呪いは傍に在るもので

 『光里村』を巡る事件はいまだに終わりを見せない。
 というか、その残穢は子供の代に回ってしまっている。
 どうにかせねばと急ぐ南風をみて、俺はどうするべきか悩みあぐねる。
「南風さんの息子と春正君が失踪したってほんと、どのタイミングで」
 近くのコンビニで缶コーヒーを二人に手渡す。
「すみません、私の仕事なのに」
 あくまで後輩として買うべきだったと反省する柴田に首を横に振った。
「今はそんなことどうでもいい。あの二人は、どこに行ったんだ。南風さん、居場所はわからないのかい?」
「そんなこと言われても」
「昔は、少年課のヒーローとか持て囃されてたのに今やお役御免か」
「ちょっと角田さん」
 制する柴田を止める南風。
「俺はあんたのあのヒーロー像に憧れた。他の子供だってそうだろう。救われてる子が多いと言うのに、あんたを救ってやれる人はいない」
 それは、俺の役不足なのもあるのだろう。
 子供の気持ちは理解できる。
 ただ大人は、理解できない。
 大人は見栄っ張りで弱さを見せない。
 きっと南風も家族や仕事で弱さを見せることはなかったのだろう。
 警察官が弱さを見せれば、市民や村民は不安になる。
 『光里村』にもっと強大な安心を得られていれば、生贄なんていうふざけた文化はなかったのかもしれない。
 まだ未知のものがあるってだけでこんなにも不安になるのだ。
 俺たちでいうのなら、死というのは不安要素の最大たるもの。
 二年前に落ち着いたウイルスは、当初とてつもない騒ぎとしてマスコミが報じた。
 その不安は、『光里村』の文化に刺激付いた。
「子供が南風さんを信頼するのは、あの残酷な文化が根付いた村で育ったていうのも大きいんだろう。休職するに至るまで何があった?」
「角田さん、今、それは関係ないんじゃ」
 柴田を制する。
 子供になら効くかもしれない心理テクは大人に通用するだろうか。
 いや、今、南風に必要なのは、導火線に火をつけること。
 息子を救いたいと本気で願えるのなら、俺たちだってうまく立ち回ることができるはず。
「……突然、休職してすまなかった」
 南風はそれ以上何かを言うつもりはないらしい。
「謝罪だけじゃ何も伝わんない。知ってるでしょ、失踪して二十四時間以内に見つけ出さないと命の保証はできない。あの時だって」
「あの時?」
 柴田がまたも口を挟む。
 タバコの火を消して灰皿に捨てる。
「南風さんが、唯一救えなかった子供だ。同郷の子供に頼まれて、生贄にならないよう試行錯誤した末にうまくいかなかった事件」
「あれは、確か、南風さんのお子さんが現場にいたって話ですよね」
 どうやら彼女は知っていたらしい。
「調べました。角田さんが、どうして、南風さんを信頼しているのか」
 信頼と言われて恥ずかしくなる。
 見習ってるし、確かにそうだが、口にされると穴があったら入りたくなる。
「結局、生贄候補の子はそのまま、生贄に。救えなかったって話ですよね」
「あぁ」
「でも、なんで大事にならないんでしょう。マスコミとか食いつきそうなのに」
「無理だ。今はもうそんな話どこにも出てこない。誰もがみんなこの文化を黒歴史にしている。口を割るやつなんかいない」
 それよりも。
「南風さん、あなたの息子さんは、一人で何もかも背負おうとしてる。俺たちの知らないものを見てしまっているだろうし、一人で『光里村』にまで足を運んでる。踏み込んではいけない川にまで入っていった。神社に行こうだなんて呪われてしまう」
 否。
「もう呪われていてもおかしくない」
 南風の息子と喋った時、誰かと会話をしていた。
 俺が目の前にいると言うのに、何か違うものが見えている様子。
 汗もかいていた。
 後でまた病室に行った時には、窓の外を見ながら誰かと話してた。
 呪いが本物なら、危険だ。
 彼が全部を背負うかもしれない。
 その原因が自分にあると思っていたら、なおさらだ。
 そして、家族が離婚してるというのも彼が責任を感じてしまう要因になり得る。
 彼と会った時に思った。相当自分を責めてしまうタチだと。
 家庭環境は知らないし、事実だけしかわからない。だが、彼を苦しめる何かは確実に存在して、想像で話をするべきことでもない。
「南風さん、そろそろ話してくれませんか?息子さんと何があったのか」
 そんなに躊躇うことなのだろうかとため息をつく。
 タバコに火をつけ、口に加える。
「一つくれないか」
 普段吸わないくせに何を言っているんだと思ったが、一本あげることにした。
 火をつけてやると彼は吸った。吹かしタバコなんかじゃなかった。
 いつから吸っているのかわからないが、口にするのはやめた。
「あの事件があった日、息子を殴ったんだ」
「……は」
 小さく、低い声でだけど確かに俺は、口にした。
「救えるはずの命が、息子のせいで救えなかった。そう思えば、息子に苛立って仕方がない。顔も見たくないほどムカついた」
「南風さんそれ」
 柴田が俺を制した。
 今は、俺が感情的になる場面じゃない。
「息子と同じ歳の子が生贄にされる。絶対に救いたいと思った。あの手この手を考えて必死に考え抜いて見つけた作戦。警察一人でどうにかできるとは思えないが、やるしかなかった。私情を挟むべきじゃなかったんだろう。怪しまれていたんだろう。朝早くから夜遅くまで何をしているんだと」
「……」
