私の足元には夫がくれた髪飾りが粉々になって地面に転がっている。白い百合の花を模った凄く素敵な髪飾りだったのだが私が怒りのあまりに踏み壊してしまった。
今更ながら勿体無いことをしてしまったし、髪飾りには何の罪はない。寧ろ被害者だ。
私をそうさせたのは目の前にある顔の整った男、私の夫で、妻である私を蔑ろにしてまで幼馴染の女に走ったこの男のせいなのだ。
私の奇行で夫や使用人、そして夫の幼馴染の女も酷く驚いた顔をしているがどうでもいい。
本妻である私を冷たい目で見てきた夫の事も、私を世継ぎを産むだけのただの道具だと冷遇してきた義両親も、誰からも愛されないと私を嘲笑ってきた使用人共のことも、将来自分が本当の妻になるのだと豪言していた夫の幼馴染のことなんかもうどうでも良かった。
全部今更なのだ。今更過ぎるのだ。
あの髪飾りを私に渡そうとした意味は《私が本当に愛しているのは貴女だけ》だというらしいがもう遅い。
今更溺愛しようと遅い。遅過ぎる。後の祭りなんだよっと叫んでやった。
「聞いてくれ、違うんだ、話を」
聞いてくれ?
私がそっち少しでも寄り添おうとした時に貴様は聞こうともせず幼馴染のところに行ったではないか。
何も私の話を聞いてくれなかったのに自分の話は聞いてくれと?馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
幾ら貴様らの血筋が高貴だからといって所詮は下の人間を馬鹿にしているのだ。
私はてめーが好きな幼馴染が子供を産めないから宛てがわれただけなんだよ。
ふざけんな。何が《私が本当に愛しているのは貴女だけ》だよ。こんなに綺麗な髪飾りに変な意味を持たせるなよ。だから怒り狂った私に踏み壊されてしまったではないか。
馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。
こんな男に一目惚れして少しでも彼の役に立てればと思って希望を抱きながら嫁いだのに。両親や兄と妹もこの結婚をすごく喜んでくれていたのに実際に蓋を開けたらこうだ。
家族の顔を思い浮かべると幸せになれなかったことが悔しくて涙が出てくる。
「真魚!!俺の話を…!!!」
腹立つ声で話しかけてくる夫に泣いている顔を見せないように着物の裾で勢いよく涙を拭った。見せてしまったらきっと調子づいて抱きしめてきそうだから。
「しつこいな!!私はそうやってアンタに何度も何度も助けを求めたのに避けてきたでしょうが!!」
「それは…」
「私の話は聞かないで自分の話は聞け?馬鹿じゃ無いの?!!」
「そうじゃなくて」
「しつこいなぁ!!もう何もかも遅いの!!!気づきなさいよ!!」
言い訳しようとする夫に構う事なく私は着物の帯に隠してあった懐刀を取り出し鞘から抜いた。すると、周りの使用人達はざわめき、夫の幼馴染はきゃーっと悲鳴を上げた。鬱陶しい、こうゆう時だけ生娘みたいな悲鳴を上げないで欲しい。
大丈夫。アンタらを傷付けるようなことはしない。流血沙汰にはしない。そんな度胸私にはないから。
傷付けるのは私自身。肉体にではないけれど、こんな人たちを決別する為のけじめとして必要なことだから。
踏み壊してしまった罪の無い白い百合の髪飾りへの償いとこれからの人生は私自身で決めるという決意を表す為に行う儀式を行う。
(この人に少しでも愛されたいが為に伸ばしてたのにな…。まぁ…また伸びるからいいか。でも、勿体無いなぁ〜…)
ずっと幼い頃から伸ばしてきた髪の毛。よくお母様や妹に綺麗だね、可愛いね、なんて言われてとても嬉しくて伸ばし続けている。
毎日欠かさず櫛で髪を整えて、椿油を塗って保湿をして、少しでも綺麗だと思われたいと努力していた。肌だって同じだ。
でも、その努力も全て無駄で使用人達に陰で笑われて終わり。
この男との婚姻式もこの髪を結って白無垢着てたっけ。
その婚姻式もいい思い出はない。隣に座っていた夫はずっと仏頂面で私のことなんか見向きもしなかった。
ただ単に早く式が終わって欲しいという面倒くささがもろに伝わってきてとても悲しかった。
花嫁姿の私を見て喜んでくれた両親達にとても申し訳がなかった気持ちも強かった。
式の後の夜も私は一人きり。夫はさっさと幼馴染の元へ行ってしまった。
だだっ広い夫婦の寝室を一人寂しく夜を迎えたのだ。本当に無様で情けない最悪な婚姻式だった。
嫌な思い出が掘り起こされた途端、怒りが更に湧き上がり私は大声で夫達に全てをぶちまけた。
今更なんだ?こんな事しといて今さら本妻が良いとか。
馬鹿も大概にしろよ。早くあの幼馴染ちゃんと結婚して幸せになりなよ。
貴方達がいう幼馴染ちゃんは私より美しくて賢いのでしょ?この家に相応しい人になれるのでしょ?
