生死を彷徨い、生きることを選んだ。
問題は山積みだった。
何一つ解決していない。
家に帰ると弟がリビングのソファに座っていた。
何か言われる前に部屋に入ることもできたのに、自分から口を開く。
「父さんから聞いた。春正と一緒にこっちに来ようとしてたんだって?」
「……。生きてんならよかったよ。それを確認したかっただけ」
ソファから腰を上げて、部屋に入る手前で彼は歩を止めた。
「父さんに言われた。子供は子供らしくいるのが一番だって」
彼は僕を見やる。涙目の彼に僕は口をつぐむ。
「今まで、ごめん」
口を開いた時には彼は部屋に戻ってしまった。
弟が謝ることもできるんだと少し笑った。
なぜだかこっちまで涙が出てくる。
望んでいた弟との関係修復がようやく始まった気がした。
ほんの少し嬉しさを感じる。
スマホに着信があり出ると父親の声がした。
前よりも気持ちが荒れることもなく対応できる。
「父さん、警察辞めることにした」
「……」
「その報告がしたくて、電話したんだ。病み上がりにすまない」
「……なんで、辞めるの?」
「父さんには、警察官である資格はない。そう思っただけだ」
きっと何か思うことがあったんだろう。
何があったのかはわからない。
『光里村』の事件で僕が何もしなければ、父親が僕を殴ることはなかった。
そんなこともわからない僕に、今さら父親は何を言いたいというのだろう。
「……もし、父さんが許してくれるなら」
またカフェにでも行こうよ、そう言えたらどれほど良かっただろう。
いまだに躊躇ってしまう僕なんかじゃ、蟠りは解消しない。
「いや、なんでもない。また」
父親の言葉を聞かず、電話を切る。
母親が帰ってくる音がした。
「夕陽!大丈夫?病み上がりなのに、料理しなくていいからね!」
抱きついてくる母親。
病み上がりにみんなが優しくなるのはなぜなのか考えたことがなかった。
もしかしたら、心配してくれていたんだって思うと僕にはそんな価値もないと考えてしまう。
みんなが深く考えず物事を発しているなら、これまで僕が悩み続けていたことがバカらしくなる。
だけど、弟も父親も母親も何か理由があった。
原因は自分にあった。
それなのに、僕は今、家族が謝ってくれることを良しとしているのか。
首を横に振る。
「するよ、料理。せっかく病み上がりで作る元気もあるんだから、やるよ」
キッチンに立つと母親は僕の顔を見やっていた。
「何?」
「ううん。なんか明るくなったね」
彼に誰にも言えなかった本当の気持ちを伝えたからかもしれない。
だけど、生贄にされた子供達に前を向いた方が生きやすいと言ってしまったのだから。
少しは責任を持ちたい。
「そうかな……」
ふと、いいことを思いついた。これまでやってこなかったこと。
「ねぇ、一緒に夕飯作る?」
たまにはそんな楽しさがあってもいいだろう。
学校帰り、いつか行ったカフェに着いた。
席に座り目当ての人を待つ。
以前は、心が荒れて、ぶっきらぼうに帰ってカバンを蹴ったりなんかもしたけれど。
来るまでの道中、心臓がバクバク鳴っていたが、随分と落ち着いた。
チャリンとドアが鳴る。
息を切らしたその人はいう。
「お待たせ、もう飲み物買っちゃった?」
「うん、早く買ってきなよ、父さん」
「そうだね」
私服姿の父親は久しぶりだった。
ドリンクを買ってきた父親は、目の前の席に座る。
「警察、本当に辞めたの?」
単刀直入に聞く。
「辞めたよ」
「どうして」
「……救えなかったから」
「救えなかった?」
これまで少年課として、たくさんの子供を救ったはず。
一体誰を救えなかったというのだろう。
「夕陽を、救えなかった。父さんのせいだ」
「……」
あっけに取られてしまう。開いた口が塞がらない。
「今更、何言ってんの」
出ていく言葉が、棘をもつ。
父親の邪魔をするような子供を叱るのは父親の役目。
邪魔だったんだから、殴られたって仕方がない。
悪い子に育ったのだから、いつか本当に悪いことをした時に捕まえてくれるのは父親だ。
辞めなくていい、と言えたならどれほど良かったか。
「もう、事件は解決したでしょ?会う理由はない」
コーヒーを手に席を立つ。
「なぁ、最後に一つ」
背中越しに父親の声がする。
「なりたいものとか、ないのか?」
「……」
踵を返すことも振り返ることもせず、店を出た。
近くの公園のベンチに座る。
