【短編】冷遇されていた正妻ですが、武家当主様からの独占愛が止まりません

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 呼び出しを受けたのは、翌朝のことだった。
 当主が公的な仕事を行う表書院へと出向くよう命じられた。
 理由は告げられていない。
 ――弥生様とのことを告げられ、正式に離縁されるのかしら……?
 家臣の案内に従い廊下を進みながら、身体中が緊張に支配されていた。

「奥方様を連れてまいりました」

 家臣の一人が襖の外から声をかける。
 入室すると、重臣たちが一様に並び、景継様が正面の中央席へと鎮座されていた。
 重々しい雰囲気に圧迫されて、呼吸が乱れそうになる。
 家臣に促され部屋の中央へと進み出た。
 景継様の前に立たされ、丁寧に一礼をする。

「奥方様――これまでの数々の非礼、家中を代表しお詫び申し上げます」

 次に私へと頭を垂れたのは大宮殿だった。
 どうして大宮殿が私に謝罪をしているのか……。
 まるで思考が追いついてこない。
 次の言葉を探せないでいると、大宮殿は言葉を続けた。

「久我山家は戦乱期に軍功で台頭し、近隣では最大勢力とも言われるほど短期間で大きく発展いたしました。その分だけ敵の数も多いのです。名家である天沼家との縁組を良く思わぬ勢力が水面下で動いているとの情報を奥方様との婚姻前より掴んでおりました」
「……」
「お言葉が悪く聞こえますが、私から見た奥方様は久我山家にとって必要な政治資産でございました。しかし、三年もの長い歳月、私は奥方様のお考えを聞こうともしてこなかった……。奥方様を景継様より遠ざけることが最善と信じ、結果として奥方様を軽視する形になりましたことを深く悔いております」

 意図的に遠ざけられていた……?
 初めて知る事実だったけれど、ずっと感じとってきた。
 私にとって景継様は遠い人であると。

「特にこの間、襲撃された宮前家とは勢力拡大を互いに狙う最大の競合であり、常にこちらの情報を探られていました。宮前に買収されていた家臣もいたほどです」
「さようでございますか……」
「宮前は正妻である奥方様を抑えれば当家を揺るがせると考えていました。くわえて奥方様ご自身も狙われておりました」
「私が狙われていた……?」
「奥方様が天沼家でお暮らしの頃から、しとやかで美しい娘であると宮前に狙い定められていたようです」
「……」

 初めて聞く話だった。
 知らない間に私は父と母に守られていたのかもしれない。

「景継様が奥方様を重んじていると知られれば敵にとって奥方様は都合よき標的になります。ですから内偵を逆手にとって誤認させる必要がありました。奥方様は久我山家で冷遇されている飾りだけの妻であると。我が娘の弥生が景継様の側室候補だという情報も私が意図的に独断で屋敷へと流しました」
「……」
「父親として実際になれば……とも願いはしましたが……」

 大宮殿は目線を落とした。

「私がいくら進言なさいましても、一貫して景継様は側室を迎えようとはなさいませんでした」
「……え?」

 私は大宮殿から景継様へと視線を移した。
 景継様はゆっくりと立ち上がる。

「――小鞠を守るためには、いたしかたなかった」

 景継様の低い声色に憂いがのる。
 一歩、また一歩と私との距離を詰めてきた。

「見せかけだけではごまかせまいと、最初から距離を置いた。三年も演じ続ければ本物に見える」
「……」
「――名を呼ぶことさえも、控えていた」

 襲撃の際に、

『――小鞠は無事か?』

 そう景継様が言っているのを聞いた時、初めて私の名前を呼ばれたと感じたのは間違っていなかったらしい。

「例え遠ざけたとしても小鞠を守りたかった」

 景継様の強いご意志が宿る視線に魅せられて、逸らせない。

「だが、最初から小鞠を手放すつもりはない」
「……景継様……?」
「――小鞠が我が唯一の妻だ」

 まるでこの場の全員に宣言するように、景継様は言い切った。
 三年間の結婚生活の全てが繋がっていく。
 遠かった。
 ひたすらにこの三年間、景継様は遠かった……。
 それでも私は……ただ景継様の妻でありたかった。
 目元が熱くなったのを景継様に悟られなくて、瞼を伏せる。

「奥向きの収支が三年安定していた理由を、私は見落としておりました。改めまして奥方様に感謝申し上げます」

 再び大宮殿が私に頭を下げる。

「それに私は見誤っておりました。景継様の奥方様への想いがそれほどまでとは……」

 見上げれば、私を(いつく)しむような景継様の眼光。
 
「――最初から小鞠だけだ」

 書院内の空気が震えた気がする。
 これ以上の言葉は不要だった。
 結婚してから、ずっと私は景継様に守られてきていた……。
 三年も離れながら、ずっと……。
 三年という歳月は放置されていた期間ではなく、守られてきた時間だったのだと知る。
 涙は見せなかった。
 代わりに景継様に笑みを返す。
 ただ胸の奥が溶けてしまいそうなほどに熱く痺れていた。