教室に二人っきりなんて聞いてない!


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 事前に鳴神くんから聞いていた通り、体育祭で分校の生徒はお客さんだった。午後のリレー以外は特に参加する種目がないので、本校の生徒が頑張っている姿を席に座って応援しているだけ。顔も知らない生徒の応援ってやっぱりつまらないと思うし、熱が入らないのは仕方ない。
 パン食い競争、大玉ころがし、玉入れ、綱引き。借り物競走は特に盛り上がっていて、いいなぁ参加したかったなぁと思いながら、本校の生徒が楽しんでいるのを羨ましそうに見つめていた。
 確かに、毎年これだと体育祭が楽しいイベントってイメージはないかも。


 何事もなく午前中の競技が終わり、俺は鳴神くんと空き教室で昼食タイムだ。いつもと違う教室の机で食べるお弁当はなんだかちょっとソワソワする。
 窓際の一番後ろの席から見える景色は本校も分校と同じ山だった。でも野崎先生の車に乗ってるとき学校近くでコンビニが見えたし、村と比べたら全然都会だと思う。
 俺たちはお弁当の蓋の上に、お互いのオススメのおかずを置いて交換会をしていた。鳴神くんは「今日もうちのおかず全体的に甘いよ」と言ってくすくす笑っていた。
 普段から教室でも同じことをしている。俺は結構、鳴神家の甘めの味付けが好きだし、いつも鳴神家の新しい味を知るお弁当タイムを心待ちにしている。
「あぁ~俺、やっぱ鳴神くん家の味付け好きだなぁ。いつも入ってるきんぴらすごく好き。絶妙な甘じょっぱさ」
「そ? 母さんに言っとく。多分喜ぶよ」
 鳴神くんは牛肉とピーマンの甘辛炒めと俺がいつも好きと言っているきんぴらごぼう。俺は卵焼きとアスパラの肉巻きをお弁当の蓋の上に置いている。
「俺のおかず、いつもお菓子みたいだけど大丈夫?」
「うん、俺はいつもお弁当にしょっぱいものばっかり入れるから、ちょうどいい。あと今日も肉ばっかりって、福子ばあちゃんに隙間にぎゅうぎゅうに野菜詰められてん」
「あはは、うちは最初からブロッコリーの森がある」
「ブロッコリーは弁当の隙間埋めるのに便利なんよ。あぁ~今日も鳴神くんのお弁当のおかずが美味しい」
「俺の中では、ハルと一緒に作った唐揚げが人生で一番美味しいおかず」
「えーおおげさちゃう?」
 いつも食べてる味と違う味付けが美味しく感じるのかもしれない。
 前に食べた鳴神くん家の卵焼きは確かにふわふわしていてお菓子みたいに甘かった。俺も今度自分で作ってみたいと思っている。中に入れているのは砂糖とみりんと醤油だけと言っていたけど、どんな比率なんだろう。焼き方が違うんだろうか。鳴神くんのお母さんに弟子入りしたい。俺の家の卵焼きはだし巻き卵なので甘くないけど、鳴神くんはこれが好きらしい。ちなみに今日は寝坊したので作る時間がなかった。
「ハル。次、家庭科部で何作ろっか。そろそろ肉以外かな」
 鳴神くんから料理の話を振られるのが嬉しい。肉以外。確かに野崎先生から、お前ら肉ばっかりだなと先日コメントをいただいてる。最初、野崎先生は米以外は協力しないとか言っていたが、結構ちゃんと部活を見てくれているいい先生だ。
「そうだなぁ……そろそろ暑くなるし、冷たいものがいいかも、あーお菓子も作りたい」
 俺が次の家庭科部の献立を考えていた時だった。教室の後ろのドアが音を立てて開いた。そこには三人の生徒が立っている。男子が一人、女子が二人。俺が、あっと思った次の瞬間、彼らと目が合った。
「わー! 君が噂の転校生くんだ」
「えー、由紀見て、可愛い!」
「麻里、指さすな。まだ三田くんにあいさつしてない」
「おい、男子に可愛いとかって悪くないか?」
「頭固いなぁ、今の時代可愛い男の子もいるし、褒め言葉じゃん」
「秋彦ー! 俺らのこと忘れてねーだろうな」 
 そう言いながら三人が俺たちの方に向かって歩いてくる。きっと鳴神くんの元クラスメイトだろう。そう思って鳴神くんの方を見たら頭を抱えていた。なんでだ?