いつかの僕は、ここでカバンを蹴ったりなんかもした。
今はもうそんなことはしない。
どうしてか、気持ちが荒れていないからなのか。
コーヒーを一口飲む。温かい。
空の景色に目をやる。
星空がとても綺麗だ。
生贄にされた子供達は、どうなったんだろうか。
輪廻転生だとか本当のところはわからないけれど、今度生まれ変わるなら普通の人生だといい。
僕も、それがいい。
「こんなとこで何してんの?」
秋山の声。
顔を地上に戻す。
彼女は、隣に座ると僕の肩に頭を乗せた。
「ここ数ヶ月忙しなかったね」
「あぁ」
「日向さんとはまだ距離あるんだね」
きっとLINEか何かで知ったのだろう。
「……」
秋山も春正も父親に救われた身だ。
苗字が一緒だったことで、話しかけてくれたわけだけど。
「もう、気にかけてくれなくていいよ」
「……え?」
顔を上げる彼女。
「父さんのこと気にしてたんでしょ?僕はもう大丈夫だからさ、父さんのこと気にしてあげてよ。一人で寂しいと思う」
ベンチから腰を上げて、数歩して止まる。
彼女がこんな言葉で納得するわけないし、そんなつもりでここにきたわけじゃないだろう。
「なんて、こんなこと言うの恥ずかしいんだけどさ」
振り返って彼女の目を見る。
「これからも仲良くしてくれる?」
「……もちろん!」
満面の笑みを浮かべる彼女は、ぎゅっと腕に絡みつく。
もう彼女の思いを踏み躙る真似はしない。
いつかはいうべきなんだろう。
だけど、今はまだこのままでいい。
「一緒に帰るか」
ある日の休日、『光里村』の神社に来ていた。
「よ、久しいね」
と、おちゃらけてみる。
「学校で会うだろ」
背中を向けたままの春正がいう。
なかなか学校で話す機会がない僕らは、今日ここで会うことを決めていた。
「ここが取り壊されているのに、誰も立ち寄らないのは、迷信を信じる村人たちばかりだから」
振り返った彼は、いう。
「なら、そのせいで犠牲になった人たちはいつ報われる?」
「……」
「全部、知ったんだろ?この村の風習も、この村の罪も、この村の呪いも」
「……そんな風習がなければ、呪いもなかったって?」
「ああ」
「そう、だね。でもさ、呪いなんていくらでも勝手にできるじゃん」
「勝手に?」
「僕は、生きる呪いがあると思ってる。前を向けない、常に後ろ向き、前を見たかと思えば、アスファルトに視線を移す」
彼は言葉を待っているようだった。
「ずっと死にたいって思ってたよ。生きるのが、嫌だったから。生きていていいわけないから」
春正の友達が生贄にされない未来もあったはずだから。可能性はいつまでも消えない。
「罪を背負うことは、こんなにも苦しいんだ。すぐ死にたくなるよ」
「……俺にも呪いがあると?」
「友達を失った呪い、とか?僕の場合、家族崩壊っていう呪いかな。因果応報なんだろうけど」
「あのさ」
彼の低い言葉で、無理におちゃらけていた気持ちが消える。
「学校で距離置かれるの、結構きついんだけど」
「……」
事実を知れば、相手との関係に傷が入る。
ヒビが入って、割れ目ができれば一瞬で崩壊していく。
直すことはできない。
あの日以降、彼とこの先、友達としていられるわけがないと距離を置いた。
「友達を失った呪いっていうんなら、南風から消えんなよ」
「……でも」
距離を詰められ、逃げる気力もない。
殴られでもしないと気が治らない。
「知ってた。あの日、日向さんの子供が来ていること、知ってたし、学校が同じだってことも知ってた。それでも話しかけたのは俺だ」
前も言ったろ、と。
「……」
「俺が、お前を恨んでるなら会った日に殺してる。でも違う」
彼の目を見やると目が合った。
「俺は、お前が好きだ」
だから。
「距離置かれると、すげぇ苦しい……」
歩を進め、距離を詰められる。
「離れないでほしい」
彼の言葉に嘘はない。
目を見ればよくわかる。
すぐにでも離れて、距離を置いて、嘘でもついて逃げたい。
本当の気持ちはわかってる。
だから、逃げなかった。
「こんな悪人でも、離れなくていいって、いうのか」
「あぁ」
「そうか……」
ハグを交わし、離れない。
ずっとこうしたかったんだ。
ずっとやってはいけないことだと思っていた。
でも、ずっと心は寂しかった。
春正がいれば、大丈夫。
そう思えたのは、初めてのことだ。
少しずつ、もう一度。
何度でも、ゼロから。
ようやく少し、肩の荷が降りたような気がした。