私はアンタらにそれを何度も言われて疲れたんだよ。
お前らのせいでもう涙も枯れたわ。
お世継ぎなら幼馴染ちゃんに頼んでくださいませ。
あ!幼馴染ちゃんって子供産めない身体なんでしたっけ?
だからその代わりに私を妻として迎えて貴方様にあてがわせたんですよね〜?
あー!!ごめんなさい!!忘れてましたわ!!
斯く言う私もなかなか赤ちゃんできなくてお義母さん達から石女だとか言われてしましたね〜!!!
あははなんて高笑いもしてやる。夫と幼馴染、そして、周りの使用人達は顔面蒼白だった。
すっきりした気持ちで私はようやく儀式に取り掛かる。
ほんの一瞬で終わってしまう儀式だと思う。
お母様達が見たらきっと泣くだろうなと想像する。やってしまった後にあっても泣くのは目に見えているけれど。
私は一本に結んでいた三つ編みを左手でしっかり握った。右手で持ってある短刀にも力を込める。
「何をする気だ!!早まっちゃダメだ!!」
「……ここで死んでもアンタの幼馴染が喜ぶだけよ。ごめんなさいね。世継ぎも産めないお荷物で。もう私のことなんか忘れて彼女とお幸せに」
「真魚、お願いだ、待ってくれないか!!本当に俺は君のことを…」
「嘘が見え見えなんだよ。そんな薄っぺらい言葉を考える暇でもあったら幼馴染ちゃんとイチャついてれば?」
私ははぁーっと深くため息をつき、決意を固めると両手に力を込めた。幼馴染や使用人達の悲鳴が聞こえるが無視した。気持ちが悪いわざとらしい悲鳴だなぁと少し思ったけれど。
そして、躊躇なく左手で掴んだ三つ編みにそっと刃を当て、ぎゅっと目を瞑りながら思いっきり髪を引き裂いた。
あんなに長い間伸ばしていた髪が呆気なく切れてしまった。
三つ編みの重みが無くなり一気に首回りが一気に軽くなった感覚を覚えた。
「あ…そんな…真魚…」
夫は震える声で私を呼ぶ。
私は左手に握られている切り取られた三つ編みを見る。
解放された。何かから。世継ぎを産むための道具としての役割も、こんな家の花嫁でいる役割も、幼馴染と比べられて泣く役割も、なかなか赤ちゃんができなくて辛い日々を送る役割も全部消え去ったのだ。
肩の荷が降りた。まさにその通りだった。
短くなった髪に慣れないまま私は顔面蒼白の夫を見た。
「さようなら、旦那様。これからはどうぞそこにいる幼馴染さんと幸せに暮らしてくださいませ。私は貴方のいないところで幸せになります。あ、そうそう、ちゃんと離縁状は貴方の執務室の机に置いておきましたから。あとはよろしくお願いしますね」
「さようならって…!!」
「貴方達が一番望んでいたことでしょ?それじゃ!!」
担当を鞘に収め帯にしまうと同時に走り出した。
私の荷物なんか殆ど無い。小さな皮の鞄にほんの数枚の着替えが入っているだけ。ほぼ全て義母と此処の使用人達に捨てられてしまっていたから。でも、その分身軽に逃げれるから良しとしよう。
私は玄関に待たせていた実家が用意してくれていた馬車に乗り込み「早く家に向かって」御者に伝えながら逃げ仰せた。