「角田ならわかるな。あの一件以降、仕事に精が出なかった。息子がいなければ、救えたと。夢にも出てきた。『なんで助けてくれなかったの?』そう言われているような気がして。見れば見るほどむかついた」
 でも。
「元奥さんが息子を庇った」
 タバコを一口吸い込むとむせたのかゲホゲホと咳き込む。
「それでもう、気付いたんだ。僕は、何してるんだって。その日の夜に離婚を告げた。でも、断られた。責任を感じるなら今から変わってほしいって言われて、参ったよ。自暴自棄にでもなったんだろう。元奥さんまで殴るようになった」
 そして。
「息子が元奥さんを庇った。あの目は忘れられない。誰のせいでこうなったんだって、救えたかもしれない命を奪ったお前がどうしてって」
 だけど。
「望んでた警察としての気持ちは消えた。僕は、最低なやつだ。村人の子供を救えず、他責に息子を責めた。自暴自棄になって元奥さんにまで手を出した。警察官失格だ。だから……」
 それ以上、彼は言葉を発しなかった。
 怒りを抑えるべくタバコを口に含もうとしたが、寸前のところでタバコを落としてしまった。
 革靴でタバコの火を消して灰皿に捨てる。
「南風さん、あんたのやったことは最低ですよ」
 だけど。
「今は時間がないんです。俺の頼み事、聞いてくれませんか?」
「……もう後輩じゃない」
「なら、市民として相談乗ってください」
「休職中だ」
「だったら」
「君たち警察に任せたよ」
「じゃ、じゃあ、なんて言えばいいんですか!?南風さんの息子が関わってるんですよ?それに息子さんのクラスメイトだって行方不明になってる。呪いは消えてない。それどころか拡大するばかりだ。もたついてる場合じゃないんですよ!」
「しかし」
「あああ!!女々しい奴らだな!!!」
 と、柴田が叫ぶ。
「行ってから考えればいいでしょ!!とりあえず、行きそうなところはどこですか!?ほら、早く車乗って!!」
 後部座席に南風を乗せると、俺を助手席に乗せた。
 運転席に乗る彼女は、すぐに車を出す。
「タバコなんか吸ってカッコつけなくていいんで、早く教えてください。息子さん死んだら、今度はもう動けなくなるんじゃないんですか?それで自殺なんかされても誰も悲しんでくれないですよ」
「心当たりがないなら、あの事件の現場に行きますか」
「どこ?」
 敬語を忘れた柴田は眉間に皺を寄せている。
 これもしかして、怒ってる?
「あ、えっと、『光里村』のこちらへ」
 マップのアプリで住所を検索し、スマホを見せる。
「あの道案内します」
「言わんでもやれや」
「はい……」
 バスを使うよりも爆速で向かう彼女の運転はいつもより荒かった。
 赤信号で止まると彼女は口を開く。
「なんで角田さんは、南風さんの事件知ってたんですか?」
「話題になったからですね。警察が事件の調査を止めるだなんてこと普段はないから。上から命令されて事件の調査はやめになった」
 青信号に変わりまたも荒い運転が続く。
「じゃあ、最初から今回の春正くんの事故の件は、『光里村』関連だって気付いてた?」
「そうですね。可能性の一つとして。決定打になったのは、南風さんの息子が『光里村』に行ったこと。それまでは何一つ分からず、八方塞がりでした」
 『光里村』に入りあの事件の現場に到着した。
 家の近辺を捜索したが、人らしき人が見つかることもなければ、誰かが踏み入った後もない。
 となると、残されたのは、神社かあの河原。
「河原にいるかもしれない」
 それまで口を噤んでいた南風が口を開いた。
「それはどうして?」
「一度行った場所へはもう一度いく。犯罪心理の一つ」
「南風さん、あなたの息子は犯罪者じゃない」
「……」
「救えなかったのは、事実だ。だけど」
「犯罪者は、僕だ」
「……南風さん、その話をしたいなら、息子さんと話してください」
 柴田に視線を送る。
 行き先は決まった。
 神社には行かず、あの河原へと車を走らせた。
 しかし。
 そこには誰もいない。
 もう場所を移動したのか。
 ならば、神社に行ったのか。
「あの、この足跡」
 柴田が指をさす。
 河原の石に水を含んだ足跡がある。
 それも新しい。
 誰かがここにきた。
 二足あるならば、南風の息子と春正か。
 だが、それ以上のものは見つからない。
 また探すしかないか。
「あの、一つ気になってたこと、聞いていいですか?」
 少し落ち着いたのかいつもの柴田に戻っていた。
「どうして、『光里村』の事件の調査を取りやめたんですか?」
「……さあ、どうしてだろうな。ただ俺から言えるのは、事件を無かったことにしたかったってことだろう」
「無かったことに?」
「あぁ、村民よりも市民を選んだ。他村の住人が不安から迫害を始めたら、収拾がつかない。どれだけ逮捕しても根底は変わらない。だから、元から無かったことにして、みんな口を噤んだ。事件性はなかったと主張した」
「うまく行ったんですか、この現状を見て」
「いや、無理だったろうな。村の文化は消えない。どこかでまだその志を持った人間がいるかもしれない」
「それって」
「だけど、『光里村』は、廃村を命じられている。もうこれ以上の悲劇は起きないだろう」
「……あとは、残されたものたちにかかってる」
 これがどれだけ他責であるかなんてよくわかってる。
 警察にしても上の命令が絶対だ。
 子供の言葉を聞いて助けに動いたヒーローは、南風だけ。
 俺たちは、事件が起きてからしか動けない。
 南風はもうこの先どうするのか決めているのだろう。
 車の後部座席にいる彼を見てそう思った。