第五話 コートの上の約束
放課後の体育館は、昼間とはまるで別の空間だった。
窓から差し込む西日のオレンジ色の光。
床に反射する汗の粒。
ドリブルの音が重なり、シューズのきしむ音が反響する。
バスケットボール部・新入生入部テスト。
葉和高等学校では男女合同で練習を行う。全国常連の強豪校だけあって、集まった一年生の数もレベルも高い。
コートの端には、腕を組んだ上級生たちがずらりと並び、値踏みするような視線を向けていた。
七斗は深く息を吸う。
(ここで通用するかどうか……試される)
「緊張してる?」
隣から聞き慣れた声。
振り向くと、葉英が柔軟をしながらこちらを見ていた。額にかかる髪を軽く払う仕草が、どこか大人びて見える。
「してねえよ」
「嘘。肩、上がってる」
くすっと笑う。
小学生の頃から変わらない。
七斗の癖を、全部知っている顔だ。
「お前こそ」
「私は大丈夫」
一瞬間を置いてから、
「七斗と同じコートだし」
さらっと言う。
何気ない言葉なのに、心臓が強く跳ねる。
(昔も、こんなこと言ってたな……)
――“七斗がいるなら負けない”。
あの頃は無邪気だった。
今は少しだけ、意味が違う気がする。
「一年、整列!」
顧問の鋭い声が体育館に響いた。
空気が一気に張り詰める。
テスト内容は基礎ドリブル、シュート精度、体力測定。そして最後は――実戦形式のミニゲーム。
「……来たな」
七斗の目が変わる。
名前が呼ばれていく。
「Aチーム、七斗、葉英――」
その瞬間、二人は顔を見合わせた。
「同じだね」
「久しぶりにやるか」
自然と口元が上がる。
コートに立った瞬間、周囲の音が遠のいた。
ボールが跳ねる音だけが、鮮明に響く。
ティップオフ。
七斗は一歩目で抜いた。
素早いドリブルで切り込み、ディフェンスを引きつける。
「左!」
葉英の声。
考えるより先に体が動く。
ノールックパス。
葉英が外で受け取る。
迷いのないジャンプシュート。
フォームは綺麗で、ブレがない。
――スパッ。
ネットが鳴る。
一瞬、体育館が静まり返る。
「ナイス!」
「当然」
短いやり取り。
でもそれだけで通じる。
ディフェンスも連携も、言葉がいらない。
七斗が突破すれば、葉英が外で待つ。
葉英がドライブすれば、七斗がカバーに入る。
視線ひとつで動きがわかる。
小学生の頃、何百回も繰り返した形。
ブランクなんて、なかった。
点差はみるみる広がる。
上級生たちがざわつき始める。
「一年にあんなコンビいたか?」
「完成度高すぎだろ……」
最後のブザー。
圧倒的な点差。
七斗は息を整えながら、葉英を見る。
「まだまだだな」
「うん。でも、楽しかった」
汗ばんだ顔で、少し照れたように微笑む。
「やっと、また一緒にバスケできた」
その言葉は、静かだけど重い。
七斗の胸が、じんわりと熱くなる。
「全国、行くぞ」
「もちろん」
視線がまっすぐ重なる。
そこには迷いも照れもない。
ただ、同じ目標だけがある。
体育館の入り口。
こっそり様子を見に来ていた瑠奈が立っていた。
「……すご」
思わず漏れる。
七斗の見たことのない顔。
真剣で、楽しそうで、誰よりも輝いている。
その隣にいるのは――葉英。
二人の間に流れる空気は、ただの“幼なじみ”ではない。
積み重ねた時間と、共有した夢が作る空気。
(あれが……七斗の“特別”なんだ)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
悔しい。
でも。
瑠奈は小さく拳を握る。
「だからって、諦めないけどね」
その目には、確かな決意が宿っていた。
テスト後。
「七斗、今日の動き良かったよ。でもディフェンスの戻り、少し遅い」
「うるさい」
「後で見直そうか?」
自然に並んで歩く二人。
距離が近い。
歩幅も同じ。
そこへ――
「お疲れ!」
瑠奈が明るく割って入る。
「七斗、めちゃくちゃかっこよかった!」
「え、見てたのか?」
「うん! ファン一号だよ」
ぐっと距離を詰める。
わざとらしいくらい近い。
七斗は一瞬たじろぐ。
葉英はその様子を静かに見ている。
「応援、ありがとう」
穏やかな声。
でも、その目は少しだけ鋭い。
「瑠奈ちゃんも、バスケ好きなの?」
「好きだよ。でも今日みたいな七斗は初めて見た」
まっすぐな視線。
「悔しいけど、すごかった」
正直な言葉。
七斗は少しだけ照れる。
「……別に」
火花はまだ小さい。
でも確実に、灯り始めていた。
コートの上の約束。
そして、コートの外で生まれる感情。
バスケも、恋も。
本気で向き合えば向き合うほど、簡単じゃない。
