生徒二人だけのホームルームが終わり、先生が教室から出て行くとチャイムが鳴った。今日は午前だけなのでお昼の弁当は持ってきていない。
俺は力なく机の上に突っ伏したままでいる。
一年間教室に二人きり、もし鳴神くんが風邪を引いて休んだりしたら俺と先生だけだ。
今日から一年間相方になる男を腕の隙間からこっそりと盗み見た。
朝、登校するときは鳴神くんと二人で楽しかった。それはもう、めっちゃ楽しかった。今はこれから先のことを思うと不安でいっぱいだった。
だって二人だし。大丈夫なのか? 生徒が教室に二人だけとかどう考えても寂しい。
「ハル、大丈夫?」
はぁ、と大きなため息をついたら鳴神くんが席を立って、俺のところまできてくれた。到着するまで約三歩だ。隣の席だし。
朝から思ってたけど、とにかく鳴神くんは俺に対して、すごく紳士的だった。めっちゃジェントルマン。もう勝手にジェントル鳴神くんと心の中で呼んでいる。
「鳴神くんこそ大丈夫なん?」
「まぁ相方がいるし」
「俺が相方でいいの?」
「もちろん、転校してきてくれてありがとう。感謝している」
「どう、いたしまして? なのか?」
鳴神くんの返事は自然で俺へのお世辞や気遣いで言っているようには見えない。――けれど。
「でもさ鳴神くん、二年生までの同級生みんな転校しちゃって寂しいやん?」
「体育祭とかは本校と合同だし永遠に会えないわけじゃない。今はみんな寮生活してる」
「へぇ、寮かぁ。てか朝から思ってたんやけど、なんで鳴神くんは地元民やのに俺と話すとき標準語なん?」
「標準語、あぁ方言ね」
標準語というよりは洋画の吹き替えみたいな話し方。あと時々不思議なイントネーションになる。
「俺はばあちゃんと三日話しただけで、勝手にばあちゃんと同じ喋り方になってて、これ元に戻るんやろうか」
俺が泣き言みたいに言うと鳴神くんは「それは逆に外国語の才能がありそう」と笑った。もしかして俺は無理やりにでも母ちゃんたちとアメリカに行った方がよかったんだろうか。でも方言と外国語習得は別の才能だと思う。
「俺のこの話し方はね」
「うん」
鳴神くんは俺の顔を見て、なぜか誇らしげな表情を浮かべた。
「終業式の日、東京から転校生がくると聞いて勉強しました。言葉が通じないとクラスメイトが困ると思いまして」
ちょっとだけ時間が止まった。今なんて?
「……俺って鳴神くんから見て、海外からやってきた留学生みたいな扱い?」
「村の人からすればそうかも。東京は遠いし」
冗談なのか本気なのか分からない。けど俺と話すときに時々翻訳みたいになるのは、そういう理由だったらしい。
「もしかして鳴神くんってめっちゃ面白い人だな?」
「お褒めに預かり光栄です」
「やばい、ウケる。ジェントルマンだ。でもさ普通に喋ってよ。意味が分からなかったら俺ちゃんと訊くから」
「そ? 分かった。――それで、元気出た?」
「あ、う、うん。めっちゃ元気!」
鳴神くんに言われて、いつの間にかニコニコ笑っている自分に気付いた。鳴神くんパワーがすごい。
「鳴神くんのお陰やね」
「よかった。二人きりだし、寂しかったら遠慮なく言って」
「えー俺が寂しいって言ったらどうなるん?」
鳴神くんは顎の下に手を当てた。考えてなかったらしい。
「そうだなぁ。改めて言われると……。一人で三人分くらい話そうか」
「鳴神くんやったら、普通にできそう」
「では、ご希望がございましたら鳴神まで遠慮なくお申し付けください」
胸の前に手を当てて軽くお辞儀される。
「ひーそれやめて、めっちゃ面白いから。てか、転校生のために方言治すってどんな勉強したん?」
「映画観たり。近くに映画館はないけど、サブスク契約してるから」
「そこは都会と同じやね。今度一緒になんか観よ。おすすめ教えてよ」
「うん」
教室に二人きりで寂しいと落ち込んでいたけど、案外二人でも楽しいかも。
きっと鳴神くんだって、春休みの間どんな人が新しいクラスメイトになるか分からなくて不安だったはずだ。サブスクで映画を大量に観て方言矯正しようとするくらい気合いの入りようだったんだし、よっぽどだろう。
俺と状況は同じなのに、鳴神くんは俺を楽しませようと頑張ってくれていた。
鳴神くんは、すげーいい人だった。
「じゃ、行こうか」
「え、行くってどこに?」
「校舎の案内」
教室の入り口に向かって歩いていった鳴神くんは俺に向かっておいで、と手招きする。
「あ、うん!」
なんだか勝手に鳴神くんの飼い犬みたいな気持ちになっている。名前を呼ばれると喜んで駆けていく柴犬だ。鳴神くん相手だったら、俺、絶対に散歩中に拒否シバみたいにならないと思う。一緒にいるだけですげー楽しい。



