親の再婚で気になってた同級生が妹になったけど、初恋の許嫁も同じ高校にいた件について

第十話 一歩、踏み込む
 火曜日の朝は、どこか落ち着かなかった。
 教室のざわめきはいつも通り。
 誰かの笑い声。
 机を引く音。
 窓から入る風。
 なのに七斗の心だけが、静まらない。
 昨日の夜。
 コンビニの蛍光灯の下。
 瑠奈の「忘れないでね」。
 葉英の「遠慮しないから」。
 あれは偶然だったのか、それとも――。
「七斗」
 顔を上げると、瑠奈が机に寄りかかっていた。
「今日、帰り一緒に帰れる?」
 声は自然。
 でも視線は真っ直ぐだ。
「部活ある」
「終わるの待つ」
 迷いのない即答。
 七斗が言葉に詰まった、そのとき。
 教室の後ろのドアが開く。
「朝練のノート、返すね」
 葉英。
 静かな声。
 その一瞬、教室の空気が変わった気がした。
 葉英の視線が、ほんのわずかに瑠奈へ向く。
 瑠奈も、視線を逸らさない。
 笑っているのに、温度は低い。
「放課後、少し話せる?」
 葉英が七斗に言う。
 問いかけというより、確認。
「……ああ」
 頷いた瞬間。
「じゃあ私も待ってる」
 瑠奈が被せる。
 軽い口調。
 でも退く気はない。
 教室のざわめきの中、三人だけが別の空気にいる。

 放課後。
 体育館は熱気に包まれていた。
 ボールの音。
 シューズの擦れる音。
 顧問の笛。
「集中!」
 声が響く。
 七斗は必死に走る。
 考えないようにするために。
 でも視線を感じる。
 体育館の入口。
 ベンチに座る瑠奈。
 少し離れたところで列に並ぶ葉英。
 距離はある。
 でも、二人とも七斗から目を離していない。
 葉英とマッチアップする。
 ボールを持つ。
「本気で来て」
 小さな声。
「来てる」
 ドライブ。
 ぶつかる肩。
 跳ぶ。
 ブロック。
 互角。
 でも今日は、いつもより激しい。
 負けたくない、というより――
 奪われたくない。
 そんな感情が混じっている。
 練習が終わる。
 息が荒い。
 汗が目に入る。
 外へ出ると、夕焼けが広がっていた。

「先、話すね」
 葉英が言う。
 瑠奈は数秒、七斗を見る。
「ちゃんと帰ってきてよ?」
 冗談っぽい声。
 でも目は笑っていない。
 七斗は何も言えず、葉英についていく。

 校舎裏。
 人気のない場所。
 風が吹き抜ける。
 葉英はすぐには話さない。
 ただ、七斗を見つめる。
 その視線は逃げない。
「昨日さ」
「……ああ」
「瑠奈ちゃん、七斗のこと好きだよ」
 遠回しじゃない。
「分かってるよね?」
 七斗は答えられない。
 分かっている。
 でも認めたくなかった。
「私は」
 一歩近づく。
 足音が小さく響く。
「幼なじみだから隣にいるんじゃない」
 距離が縮まる。
「七斗が好きだから、隣にいる」
 はっきり。
 迷いがない。
 心臓が強く鳴る。
 視線を逸らせない。
「特別って言ってくれたよね」
 日曜、公園で。
「あれ、嬉しかった」
 少しだけ、声が柔らかくなる。
「でも、“特別”で止まる気ないから」
 さらに一歩。
 制服の袖が触れそうな距離。
「私は七斗が好き」
 風が止まったような静けさ。
 ただ、その言葉だけが重く残る。
「答え、今じゃなくていい」
 でも。
「逃げないで」
 袖をぎゅっと掴む。
 強くはない。
 でも、確かな意思。
「ちゃんと、私を見て」
 手が離れる。
 葉英は振り向かない。
 背中が、まっすぐだった。
 覚悟の背中。

 校門前。
 瑠奈が立っている。
 街灯が灯り始めている。
「話、終わった?」
「……ああ」
「告白された?」
 核心を突く。
 沈黙が答えになる。
「そっか」
 一瞬だけ、目が揺れる。
 でもすぐに戻る。
「じゃあ私も言っとくね」
 七斗の前に立つ。
 距離が近い。
「私も好きだよ」
 さらっと言う。
 でも声は真剣。
「家族みたい、とか」
「幼なじみ、とか」
「関係ない」
 一歩近づく。
「七斗を男として見てる」
 はっきり。
「だから、負けない」
 宣戦布告。
 でも笑う。
「送って」
 いつもの調子。
 そのギャップが、余計に胸を締めつける。

 帰り道。
 並んで歩く。
 でも今日は少し距離がある。
 沈黙。
 街の音だけが響く。
(俺は……)
 どっちも本気だ。
 冗談じゃない。
 遊びじゃない。
 ちゃんと、好きだと言われた。
 逃げられない。
 曖昧なままではいられない。
 夜空を見上げる。
 星が滲む。
 選ぶ日は、確実に近づいている。