謝られるのは、間違ってる。
全部、僕が悪いのだから。
なのに、体は動いてくれない。
首を垂れて泣いて謝る彼に何を言えばいい。
「日向さんの息子を救いたかった。誰に言われたわけでもない。でも、初めて会った日の南風を見て、苦しくなった。どうしてそんな暗い目をしているんだろうって。なんで渇いた笑顔ばかり見せるんだろうって」
「……でも、僕があの場にいなかったら、少なくとも」
彼の友達は救えた。
「あれはもう無理だったんだ。最初から分かってたんだ。家もバレてる。この村に逃げ場なんてない。山一つ越えるなんて子供じゃ無理だ。でもどうにかして助けたい。自分じゃどうにもできないから……。日向さんに助けを求めて、方法を聞いて俺も秋山も気づいた。絶対に助からないんだって。だってそうだろう?ぬいぐるみなんかで助けても、一時凌ぎに過ぎない。時間稼ぎにしかならない」
それに。
「村から出て行っても、村出身の人はいる。逃げ出したって見つけ出される。無理難題を日向さんに押し付けた。だから……」
僕のせいじゃないと彼はいいたげだった。
それ以上に、家族が離婚したことを嘆いている。
僕が、離婚を望んでいなくて弟との関係も元に戻したいと知っているから。
仲良くなって隠し事さえしない関係になったから。
その度に春正は、苦しんできたのか。
僕なんかのために?いや、僕と父親のためか。
「なら、まだ話し合える。大丈夫、父さんに会わせてやる」
春正の前で立ち止まり、手を差し出す。
「父さんがどれだけ気にしてるか、僕との距離間を聞いてみればいい。不安なら、一緒にいてやる」
「なんで、そこまで」
「友達、だろ」
彼は、顔を上げた。
僕を見やると涙を頬につたらせる。
そんなふうに泣いたこと僕はない。
羨ましいと思った。だけど。
「春正が死にたい理由、ようやく分かったよ。でもさ、まだ解決できる」
終わったわけじゃない。
一人で償い続けるだなんて苦しいじゃないか。
春正は悪魔なんかじゃない。だから。
「独りになんかしない」
「どうして」
「好きだから。春正のこと」
「……」
「生きていてほしいって思ってる」
罪なき人は救われるべきだ。
地獄を見て、苦しんで、窮地に立って自殺する。
そんなことになる前に、手を差し伸べるんだ。
僕にそんな権利あるのか知らないけれど。
ただ一つ、彼には死んでほしくないと思ってる。
「ほら、行こうよ」
彼は躊躇いながらも手を伸ばした。
引き戻す前に手を握り、引っ張り上げた。
同時に立ち上がらせる。
「今更なんだって言うんだ。死ぬ理由にしては、勿体無い」
「いいのかよ……。俺のこと許して。俺は」
「僕の家族を崩壊されたなんて思うなよ。どうにでもなるよ」
それでも否定的な接続詞を並べる彼を抱きしめた。
春正は独りじゃない。
独りになっちゃいけない。
お前は、こっち側じゃないんだよ。
優しすぎる。
僕のような悪魔じゃないのだから、救われてほしいよ。
「許してくれるのか……?」
「そりゃそうだ」
「俺は……」
川の流れが激しくなっていく。
河原にまで川の水が押し寄せてくる。
「何、これ」
彼から離れて、河原から離れるよう突き放す。
刹那、川の水に流されて身動きが取れない。
溺れかける僕に彼は、手を伸ばすが、僕はそれを払いのける。
ここは、死と生の狭間のはず。
溺れかけていると言うことは、いつの間にか精神も肉体も死に近づいていた。時間をかけ過ぎたか。
以前のようにロープで首を吊って気絶するでもなくここに来れたのは、彼とここの川を越えてしまったからか。
もしこのまま森の中へ踏み込んで行ったら、僕は確実に死ぬのだろう。
しかし、それでいい気がした。
どうせいつかは死ぬ。
僕が何もしなければ、あの時春正の友達は少しでも生き延びていた。
僕が何もしなければ、父親が暴力を振るうこともなかった。
僕が何もしなければ、母親は僕の代わりに殴られることもなかった。
僕が何もしなければ、弟は僕を目の敵にすることもなかった。
自業自得なんだ。
こうなるのも、これまでのことも全部僕が悪い。
生贄にされた子供達の気持ちも踏み躙ったわけだから仕方がない。
これも運命だ。
理不尽な運命だなんて悲観的になる必要もない。
因果応報とでも言うべき結果。
死に急いでいたわけでも生きていたいと思っていたわけでもない。
救われたいだなんて本心じゃないのだから。
遠く離れていく彼は、この先、生きて父親に会って少しでも話して肩の荷が降りたらそれでいい。
春正にも秋山にも悪いことをした。
救ってくれるのが、父親なら警察官冥利に尽きるんじゃないだろうか。
最低な親孝行かもしれない。
親孝行にもならないのかもしれない。
でも、死ぬべき人間はきっと絶対にいる。存在価値のない人間はいる。