一度嫁に行った私を実家は迎え入れてくれたのが心強かった。そうじゃなければ、あんな態度なんてとれはしなかったのだから。
走り出した馬車に揺られながら後ろを見ると、私を追ってきた夫の悲しげな表情が見えた。
そんな顔をしたってもう遅いのだ。今さら愛してると言っても私には何も響かないのだ。
裏切り続けられてきたのに心の何処かでまだ夫を信じたいと言う気持ちがある自分に腹が立つ。
それには理由がある。その理由さえなければ完全に夫から心が離れてただの憎しみの象徴でしかなかった筈だ。
私はそっとお腹に手を当てる。まだ何も感じないが確実にいる。
(あの人が欲しがってたお世継ぎをこんな時に宿すなんてね。まぁ、あんな奴等に育てられるぐらいなら私が幸せにする)
数日前に体調を崩した際に懐妊が分かった。その時も侍女は付いて来ずたった一人で病院に行ったのだがそれが事を制した。結果的にあの家の奴らに懐妊を知られることを防げたから。
もし、懐妊がバレて逃げ出さないまま産んでいたら、問答無用に子供はすぐに取り上げられるだろう。
そして、私は世継ぎを産んだからお前はお役御免と言われて離縁させられて、奪われてしまった子供は夫と幼馴染の子として育てられるのだろう。性別が男の子だったら世継ぎだと祭り上げられるだろうが、女の子だったら女はこの家を告げないとか変なこと言ってこっち押し付けてくる事も安易に想像できてしまう。
気持ちが悪い。アイツらならやりかねない。
でも、もうそんなの関係ない。あんなところから飛び出してきてやったのだから。
あの義母のことだ。どうせまた何処かで世継ぎを産ませるための道具を見つけてくるのだろう。
妊娠は想定外だったが、私はこの子ができたことは本当に嬉しいと思っている。
私のせいで父なし子になってしまうのは本当に申し訳ない。一生をかけて償うし幸せにしてみせる。
実家の両親と兄妹達にはまだ内緒にしている。家に帰ったら教えてあげなくては。お父様びっくりして倒れなきゃいいけれど。
ようやく暗闇から抜け出せた私は馬車の心地よい揺れと軽快な馬の蹄の音に身を任せながら日向を道を歩み始めたのだ。
今更ながら勿体無いことをしてしまったし、髪飾りには何の罪はない。寧ろ被害者だ。
私をそうさせたのは目の前にある顔の整った男、私の夫で、妻である私を蔑ろにしてまで幼馴染の女に走ったこの男のせいなのだ。
私の奇行で夫や使用人、そして夫の幼馴染の女も酷く驚いた顔をしているがどうでもいい。
本妻である私を冷たい目で見てきた夫の事も、私を世継ぎを産むだけのただの道具だと冷遇してきた義両親も、誰からも愛されないと私を嘲笑ってきた使用人共のことも、将来自分が本当の妻になるのだと豪言していた夫の幼馴染のことなんかもうどうでも良かった。
全部今更なのだ。今更過ぎるのだ。
あの髪飾りを私に渡そうとした意味は《私が本当に愛しているのは貴女だけ》だというらしいがもう遅い。
今更溺愛しようと遅い。遅過ぎる。後の祭りなんだよっと叫んでやった。
「聞いてくれ、違うんだ、話を」
聞いてくれ?
