徹底的に勉強に打ち込むと決めていた。 明日、神城さんと二人きりで過ごす幸せな時間を、何にも邪魔されず、心ゆくまで楽しむために。
(頑張らなくちゃ。明日は……神城さんと海へ行くんだから)
ペンを走らせる手にも、自然と力がこもる。
数時間後、仕事を終えた神城さんと共に、穏やかな夕食の時間を過ごした。 温かなスープの湯気の向こうにある彼の笑顔に癒やされ、一日の疲れが溶けていくのを感じた。
その後、ゆっくりとお風呂に浸かって冷えた体を温め、心地よい微睡みの中でベッドに潜り込んだ。
消灯した部屋に、規則正しい時計の音だけが響く。
瞼を閉じれば、そこに広がるのは青い海と、隣で微笑む神城さんの姿。
明日訪れるはずの幸せなひとときを指折り数えながら、私は深い、優しい眠りへと落ちていくのだった。
待ちに待った三連休の初日。窓から差し込む柔らかな陽光に、私はいつもよりずっと早く目を覚ました。
今日は、神城さんとの初デート。
鏡の前で何度も服装を確かめ、普段より少しだけ時間をかけて準備をする間も、胸の鼓動がトクトクと高鳴っているのが分かった。 傍から見れば、きっと今の私は冬美が言っていた通り、隠しきれない喜びで「ニマニマ」してしまっているに違いない。
「神城さん、お待たせしました!」
玄関で待っていた彼のもとへ駆け寄ると、神城さんは少し目を見開いた後、優しく目を細める。
「……ああ。今日の玲花は、一段と愛らしいな」
その一言だけで、私の気分は最高潮に達してしまいた。
周囲には、神城さんが手配した護衛の方々が影のように控えているけど、今日ばかりは彼らの存在も気にならないほど、私の心は浮き立っていた。
最初に向かったのは、今、SNSでも話題の行列が絶えない人気のお洒落なカフェ。
「玲花が食べてみたいと言っていた場所だろう?」
そう言ってエスコートしてくれる神城さんの優しさが、何よりの嬉しい。 運ばれてきた色鮮やかなスイーツを前に、私は思わず声を弾ませてしまう。
「見てください、神城さん! 食べるのがもったいないくらい可愛いです!」
「ふふ、そうだな。だが、玲花が幸せそうに食べてくれるのが一番だよ」
賑やかな店内で、二人で分け合って食べる甘いひととき。 いつもは厳しい表情でお仕事をされている神城さんが、私の話に楽しそうに耳を傾けてくれる……それだけで、世界がキラキラと輝いて見えた。
その後も、賑わう街並みを歩き、素敵な雑貨屋さんに立ち寄ったりと、夢のような時間は瞬く間に過ぎていく。 そして日が少しずつ傾き始めた頃、車は最終目的地である海へと向かった。
潮の香りが鼻をくすぐり、視界が開けた瞬間、目の前にはオレンジ色に染まり始めた広大な海が広がっていた。
「わあ……綺麗……っ!」
私は思わず砂浜へと駆け出す。寄せては返す白い波が、夕日に照らされて宝石のように輝いていた。
追いついてきた神城さんが、隣でそっと私の手を取った。
「今日のデートは楽しかったか、玲花」
「はい……! 人生で一番、幸せな一日です」
繋いだ手から伝わる彼の体温。
静かな波音に包まれながら、私は神城さんの肩にそっと頭を預ける。
学園での喧騒も、神子としての重責も、今はどこか遠い国の出来事のよう。
ただ、この温かな夕暮れが永遠に続いてほしいと、私は心から願うのだった。
夕日に染まる渚で、寄せては返す波の音を聞きながら、私たちはしばらく言葉を交わさずに寄り添っていた。
「玲花」
静かに名前を呼ばれ、私が顔を上げると、神城さんは懐から小さな、けれど気品溢れる黒いベルベットの小箱を取り出した。
「これは……?」
「今日の記念だ。神子としてではなく、今日を一緒に楽しんでくれた一人の女の子としての君へ、贈りたかったんだ」