それが僕だった。たったそれだけ。
川の水が口に入って息ができない。
飲みこまれ流されていく。
このまま、森の奥へと踏み入れれば、死ぬ。
……死ぬ。
死ぬのか、僕は。
死にたくないってどうして思えないんだ。
そんな自分に嫌気がさした。
これが、最後に思うことか。
それはそれで、いいか。
微睡の中で声がする。
『僕らを助けてくれた君はこんな終わり方でいいのかい?これがお望みかい?』
「あぁ、いいんだこれで」
『どうして?僕らなら、君の嫌な相手全員殺せるよ。君は無罪のまま』
「人の命に価値はないよ」
『なんで、君がそんなこと言うの?僕らの命は価値がないの?生贄になった僕らは、価値なんてなかった?』
「みんな、価値なんてない。この先、生きても、死んでも、みんないつか忘れる。思い出すのは、その時期が来た時だけ。心のどこかで生きている時の記憶が残っているのなら、ずっと生きているなら、それは呪いだよ」
『でも、僕らは覚えていてほしいよ』
「呪いだね」
『君にだけは言ってほしくなかった』
「そうかな。望んでもないことする君たちに言われたくないかな」
『理不尽に僕らは殺されたんだよ?君は分かってくれるって言った』
「言ったよ。でも、それ以上は望んでないし、願ってもない。君たちに何かを求めた覚えはない」
『そんなのあんまりだよ。どうして、殺された僕らが誰かのために人を殺しちゃいけないの?』
「その言葉は生贄にされる時に聞いたの?みんなのために死んでくれって言われた?だから、今度は僕のためにみんなを殺そうって思った?助けてくれた恩だから?恩返ししないと気がすまない?」
『……わかんないよ』
目を開けると、そこはいつか見た綺麗に建てられている神社が目の前に広がっていた。
たくさんの子供が立ちすくんでいる。
今もなお、泣いている。
生贄にされた事実、結果が伴わなかった理想論。
大人のエゴで犠牲になった命の数。
早く穢れを落としてやらないとな。
汚れているというのなら、大人も一緒だ。
自分たちの安心のために始めたことなんだろう。
安心のためなら子供の犠牲も厭わない。
命の重みは簡単に変化する。
君たちが憎んでいるのは、大人であり、文化であり、命だろう。
「死んでもなお消えない憎しみは、一生消えないんだろうな」
目の前の子供の前で膝をつく。
右腕を掴んで、左手で頭を撫でる。
風が心地いい。
「消えないし、ずっと残るし、思い出せば変わらずはらわたが煮え繰り返る」
それに。
「命が終われば、やるせない」
もっと楽しい未来があったはず。
修学旅行だって、進学だって、将来の分岐に目を輝かせる人だっている。
大学に行くなら村から出て県外に行くとか、都会に行ってみるとか。
こんなちっぽけな村で命を落としたら、その先あったはずの未来さえ理想のまま終える。夢のまま終える。
そんなのはみんな、嫌だろう。
「やりたいことがあったはず、なりたいものがあったはず、知りたいこともあったはず、死んだら全部が叶えられない」
もっと貪欲になれたら、もっとやりたい放題生きていたら。しかし。
「こんな村に住んでたらそんなことも無理難題だろうね」
ねぇ。
「君は何がしたい?」
『僕?』
「ああ。君は、どうしていたかった?」
『家族に会いたい』
「他には?」
『徒競走で一位になりたい』
「いいね」
『旅行に行ってみたい』
「うん」
『家族で焼肉とか行きたい』
「いいじゃん」
『でも、もう』
「前向いていた方が、楽しいと思わない?」
『うん……。でも』
「この世界にはね、輪廻転生って言葉があるんだ」
『輪廻、転生……?』
仏教の言葉だ。
「一度死んだら、また来世で生まれ変わる」
『生まれ変わる?』
「あぁ、そうだ。ここにはこれだけ仲間がいるんだ。少しは怖くないだろう?」
彼は、辺りを見渡す。
たくさんの子供達。
犠牲になった命は今もここにいる。
『忘れてほしくない』
「忘れないよ。この神社がある限り、みんな覚えてる」
『そんなの綺麗事だよ』
泣き出す目の前の子供。
心に負った傷はすぐには癒えない。
「忘れていると思う?見てみなよ、この村の人たちを」
神社の前に花が添えられている。
それはいつの日か誰かが弔いに来た証。
「誰も忘れるわけないよ、この悲しみの連鎖を」
口を噤んで忘れようとするほど思い出す記憶や責任。
この村の人間たちが忘れられるわけがない。
資料にさえ、発展由来は明記されていない。
そして全員が口を揃えてこの神社の神は作られたものだと仰せた。
『そっか』
泣いていた彼は、涙を拭う。
子供達は、笑顔を見せていた。
『お兄さんに会えてよかったよ』
「うん」
『それじゃ、逝ってきます』
だんだんと足元から消えていく彼ら。
