【短編】冷遇されていた正妻ですが、武家当主様からの独占愛が止まりません

 段々と迫る床が軋む響き。
 私に宛てがわれている部屋の襖を景継様が開けることはない。
 わかっているのに苦しいくらいの緊張感で呼吸を止めていた。
 このまま通り過ぎていくかと思われたのに、私の部屋の前で景継様が歩調を少し落としたように思える。

「――変わりはないか?」

 低い景継様の声色。
 誰に向けられたものかわからない。
 ――もしかして私に……?

「は。問題ございません」
「引き続き怠るなよ」
「心得ております」

 家臣との会話だと知って、少し緊張していた胸が緩む。
 ――私が景継様に話しかけられるわけがない……。
 襖の向こう側の世界に神経を尖らせている自分と淡い期待を抱いたことが滑稽(こっけい)で、ごまかすように帳面を開いた。

 今日も一人分の夕餉が部屋へと運ばれてきた。
 慣れた毎日の光景。
 出される夕餉は、どれもきちんと調理されていて味付けにも不足はない。
 それでも今日はうまく味を感じられなかった。
 障子越しの橙色の光がやわらかく揺れて室内を照らす。
 夜の暗さに切り替わっていく、この時間は胸が落ち着かなくなる。
 ――今日も一人で過ごし、一人で眠る。
 明日も、その先も……。
 考えても答えのでないことだ。
 ――切り替えるべきだわ。
 そう息を抜いた時、障子越しに複数の人影が動いたのがわかった。

「配置は変えていないな?」
「景継様からのご命令だ。今晩から交代を増やす」
「奥方様から決して目を離されるな」

 この部屋は静かすぎて外の会話を拾いとる。
 私の警護人員を増やされたことは知っていた。
 ――でも、なぜ?
 私は監視されているのか、守られているのか、判然としない。
 襖を開けて、景継様の家臣に聞いてみるべき……?
 ――やめておこう。
 何らかの屋敷の都合があるのだろう。
 何も言われないのなら、それは私が知る必要はないということ。
 ただ私は穏やかに眠りに就きたかった。
 静かな闇が部屋を包む。
 夜半、ふと私は目を覚ました。
 ――怖いくらいに静かだわ。
 見回りの気配を極限まで消した足音や、風に鳴く戸板の軋み。
 この屋敷は夜でも完全な静寂に落ちることはない。
 でも、今夜は何かが違う。
 障子の向こう側で黒い影が横切った。
 逆側にも人の気配を感じとる。
 護衛か巡回の者だろうと、また静かに瞼を伏せようとした。

「――まだ起きているか?」

 景継様の声が聞こえて、反射的に目が開き、全身が硬直した。
 ――私に会いに来た……の?

「お休みになられたようでございます」

 家臣の一人が答えた。

「――そうか……」

 短い会話だけが交わされ、襖が開かれることはなかった。
 遠ざかる足音だけが鼓膜を揺らす。
 景継様にとって、私は外聞を整えるだけの形ばかりの妻。
 屋敷の人間の一人として見張られているのも、不思議ではない。
 ――景継様は遠い……お方。
 瞼を閉じても、部屋の外には長く人の気配を感じていた。