呪いは傍に在るもので

 学校でスマホをいじっていると腕の感触を思い出す。
 あの時、人の影に触られたところ。
 気絶みたいなものなのに、どうしてこんなにも強く痕が残ったのか。
 左手で触ってみるけれど、特に違和感はない。
「さっきから、何してるの?厨二病?」
「別に疼いてない」
 秋山の言葉に辟易する。
 誰が拗らせるんだか。
「これ、早速使ってるよん」
 僕があげたヘアピン。
 学校で使うとはいい度胸しているけれど。
「とてもよく似合っている」
「定型文やめよ。泣いちゃう」
「……」
「え?」
「あ、えっとすごい似合っていて可愛いと思います」
「それ本心?」
「……」
「思ってもないのに、可愛いって言うんだ……。へぇ」
「ち、違くて」
 と、弁明しようとした時、母から着信があった。
 秋山に一言断ると電話に出る。
「何?」
「弟が、事故に遭った」
「は?」
「お願い、今すぐきて」
「わかった」
 電話を切るとカバンを背負う。
「どうしたの?」
「弟が事故った」
「え」
「ごめん、帰る」
「待って!」
 袖を掴む彼女。
「私も行くよ」
「でも」
「お願い」
 何を考えているのかわからないが、二つ返事で返す。
 廊下に出ると担任が血相を変えて僕らを呼んだ。
「さっき、南風の母親から連絡があった。すぐ送る。でも」
 チラッと僕の隣を見やる担任。
「ついてくって」
「……んま、そうだな。わかった」
 え、なんで納得できんの?
 緊迫感も欠けるほど、納得できない返事に呆気に取られる。

 治療室前に着くと母親が泣いている。
 いつものように抱きしめて、落ち着くのを待つ。
「通学中に自転車から落ちたみたいで」
「自転車から落ちるってあの辺、そんな凸凹道じゃないけど」
「でも、周りの人が言うには落ちたみたいなの。それで、頭を打ったみたい」
 母親の説明を聞いても納得はいかなかった。
 自転車が落ちるなんてどんな運転をしていたのか。
 あの性格で危ないことするとは思えないが。
 落ち着いてきた母をすぐそこの椅子に座らせる。
 後ろにいた秋山が、心配そうに僕を見ていた。
「大丈夫。どうせ、すぐ手術は終わるでしょ」
 自転車から落ちたくらいで死ぬわけじゃない。
 当たりどころが悪かったにしても、一週間もあれば回復するだろう。
 高校生だし、受け身くらい取ったのだろう。
 安易な考えが、的ハズレだったことは医者の言葉で知る。
「手術は無事終わりました。ただ意識は戻っていません」
 春正と同じ場所で様子を見るという。
「ねぇ、南風くん」
 隣に来た彼女が僕の顔を窺う。
「大丈夫。大丈夫だよ」
 踵を返し、帰ろうと思ったところに奴がいた。
「久しぶりだね、南風君」
「角田さん……」
「今回も少年課の出番らしくてね」
 角田の隣の見ない顔。女性警察は、以前話に出たがこの人が秋山から話を聞くためについた人なのだろうか。
「あぁ、彼女は柴田。二人とも初めましてだね」
「普通は、会うことないんですけど」
 秋山は、また別の警察から事情聴取を受けたのか。
「それより、これが神社との関係なんてあるんですか?」
 柴田が、角田にいう。
 神社とはなんのことなのかピンとこない。
「神社……」
 隣の秋山がボソッと口にする。
「知ってるの?」
 聞いてみるけれど、彼女は口を噤んだ。