祓うことができるとは思ってもいなかった。
これで、子供達が呪いとして誰かの命を奪うことはないのだろう。
七十年近い負の連鎖は断ち切れた。みんなどこか気づいていたはずなんだ。
科学が発展して間違いに気づいて、最近になって風習は根絶に向かった。
子供達が消えた後、神社を見渡す。
あれだけ人がいたのに、みんないなくなった。
綺麗に建てられていた神社もいつの間にか壊れている。空も薄暗く曇ってきている。
「随分と綺麗事をつらつらと並べるものだな」
鳥居に人影が見えた。
「ようやく会えた。もう一人の僕」
「気づいてたか」
「もちろん。子供が出てきたときは驚いたけど、あれはこの村の犠牲になった子供たちが湧いてでてきてしまったんだろう?」
「正解」
「どうりで、神社が綺麗になるわけだ」
成仏された子供の知っている神社のあるべき姿。
子供を見る前の『人影』に会った時、違和感を覚えた。
少しおちゃらけていたのも、一度目に会った時よりきつい言葉を使わなかったことも不思議だった。
全部、僕が子供の前でやっていたことだ。
「そんなことより、お前の言葉誰が耳を傾けてくれるんだ?」
「……」
やはり気づいているのか。
「自己犠牲的なお前が、誰かの身代わりになるようなお前が、誰かに言える言葉か?」
「……いいじゃん。うまく行ったんだから」
「お前」
「春正だってこの後父親と会って話せば気持ちは晴れる。子供達だって無事お祓いできた」
「いつからそうなった」
「ずっと昔から。父親に殴られるようになってから、自分は社会の歯車だ、誰かのサンドバックになればいいって思って生きてきた」
それに。
「最近じゃストレス発散に暴言はく弟だって、僕がこんなんだからできること。母親だって父親代わりが欲しいんだ。ハグを求めるのは、父親に似ている僕ならでは、だろ?」
「秋山は?」
「気持ちには気づいてた。だから、利用した」
「……なるほど。お前がここにきたのはとっくに死にたかったからか。いや、死ねるタイミングですぐ死にたかったのか」
僕が目の前の彼ならば、当然気づくことだった。
「自分は死んでもいいが、他人に死なれるのは嫌だ。よくある話だな」
それとついでに。
「サンドバックになり続けるのも誰かに合わせ続けるのも疲れたか」
「……」
図星だった。
「疲れた挙句、疲れたなんて言えなくて、こんなことになってるのか。言える相手もいなければ、誰も信用してないんだろう?好きな相手には見栄を張って、弱さを見せない。要はプライドが高いんだ、ガードが硬いんだ」
「お前」
「おっと、形勢逆転か?図星だったばかりに地雷を踏んだか?」
奥歯を噛む。これ以上反論しても相手の思うツボだ。
そんなことさえ見え透いていると考えれば、考えるだけ無駄なのかもしれない。
「いっそ、素直になれよ。話し合えるぜ」
眉間に皺を寄せた。
憎むべきは自分自身だと言っているようで。
それは当然なのかもしれない。
これまで成長もせず、前も向かず、後ろ向きで生きてきた。
死にたいというでもなく生きたいというわけでもない。
どっちつかずを続けた挙句、『光里村』にきて川を渡ろうとして死に損なった。
僕が死んだ後の世界を見て思ったんだ。
どうせ家族の誰も悲しむことがないというのなら、無鉄砲に動いたっていいと。
本当は友達よりも家族に悲しんで欲しかった。母親が放心状態なのは、僕が原因で離婚したのに父親代わりがいなくなってしまったからだろう。
だから、どうにでもなれと足を動かした。
本当は明るい家族が欲しかった。
ないものねだりなのはわかってる。
僕があの日あんなことをしなければ、こんなにも酷い目には遭わなかった。
きっとあんなことがなければ、春正にも秋山にも会っていないけれど。
それでも欲しかった。
四人で旅行とか高校の不満とか言いながら、時たまに車で送ってもらったり迎えにきてもらったり、勉学に励んで部活も真剣に取り組んでみたりしたい。
家族に誕生日を祝ってもらいたい。今年はバイトで潰れケーキなんて食べてない。
そんな願いが叶わないことはもうわかってる。
だからもう、どうでもいいんだ。
今死んでも、いつ死んでもどうでもいい。
「なぁ、僕はどうやったら死ねる?ずっと死ねてない。あの子供達みたいに祓うことはできないのか?」
「祓うなら俺を祓うしかないな」
意味がわからなかった。
「は?え、な、なんで」
「俺はお前だ。いいか、祓うのは呪いだ。俺はお前の呪いだ」
「じゃあまさか」
「そうだ。死にたかったら、俺がお前を殺すしかない」
死にたい僕を呪いが殺す……。
「だったら話は早い。僕を殺せ」
「それは無理だ」
「は……?」
「俺はお前を殺さない」
「な、何を言って」
