全校生徒で四十人程度。設備は古いけれど、三階建ての校舎には元々俺が通っていた高校と同じ施設がちゃんと揃っている。田舎だからといって校舎自体が極端に狭いとかもない。
きっと昔は今の何倍も生徒がいたのだろう。生徒数に対して教室の数が有り余っているので、必然的に校舎は広く感じた。
朝、始業式を行った体育館はバスケットのコートが二面あったし、校庭では野球もサッカーもやり放題だ。ただそこで部活動に勤しんでいる生徒は見当たらなかった。
それでも職員室や生徒がいる校舎一階付近では生徒の笑い声が響いている。
俺と鳴神くんのクラスは二名だけど、一年生と二年生には、それぞれ二十名程度の生徒がいるのだから賑やかなのは当然だ。
二人で廊下を歩いていると、鳴神くんは先生や生徒から何度も声をかけられていた。「先輩」「鳴神」「鳴神先輩」って。一緒にいるとなんだか俺まで有名人になったような気分だった。
「――ねぇ、鳴神くん」
「ん」
校庭の端まで辿り着いた俺たちは、飼育小屋の前で立ち止まった。
小屋のなかには白いうさぎが三匹いて、無心で人参を食べている。きっと美味しいって喜んでいるんだと思うけど、うさぎの顔は虚無だった。食べることに一生懸命で、全然俺たちの方を見ていない。
「鳴神くんって人気者だよね」
「どうして?」
「どこ行っても声かけられてたから」
「田舎だし、家がこの辺の氏神様を祀ってる神社だから、正月とか夏祭りには、境内近くに全員集合しているよ」
「へぇ、でも鳴神くんは、頼りにされてるんやね、みんなの頼れるお兄ちゃんみたいやった」
「お兄ちゃんかぁ……」
鳴神くんは整った眉を少し残念そうに顰めた。お兄ちゃんは嬉しくなかったらしい。
「学校内ひと通り回ってみたけど、ハルほかに気になるところある?」
「んーないよ。けど」
「けど?」
時間は昼で一時少し前だった。食欲旺盛なうさぎを見ていると自分までお腹が空いてきた。
唐揚げとかガッツリ食べたい。
「お腹空いたし、近くに店とかないかな。電車で一駅くらいなら移動してもいいし」
「え、店」
鳴神くんは急に戸惑った表情になる。
「うん。よかったらこの辺で鳴神くんの行きつけのお店とか教えて欲しいんやけど」
昨日遊んでから帰ると福子ばあちゃんに伝えているので、夕飯までに家に帰ればいいのだが、通学路に店の類はゼロだった。
田舎すぎるせいかスマホの地図アプリを開いても、全くそれらしいアイコンが出てこなかった。遊ぶ場所に関しては、地元民に訊くしかなさそうだった。
「俺の……いきつけ」
「ファミレスとかだと嬉しいな」
俺がそう続けると、鳴神くんは突然ショックを受けたような顔になる。
「鳴神、くん?」
「その……ちなみにだけど……ハルは、いつも学校帰り他にどんなところに行ってた?」
「えーそうだなぁ、コンビニで買い食いしたり」
「コンビニ……か」
「唐揚げとかコロッケとかいいよな。小腹が空いたときには」
「……コロッケはギリ大丈夫」
鳴神くんは少し考えるような仕草をして、うんと頷いた。
「急にどしたん?」
「いいから、そのまま続けて欲しい。大事なことだから。命に関わる」
「い、命」
「どうか、続けて」
鳴神くんの目がマジになる。怒っているわけではなさそうだけど。ちょっと怖い。
「えーなんで、また急に喋り方がジェントル鳴神くんになってる」
「他にお昼はどこへ行かれるのですか?」
「え、そうだなぁ、今日みたいな日は放課後はバイトのシフトガッツリ入れて、賄いで色々自分で作って食べてた。パスタとか」
「パスタ……ならいけるな」
「え、えっ、つか、さっきからマジでどしたん鳴神くん。俺変なこと言ったかな」
俺が戸惑いながら鳴神くんの顔を下から覗き込む。
