教室に二人っきりなんて聞いてない!

 ※体育祭前の元クラスメイトとの電話


 体育祭の前日は楽しみと不安が半分半分で、どうにも落ち着かない夜だった。
 答えの出ない考えごとをしていたら、いつもより長風呂になってしまい、風呂に入る前よりも頭がぼんやりしている。
 こんな状態で明日のリレーは大丈夫なんだろうか。
 落ち着かないのは、久しぶりに元クラスメイトと会うからだ。
 会いたいか会いたくないかでいったら、もちろん会いたい。けれどハルと一緒に元クラスメイトに会うのが少しだけ憂鬱だった。
 俺って情けない男だなぁと、そんな理由で自己嫌悪している。きっと彼らは、こんな俺のことを全部知っているはずだ。だから、嫌だ。
 それ以前に、どんな顔して会えばいいんだろう。
 吾郎が紗季と付き合ったときは、どんな感じだっけ? 俺も同じでいいんだろうか?
 そんなことを考えながら脱衣所を出て居間を覗いた。父さんはテレビでニュースを見ていて、母さんは台所で洗い物をしている。いつもの我が家の風景だった。
「父さん、風呂あいた」
 俺が声をかけると父さんはソファーから振り返って廊下にいる俺を見上げた。
「ん、あぁ。ありがとう」
「あとさ、明日体育祭だから朝の境内の掃除代わってよ」
「うん分かった。それはそうと本当に父さんたちは体育祭見に行かなくていいのか?」
 呑気な父さんの返事に、俺は思わずため息をついた。
「いや、去年も言ったし。高校の体育祭は親は見にけーへんよ。親が応援来るのは小学生まで」
「そうかぁ残念。まぁ早く寝て明日頑張って、本校までバスなんだろ?」
「俺たち二人は先生の車に乗せてもらう」
「へぇ先生も毎年引率大変だなぁ。でも楽しいだろ男三人で遠足みたいで、お菓子とか持って行くんか?」
「だから体育祭だって。あと三人なのは、いつもと変わらないし」
 そう言って自分の部屋に戻ろうとしたら、母さんが台所から居間にやってきた。
「秋彦、明日のお弁当、唐揚げだからね!」
 急に割り込んできた母さんは、お弁当の唐揚げを重大発表みたいに伝えてきた。
 そして何かを期待しているような目で顔を覗き込んでくる。擬音がつくとしたらワクワクだろう。いい年した大人なのに子供みたいだ。
「うん」
「うんって、もっと喜ぶかと思ったのに~」
「いや、嬉しいって」
「そう、よかった。体育祭でお腹空くだろうし、たくさん入れておくね」
 母さんは俺が唐揚げが大好きだと思っている。多分、前にハルと唐揚げを作った話を家でしたからだろう。普段学校の出来事を自分から母さんたちに話さないのに、ハルと家庭科部で作ったのが楽しくて、つい熱が入ってたくさん喋ってしまった。
 多分、あの日は浮かれていた。思い出すとちょっと恥ずかしい。
 唐揚げは好きだ。でも今の俺は甘々なきんぴらがたくさん入っている方が嬉しいかもしれない。俺は毎日飽きるほど食べてるけど、ハルが母さんのきんぴらを食べるとニコニコ笑顔になるからだ。
 多分そのことを教えてあげたら母さんは笑顔どころじゃなくて、毎日弁当にきんぴらを大盛りにしてくるだろう。うちの母さんはそういう人だ。
 褒めたらやめてくれって言うまで、ずっと同じものが毎日食卓に出てくる。
「明日早いから、もう寝る」
「そ、おやすみー」
「うん。おやすみ」
 そう言って俺は階段を上がった。

 二階の自分の部屋に戻ると、机の上のスマホに新着通知が表示されているのが目に入った。
 アプリを開くとハルから猫のおやすみなさいスタンプが届いていた。恋人からのメッセージに顔がニヤけていると、続いて吾郎からメッセージが連続で届く。
 明日だけど、体育祭で、リレー、と続いたが待つのが面倒だったので俺は通話ボタンを押した。
「吾郎、何?」
『わーびっくりした。何』
「何って、連絡してきたん吾郎だろ」
『そうだけど、あー秋彦、明日体育祭でこっちくるだろ。例年通りリレーだけ走りに』
「うん、そうそう」
『だから、秋彦たちの近況訊いておこうと思ってさぁ』
「俺たちの近況、かぁ」
『なんだよ、もったいぶるなぁ~』
 元クラスメイトの気遣いに、嬉しいような悔しいような恥ずかしいような複雑な気持ちが込み上げてきた。
 吾郎は、こういう奴だ。
 電話の向こうから時々変な歌声が聞こえるのは、多分寮で同室の雄二だろう。数ヶ月しか離れていないのに元クラスメイトの声が懐かしかった。
『無事に初恋の子と付き合えた?』
「まぁ、おかげさまで」
『よかったやん。転校前は秋彦が急に奇行に走ってどうなるかと思ったけど』
「奇行ってなんだよ」
『英会話レッスンみたいな喋り方してた』
「うるさいなぁ。まぁハルはこっち来てから普通に関西弁喋ってるよ」
『なにそれマジでウケる。お前の努力無駄骨じゃん』
「あーはいはい。で、そっちはどう? 紗季ちゃんと仲良くやってる?」
『そりゃ、もう親元から離れて寮生活だしさ、毎日……』
 電話の向こうの声が急に途切れて、大きなため息が続く。
「毎日どうした?」
『いやぁ、寮生活ってさぁ想像してたより不自由だよ。紗季と同じ寮っていっても男女同じ建物じゃないし、分校の頃より二人っきりになれない』
「あーそれは可哀想」
『だろ? それに比べて秋彦は好きな子と四六時中同じ教室でベタベタベタベタしてんだろ』
「ベタベタはしてない。仲良くはしているけど」
『ムカつくー! で、無事に付き合えたってことは、明日は俺らに恋人紹介してくれるイベントあるんだ』
「紹介していいの?」
『当たり前だろー。俺が紗季と付き合ったときもやったし、秋彦も俺らに三田くん紹介しろよ』
「あ、そういう感じでいいんだ」
 ずっと村で六人当たり前のように一緒にいた。そこに新しい友達、今は俺の恋人になったハルが入って、新しい七人の関係になっていいのかどうか、少しだけ悩んでいた。
 友達の友達は、友達か? みたいな。
『いいに決まってるだろ』
「そっか、安心した」
『それはよかった。じゃあ話はそれだけ、明日体育祭でな』
「うん。雄二にもよろしく言っといて」
『分かった。じゃーおやすみ』
「おやすみ」
 そう言って通話を切った。なんだか落ち着かない夜だったけれど、吾郎のおかげで一つだけ悩みが消えた。

 ――そんな体育祭前夜。