放課後の体育館は、昼間とはまるで別の空間だった。
窓から差し込む西日のオレンジ色の光。
床に反射する汗の粒。
ドリブルの音が重なり、シューズのきしむ音が反響する。
バスケットボール部・新入生入部テスト。
葉和高等学校では男女合同で練習を行う。全国常連の強豪校だけあって、集まった一年生の数もレベルも高い。
コートの端には、腕を組んだ上級生たちがずらりと並び、値踏みするような視線を向けていた。
七斗は深く息を吸う。
(ここで通用するかどうか……試される)
「緊張してる?」
隣から聞き慣れた声。
振り向くと、葉英が柔軟をしながらこちらを見ていた。額にかかる髪を軽く払う仕草が、どこか大人びて見える。
「してねえよ」
「嘘。肩、上がってる」
くすっと笑う。
小学生の頃から変わらない。
七斗の癖を、全部知っている顔だ。
「お前こそ」
「私は大丈夫」
一瞬間を置いてから、
「七斗と同じコートだし」
さらっと言う。
何気ない言葉なのに、心臓が強く跳ねる。
(昔も、こんなこと言ってたな……)
――“七斗がいるなら負けない”。
あの頃は無邪気だった。
今は少しだけ、意味が違う気がする。
「一年、整列!」
顧問の鋭い声が体育館に響いた。
空気が一気に張り詰める。
テスト内容は基礎ドリブル、シュート精度、体力測定。そして最後は――実戦形式のミニゲーム。
「……来たな」
七斗の目が変わる。
名前が呼ばれていく。
「Aチーム、七斗、葉英――」
その瞬間、二人は顔を見合わせた。
「同じだね」
「久しぶりにやるか」
自然と口元が上がる。
コートに立った瞬間、周囲の音が遠のいた。
ボールが跳ねる音だけが、鮮明に響く。
ティップオフ。
七斗は一歩目で抜いた。
素早いドリブルで切り込み、ディフェンスを引きつける。
「左!」
葉英の声。
考えるより先に体が動く。
ノールックパス。
葉英が外で受け取る。
迷いのないジャンプシュート。
フォームは綺麗で、ブレがない。
――スパッ。
ネットが鳴る。
一瞬、体育館が静まり返る。
「ナイス!」
「当然」
短いやり取り。
でもそれだけで通じる。
ディフェンスも連携も、言葉がいらない。
七斗が突破すれば、葉英が外で待つ。
葉英がドライブすれば、七斗がカバーに入る。
視線ひとつで動きがわかる。
小学生の頃、何百回も繰り返した形。
ブランクなんて、なかった。
点差はみるみる広がる。
上級生たちがざわつき始める。
「一年にあんなコンビいたか?」
「完成度高すぎだろ……」
最後のブザー。
圧倒的な点差。
七斗は息を整えながら、葉英を見る。
「まだまだだな」
「うん。でも、楽しかった」
汗ばんだ顔で、少し照れたように微笑む。
「やっと、また一緒にバスケできた」
その言葉は、静かだけど重い。
七斗の胸が、じんわりと熱くなる。
「全国、行くぞ」
「もちろん」
視線がまっすぐ重なる。
そこには迷いも照れもない。
ただ、同じ目標だけがある。
体育館の入り口。
こっそり様子を見に来ていた瑠奈が立っていた。
「……すご」
思わず漏れる。
七斗の見たことのない顔。
真剣で、楽しそうで、誰よりも輝いている。
その隣にいるのは――葉英。
二人の間に流れる空気は、ただの“幼なじみ”ではない。
積み重ねた時間と、共有した夢が作る空気。
(あれが……七斗の“特別”なんだ)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
悔しい。
でも。
瑠奈は小さく拳を握る。
「だからって、諦めないけどね」
その目には、確かな決意が宿っていた。
テスト後。
「七斗、今日の動き良かったよ。でもディフェンスの戻り、少し遅い」
「うるさい」
「後で見直そうか?」
自然に並んで歩く二人。
距離が近い。
歩幅も同じ。
そこへ――
「お疲れ!」
瑠奈が明るく割って入る。
「七斗、めちゃくちゃかっこよかった!」
「え、見てたのか?」
「うん! ファン一号だよ」
ぐっと距離を詰める。
わざとらしいくらい近い。
七斗は一瞬たじろぐ。
葉英はその様子を静かに見ている。
「応援、ありがとう」
穏やかな声。
でも、その目は少しだけ鋭い。
「瑠奈ちゃんも、バスケ好きなの?」
「好きだよ。でも今日みたいな七斗は初めて見た」
まっすぐな視線。
「悔しいけど、すごかった」
正直な言葉。
七斗は少しだけ照れる。
「……別に」
火花はまだ小さい。
でも確実に、灯り始めていた。
コートの上の約束。
そして、コートの外で生まれる感情。
バスケも、恋も。
本気で向き合えば向き合うほど、簡単じゃない。
