第七話 土曜日、二人きりの家
土曜の朝は、少しだけ静かだった。
平日より遅く目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む光が、柔らかい。
下から物音がする。
キッチン。
フライパンの音。
味噌汁の香り。
階段を降りると、そこにいたのは瑠奈だった。
「おはよ」
エプロン姿。
髪をゆるくまとめている。
「……なんでお前が作ってんの」
「おばさん今日仕事。だから私」
当たり前みたいに言う。
テーブルには二人分の朝食。
「ほら、座って」
湯気が立ち上る。
味噌汁を一口飲む。
「……うまい」
ぽつりとこぼれた言葉に、瑠奈は少しだけ笑う。
「でしょ」
その笑顔が、妙に柔らかい。
昨日の部活の疲れが、少しだけほどける。
食べ終わる頃、瑠奈が言った。
「今日、暇?」
「まあ」
「じゃあ、付き合って」
その一言が自然すぎて、断る理由もない。
向かったのは駅前。
土曜の昼前、街はにぎわっている。
映画館の前で立ち止まる。
「これ、観たいんだよね」
ポスターを指差す。
「恋愛映画?」
「文句ある?」
「いや」
結局、二人並んで席に座る。
暗くなる。
スクリーンが光る。
途中、何度か瑠奈の肩が触れる。
偶然なのか、わざとなのか分からない距離。
クライマックス。
ヒロインが想いを告げるシーン。
横を見ると、瑠奈は真剣な顔をしていた。
エンドロールが流れる。
「どうだった?」
「……まあ、よかった」
「雑」
笑いながらも、どこか探るような視線。
「七斗だったら、ああいうときどうする?」
「どうって」
「好きな人がいたら」
心臓が一拍遅れる。
「……わかんない」
正直な答え。
瑠奈は少しだけ目を細める。
「そっか」
帰り道。
コンビニでアイスを買う。
並んで歩く。
自然と距離が近い。
「ねえ」
「ん?」
「葉英と、最近よく練習してるよね」
急に名前が出る。
「ああ」
「楽しい?」
「まあな」
沈黙。
アスファルトに影が並ぶ。
「私は?」
小さな声。
「私といるの、楽しい?」
立ち止まる。
真正面。
逃げられない。
「……楽しいよ」
嘘じゃない。
瑠奈といる時間は、安心する。
家族みたいで。
でも、家族じゃない。
その曖昧さが、胸に引っかかる。
瑠奈は少しだけ笑った。
「ならよかった」
でもその目は、どこか真剣だった。
夕方。
家に戻る。
リビングで並んでソファに座る。
テレビはついているけど、内容は頭に入らない。
距離が近い。
肩が触れる。
さっきより、意識してしまう。
「七斗」
「ん?」
「もしさ」
視線はテレビのまま。
「私が本気になったら、困る?」
心臓が強く鳴る。
冗談っぽく言っているのに、声は少し震えている。
「……困らない」
言ってから、自分で驚く。
瑠奈がゆっくりこちらを見る。
距離が、ほんの少し縮まる。
「じゃあ、覚悟しといて」
囁くような声。
でも、笑っていない。
本気。
その瞬間、玄関の鍵が回る音がした。
母が帰ってくる。
空気が少しだけ緩む。
でも、さっきの言葉は消えない。
夜。
部屋に戻る。
ベッドに倒れ込む。
今日一日を思い出す。
映画館の暗闇。
並んで歩いた帰り道。
ソファの距離。
(覚悟しといて、か……)
瑠奈は、家族みたいな距離を武器にしてくる。
自然で、強い。
逃げ場がない。
そしてそれは、嫌じゃない。
むしろ――
心が、少し揺れている。
天井を見つめながら、ため息をつく。
土曜は終わる。
土曜の朝は、少しだけ静かだった。
平日より遅く目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む光が、柔らかい。
下から物音がする。
キッチン。
フライパンの音。
味噌汁の香り。
階段を降りると、そこにいたのは瑠奈だった。
「おはよ」
エプロン姿。
髪をゆるくまとめている。
「……なんでお前が作ってんの」
「おばさん今日仕事。だから私」
当たり前みたいに言う。
テーブルには二人分の朝食。
「ほら、座って」
湯気が立ち上る。
味噌汁を一口飲む。
「……うまい」
ぽつりとこぼれた言葉に、瑠奈は少しだけ笑う。
「でしょ」
その笑顔が、妙に柔らかい。
昨日の部活の疲れが、少しだけほどける。
食べ終わる頃、瑠奈が言った。
「今日、暇?」
「まあ」
「じゃあ、付き合って」
その一言が自然すぎて、断る理由もない。
向かったのは駅前。
土曜の昼前、街はにぎわっている。
映画館の前で立ち止まる。
「これ、観たいんだよね」
ポスターを指差す。
「恋愛映画?」
「文句ある?」
「いや」
結局、二人並んで席に座る。
暗くなる。
スクリーンが光る。
途中、何度か瑠奈の肩が触れる。
偶然なのか、わざとなのか分からない距離。
クライマックス。
ヒロインが想いを告げるシーン。
横を見ると、瑠奈は真剣な顔をしていた。
エンドロールが流れる。
「どうだった?」
「……まあ、よかった」
「雑」
笑いながらも、どこか探るような視線。
「七斗だったら、ああいうときどうする?」
「どうって」
「好きな人がいたら」
心臓が一拍遅れる。
「……わかんない」
正直な答え。
瑠奈は少しだけ目を細める。
「そっか」
帰り道。
コンビニでアイスを買う。
並んで歩く。
自然と距離が近い。
「ねえ」
「ん?」
「葉英と、最近よく練習してるよね」
急に名前が出る。
「ああ」
「楽しい?」
「まあな」
沈黙。
アスファルトに影が並ぶ。
「私は?」
小さな声。
「私といるの、楽しい?」
立ち止まる。
真正面。
逃げられない。
「……楽しいよ」
嘘じゃない。
瑠奈といる時間は、安心する。
家族みたいで。
でも、家族じゃない。
その曖昧さが、胸に引っかかる。
瑠奈は少しだけ笑った。
「ならよかった」
でもその目は、どこか真剣だった。
夕方。
家に戻る。
リビングで並んでソファに座る。
テレビはついているけど、内容は頭に入らない。
距離が近い。
肩が触れる。
さっきより、意識してしまう。
「七斗」
「ん?」
「もしさ」
視線はテレビのまま。
「私が本気になったら、困る?」
心臓が強く鳴る。
冗談っぽく言っているのに、声は少し震えている。
「……困らない」
言ってから、自分で驚く。
瑠奈がゆっくりこちらを見る。
距離が、ほんの少し縮まる。
「じゃあ、覚悟しといて」
囁くような声。
でも、笑っていない。
本気。
その瞬間、玄関の鍵が回る音がした。
母が帰ってくる。
空気が少しだけ緩む。
でも、さっきの言葉は消えない。
夜。
部屋に戻る。
ベッドに倒れ込む。
今日一日を思い出す。
映画館の暗闇。
並んで歩いた帰り道。
ソファの距離。
(覚悟しといて、か……)
瑠奈は、家族みたいな距離を武器にしてくる。
自然で、強い。
逃げ場がない。
そしてそれは、嫌じゃない。
むしろ――
心が、少し揺れている。
天井を見つめながら、ため息をつく。
土曜は終わる。