差し出された箱の中には、夕陽を反射して烈火のように輝く、大粒のルビーのネックレスが横たわっていた。
神城さんの逞しくも優しい手が私の首筋に触れ、丁寧に鎖を留めてくれた。 鏡を見るまでもなく、胸元に灯ったその赤い輝きが、私の心まで熱く染め上げていくのが分かった。
「……神城さん、これ、神城さんの瞳と同じ色です! まるで、神城さんがいつも守ってくれているみたいで、とっても嬉しい……っ」
私の言葉に、神城さんは少しだけ驚いたように目を見開き、それから困ったように、けれど最高に優しい顔で微笑んだ。
「そう言ってもらえると、選んだ甲斐があるな」
海風に吹かれながら、私は彼の胸にそっと顔を寄せ、ルビーの温もりと彼の鼓動を同時に感じていた。
帰宅後、自室に戻っても胸の高鳴りは一向に収まらなかった。私は真っ先に、今日一番の幸せを親友の冬美へ報告する。
『冬美、聞いて! 神城さんから、とっても綺麗なルビーのネックレスを貰ったの。海も、夕日も……全部が夢みたいに素敵だったわ』
すぐにスマートフォンの通知が勢いよく鳴り響きます。
『きゃあああ!ちょっと、情熱的なルビー!?しかも神城さんの瞳の色なんて、愛が重すぎ……じゃなくて、最高にロマンチックじゃん!絶対に見せてね!三連休終わったら、根掘り葉掘り聞くから覚悟してね!』
冬美の明るいメッセージに、私はベッドの上で足をバタつかせながら、幸せな溜息を漏らした。
窓の外には静かな夜が広がっているが、私の胸元ではルビーが今も熱を持って輝いている。
神子として目覚めてから、世界は大きく変わってしまったけれど。
こうして支えてくれる友人がいて、愛してくれる人が隣にいてくれる。
「……明日も、いい日になりますように」
私はネックレスをそっと握りしめ、幸せな余韻に包まれながら、深い眠りへと落ちていくのでした。
そして三連休が終わり、私は鏡の前で何度も位置を確かめてから、神城さんに贈られたあのルビーを制服の襟元に忍ばせた。
校門を潜る足取りは、心なしかいつもより軽やかだった。
教室の扉を開けると、そこには既に登校していたクラスメイトたちの視線が集まった。
「あ……玲花様、その胸元の輝きは……!」
「なんて情熱的な赤。まるで神城様の瞳のような……」
神子としての神々しさに加え、ルビーの放つ鮮烈な輝きに、教室中が息を呑むのが分かる。 そこへ、弾丸のような勢いで冬美が駆け寄ってきた。
「ちょっと玲花ちゃん! 見せて見せて! うわぁ……本物だぁ……!」
冬美は私の胸元に顔を近づけんばかりに興奮し、瞳をキラキラと輝かせている。
「これ、玲花ちゃんが言ってた神城様からのプレゼントでしょ!? 意味深すぎるよ〜!『僕がいつも君を見守っているよ』ってメッセージにしか聞こえないよ!」
「ふふっ、冬美ったら。でも、本当に神城さんの瞳と同じ色で……私、これをつけていると勇気が出るの」
頬を赤らめる私を見て、冬美は「ごちそうさま!」と茶目っ気たっぷりに笑い、それからキリッと表情を引き締めた。
「よし! その惚気パワー、今日のテストに全部ぶつけようね! 玲花ちゃんに教えてもらったところ、完璧に叩き込んできたんだから!」
そう、今日はついに運命の定期テスト当日だ。
チャイムの音と共に、教室内にはピリついた緊張感が走る。 霊力を持たないCクラスの私たちにとって、この筆記試験は文字通り「生き残り」をかけた戦い。
配られた問題用紙をめくると、そこには私たちが連日、机を並べて解き明かしてきた難問たちが並んでいた。
(大丈夫。冬美と一緒に、あんなに頑張ったんだもの)
私は胸元のルビーをそっと指先でなぞる。服越しに伝わる微かな温もりが、神城さんが隣にいてくれるような安心感を添えてくれた。