「秋山さんだっけ?君もこの村のこと知ってるんだね。というか、当たり前か」
 二人にしかわからない話をここでされると気になってしまう。
 しかし。
「私、何も知らないので」
 と、警察から距離を置くべくその場を離れた。
「少年課なら、この事故に何か裏があるって思ってるんですか」
「いや別に」
 角田はあっけらかんと言ってみせる。
「嘘はいらないです」
「それじゃあさ、君の周りはどうしてこうも事故ばかり起こるのかな」
「ちょっと角田さん」
 柴田が止めに入る。
「ごめんね、事故なんてよくあるし運が悪かっただけよ。また落ち着いた頃に来るね」
 彼女は、角田を引っ張り場を離れた。
 一体、何があると言うのか。
 疑問が増える一方で解決への道がまるでない。
 事故が、ただの事故ではないと言うのなら、それは春正のような心霊的なものなのだろうか。
 このまちでポルターガイストのような現象が起きていると言うのか。
 田舎の噂話を信じても埒が明かない。
「ねぇ、母さん、この町って何かあるの?」
 体を震わせた母が、僕を見ようとしない。
「母さん?」
 膝をついて母の顔を覗かせる刹那、バッと立ち上がった母がトイレと言って出ていってしまった。
 何かあるのは間違いない様子。
 ただそれがなんなのか見当がつかない。
 今の所、角田に聞くのが一番だ。
 それに最悪何か知っていそうな秋山に聞くのもありだ。
 弟の安否が心配な母はその次でいい。
 これ以上、気を負わせたくない。
 外に出る。
 辺りを見渡してみると視界の端に警察車両が見えた。
 追いかけて、出口前で足止めする。
 助手席に座っていたのは、角田だ。
 他の人じゃなくてよかったと安堵する。
「この町に何があるんですか」
 窓を開けた角田がため息をついた。
「この街の古臭い逸話だ。信じるものなんて今時いやしない。噂話程度にしか警察内では広まってないよ。君は君で調べてみるといい。その首を辿ってみればいい」
 と、隠している首元に軽く触れた角田。
 まさか、彼は『あの河原』のこと知っているのか?
 いや、もし知っているのなら、こんな回りくどい言い方はしない。
 本人も知らないから、泳がせるつもりか。
 窓は閉められ、車は発進する。
 結局、聞きたいことはあまり聞けなかった。
 今度は、秋山に聞くか。
 しかし、彼女も隠そうとしていたのは事実。
 角田のように回りくどいこと言われても仕方ない。
 この土地について調べるか……。
 なんだか、趣旨を見誤っている気がする。
 そもそも僕にとって、春正が無事であればそれでいい。
 そのために、この町の逸話について調べる必要があるなら、調べる。
 今はこの二つになんの関連性も見出せない。
 無闇に調べる必要はあるか?
 ない。
 答えが出てしまえば、やることはなかった。
 考えすぎたってまともな答えは出ない。
 最善策を取りたいなら、一旦立ち止まることも必要だ。
 息抜きでもしようか。
 弟が無事かどうか。
 それも大事だ。
「いや、弟はなんで事故ったんだ?それに母は、自転車から落ちたって。それだけなら、別に警察が来る必要ってないんじゃ……。春正のように加害者がいるわけじゃないはず。加害者がいるなら警察が来るのも納得だけど」
 じゃあ、なんで、警察がわざわざ足を運んできた?
 誰かに接触するため?
 それともやはり裏で何か起きてる?
