体育祭の日、いつもより少し登校時間が早かったのを忘れていた。
朝寝ぼけていた俺は、体操服姿の鳴神くんが到着したとき制服に着替えている途中だった。顔を見合わせた瞬間、大笑いされて慌てて体操服に着替え直した。おかげで目が覚めた。
前日の夜にたくさん準備していたお弁当のおかずは、福子おばあちゃんが綺麗にお弁当箱に詰めてくれていた。
俺はその隣でおにぎりを大急ぎで詰めて準備を終わらせ、鳴神くんと小走りで学校に向かう。
毎日制服で登校しているのでお互い小豆色のジャージなのは新鮮だった。
「ごめんな! いつもと同じ感じで起きちゃって、集合時間早かったのに」
俺は鳴神くんと一緒に田んぼの横を軽く走っている。今日は本校へ行くので、帰りが遅くなるから自転車は家に置いてきていた。
体育祭前のいい準備運動になっている、と思いたい。でも、朝から鳴神くんを走らせてしまって申し訳ない。
「まぁ、少し遅刻しても俺たちは野崎先生の車で移動するし。いつもの時間でも間に合うかも」
「マジで! 先生家まで迎えに来てくれたらいいのに」
「だよね、きっと先生もその方が助かると思うな」
「あ、鳴神くん、今日行く本校って広い?」
俺は楽しみにしている気持ちを抑えられなくて、自然と足取りも軽い。元々走るのはそんなに嫌いじゃなかった。
「学校の広さは、分校と変わらないかも」
ふと横を見ると終始ニコニコしている俺と違って鳴神くんは、ちょっと浮かない顔をしていた。体育祭のリレーで緊張しているのだろうか? 鳴神くんのバックパックには俺が作ったお守りがついていて風に靡いている。
「ねぇ、鳴神くん。今日のリレー嫌だったりする?」
「どうして」
「あんまり楽しくなさそうだし」
「ハルと一緒に体育祭行くのは楽しみ。――でも」
「うん」
もし体育祭で気掛かりなことがあるなら、俺のお守りが守ってくれたらいいんだけど。素人のお祈りじゃ効果が薄そうだ。ちゃんと鳴神くんのお父さんにご祈祷して貰えば良かった。そんなことを考えていたら、鳴神くんは珍しく小さくため息をこぼす。いつもの演技がかった面白いやつじゃなくて結構ガチ目だったので心配だ。
「……アイツら、いるからなぁ」
「その……仲悪かったん?」
「普通に仲良かったよ。だから……ちょっと、気が重い」
「仲良しだったなら、絶対、向こうも会いたがってるよ」
「そう……なんだけどさ」
「あ、俺のことなら心配しなくて大丈夫やって! 鳴神くんの大事な友達やもん。俺も仲良くしたいし!」
あと少しで学校が見える曲がり角に差し掛かるところだった。鳴神くんは手前で足を止めた。俺もそれに倣ってその場で立ち止まった。ちょうど向こう側から、犬の散歩をしているおばちゃんがこちらに向かって歩いて来た。俺は飼い主さんに挨拶して犬に向けて手を振った。
「柴犬! かわいかったなぁ」
鳴神くんを見上げると少しだけ不安そうな目で俺のことを見つめていた。
「鳴神くん?」
「ハル、ちょっとだけいい?」
「ん? ええよ」
飼い主さんが犬と路地に入ったあとだった、突然、鳴神くんが俺を抱きしめてくる。
「え、急にどしたん」
「……体育祭、俺だけ見てて。お願い」
「ぉ、おう。もちろん、他の人応援したりせんよ」
俺がそう答えると鳴神くんは俺の体を解放してくれた。でもそのまま、俺の目をじっと見つめている。もしかして俺がお守りなんて渡したからプレッシャーを与えてしまったのだろうか。
「リレー、俺は鳴神くんが怪我しなかったらいいなって思ってるだけで、あと一位じゃなきゃいやとか、そういう……」
そう続けたら鳴神くんは首を横に振った。
「ちょっと、充電したかった。ハルの成分が切れたかな。寂しくなったのかも? いつもは教室で二人だけど今日は違うから」
「あーなるほど、確かに初めて。そっかぁ、なんか寂しい時って俺も普通にあるよ。うん。そういう時はいつでも俺のこと頼ってな!」
「ありがとう。頼りにしてる」
「おう、任せてくれ。お、俺、鳴神くんの、か、彼氏だし」
俺がそう言うと安心したのか鳴神くんはふんわりと微笑んだ。
やっぱり鳴神くんは顔がいい。キラキラしている。しかも、色気もあって、気遣いもできて。完璧な俺の彼氏さんだ。
「うん。足りなくなったらまた充電させてね」
お出かけ前の充電が終わって、学校前の通りに出たら、校門の前に野崎先生が仁王立ちしているのが見えた。どう見ても怒っていた。学校の前の道路には、大型のバスが止まっていて生徒が乗車を始めている。やばい。俺たちは顔を見合わせて校門までダッシュした。
「お前ら、遅刻、走れ!」
「はーい! すみません!」
校門前に着いたら、そのまま野崎先生の車まで連行された。本校までは一時間くらいかかる。ドライブというより、ちょっとした旅行だ。