ペンを走らせる音だけが響く静寂の中、私は冬美と視線を交わすこともなく、ただ一心不乱に解答を埋めていく。 冬美もまた、迷いのない筆致でペンを動かしていた。
これまで積み重ねてきた努力、冬美との絆、そして神城さんへの想い――。
そのすべてを解答用紙に刻み込むように。私は一分一秒を惜しんで、この試練に全力で立ち向かうのだった。
そして、定期テストの返却日、教室には独特の緊張感が漂っていた。
教壇に立つ先生の手元には、私たちの努力の結晶である答案用紙が握られている。
「今回のテストだが……素晴らしい結果を出した者がいる」
先生に名前を呼ばれ、受け取った紙には鮮やかな赤字で「100」の数字が並んでいた。 席に戻ると、隣で答案を握りしめていた冬美が、震える声で報告してくれた。
「玲花ちゃん、見て……! 私、信じられない。Cクラスなのに、学年で20位以内に入れたよ!」
「良かった、冬美! 本当に毎日頑張っていたものね。私も自分のことみたいに嬉しいわ!」
自分の満点よりも、親友の努力が報われたことに胸を熱くして微笑む私に、冬美がふと、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、それで玲花ちゃんはどうだったの? 相当凄かったんでしょ?」
「え……ええっと。それは……」
少し言い淀みながら、私はそっと自分の解答用紙の束を冬美に見えるようにずらした。 そこにある順位の欄を確認した瞬間、冬美は「ええっ!?」と教室中に響き渡るような声を上げた。
「い、一位……!? しかも全教科ほぼ満点!? 玲花ちゃん、凄すぎるよ…… Aクラスのエリートたちを抑えてトップなんて、もう伝説になっちゃうよ!」
「そんな、大袈裟よ……。冬美が一緒に勉強してくれたから、私も集中できたんだよ」
「もう、謙遜しすぎ! 玲花ちゃんは私たちの誇りだよ!」
冬美に手放しで褒められ、私は気恥ずかしさに頬を染めながらも、胸元のルビーをそっと押さえた。 この輝きが、私の背中を押してくれたような気がしたのだ。
その日の放課後、車に揺られて帰宅した私達を待っていたのは、温かな光に包まれたリビングだった。
「お疲れ、玲花。……そして雪乃さんも」
「お邪魔します、神城様! 玲花ちゃん、学年一位だったんですよ! 本当に凄いです!」
リビングに入るとテーブルには、凛さんが腕によりをかけて作った豪華な料理が並んでいた。今日は「テストお疲れ様パーティー」。 神城さんもまた、多忙な公務の合間を縫って試験に臨み、当然のように学年一位の座を射止めていた。
「二人とも、本当によく頑張ったな。今日は無礼講だ。好きなだけ食べてくれ」
神城さんの柔らかな声に促され、私たちは賑やかに食卓を囲みます。
「神城様、これ! 玲花ちゃんが教えてくれたところ、バッチリ出たんですよ!」
「ほう、玲花の教え方が良かったということか。流石、俺の玲花だ」
「もう、二人とも……。でも、冬美が毎日あんなに努力していたからだよ」
お互いを褒め合い、笑い合う時間。私の胸元では、あのルビーのネックレスが照明を浴びて誇らしげに輝いている。
「玲花、改めておめでとう。君の努力が報われて、俺も誇らしい」
神城さんがそっと私の手の上に、自身の掌を重ねました。 その温もりに、テストの疲れも、神子としての緊張も、すべてが溶けていくような気がする。
「ありがとうございます。……神城さんと、冬美と一緒にこうして笑い合えることが、私にとって一番のご褒美です」
窓の外には穏やかな夜が広がり、私たちは幸せな達成感に浸りながら、心ゆくまでこの特別な夜を楽しんだのだった。