私がそっち少しでも寄り添おうとした時に貴様は聞こうともせず幼馴染のところに行ったではないか。
何も私の話を聞いてくれなかったのに自分の話は聞いてくれと?馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
幾ら貴様らの血筋が高貴だからといって所詮は下の人間を馬鹿にしているのだ。
私はてめーが好きな幼馴染が子供を産めないから宛てがわれただけなんだよ。
ふざけんな。何が《私が本当に愛しているのは貴女だけ》だよ。こんなに綺麗な髪飾りに変な意味を持たせるなよ。だから怒り狂った私に踏み壊されてしまったではないか。
馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。
こんな男に一目惚れして少しでも彼の役に立てればと思って希望を抱きながら嫁いだのに。両親や兄と妹もこの結婚をすごく喜んでくれていたのに実際に蓋を開けたらこうだ。
家族の顔を思い浮かべると幸せになれなかったことが悔しくて涙が出てくる。
「真魚!!俺の話を…!!!」
腹立つ声で話しかけてくる夫に泣いている顔を見せないように着物の裾で勢いよく涙を拭った。見せてしまったらきっと調子づいて抱きしめてきそうだから。
「しつこいな!!私はそうやってアンタに何度も何度も助けを求めたのに避けてきたでしょうが!!」
「それは…」
「私の話は聞かないで自分の話は聞け?馬鹿じゃ無いの?!!」
「そうじゃなくて」
「しつこいなぁ!!もう何もかも遅いの!!!気づきなさいよ!!」
言い訳しようとする夫に構う事なく私は着物の帯に隠してあった懐刀を取り出し鞘から抜いた。すると、周りの使用人達はざわめき、夫の幼馴染はきゃーっと悲鳴を上げた。鬱陶しい、こうゆう時だけ生娘みたいな悲鳴を上げないで欲しい。
大丈夫。アンタらを傷付けるようなことはしない。流血沙汰にはしない。そんな度胸私にはないから。
傷付けるのは私自身。肉体にではないけれど、こんな人たちを決別する為のけじめとして必要なことだから。
踏み壊してしまった罪の無い白い百合の髪飾りへの償いとこれからの人生は私自身で決めるという決意を表す為に行う儀式を行う。
(この人に少しでも愛されたいが為に伸ばしてたのにな…。まぁ…また伸びるからいいか。でも、勿体無いなぁ〜…)
ずっと幼い頃から伸ばしてきた髪の毛。よくお母様や妹に綺麗だね、可愛いね、なんて言われてとても嬉しくて伸ばし続けている。
毎日欠かさず櫛で髪を整えて、椿油を塗って保湿をして、少しでも綺麗だと思われたいと努力していた。肌だって同じだ。
でも、その努力も全て無駄で使用人達に陰で笑われて終わり。
この男との婚姻式もこの髪を結って白無垢着てたっけ。
その婚姻式もいい思い出はない。隣に座っていた夫はずっと仏頂面で私のことなんか見向きもしなかった。
ただ単に早く式が終わって欲しいという面倒くささがもろに伝わってきてとても悲しかった。
花嫁姿の私を見て喜んでくれた両親達にとても申し訳がなかった気持ちも強かった。
式の後の夜も私は一人きり。夫はさっさと幼馴染の元へ行ってしまった。
だだっ広い夫婦の寝室を一人寂しく夜を迎えたのだ。本当に無様で情けない最悪な婚姻式だった。
嫌な思い出が掘り起こされた途端、怒りが更に湧き上がり私は大声で夫達に全てをぶちまけた。
今更なんだ?こんな事しといて今さら本妻が良いとか。
馬鹿も大概にしろよ。早くあの幼馴染ちゃんと結婚して幸せになりなよ。
貴方達がいう幼馴染ちゃんは私より美しくて賢いのでしょ?この家に相応しい人になれるのでしょ?
私はアンタらにそれを何度も言われて疲れたんだよ。
お前らのせいでもう涙も枯れたわ。
お世継ぎなら幼馴染ちゃんに頼んでくださいませ。
あ!幼馴染ちゃんって子供産めない身体なんでしたっけ?
だからその代わりに私を妻として迎えて貴方様にあてがわせたんですよね〜?
あー!!ごめんなさい!!忘れてましたわ!!
斯く言う私もなかなか赤ちゃんできなくてお義母さん達から石女だとか言われてしましたね〜!!!