「秋彦ー! どしたん頭抱えて」
「うるさい雄二。昼飯中。てか、吾郎は?」
「紗季とお昼休みのデート邪魔しちゃ悪いだろ」
「あーそう」
 背の高い野球少年みたいな男の子が鳴神くんを小突いている。えーっと、由紀さん、麻里さん、雄二くん。で、あとの吾郎くんと紗季さんの二人はデート中。全員仲良しで楽しいクラスだったんだろうな。
「てか積もる話もありますし? 元クラスメイトが近況聞きに遊びに来てあげたんやん」
「俺はない。近況は吾郎に昨日電話した。俺らのこと聞いてへんの」
「聞いてる聞いている。秋彦、俺も会いたかったーっ」
「うざ絡みやめぇ、雄二」
「あたしもー寂しかったぁ! 秋彦ーっ」
 麻里さんがそう言って鳴神くんに抱きついた。
 瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。あれ、変だ。楽しそうでいいな、羨ましいって気持ちだけだった心が濁っていく。
 さっきまで鳴神くんの元クラスメイトと仲良くしたいと思っていたのに、今はこの場所から離れたいと思っている。
 こんな気持ちは初めてだった。鳴神くんといつも教室で二人っきりだったから。朝、鳴神くんが言っていた通りだ。こんな状況は初めてだった。
 鳴神くんが俺以外の友達と仲良くしていて、ハグし合ったりしてる。
 それは友達同士なら普通のことだ。
 自分とは違って、元クラスメイトたちとは、下の名前で呼び合っていて、軽口も言い合えている。――しかも日常的に電話しあっている。俺と違って。
(どうしよう。俺、こんなこと考えたくないのに)
 俺は鳴神くんと電話したことがない。毎日会っているから。それで良かった。彼らのように名前で呼び合いたいなら、俺もアキちゃんって呼べばいいのに。それをしていないのは自分の意思なのに。
 どうしてだろう。寂しい、悔しい。ここから逃げたい。
 嫌だ。今すぐここでハグして欲しい。俺も、鳴神くんの充電が切れてしまった。だから寂しいし不安だ。
 俺が内心戸惑っていると、鳴神くんのクラスメイトたちが俺に向き直った。暗い思考を払拭するように慌てて笑顔を貼り付けた。
「どうも、初めましてぇ。三田くん、野々原由紀です」
「俺は、春川雄二。よろしく」
 雄二くんは俺と肩を組んできた。俺は目を合わせられなくて下を向いてしまった。
「え、あ、どうも……初めまして。三田春太郎です」
「三田くん。いつも学校のインスタ見てるよー家庭科部楽しそうでいいなぁ、私転校してなかったら絶対部活入ってた」
「由紀は実家の手伝いがあるだろう。部活とかする暇なかったやん」
「あーそうだった。でもインスタ毎回、美味しそうだし可愛いし羨ましい!」
「ところで秋彦はさぁ、家庭科部で……」
「ハルが怖がってるだろ。雄二、ハルから離れろよ」
 雄二くんが何か言いかけたところを鳴神くんが遮った。鳴神くんはどんな顔で言ったんだろう。
 あぁごめん。俺、鳴神くんの友達と仲良く会話できないダメな彼氏だ。
 全然ダメだ。本当の俺はもっとフレンドリーな男なのに。どうやら鳴神くんのお友達相手だとダメらしい。
「えー怖がってるだろって、秋彦マジでカッコつけてんじゃん。そんな柄じゃないのにね。三田くん秋彦と二人で授業大変じゃね」
 雄二くんに肩を組まれながら訊かれて、俺は一人で勝手にムカムカしていた。全然悪気なんてないし、雄二くんは皆んなと同じように俺とも接してくれているだけだ。
 ずっとクラスメイトで仲良しだった鳴神くんに久しぶりに会えて彼らは嬉しくてたまらないだけだ。分かっているのに、悔しい。
「いや、えっと、楽しいよ。鳴神くん優しいし、面白いし」
「確かに秋彦は昔から面白いよな。こいつ小学校の時さ――」
 俺の方が鳴神くんと仲良いし! 付き合ってるし!
 付き合ってるのに……。彼氏なのに。
 俺はどんどん気分が落ち込んでいた。このままじゃいけない、そう思って俺は「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」と言って慌ててその場を離れた。
 これ以上、鳴神くんの大事な友達を嫌いになりたくなかった。
 ――そういえば、さっき鳴神くんは関西弁で話していた。
 そんな些細なことで勝手に傷ついている自分が大嫌いだ。