「ハルは全然悪くないんだ。もっと早く伝えればよかった」
苦しげに顔を歪めていても、眉間に皺を寄せていても、鳴神くんは絵になる男だった。
「ハル。その……どうか落ち着いて聞いて欲しい」
「うんうん。どしたん」
「もしかしたら、すごく落ち込ませてしまうかもしれないし、せっかく楽しい気分になっていたのに、ごめん。もうこんなところは嫌だって言うかもしれない。けれど……これは大事なことだから。最初に認識は合わせた方がいい。二人のこれからのためにも、俺はこれ以上ハルに悲しい思いをさせたくないから」
鳴神くんは何を恐れているんだろう。
「鳴神くんめっちゃ喋るし。また洋画の吹き替えみたいになっとるよ」
この洋画の吹き替えのノリは鳴神くんだから絵になるけど、やってることはショートコントだ。めっちゃ面白い。
「ハル」
「うん」
鳴神くんは、俺の両肩に手を置いた。
「あのな。この村にコンビニは、ない」
時間が止まった。
「……コンビニはない?」
「そう、ない」
鳴神くんは俺に言い聞かせるように繰り返す。
「え、でも令和だよ。流石に一軒くらい、もし仮に、仮にだよ、なかったとしても、電車でちょっと行けばさ」
「電車でちょっと……か」
鳴神くんの表情は暗かった。どこか遠くを見たあと首を横に振った。マジらしい。あとこのオーバーな仕草、洋画で俳優がよくやってる。
俺は料理と食べることが好きで、バイト先をファミレスにしたくらいだ。近所に気軽に食事できるところがないなんて信じたくはない現実だった。
「五分くらい?」
鳴神くんは首を横に振った。
今クラスメイトが二人だったことよりショックを受けている。
「……ない。ないんだよ、ハル。どこにもコンビニは、駅にあるのはジュースと菓子パンが置いてある売店だけ」
「売店て、え、映画館の?」
「映画館もないし、ポップコーンは売ってない」
「じゃあ、ハンバーガーとかは」
「ない。付け加えるならコンビニという名前のコンビニへ行くには駅から電車で十五分。大手チェーンのコンビニがあるのは四十分くらい」
「ひぇっ」
今から行ったら空腹で倒れる自信がある。
「代替案として山田マートの肉売り場に行けば、店のおばちゃんにコロッケを揚げてもらえる」
「山田マート」
「村唯一のスーパーだ」
俺は鳴神くんからド田舎での暮らし初級編のレクチャーを受けている。確かにこれを知らないと、これからこの村で生きていけないかもしれない。食べ物に関しては死活問題だ。
「ちなみにスーパーは六時で閉まる」
「六時に? 嘘だろ」
やっぱり知らなかったかと、鳴神くんは額に手を当てて小さく息を吐いた。
「ここの生徒たちは、みんな家に帰って食べるか、お弁当。学校の購買にパンは売ってない」
「え、でも高校生やし、弁当だけで足りるわけない」
「弁当が馬鹿デカい」
「……なるほどつまり、ここの生徒たちは馬鹿デカい弁当に守られている、と」
「そう。足りない生徒は、二つ持ってくる。弁当は大事」
「弁当は大事ね」
「分かってくれて嬉しいよ。じゃあ、それを踏まえて行こうか」
「え、でも、ファミレスはないって」
段々とこのアホっぽい洋画ノリのショートコントに慣れてきた頃、鳴神くんは一緒にお昼を食べに行こうと誘ってくれた。
前振りが長かったが、何もない村でもお昼が食べられる店があるらしい。
もしかして俺の村でのランチの期待値を下げたかったのだろうか。俺は鳴神くんが連れていってくれるなら、全然どこでもいいのに。今のところ俺は自分のことを鳴神くんの飼い犬みたいに思っていて、鳴神くん相手なら拒否シバにはならない自信がある。
鳴神くんの行きつけのお店はどんなところだろう。



