第五話(葉英視点)コートの上の約束
放課後の体育館。
床に反射する夕陽が、オレンジ色に揺れている。
深呼吸を一つ。
(大丈夫)
ずっと、この日を想像してきた。
七斗と、同じ高校で。
同じコートで。
また、一緒にバスケをする日。
「緊張してる?」
わざと軽い声で聞く。
本当は、私のほうが緊張しているのに。
七斗は強がる。肩が上がっているのに「してねえよ」なんて言う。
(変わってない)
それが、嬉しかった。
「私は大丈夫。七斗と同じコートだし」
口に出した瞬間、自分で少し驚く。
昔と同じ言葉。
でも今は、意味が少し違う。
小学生の頃は、ただ無邪気に信じていた。
“七斗がいれば勝てる”って。
今は――
(七斗と並んでいられる自分でいたい)
そのほうが強い。
「Aチーム、七斗、葉英――」
名前が並んだ瞬間、胸が高鳴る。
(神様、ちょっとだけ優しい)
コートに立つ。
ボールが跳ねる音が、やけにクリアに聞こえる。
試合開始。
七斗がドリブルで切り込む。
速い。
中学でさらに磨かれた動き。
少しだけ、悔しい。
(置いていかれたくない)
「左!」
声を出す。
言わなくても、たぶん通じている。
それでも、確認したい。
七斗の体が自然に動く。
ノールックパス。
ボールが吸い込まれるように手に収まる。
リズムは覚えている。
踏み込み、跳ぶ。
放つ。
――スパッ。
ネットの音。
心臓が跳ねる。
(戻ってきた)
何年も離れていたはずなのに、
この感覚だけは消えていなかった。
七斗が突破すれば、私は外で待つ。
私がドライブすれば、七斗がカバーに入る。
視線が合うだけでわかる。
言葉はいらない。
この瞬間だけは、誰にも割り込めない。
点差が広がる。
上級生がざわつく。
でもそんなことより。
七斗が楽しそうに笑っていることが、何より嬉しい。
あの顔。
小学生の頃、夕焼けの公園で何度も見た顔。
(やっと、戻ってきた)
ブザーが鳴る。
試合終了。
息が上がる。
でも心は、静かだった。
「まだまだだな」
七斗が言う。
「うん。でも、楽しかった」
本音だった。
「やっと、また一緒にバスケできた」
少しだけ声が震えたかもしれない。
七斗は気づいただろうか。
ずっと、怖かった。
中学で離れている間に、
七斗がもっと遠くへ行ってしまうんじゃないかって。
でも今、隣にいる。
「全国、行くぞ」
その言葉。
あの日の続きみたいで。
「もちろん」
迷いなく答える。
(今度は、隣で行く)
“守られる側”じゃなくて。
“支える側”じゃなくて。
並んで、同じ高さで。
ふと、視線を感じる。
体育館の入り口。
瑠奈ちゃん。
明るくて、誰とでも笑える子。
七斗の隣に自然に立てる子。
(この子が……)
胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。
今日の七斗は、きっとかっこよかった。
私だけが知っている顔じゃない。
それが、少しだけ苦しい。
でも。
(負けない)
バスケも。
想いも。
コートの上で隣に立てるのは、私だ。
今日みたいに。
何度でも証明する。
体育館を出るとき、七斗の横に自然と並ぶ。
「ディフェンス、少し遅い」
わざといつも通りに言う。
特別な空気を、日常に戻すために。
そこへ瑠奈ちゃんが割って入る。
「めちゃくちゃかっこよかった!」
まっすぐな言葉。
少しだけ、胸がチクリとする。
「応援、ありがとう」
笑顔で返す。
笑顔は崩さない。
でも心の奥では、はっきり思っている。
(七斗の“特別”は、まだ私のもの)
火花は小さい。
でも、消えるつもりはない。
コートの上の約束。
それは、夢だけじゃない。