 とはいえ、考えたってどうしようもない。
 単に、僕の周りで事故が多いってだけ。
 ただの偶然だ。そうだそうだ。
 何度も言い聞かせると心臓の鼓動が落ち着いてきた。


 家に帰るといつもより静かで心が落ち着かなかった。
 母親は、ソファに座り放心状態。
 何かが足りない。
 弟の存在が、この家にない。
 そうか、あんなにウザくても必要だったのか。
 暴言を吐くくせに、中身は随分と幼くて、怒りを露わにしていないとやっていけない。
 そんな弟がいて、この家は成り立ってた。
 弟の気持ちを考える必要もないから、楽なはず。
 どうして、こうも心がザワザワするのか。
「おかえり、帰ってたのね」
「もうちょっと早く帰る予定だったけど。担任に呼び出されて」
「そう」
 いつもなら、抱きしめて欲しそうにするくせに今回はなかった。
 この家族は歪だ。
 弟は、父親の代わりになろうとして、母親は、その恐怖から逃げるべくハグを求める。
 昔と変わらず僕はそれに耐える。
 耐え続けることで何かを得られると思っていた。
 けれど、そんなことは一度もなかった。
 弟が事故に遭い、この家にいないと言うのに、なんの解決にもならない。
「母さん、弟に本当のことを話そうとした僕は、間違ってた?」
「……」
 沈黙が続いた。
 わかってる。
 正しくないと言うことも、普通じゃないことも。
 それは、弟の心の拠り所を失うことになるから。
 家に帰ってきたら、いつも通り罵声を浴びる生活。
 でも、本当は。
「弟と普通に兄弟らしくいてみたい」
 母親の横顔からは何も読み取れなかった。
 本音はいつも他人にかき消されて、自分で飲み込むしかない。
 だって、僕があんなことしなければ、父親は豹変しなかった。
 答えなんていつも間違ってる。
 何も答えない母親を置いて部屋に戻った。
 最善の答えなんて今までにあっただろうか。
 春正の事故だってきっと僕のせいだ。
 いじめっ子たちを貶めるためにこんなことしたんだろう。
 彼は、自分のことを低く見積もりすぎだ。
 命を軽くみてる。
 そんな僕もきっと命を軽くみている。
 ベッドに座りロープを首に括った。
 角田の言っていたことを思い出す。
 この街にある逸話を知りたい。
 春正と弟の事故に何か原因があるのか。
 あの『人影』が、何か知っているかもしれない。


 『あの河原』に到着した。
 川を渡り、人影がないか確認する。
 この森の奥は春正と行く予定だ。
 きっとその時は近い。
 待てば、自ずと答えが出る。
 しかし、それでは遅いのだ。
 待つつもりはもう、ない。
 森に一歩足を踏み入れる。
「結局、こっちに来るのか?」
 声がどこから聞こえたのか分からず辺りを見渡す。
 どこにも影らしきものは見えない。
「お前が、望んだんだ。ほら、こっちに来い」
 後ろから声がして、振り返る。
 だが、その時にはもう遅く『人影』が僕の足を引っ張り森の奥へと誘う。
「離せ!」
「嫌だぜ?お前が望んだんじゃないか。この未来を」
「は?」
「言ったはずだぜ?お前が死んだ後の世界を見せてやるって」
「やっぱりこの森は死後の世界へ繋がってる!?」
 春正の言う通りだったのか。
 半信半疑ではあった。だが、まさかのことだ。
 どう動くのが最善だ。
「死後の世界?え、頭おかしくなったか?」と、『人影』。
「……え?」
「は……?」
「ん?」
「いや、死後の世界を見せるだけだって」
 混乱したまま、束の間、森の頂上まで投げ飛ばされる。
 転げながら倒れると何かに当たる。
 辺りを見渡すとそこには祠があった。
「なんだ、ここ」
「頭のおかしい奴に見せるものじゃないがな」
「……」
「入れ」
 腕を引っ張られ、連れて行かれたのは神社内。
「うわ、埃まみれ」
「文句言うな」
 スクリーンを映され、これがお前の死後の世界だと彼は言う。
「こんなところに電子機械があるとか、世界観どうなってんだよ」
「黙れ」
 チラッとスクリーンを見るとそこに確かに僕はいなかった。
 家の映像では、母親は涙も流さず消沈している。
 弟は、勉学に励んでいる。
 学校では、机がなくなり存在すら抹消されていた。
 春正も秋山も涙を流している。
 墓の前で手を合わせてくれている。
 そこにやってきたのは、父親だった。
「なんで……」
「お前の墓を建てたのは、父親だ」
「は……?」
 父親は、僕の墓を蹴る。
 彼らに何かを言っていたが聞こえない。
「音声はないのか?」
「映像だけだ」
 秋山が眉間に皺を寄せている。怒っているのか?
