「ここが蓮月家⋯⋯」
目の前にそびえ立つ大きな屋敷に二葉は目を見張る。
そこには、野木家の倍以上の敷地と大きな日本家屋が広がっていた。
行方不明の一華の代わりに、彼女のフリをして蓮月家へ戻って来た二葉。
双子で顔は瓜二つとは言えど、性格は正反対。
ひと通りの礼儀作法は、一華と共に学んできてはいるものの、彼女ほど綺麗な所作ができるかは全くと言っていいほど自信はなかった。
(⋯⋯私も来るのはお姉様の輿入れの時以来ね)
由緒正しき華族の出である蓮月家は、家柄も申し分なく、野木家に縁談話が来たときは父も私もたいそう喜んだ。
それに蓮月家当主、蓮月総悟は政府機関の職に就いており、若干、二十三歳という若さで異例の出世をとげている人物。
物腰の柔らかさや端正な顔立ちで憧れている女性も多かった。
蓮月家であれば、姉の一華はきっと幸せな結婚生活を送れるだろう。
そして、二葉は、密かに一華が総悟に憧れを抱いていることは知っていた。
『蓮月家みたいな由緒正しい家柄の方は、お姉様の方が絶対向いているわ。私みたいなじゃじゃ馬娘には荷が重いもの』
冗談めかしくそう言うと、「二葉ったらまたそんなこと言って⋯⋯!」とはにかんだ笑みを浮かべた一華。
たった一年前の出来事なのに、すでになんだか遠い昔のように感じ、二葉は小さくため息をこぼした。
(それにしても、家から居なくなった嫁が帰ってきたというのに誰も出迎えないなんて⋯⋯)
馬車を下ろされてから早一刻、夫の総悟どころか使用人の一人もやってこない。
もしかして一華が帰宅するという連絡が届いていないのだろうか?
二葉がそんな不安に駆られていた時。
「⋯⋯あら、一華様、帰っていらしたの? 気づかずに申し訳ありません」
ガラッと重い木の扉が開き、ようやく現れたのは二葉より少しばかり年が上の使用人の女性だった。
「え、えぇ⋯⋯。今、帰りました」
心配していた入れ替わりの件だったが、使用人の女性は、全く気づく気配もなくてホッと胸をなで下ろす。
「急にいなくなるから心配いたしましたよ」
言葉ではそう言いつつも、その口調は淡々としており、一華の心配など微塵もしていないように感じ、内心二葉は眉をひそめた。
「ご、ごめんなさいね、急に実家の妹の顔が見たくなったから⋯⋯」
怪訝に思いつつ、そう言って使用人に持っていた荷物を渡そうとするが、
「ちょっと何してるんですか、はやく入ってもらえます?」
と、冷たくあしらわ、サッサと中に戻っていく使用人に呆気に取られてしまった。
(な、なんなのあの態度⋯⋯)
ヒクッと口元が引きつりそうになるのをどうにか堪え、二葉はグッと我慢する。
怒ってはダメ。今の私は一華お姉様なのよ。寛大で心が海のように広いお姉様なら、このくらいは見逃してあげてたのかもしれないわ。
フーっと息を吐き、そう唱えながら心を静める二葉。
しかし、この使用人の態度は、まだ序の口だったのだと二葉はすぐに理解することになる。
**
「これが私(お姉様)の部屋⋯⋯?」
使用人から案内された一室に二葉はギョッとした。
たしかに広さは申し分ないが、そこは蓮月家の邸宅の一番奥の離れ。
しかも、部屋は、普段使われていないのか埃っぽさが際立っているし、窓こそあるものの、日の光もじゅうぶんに入らず、少しジメッとした暗い印象を受けた。
嘘でしょう? 当主の妻をこんな暗い離れに部屋を用意させるなんて。
絶句する二葉の顔色はきっと青ざめていたことだろう。
そんな彼女の様子を嘲笑うかのように、
「ふふっ。大奥様から、離れの奥の部屋を準備するように言付かっております。今度勝手に出ていかれては困りますからね。」
それだけ言い残した使用人は、荷解きの手伝いもせずにその場を去っていく。
(お姉様、もしかして蓮月家でずっとこんな扱いを⋯⋯? こんな状況で一年もの間、耐えていたと言うの?)
思わず二葉は、ぎゅっと拳を強く握りしめていた。
「大奥様が準備するように言付かった」
たしかに先ほどの使用人はそう言った。
ということは、一華の義母、つまり、総悟の母親はこの状況を良しとしているということだろう。
(嫁イビリというやつかしら? やり方がなんて姑息なの!)
『お義母様とは本当の親子のように仲良くなれればと思っているのよ』
結婚式前日の夜、嬉しそうにそう話してくれた一華を思い出すと、二葉は、ギュッと胸が締め付けられるような思いに駆られる。
そして、結婚式に参列していた義母、美智代の顔を思い出し、二葉はとうとう決心した。
(⋯⋯決めたわ。こんな酷いところにお姉様をこれ以上置いてはおけない。絶対に私の手でお姉様を救ってみせるわ)
「そのためにも先ずは状況把握と証拠集めね⋯⋯」
ポツリと呟いたその言葉は、誰もいない薄暗い部屋の中に消えていった。