――私の、譲れない場所。
放課後の体育館。
床に反射する夕陽が、オレンジ色に揺れている。
深呼吸を一つ。
(大丈夫)
ずっと、この日を想像してきた。
七斗と、同じ高校で。
同じコートで。
また、一緒にバスケをする日。
「緊張してる?」
わざと軽い声で聞く。
本当は、私のほうが緊張しているのに。
七斗は強がる。肩が上がっているのに「してねえよ」なんて言う。
(変わってない)
それが、嬉しかった。
「私は大丈夫。七斗と同じコートだし」
口に出した瞬間、自分で少し驚く。
昔と同じ言葉。
でも今は、意味が少し違う。
小学生の頃は、ただ無邪気に信じていた。
“七斗がいれば勝てる”って。
今は――
(七斗と並んでいられる自分でいたい)
そのほうが強い。
「Aチーム、七斗、葉英――」
名前が並んだ瞬間、胸が高鳴る。
(神様、ちょっとだけ優しい)
コートに立つ。
ボールが跳ねる音が、やけにクリアに聞こえる。
試合開始。
七斗がドリブルで切り込む。
速い。
中学でさらに磨かれた動き。
少しだけ、悔しい。
(置いていかれたくない)
「左!」
声を出す。
言わなくても、たぶん通じている。
それでも、確認したい。
七斗の体が自然に動く。
ノールックパス。
ボールが吸い込まれるように手に収まる。
リズムは覚えている。
踏み込み、跳ぶ。
放つ。
――スパッ。
ネットの音。
心臓が跳ねる。
(戻ってきた)
何年も離れていたはずなのに、
この感覚だけは消えていなかった。
七斗が突破すれば、私は外で待つ。
私がドライブすれば、七斗がカバーに入る。
視線が合うだけでわかる。
言葉はいらない。
この瞬間だけは、誰にも割り込めない。
点差が広がる。
上級生がざわつく。
でもそんなことより。
七斗が楽しそうに笑っていることが、何より嬉しい。
あの顔。
小学生の頃、夕焼けの公園で何度も見た顔。
(やっと、戻ってきた)
ブザーが鳴る。
試合終了。
息が上がる。
でも心は、静かだった。
「まだまだだな」
七斗が言う。
「うん。でも、楽しかった」
本音だった。
「やっと、また一緒にバスケできた」
少しだけ声が震えたかもしれない。
七斗は気づいただろうか。
ずっと、怖かった。
中学で離れている間に、
七斗がもっと遠くへ行ってしまうんじゃないかって。
でも今、隣にいる。
「全国、行くぞ」
その言葉。
あの日の続きみたいで。
「もちろん」
迷いなく答える。
(今度は、隣で行く)
“守られる側”じゃなくて。
“支える側”じゃなくて。
並んで、同じ高さで。
ふと、視線を感じる。
体育館の入り口。
瑠奈ちゃん。
明るくて、誰とでも笑える子。
七斗の隣に自然に立てる子。
(この子が……)
胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。
今日の七斗は、きっとかっこよかった。
私だけが知っている顔じゃない。
それが、少しだけ苦しい。
でも。
(負けない)
バスケも。
想いも。
コートの上で隣に立てるのは、私だ。
今日みたいに。
何度でも証明する。
体育館を出るとき、七斗の横に自然と並ぶ。
「ディフェンス、少し遅い」
わざといつも通りに言う。
特別な空気を、日常に戻すために。
そこへ瑠奈ちゃんが割って入る。
「めちゃくちゃかっこよかった!」
まっすぐな言葉。
少しだけ、胸がチクリとする。
「応援、ありがとう」
笑顔で返す。
笑顔は崩さない。
でも心の奥では、はっきり思っている。
(七斗の“特別”は、まだ私のもの)
火花は小さい。
でも、消えるつもりはない。
コートの上の約束。
それは、夢だけじゃない。
――私の、譲れない場所。