あははなんて高笑いもしてやる。夫と幼馴染、そして、周りの使用人達は顔面蒼白だった。
すっきりした気持ちで私はようやく儀式に取り掛かる。
ほんの一瞬で終わってしまう儀式だと思う。
お母様達が見たらきっと泣くだろうなと想像する。やってしまった後にあっても泣くのは目に見えているけれど。
私は一本に結んでいた三つ編みを左手でしっかり握った。右手で持ってある短刀にも力を込める。
「何をする気だ!!早まっちゃダメだ!!」
「……ここで死んでもアンタの幼馴染が喜ぶだけよ。ごめんなさいね。世継ぎも産めないお荷物で。もう私のことなんか忘れて彼女とお幸せに」
「真魚、お願いだ、待ってくれないか!!本当に俺は君のことを…」
「嘘が見え見えなんだよ。そんな薄っぺらい言葉を考える暇でもあったら幼馴染ちゃんとイチャついてれば?」
私ははぁーっと深くため息をつき、決意を固めると両手に力を込めた。幼馴染や使用人達の悲鳴が聞こえるが無視した。気持ちが悪いわざとらしい悲鳴だなぁと少し思ったけれど。
そして、躊躇なく左手で掴んだ三つ編みにそっと刃を当て、ぎゅっと目を瞑りながら思いっきり髪を引き裂いた。
あんなに長い間伸ばしていた髪が呆気なく切れてしまった。
三つ編みの重みが無くなり一気に首回りが一気に軽くなった感覚を覚えた。
「あ…そんな…真魚…」
夫は震える声で私を呼ぶ。
私は左手に握られている切り取られた三つ編みを見る。
解放された。何かから。世継ぎを産むための道具としての役割も、こんな家の花嫁でいる役割も、幼馴染と比べられて泣く役割も、なかなか赤ちゃんができなくて辛い日々を送る役割も全部消え去ったのだ。
肩の荷が降りた。まさにその通りだった。
短くなった髪に慣れないまま私は顔面蒼白の夫を見た。
「さようなら、旦那様。これからはどうぞそこにいる幼馴染さんと幸せに暮らしてくださいませ。私は貴方のいないところで幸せになります。あ、そうそう、ちゃんと離縁状は貴方の執務室の机に置いておきましたから。あとはよろしくお願いしますね」
「さようならって…!!」
「貴方達が一番望んでいたことでしょ?それじゃ!!」
担当を鞘に収め帯にしまうと同時に走り出した。
私の荷物なんか殆ど無い。小さな皮の鞄にほんの数枚の着替えが入っているだけ。ほぼ全て義母と此処の使用人達に捨てられてしまっていたから。でも、その分身軽に逃げれるから良しとしよう。
私は玄関に待たせていた実家が用意してくれていた馬車に乗り込み「早く家に向かって」御者に伝えながら逃げ仰せた。
一度嫁に行った私を実家は迎え入れてくれたのが心強かった。そうじゃなければ、あんな態度なんてとれはしなかったのだから。
走り出した馬車に揺られながら後ろを見ると、私を追ってきた夫の悲しげな表情が見えた。
そんな顔をしたってもう遅いのだ。今さら愛してると言っても私には何も響かないのだ。
裏切り続けられてきたのに心の何処かでまだ夫を信じたいと言う気持ちがある自分に腹が立つ。
それには理由がある。その理由さえなければ完全に夫から心が離れてただの憎しみの象徴でしかなかった筈だ。
私はそっとお腹に手を当てる。まだ何も感じないが確実にいる。
(あの人が欲しがってたお世継ぎをこんな時に宿すなんてね。まぁ、あんな奴等に育てられるぐらいなら私が幸せにする)
数日前に体調を崩した際に懐妊が分かった。その時も侍女は付いて来ずたった一人で病院に行ったのだがそれが事を制した。結果的にあの家の奴らに懐妊を知られることを防げたから。
もし、懐妊がバレて逃げ出さないまま産んでいたら、問答無用に子供はすぐに取り上げられるだろう。
そして、私は世継ぎを産んだからお前はお役御免と言われて離縁させられて、奪われてしまった子供は夫と幼馴染の子として育てられるのだろう。性別が男の子だったら世継ぎだと祭り上げられるだろうが、女の子だったら女はこの家を告げないとか変なこと言ってこっち押し付けてくる事も安易に想像できてしまう。
気持ちが悪い。アイツらならやりかねない。
でも、もうそんなの関係ない。あんなところから飛び出してきてやったのだから。
あの義母のことだ。どうせまた何処かで世継ぎを産ませるための道具を見つけてくるのだろう。
妊娠は想定外だったが、私はこの子ができたことは本当に嬉しいと思っている。
私のせいで父なし子になってしまうのは本当に申し訳ない。一生をかけて償うし幸せにしてみせる。
実家の両親と兄妹達にはまだ内緒にしている。家に帰ったら教えてあげなくては。お父様びっくりして倒れなきゃいいけれど。
ようやく暗闇から抜け出せた私は馬車の心地よい揺れと軽快な馬の蹄の音に身を任せながら日向を道を歩み始めたのだ。



