教室に二人っきりなんて聞いてない!

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 二人で少し遅いランチを食べ終わり、俺たちは向かい合ってほっと一息ついていた。
 今テーブルの上にはクリームソーダが二つ乗っている。なんともスマートな「あちらのお客さまからです」だった。さっきまでカウンター席に座っていたおじいさんが奢ってくれた。
「めっちゃ天国じゃん」
「うん。今度また改めてお礼言おう。実はあのおじいさん村長さんで」
「えぇ、村長さんだったの! 有名人だ」
「この辺に住んでいるから、またすぐに会うと思うよ」
「歩いてるだけで村長さんにエンカウントできる村だ。RPGじゃん」
 テーブル席で鳴神くんと笑い合っていると、なんだか東京にいた頃を思い出す。美味しいものを食べながら友達と喋っている今の状況は、転校前と何も変わっていなかった。
 喫茶店に来る前、鳴神くんにこの村がどれだけ不便なのか力説されたけど、ものは考えようだと思う。住めば都だ。
 ファミレスがなくても、ゲーセンや映画館がなくても、他にも遊び方は色々あるはず。
 クラスに鳴神くんがいて本当によかった。
「鳴神くんって、今日みたいに放課後友達とどっか遊びに行ったりしてたん?」
 俺はこの村での遊びについて、鳴神くんに探りを入れてみた。
「うーん。高校上がってからはあんまり、かな。みんな家の仕事があるからね」
「家の仕事って?」
「お家がお店やってたりすると、その手伝いがある。隣の駅は旅館の家も多いし。義務教育が終わると、どうしても戦力として駆り出されて」
「そういうのがあるんだ。鳴神くんは家が神社だっけ? 神社でも家の手伝いとかあるん?」
「俺は朝だけ。袴着て境内の掃除してる」
「お正月に神主さんが着てる紫とか水色のやつ?」
「色付いてるのは神主の父さんだけ。俺は資格持ってないし、上下白の袴」
「そっかあ、お仕事か。鳴神くんめっちゃ立派やん。俺、朝は起きられへんのよねぇ」
「じゃあ、これからは俺が毎朝迎えに行くから遅刻の心配はないね」
「ありがと、でも一回くらい頑張って起きて掃除している鳴神くん見に行く」
「へぇ、頑張るの一回なんだ」
 鳴神くんはそう言って、ちょっと拗ねてるみたいな顔になった。イケメンが拗ねていると何か色っぽく見える。
「だって、俺、今日も起きるのギリやってん」
「じゃあ奇跡的に起きられて、境内の掃除手伝ってくれたら朝ご飯出すよ。豪華なやつ」
 何だか会いにきてと甘えられているみたいで、ちょっと嬉しかった。
「朝ご飯は嬉しいけど、それもうバイトやん。てか鳴神くん何時に起きてるん」
「五時」
「ヒェ、うちのばあちゃんと同じ」
「まぁ毎日の掃除は俺の仕事だけど、正月と夏祭りのときなら普通に求人出してるから、気が向いたらぜひどうぞ」
 高校生だしバイトはしたい。けれど、さっきの鳴神くんの話だと俺がバイトできるようなお店はこの辺になさそうだった。
「バイトしたいなぁ、でも鳴神くん家のバイトは単発だよねぇ。あ、そうだ! 隣の駅の旅館とかだったら、厨房で雇ってくれるかな?」
「うーん。バイト自体は大歓迎だと思うけど、高校の授業終わったあとにバイト先まで行って夜に帰ってくるのは難しいんじゃないかな。危ないし」
 鳴神くんに危ないと言われてもあまりピンとこなかった。
「別に暗くても俺は怖くないし、田舎の治安は都会より……」
 俺がそう言いかけたとき鳴神くんは首を横に振った。
「熊がね……。夜は絶対一人歩きは駄目。だから登下校は、できるだけ俺と一緒にしよう」
「あっ……なるほど熊が。それは怖い」
「うん。どんなに屈強な男でも、熊には勝てない」
「そだね。熊には勝てない」
 俺は鳴神くんの忠告を聞いたあと両手を上げて伸びをした。
「じゃあ学校帰りにバイトは難しいかぁ。まぁ、お金が欲しいんじゃなくて、俺さ、めっちゃ料理したいんよね」
「朝の自己紹介で、料理好きって言ってたね」
「うん。この辺にお店ないなら、もう自分で食べたいものは作るしかないよね」
「作るって例えばどんなの?」
「男子高校生のテンションが上がるようなもの? 俺、田舎でも高校生活エンジョイしたいし」
「高校生活をエンジョイ、か」
 鳴神くんは少し考える仕草をした。田舎で高校生活を充実させる。
 今のところ、俺が都会でしていた娯楽で、鳴神くんが同じくしている娯楽はサブスクで映画を観るくらいだった。
 鳴神くんと一緒に何かできたらいいんだけど。そういえば、鳴神くんって結局何が好きなんだろう。
「料理もだけどさ、俺は鳴神くんと一緒にリア充したいんよねぇ」
「俺とリアジュウ」
 バイトしていた頃は、広々とした厨房が使えて楽しかったし、作りたい欲が満たされていた。もちろん食べたい欲も。
 俺は自分の食べたいものを自分で作りたいし、作ったものを誰かに食べてもらって、美味しいねと言い合いたい。
「あ、でもな! 俺は鳴神くんとなら、絶対楽しい高校生活送れると思ってるし、俺が料理したいんはオマケみたいなもんやから」
 お客さんは俺たちだけだったが、あまり喫茶店に長居するものでもない。俺たちは花田のおばちゃんたちに美味しいランチのお礼を言って喫茶店をあとにした。