あまりにも理不尽で笑いが込み上げてくる。
「じゃあ、僕がお前を殺したら?」
「その時は、お前は現実に戻り生き返る」
「ふざけんな!!馬鹿げたこと言ってんじゃねええ!!」
それはつまり、僕の呪いは死にたいというところにあるらしい。
死にたい僕が自決してもきっと現状は変わらない。僕が僕を殺しても血さえ流れないだろう。
彼が僕を殺さない限り、死ぬことはできない。
だが、相手は呪い。呪いは逆説的な部分が強い。可能性として、生きたいという願いが呪いへと変貌している。
つまり。
「お前、本当は生きたいんだろう?死ねる時に死ぬなんて弱さからきてるだろ。この先の不安感から今ならとか思ってんだろ」
『人影』は僕の目の前まで来て告げた。
開いた口は言葉を発さず、膝から崩れ落ちた。
死にたいと願っても、生きる運命にあるとでもいうのか。
こんな命、何度でも殺してやる。『人影』がやらないのなら僕がやる。
近くにあった大きな石を頭に何度もぶっ叩く。
「無駄だ」
血が流れることもなければ、痛みも感じない。予想通りだった。
「なんで……、くそ、くそっ!ふざけんな!だったらあの子供達に現実で殺して貰えばよかった……っ!」
人影が僕の手首を掴んで離さない。
「あの子たちはお前のために他人を殺そうと動いてた。死を望んでも子供達はお前を殺そうと動かない」
「……っ!!ああああああああああああ!!」
地面を叩きつけて、何度も叫んだ。
こんなこと望んでない。
生きていたいだなんて思ってない。
だから、あの時死んだ後の世界を見ようと思えた。
確かに怖いとか思った。だけど、死に対して怖いと思ってない。
みた後はむしろより死にたくなった。
生きていたってこの苦しみは抜け出せない。
あぁ、そうだ。だから、輪廻転生でもなんでもいい。死ねたらいい。
なのに、死ねない。
理不尽極まれりだ。
誰がこんなこと望んだ?
本当に僕は生きたいか?
死んだ方がマシだ。
こんな呪い、一生付き合っていかなきゃならないのか?
頭を掻きむしり、頭を地面に叩きつける。
血が出るわけでもなければ、痛みを感じることもない。
ここが生死の狭間だから。
目の前のやつが僕を殺してくれないのなら、死に場所はない。
それはもう生きろと言われているのだ。
全部逃げ出して、捨てて、この世から消える。それだけでいいのに。
それでいいじゃない。
何がダメだというのか。
答えてくれるやつなんて……。
「南風!」
鳥居の方から声が聞こえる。
よく耳にしていたあの声。
「……春正?なんで」
後ろを振り向くと彼は歩を進めている。
「目が覚めたら、現実の『あの河原』にいた。川が氾濫していないことで気づいたよ。あれは、夢なんかじゃない。生死を彷徨ってた」
「僕はもう」
生きるための前向きな理由なんかどこにもない。
彼から後退りをするが、容赦無く距離を詰めてくる。
「何がどうなってこうなったのかはわからない。だけど、南風ならわかるだろ」
「……」
「この神社がどんな場所かくらいもう知ってるだろ。呪いの溜まり場、生贄の憎しみの残穢が集まるところ。南風はそいつらに揺すられたんだ」
「……違うそれは」
「南風が、優しいことなんてわかってる。もう、優しくいる必要なんかない」
目の前でしゃがみ、手を差し伸べる彼。
「逃げることも時には必要かもな。だけどさ、死ぬほどじゃないだろ。俺にさっき言った言葉忘れたかよ」
「……」
「俺もお前が、好きだ。俺のために生きてほしい」
「……でも」
「立場変わっちまったな。呪いとか生贄とか南風が全部背負うものじゃない。大人だって背負ってる、俺も背負ってる。もちろん、秋山だって」
「……っ」
「全部一人で背負うために、誰のことも見えなくなるなら、やめろよ。南風が想像する以上にこっちは苦しいんだよ」
言葉が出ないくせに、首を横に振ることはできた。
逃げたいのはきっと、春正の優しさが怖いから。
その優しさを向けるべき相手は、僕じゃない。
「もう拒絶すんなよ。俺を」
「でも」
僕の右手首を引っ張り強引に抱き締める彼。
胸板に頭が当たる。
「こんな震えるほど怖いのかよ」
軽く笑う彼は何も気にしていないようだった。
ずっと欲しかったのかもしれない。
一方的な想いに応えるんじゃなくて、誰かの温もりが、親身になってくれる誰かが。
愛してくれる誰かが。
「……怖かったよ」
愛されることが、怖い。
優しくされることが、怖い。
家族が怖い。
友達が怖い。
学校が怖い。
生きるのが怖い。
死ぬのも怖い。
でもいっそ、死んじゃえばもう怖いものはない。
だから、今この瞬間を選ぼうとした。
だけど今は、春正と会えなくなる方が怖い。
「……会いたかった」
この瞬間だけは、この先も忘れたくないと、そう思った。