 墓の前で座り込んで太ももをバシバシ叩く彼女。
 それを止める春正。
 映像が消えた。
「なんだよこれ」
 何を見せたかったと言うのか。
「言ったぜ?お前が死んだ後の世界を見せてやるって。どう思った?」
「こんなもの見せたかっただけか……」
 泣いてくれる人がいるだけ、マシだと思える。
 こんな僕にでも泣いてくれるのだから。
 いじめられて、家にも居場所なんてない。
 そんな状況でも、墓もあって、死ねるなら。
 なのに。どうして。
「嫌だな、こんなの」
「そうか?すごくいいじゃないか。死んで泣いてくれる人がいるなんて」
 別に自分勝手に死ぬんだ。泣いて欲しいなんて思ってない。
「お前は、なんだ。何者だ」
 話を逸らす。
「聞く必要なんてないぜ?」
「この場所は、本当に存在するか?」
「どうした急に」
「ここは、なんなんだ」
「あー、ここは、別に死後の世界でもなければ、危篤状態のやつが来る場所でもない」
「なら、僕はどうして春正と会えた」
「どうしてだろうな」
 答えるつもりはないらしい。
 それでも、どうにかしなければならない。
 せっかく、こいつに会えたのだ。
 何かを得て帰るべき。
「僕の周りで何が起きてる。その原因は、お前か?」
「いや、まさか。ここで彷徨ってるだけ」
「彷徨ってる?」
「お前の中で彷徨ってる」
 と、僕の胸に指をさす。
「……なぁ、いつか、お前が答えを探しにこいよ」
「何を言って」
 刹那、そいつは僕を殴り、膝を引っ掛けて床に倒す。
「ちょっと喋りすぎだ」
 そいつは、どこから出したのか、丸太を頭めがけて振りかざす。
 視界は暗転した。


 目が覚めるとロープはほつれて使い物にならなくなっていた。
 いつの間にかうつ伏せに横たわっていた僕は、上体を起こす。
「神社、見つけてみるか」
 あの『人影』が、質問に答えないと言うことは、表情に出ずとも図星だったわけだ。
 僕の視界を暗転させることができて、現実で眼を覚ますことも可能ならば、なんらかの意図があったはず。
 彷徨っていると言うのも気になるが、まずは、神社を探そう。
 スマホに通知が入る。見やるとそこには秋山から心配の連絡が来ていた。
 彼女もきっと何かを知っている。
 使えるものは使ってみるが吉か。
 彼女を神社に連れて行くのか。
 躊躇われるが頼むしかない。
 春正は今、入院中だ。
 この辺の神社ならば、ネットで調べれば出てくるのだろう。
 しかし、山奥にある神社など検索に引っかからない。
 何度も文章を変えては検索してみてもどこにもそれらしいものがなかった。
 図書館に行けば、あるだろうか。
「今日、学校サボらない?」
 秋山に電話すると彼女はすぐに出た。
「え?サボるって」
「二人で、どう?」
「……うーん、いいよ。悪い子だね」
「そうだね」
 待ち合わせて彼女と図書館に向かう。
 彼女は楽しそうだったけれど、図書館で僕が何をしたいか伝えると顔を曇らせた。
「それ、調べてどうするの?」
「気になるでしょ。みんな隠すから」
「隠すって、それは知らなくていいことだから」
「知らなくていいことなら、なんで警察が関与するの?なんで、君にまで気にかけてるの?」
「それは……」
「怒ってるわけじゃない。ただ、僕は弟との関係も修復したいだけなんだ」
 この町の資料を一つ手に取り、席につく。
「弟って?そんなひどいの?」
「あぁ、そりゃもう」
「どんな?」
「……」
「……ごめん、言いたくなったらでいいよ」
 秋山には言えない内容。
 離婚の原因が僕だと思って暴言を吐き続ける弟だなんて言えない。
 もっと良い言い方があればいいけれど、いまだに見つからない。