もう、独りじゃない。
問題は山積みだった。
何一つ解決していない。
家に帰ると弟がリビングのソファに座っていた。
何か言われる前に部屋に入ることもできたのに、自分から口を開く。
「父さんから聞いた。春正と一緒にこっちに来ようとしてたんだって?」
「……。生きてんならよかったよ。それを確認したかっただけ」
ソファから腰を上げて、部屋に入る手前で彼は歩を止めた。
「父さんに言われた。子供は子供らしくいるのが一番だって」
彼は僕を見やる。涙目の彼に僕は口をつぐむ。
「今まで、ごめん」
口を開いた時には彼は部屋に戻ってしまった。
弟が謝ることもできるんだと少し笑った。
なぜだかこっちまで涙が出てくる。
望んでいた弟との関係修復がようやく始まった気がした。
ほんの少し嬉しさを感じる。
スマホに着信があり出ると父親の声がした。
前よりも気持ちが荒れることもなく対応できる。
「父さん、警察辞めることにした」
「……」
「その報告がしたくて、電話したんだ。病み上がりにすまない」
「……なんで、辞めるの?」
「父さんには、警察官である資格はない。そう思っただけだ」
きっと何か思うことがあったんだろう。
何があったのかはわからない。
『光里村』の事件で僕が何もしなければ、父親が僕を殴ることはなかった。
そんなこともわからない僕に、今さら父親は何を言いたいというのだろう。
「……もし、父さんが許してくれるなら」
またカフェにでも行こうよ、そう言えたらどれほど良かっただろう。
いまだに躊躇ってしまう僕なんかじゃ、蟠りは解消しない。
「いや、なんでもない。また」
父親の言葉を聞かず、電話を切る。
母親が帰ってくる音がした。
「夕陽!大丈夫?病み上がりなのに、料理しなくていいからね!」
抱きついてくる母親。
病み上がりにみんなが優しくなるのはなぜなのか考えたことがなかった。
もしかしたら、心配してくれていたんだって思うと僕にはそんな価値もないと考えてしまう。
みんなが深く考えず物事を発しているなら、これまで僕が悩み続けていたことがバカらしくなる。
だけど、弟も父親も母親も何か理由があった。
原因は自分にあった。
それなのに、僕は今、家族が謝ってくれることを良しとしているのか。
首を横に振る。
「するよ、料理。せっかく病み上がりで作る元気もあるんだから、やるよ」
キッチンに立つと母親は僕の顔を見やっていた。
「何?」
「ううん。なんか明るくなったね」
彼に誰にも言えなかった本当の気持ちを伝えたからかもしれない。
だけど、生贄にされた子供達に前を向いた方が生きやすいと言ってしまったのだから。
少しは責任を持ちたい。
「そうかな……」
ふと、いいことを思いついた。これまでやってこなかったこと。
「ねぇ、一緒に夕飯作る?」
たまにはそんな楽しさがあってもいいだろう。
学校帰り、いつか行ったカフェに着いた。
席に座り目当ての人を待つ。
以前は、心が荒れて、ぶっきらぼうに帰ってカバンを蹴ったりなんかもしたけれど。
来るまでの道中、心臓がバクバク鳴っていたが、随分と落ち着いた。
チャリンとドアが鳴る。
息を切らしたその人はいう。
「お待たせ、もう飲み物買っちゃった?」
「うん、早く買ってきなよ、父さん」
「そうだね」
私服姿の父親は久しぶりだった。
ドリンクを買ってきた父親は、目の前の席に座る。
「警察、本当に辞めたの?」
単刀直入に聞く。
「辞めたよ」
「どうして」
「……救えなかったから」
「救えなかった?」
これまで少年課として、たくさんの子供を救ったはず。
一体誰を救えなかったというのだろう。
「夕陽を、救えなかった。父さんのせいだ」
「……」
あっけに取られてしまう。開いた口が塞がらない。
「今更、何言ってんの」
出ていく言葉が、棘をもつ。
父親の邪魔をするような子供を叱るのは父親の役目。
邪魔だったんだから、殴られたって仕方がない。
悪い子に育ったのだから、いつか本当に悪いことをした時に捕まえてくれるのは父親だ。
辞めなくていい、と言えたならどれほど良かったか。
「もう、事件は解決したでしょ?会う理由はない」
コーヒーを手に席を立つ。
「なぁ、最後に一つ」
背中越しに父親の声がする。
「なりたいものとか、ないのか?」
「……」
踵を返すことも振り返ることもせず、店を出た。
近くの公園のベンチに座る。
いつかの僕は、ここでカバンを蹴ったりなんかもした。