全部、僕が悪いのだから。
なのに、体は動いてくれない。
首を垂れて泣いて謝る彼に何を言えばいい。
「日向さんの息子を救いたかった。誰に言われたわけでもない。でも、初めて会った日の南風を見て、苦しくなった。どうしてそんな暗い目をしているんだろうって。なんで渇いた笑顔ばかり見せるんだろうって」
「……でも、僕があの場にいなかったら、少なくとも」
彼の友達は救えた。
「あれはもう無理だったんだ。最初から分かってたんだ。家もバレてる。この村に逃げ場なんてない。山一つ越えるなんて子供じゃ無理だ。でもどうにかして助けたい。自分じゃどうにもできないから……。日向さんに助けを求めて、方法を聞いて俺も秋山も気づいた。絶対に助からないんだって。だってそうだろう?ぬいぐるみなんかで助けても、一時凌ぎに過ぎない。時間稼ぎにしかならない」
それに。
「村から出て行っても、村出身の人はいる。逃げ出したって見つけ出される。無理難題を日向さんに押し付けた。だから……」
僕のせいじゃないと彼はいいたげだった。
それ以上に、家族が離婚したことを嘆いている。
僕が、離婚を望んでいなくて弟との関係も元に戻したいと知っているから。
仲良くなって隠し事さえしない関係になったから。
その度に春正は、苦しんできたのか。
僕なんかのために?いや、僕と父親のためか。
「なら、まだ話し合える。大丈夫、父さんに会わせてやる」
春正の前で立ち止まり、手を差し出す。
「父さんがどれだけ気にしてるか、僕との距離間を聞いてみればいい。不安なら、一緒にいてやる」
「なんで、そこまで」
「友達、だろ」
彼は、顔を上げた。
僕を見やると涙を頬につたらせる。
そんなふうに泣いたこと僕はない。
羨ましいと思った。だけど。
「春正が死にたい理由、ようやく分かったよ。でもさ、まだ解決できる」
終わったわけじゃない。
一人で償い続けるだなんて苦しいじゃないか。
春正は悪魔なんかじゃない。だから。
「独りになんかしない」
「どうして」
「好きだから。春正のこと」
「……」
「生きていてほしいって思ってる」
罪なき人は救われるべきだ。
地獄を見て、苦しんで、窮地に立って自殺する。
そんなことになる前に、手を差し伸べるんだ。
僕にそんな権利あるのか知らないけれど。
ただ一つ、彼には死んでほしくないと思ってる。
「ほら、行こうよ」
彼は躊躇いながらも手を伸ばした。
引き戻す前に手を握り、引っ張り上げた。
同時に立ち上がらせる。
「今更なんだって言うんだ。死ぬ理由にしては、勿体無い」
「いいのかよ……。俺のこと許して。俺は」
「僕の家族を崩壊されたなんて思うなよ。どうにでもなるよ」
それでも否定的な接続詞を並べる彼を抱きしめた。
春正は独りじゃない。
独りになっちゃいけない。
お前は、こっち側じゃないんだよ。
優しすぎる。
僕のような悪魔じゃないのだから、救われてほしいよ。
「許してくれるのか……?」
「そりゃそうだ」
「俺は……」
川の流れが激しくなっていく。
河原にまで川の水が押し寄せてくる。
「何、これ」
彼から離れて、河原から離れるよう突き放す。
刹那、川の水に流されて身動きが取れない。
溺れかける僕に彼は、手を伸ばすが、僕はそれを払いのける。
ここは、死と生の狭間のはず。
溺れかけていると言うことは、いつの間にか精神も肉体も死に近づいていた。時間をかけ過ぎたか。
以前のようにロープで首を吊って気絶するでもなくここに来れたのは、彼とここの川を越えてしまったからか。
もしこのまま森の中へ踏み込んで行ったら、僕は確実に死ぬのだろう。
しかし、それでいい気がした。
どうせいつかは死ぬ。
僕が何もしなければ、あの時春正の友達は少しでも生き延びていた。
僕が何もしなければ、父親が暴力を振るうこともなかった。
僕が何もしなければ、母親は僕の代わりに殴られることもなかった。
僕が何もしなければ、弟は僕を目の敵にすることもなかった。
自業自得なんだ。
こうなるのも、これまでのことも全部僕が悪い。
生贄にされた子供達の気持ちも踏み躙ったわけだから仕方がない。
これも運命だ。
理不尽な運命だなんて悲観的になる必要もない。
因果応報とでも言うべき結果。
死に急いでいたわけでも生きていたいと思っていたわけでもない。
救われたいだなんて本心じゃないのだから。
遠く離れていく彼は、この先、生きて父親に会って少しでも話して肩の荷が降りたらそれでいい。
春正にも秋山にも悪いことをした。
救ってくれるのが、父親なら警察官冥利に尽きるんじゃないだろうか。
最低な親孝行かもしれない。
親孝行にもならないのかもしれない。
でも、死ぬべき人間はきっと絶対にいる。存在価値のない人間はいる。