 せめて、オブラートに伝えられたらいいのに。
 人には本音を求めるのに、僕は言わないまま。
 弟と全く変わらないじゃないか。
「そのくせ、僕は君に協力を仰いでる。フェアじゃないね、これ」
「いいよ。でも、あんまり私から教えられる内容じゃないし」
「お互い様か」
「そうだね」
 と、軽く笑う彼女。
 私も何か資料を探してくると彼女は席を外した。
 手に取った資料を開いていくと地図が出てきた。
 そこには神社があるらしい。
 スマホで地図アプリを開く。
 場所を照らし合わせてみるが、それらしきものは映らない。というか、森の中で木々が邪魔で神社が見えない。
 こんなところに神社があるのか。
 行ってみる価値はありそうだけれど、電波は通るだろうか。
 『あの河原』で見た神社との関係はあるのか。
 『人影』が、あの時フランクだったのも気味が悪い。
 僕の死後を見せるとか言っておきながら。
 それとも、人の死はそんな怖いものじゃないと言いたいのか。
 なら、あいつは死人とでも言うのか。
 被りをふる。
 考えすぎて脱線することがよくある。いい加減、治さなければと思う。
「あぁ、もうそこまでいったの?」
「地図だけ」
「地図だけ?まだ、それ以外は何も?」
「とりあえず、この場所に行きたい」
 地図に指をさす。
「待ってよ、そんなの無茶だよ」
「災い、って知らない?神社が壊された理由があるんだよ」
 彼女が手に持っていた資料の開いて手渡してくる。
 読むに、どうやらその一帯では、地域の新興宗教が根強かったらしい。
 何かあるたびに神を崇め、祀っていた。
 しかし、それでは足りないほどの疫病が蔓延。
 信仰していた人の一部が不満を漏らし始め、それは肥大化。
 神社を取り壊した、とのこと。
 以降、その一帯は、疫病によって半数が死に山火事に遭い全滅。
 それを人は呪いだと言った。
 現在、呪いの地に踏み込むことは危険だとその地域を知る者はいう。
「でも、市は封鎖してない」
 ネットで調べてみてもそんな情報はない。
 普通に生活している村民もいるらしい。
「行くつもりなの?」
「そりゃ、もちろん。何かあるのなら、行くよ。調べても呪いとだけ書いてあって呪われた人のことなんて書いてない」
「当たり前じゃん!呪いなんて現代人が信じると思う!?」
「……」
 確かに。
「危険なんだよ。そもそもそこに行くまでに何があるかわからない。クマとか鹿とか当たり前に出るような場所だよ?それに、神社に辿り着けないかもしれない」
「それは、もう少し調べて慎重になればいいだけで」
「地図だってこれだけだよ。これ、何年前の地図だと思ってるの?」
「七十年前か」
「ほら、やっぱ行くには厳しいよ」
「その辺のジジババに聞けば、ワンチャン知ってる」
 少年課の角田も知ってる可能性はあるのか。
 だから、調べてみるといいと言ったのだ。
 使えるコマがあるじゃないか。
「反対だよ、私は。無理だよそんなの」
「なんで?」
「みんな、禁句だとしてる。言えないものは言えないの」
「呪い?」
「……」
「現代人は信じなくても、この村の人たちは呪いを信じてる。それは、君も同じ」
「……っ」
「だったら、聞けるじゃん。どれほどやばいのかも理解できる」
「どうして、そこまでするの?」
 彼女はひどく怯えていた。
 これがこの町人か村人かが信じる呪い。
 言わぬ方がいいと思っているのか。
「春正も弟も死んでほしくないから。どんな相手でも失うのは嫌だろ」
 刹那、『人影』が見せてきた死後の映像を思い出す。
 弟は、僕が死んでも普通に勉強していた。