今はもうそんなことはしない。
どうしてか、気持ちが荒れていないからなのか。
コーヒーを一口飲む。温かい。
空の景色に目をやる。
星空がとても綺麗だ。
生贄にされた子供達は、どうなったんだろうか。
輪廻転生だとか本当のところはわからないけれど、今度生まれ変わるなら普通の人生だといい。
僕も、それがいい。
「こんなとこで何してんの?」
秋山の声。
顔を地上に戻す。
彼女は、隣に座ると僕の肩に頭を乗せた。
「ここ数ヶ月忙しなかったね」
「あぁ」
「日向さんとはまだ距離あるんだね」
きっとLINEか何かで知ったのだろう。
「……」
秋山も春正も父親に救われた身だ。
苗字が一緒だったことで、話しかけてくれたわけだけど。
「もう、気にかけてくれなくていいよ」
「……え?」
顔を上げる彼女。
「父さんのこと気にしてたんでしょ?僕はもう大丈夫だからさ、父さんのこと気にしてあげてよ。一人で寂しいと思う」
ベンチから腰を上げて、数歩して止まる。
彼女がこんな言葉で納得するわけないし、そんなつもりでここにきたわけじゃないだろう。
「なんて、こんなこと言うの恥ずかしいんだけどさ」
振り返って彼女の目を見る。
「これからも仲良くしてくれる?」
「……もちろん!」
満面の笑みを浮かべる彼女は、ぎゅっと腕に絡みつく。
もう彼女の思いを踏み躙る真似はしない。
いつかはいうべきなんだろう。
だけど、今はまだこのままでいい。
「一緒に帰るか」
ある日の休日、『光里村』の神社に来ていた。
「よ、久しいね」
と、おちゃらけてみる。
「学校で会うだろ」
背中を向けたままの春正がいう。
なかなか学校で話す機会がない僕らは、今日ここで会うことを決めていた。
「ここが取り壊されているのに、誰も立ち寄らないのは、迷信を信じる村人たちばかりだから」
振り返った彼は、いう。
「なら、そのせいで犠牲になった人たちはいつ報われる?」
「……」
「全部、知ったんだろ?この村の風習も、この村の罪も、この村の呪いも」
「……そんな風習がなければ、呪いもなかったって?」
「ああ」
「そう、だね。でもさ、呪いなんていくらでも勝手にできるじゃん」
「勝手に?」
「僕は、生きる呪いがあると思ってる。前を向けない、常に後ろ向き、前を見たかと思えば、アスファルトに視線を移す」
彼は言葉を待っているようだった。
「ずっと死にたいって思ってたよ。生きるのが、嫌だったから。生きていていいわけないから」
春正の友達が生贄にされない未来もあったはずだから。可能性はいつまでも消えない。
「罪を背負うことは、こんなにも苦しいんだ。すぐ死にたくなるよ」
「……俺にも呪いがあると?」
「友達を失った呪い、とか?僕の場合、家族崩壊っていう呪いかな。因果応報なんだろうけど」
「あのさ」
彼の低い言葉で、無理におちゃらけていた気持ちが消える。
「学校で距離置かれるの、結構きついんだけど」
「……」
事実を知れば、相手との関係に傷が入る。
ヒビが入って、割れ目ができれば一瞬で崩壊していく。
直すことはできない。
あの日以降、彼とこの先、友達としていられるわけがないと距離を置いた。
「友達を失った呪いっていうんなら、南風から消えんなよ」
「……でも」
距離を詰められ、逃げる気力もない。
殴られでもしないと気が治らない。
「知ってた。あの日、日向さんの子供が来ていること、知ってたし、学校が同じだってことも知ってた。それでも話しかけたのは俺だ」
前も言ったろ、と。
「……」
「俺が、お前を恨んでるなら会った日に殺してる。でも違う」
彼の目を見やると目が合った。
「俺は、お前が好きだ」
だから。
「距離置かれると、すげぇ苦しい……」
歩を進め、距離を詰められる。
「離れないでほしい」
彼の言葉に嘘はない。
目を見ればよくわかる。
すぐにでも離れて、距離を置いて、嘘でもついて逃げたい。
本当の気持ちはわかってる。
だから、逃げなかった。
「こんな悪人でも、離れなくていいって、いうのか」
「あぁ」
「そうか……」
ハグを交わし、離れない。
ずっとこうしたかったんだ。
ずっとやってはいけないことだと思っていた。
でも、ずっと心は寂しかった。
春正がいれば、大丈夫。
そう思えたのは、初めてのことだ。
少しずつ、もう一度。
何度でも、ゼロから。
ようやく少し、肩の荷が降りたような気がした。
もう、独りじゃない。