それが僕だった。たったそれだけ。
川の水が口に入って息ができない。
飲みこまれ流されていく。
このまま、森の奥へと踏み入れれば、死ぬ。
……死ぬ。
死ぬのか、僕は。
死にたくないってどうして思えないんだ。
そんな自分に嫌気がさした。
これが、最後に思うことか。
それはそれで、いいか。
微睡の中で声がする。
『僕らを助けてくれた君はこんな終わり方でいいのかい?これがお望みかい?』
「あぁ、いいんだこれで」
『どうして?僕らなら、君の嫌な相手全員殺せるよ。君は無罪のまま』
「人の命に価値はないよ」
『なんで、君がそんなこと言うの?僕らの命は価値がないの?生贄になった僕らは、価値なんてなかった?』
「みんな、価値なんてない。この先、生きても、死んでも、みんないつか忘れる。思い出すのは、その時期が来た時だけ。心のどこかで生きている時の記憶が残っているのなら、ずっと生きているなら、それは呪いだよ」
『でも、僕らは覚えていてほしいよ』
「呪いだね」
『君にだけは言ってほしくなかった』
「そうかな。望んでもないことする君たちに言われたくないかな」
『理不尽に僕らは殺されたんだよ?君は分かってくれるって言った』
「言ったよ。でも、それ以上は望んでないし、願ってもない。君たちに何かを求めた覚えはない」
『そんなのあんまりだよ。どうして、殺された僕らが誰かのために人を殺しちゃいけないの?』
「その言葉は生贄にされる時に聞いたの?みんなのために死んでくれって言われた?だから、今度は僕のためにみんなを殺そうって思った?助けてくれた恩だから?恩返ししないと気がすまない?」
『……わかんないよ』
目を開けると、そこはいつか見た綺麗に建てられている神社が目の前に広がっていた。
たくさんの子供が立ちすくんでいる。
今もなお、泣いている。
生贄にされた事実、結果が伴わなかった理想論。
大人のエゴで犠牲になった命の数。
早く穢れを落としてやらないとな。
汚れているというのなら、大人も一緒だ。
自分たちの安心のために始めたことなんだろう。
安心のためなら子供の犠牲も厭わない。
命の重みは簡単に変化する。
君たちが憎んでいるのは、大人であり、文化であり、命だろう。
「死んでもなお消えない憎しみは、一生消えないんだろうな」
目の前の子供の前で膝をつく。
右腕を掴んで、左手で頭を撫でる。
風が心地いい。
「消えないし、ずっと残るし、思い出せば変わらずはらわたが煮え繰り返る」
それに。
「命が終われば、やるせない」
もっと楽しい未来があったはず。
修学旅行だって、進学だって、将来の分岐に目を輝かせる人だっている。
大学に行くなら村から出て県外に行くとか、都会に行ってみるとか。
こんなちっぽけな村で命を落としたら、その先あったはずの未来さえ理想のまま終える。夢のまま終える。
そんなのはみんな、嫌だろう。
「やりたいことがあったはず、なりたいものがあったはず、知りたいこともあったはず、死んだら全部が叶えられない」
もっと貪欲になれたら、もっとやりたい放題生きていたら。しかし。
「こんな村に住んでたらそんなことも無理難題だろうね」
ねぇ。
「君は何がしたい?」
『僕?』
「ああ。君は、どうしていたかった?」
『家族に会いたい』
「他には?」
『徒競走で一位になりたい』
「いいね」
『旅行に行ってみたい』
「うん」
『家族で焼肉とか行きたい』
「いいじゃん」
『でも、もう』
「前向いていた方が、楽しいと思わない?」
『うん……。でも』
「この世界にはね、輪廻転生って言葉があるんだ」
『輪廻、転生……?』
仏教の言葉だ。
「一度死んだら、また来世で生まれ変わる」
『生まれ変わる?』
「あぁ、そうだ。ここにはこれだけ仲間がいるんだ。少しは怖くないだろう?」
彼は、辺りを見渡す。
たくさんの子供達。
犠牲になった命は今もここにいる。
『忘れてほしくない』
「忘れないよ。この神社がある限り、みんな覚えてる」
『そんなの綺麗事だよ』
泣き出す目の前の子供。
心に負った傷はすぐには癒えない。
「忘れていると思う?見てみなよ、この村の人たちを」
神社の前に花が添えられている。
それはいつの日か誰かが弔いに来た証。
「誰も忘れるわけないよ、この悲しみの連鎖を」
口を噤んで忘れようとするほど思い出す記憶や責任。
この村の人間たちが忘れられるわけがない。
資料にさえ、発展由来は明記されていない。
そして全員が口を揃えてこの神社の神は作られたものだと仰せた。
『そっか』
泣いていた彼は、涙を拭う。
子供達は、笑顔を見せていた。
『お兄さんに会えてよかったよ』
「うん」
『それじゃ、逝ってきます』
だんだんと足元から消えていく彼ら。