 何の怒りも悲しみも見せずに生活していた。
 僕が、失うのを怖がっても、弟はそうじゃない。
 その事実がなんだか虚しかった。
 しかし。
「僕はとりあえず、向かってみるよ。この『人狩村』へ」
 何もしないよりかはマシだと言い聞かせる。
 近くにいたおばさんが悲鳴をあげた。
「い、今、なんと……!?」
 振り向くとすぐそばにいたおばさん。
「なんですか?」
「こっちのセリフじゃぁ!そんな村はない!ないんだ!」
 半狂乱になっているおばさんを宥める。
 だが。
「その村は呪われてる。みんな、逃げてきたんだ。その呪いも二年前にようやく終わったんだ!もう掘り返さないでくれ!」
「二年前?」
「これまでで一番長い呪いだった!もう、これ以上苦しませないでおくれ!」
「おばさん、この村について何か知ってる?どこまで知ってるの?」
 秋山が必死になるよりもおばさんが必死になったほうが信じれる気がした。
 必要な情報を得るチャンスだ。
「君が知る必要はないんじゃ!いつだって失敗すれば、この村の子供が狙われてしまう……!君が、自分を犠牲にする必要はない!!」
 子供が狙われる?
 よくわからないが、二年前といえば、ウイルス感染の話題が徐々に減り、ニュースでも取り扱うことが減っていた時期か。
 マスクする人も減っていき、今まで通りと言われる時代に戻り始めた頃。
「あれによってどれだけの人が犠牲になったか!!君もよくわかるだろう!?」
「でもそれは」
「呪いなんじゃあ!」
 話もまともにできない。
 図書館の女性スタッフがやってくる。
 僕らの調べているものを一瞥して、「ここで調べるなら、人のいないところにして」と言い残して、おばさんを連れて行った。
 それだけ、調べてはいけないことを調べているのだと、今更知った。
「もう、帰ろ。わかったでしょ」
「いや、もう一つ調べたい」
 彼女の警告を無視して資料のページを開いていく。
 どこかにあの河原に関するものが残っていればいいが。
 『人狩村』は、現在、『光里村』に名前を変えている、と記載がある。
 スマホで調べるとヒットした。
 ふと思い出すことがあった。
 父親の存在だ。
 確か、出生は……。
 指先が震えた。
 どうして、断片的だった記憶を全部思い出してしまうのか。
 あの時の出来事をいまだに消化しきれていない。
 手っ取り早く調べたいと思っておきながら、こんなにも苦しい思いにさせられるなんて。
 これを秋山もあのおばさんも思っていたのか。
 なら、もう、ここで調べるのは止そう。
「秋山、ごめん」
 席を立ち、資料を一冊だけ借りて外に出る。
「借りるなら全部借りればいいのに」
「秋山が渡してくれたこれ、一番大事そうだから」
「……」
「自分では言えない。だけど、資料ならいいってことだよね?だとしたら、読むべきだと思って」
「……気づいてくれて、嬉しいけど、無理しないで」
「……」
「ずっと、顔色悪いから」
 と、僕の額に手を触れる彼女。
 熱はないはずなのに、熱を帯びてしまいそうで。
「じゃ、私、今日は帰るね」
 諦めがついたようで、悲しい顔をする彼女。
「あ、うん。ありがとね」
 彼女は、いつも振り返るのに今日は振り返ることもなく帰路についた。
 見送ることなんてなかった僕が、今日は見送った。
 なんだか、最近はいつもと違って不吉な予感がして苦しい。
 久々に父親を思い出したからだろうか。
 ため息をついた。
 全く、呪いなんてもの本当にあるんだろうか。
 意を決して、父親に連絡を入れた。
 確固たる証拠を手にするために。
 角田が何を言おうとしていたのか理解するために。