祓うことができるとは思ってもいなかった。
これで、子供達が呪いとして誰かの命を奪うことはないのだろう。
七十年近い負の連鎖は断ち切れた。みんなどこか気づいていたはずなんだ。
科学が発展して間違いに気づいて、最近になって風習は根絶に向かった。
子供達が消えた後、神社を見渡す。
あれだけ人がいたのに、みんないなくなった。
綺麗に建てられていた神社もいつの間にか壊れている。空も薄暗く曇ってきている。
「随分と綺麗事をつらつらと並べるものだな」
鳥居に人影が見えた。
「ようやく会えた。もう一人の僕」
「気づいてたか」
「もちろん。子供が出てきたときは驚いたけど、あれはこの村の犠牲になった子供たちが湧いてでてきてしまったんだろう?」
「正解」
「どうりで、神社が綺麗になるわけだ」
成仏された子供の知っている神社のあるべき姿。
子供を見る前の『人影』に会った時、違和感を覚えた。
少しおちゃらけていたのも、一度目に会った時よりきつい言葉を使わなかったことも不思議だった。
全部、僕が子供の前でやっていたことだ。
「そんなことより、お前の言葉誰が耳を傾けてくれるんだ?」
「……」
やはり気づいているのか。
「自己犠牲的なお前が、誰かの身代わりになるようなお前が、誰かに言える言葉か?」
「……いいじゃん。うまく行ったんだから」
「お前」
「春正だってこの後父親と会って話せば気持ちは晴れる。子供達だって無事お祓いできた」
「いつからそうなった」
「ずっと昔から。父親に殴られるようになってから、自分は社会の歯車だ、誰かのサンドバックになればいいって思って生きてきた」
それに。
「最近じゃストレス発散に暴言はく弟だって、僕がこんなんだからできること。母親だって父親代わりが欲しいんだ。ハグを求めるのは、父親に似ている僕ならでは、だろ?」
「秋山は?」
「気持ちには気づいてた。だから、利用した」
「……なるほど。お前がここにきたのはとっくに死にたかったからか。いや、死ねるタイミングですぐ死にたかったのか」
僕が目の前の彼ならば、当然気づくことだった。
「自分は死んでもいいが、他人に死なれるのは嫌だ。よくある話だな」
それとついでに。
「サンドバックになり続けるのも誰かに合わせ続けるのも疲れたか」
「……」
図星だった。
「疲れた挙句、疲れたなんて言えなくて、こんなことになってるのか。言える相手もいなければ、誰も信用してないんだろう?好きな相手には見栄を張って、弱さを見せない。要はプライドが高いんだ、ガードが硬いんだ」
「お前」
「おっと、形勢逆転か?図星だったばかりに地雷を踏んだか?」
奥歯を噛む。これ以上反論しても相手の思うツボだ。
そんなことさえ見え透いていると考えれば、考えるだけ無駄なのかもしれない。
「いっそ、素直になれよ。話し合えるぜ」
眉間に皺を寄せた。
憎むべきは自分自身だと言っているようで。
それは当然なのかもしれない。
これまで成長もせず、前も向かず、後ろ向きで生きてきた。
死にたいというでもなく生きたいというわけでもない。
どっちつかずを続けた挙句、『光里村』にきて川を渡ろうとして死に損なった。
僕が死んだ後の世界を見て思ったんだ。
どうせ家族の誰も悲しむことがないというのなら、無鉄砲に動いたっていいと。
本当は友達よりも家族に悲しんで欲しかった。母親が放心状態なのは、僕が原因で離婚したのに父親代わりがいなくなってしまったからだろう。
だから、どうにでもなれと足を動かした。
本当は明るい家族が欲しかった。
ないものねだりなのはわかってる。
僕があの日あんなことをしなければ、こんなにも酷い目には遭わなかった。
きっとあんなことがなければ、春正にも秋山にも会っていないけれど。
それでも欲しかった。
四人で旅行とか高校の不満とか言いながら、時たまに車で送ってもらったり迎えにきてもらったり、勉学に励んで部活も真剣に取り組んでみたりしたい。
家族に誕生日を祝ってもらいたい。今年はバイトで潰れケーキなんて食べてない。
そんな願いが叶わないことはもうわかってる。
だからもう、どうでもいいんだ。
今死んでも、いつ死んでもどうでもいい。
「なぁ、僕はどうやったら死ねる?ずっと死ねてない。あの子供達みたいに祓うことはできないのか?」
「祓うなら俺を祓うしかないな」
意味がわからなかった。
「は?え、な、なんで」
「俺はお前だ。いいか、祓うのは呪いだ。俺はお前の呪いだ」
「じゃあまさか」
「そうだ。死にたかったら、俺がお前を殺すしかない」
死にたい僕を呪いが殺す……。
「だったら話は早い。僕を殺せ」
「それは無理だ」
「は……?」
「俺はお前を殺さない」
「な、何を言って」
あまりにも理不尽で笑いが込み上げてくる。
「じゃあ、僕がお前を殺したら?」
「その時は、お前は現実に戻り生き返る」
「ふざけんな!!馬鹿げたこと言ってんじゃねええ!!」
それはつまり、僕の呪いは死にたいというところにあるらしい。
死にたい僕が自決してもきっと現状は変わらない。僕が僕を殺しても血さえ流れないだろう。
彼が僕を殺さない限り、死ぬことはできない。
だが、相手は呪い。呪いは逆説的な部分が強い。可能性として、生きたいという願いが呪いへと変貌している。
つまり。
「お前、本当は生きたいんだろう?死ねる時に死ぬなんて弱さからきてるだろ。この先の不安感から今ならとか思ってんだろ」
『人影』は僕の目の前まで来て告げた。
開いた口は言葉を発さず、膝から崩れ落ちた。
死にたいと願っても、生きる運命にあるとでもいうのか。
こんな命、何度でも殺してやる。『人影』がやらないのなら僕がやる。
近くにあった大きな石を頭に何度もぶっ叩く。
「無駄だ」
血が流れることもなければ、痛みも感じない。予想通りだった。
「なんで……、くそ、くそっ!ふざけんな!だったらあの子供達に現実で殺して貰えばよかった……っ!」
人影が僕の手首を掴んで離さない。
「あの子たちはお前のために他人を殺そうと動いてた。死を望んでも子供達はお前を殺そうと動かない」
「……っ!!ああああああああああああ!!」
地面を叩きつけて、何度も叫んだ。
こんなこと望んでない。
生きていたいだなんて思ってない。
だから、あの時死んだ後の世界を見ようと思えた。
確かに怖いとか思った。だけど、死に対して怖いと思ってない。
みた後はむしろより死にたくなった。
生きていたってこの苦しみは抜け出せない。
あぁ、そうだ。だから、輪廻転生でもなんでもいい。死ねたらいい。
なのに、死ねない。
理不尽極まれりだ。
誰がこんなこと望んだ?
本当に僕は生きたいか?
死んだ方がマシだ。
こんな呪い、一生付き合っていかなきゃならないのか?
頭を掻きむしり、頭を地面に叩きつける。
血が出るわけでもなければ、痛みを感じることもない。
ここが生死の狭間だから。
目の前のやつが僕を殺してくれないのなら、死に場所はない。
それはもう生きろと言われているのだ。
全部逃げ出して、捨てて、この世から消える。それだけでいいのに。
それでいいじゃない。
何がダメだというのか。
答えてくれるやつなんて……。
「南風!」
鳥居の方から声が聞こえる。
よく耳にしていたあの声。
「……春正?なんで」
後ろを振り向くと彼は歩を進めている。
「目が覚めたら、現実の『あの河原』にいた。川が氾濫していないことで気づいたよ。あれは、夢なんかじゃない。生死を彷徨ってた」
「僕はもう」
生きるための前向きな理由なんかどこにもない。
彼から後退りをするが、容赦無く距離を詰めてくる。
「何がどうなってこうなったのかはわからない。だけど、南風ならわかるだろ」
「……」
「この神社がどんな場所かくらいもう知ってるだろ。呪いの溜まり場、生贄の憎しみの残穢が集まるところ。南風はそいつらに揺すられたんだ」
「……違うそれは」
「南風が、優しいことなんてわかってる。もう、優しくいる必要なんかない」
目の前でしゃがみ、手を差し伸べる彼。
「逃げることも時には必要かもな。だけどさ、死ぬほどじゃないだろ。俺にさっき言った言葉忘れたかよ」
「……」
「俺もお前が、好きだ。俺のために生きてほしい」
「……でも」
「立場変わっちまったな。呪いとか生贄とか南風が全部背負うものじゃない。大人だって背負ってる、俺も背負ってる。もちろん、秋山だって」
「……っ」
「全部一人で背負うために、誰のことも見えなくなるなら、やめろよ。南風が想像する以上にこっちは苦しいんだよ」
言葉が出ないくせに、首を横に振ることはできた。
逃げたいのはきっと、春正の優しさが怖いから。
その優しさを向けるべき相手は、僕じゃない。
「もう拒絶すんなよ。俺を」
「でも」
僕の右手首を引っ張り強引に抱き締める彼。
胸板に頭が当たる。
「こんな震えるほど怖いのかよ」
軽く笑う彼は何も気にしていないようだった。
ずっと欲しかったのかもしれない。
一方的な想いに応えるんじゃなくて、誰かの温もりが、親身になってくれる誰かが。
愛してくれる誰かが。
「……怖かったよ」
愛されることが、怖い。
優しくされることが、怖い。
家族が怖い。
友達が怖い。
学校が怖い。
生きるのが怖い。
死ぬのも怖い。
でもいっそ、死んじゃえばもう怖いものはない。
だから、今この瞬間を選ぼうとした。
だけど今は、春正と会えなくなる方が怖い。
「……会いたかった」
この瞬間だけは、この先も忘れたくないと、そう思った。



