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五月半ばになって衣替えをした。
制服が鳴神くんと同じ白シャツになると、クラスメイト感が増してちょっと嬉しい。
違う制服だと、鳴神くんが言っていた通りいつまでも海外から来た留学生みたいだ。最初から同じ学ランの制服を買っておけばよかっただろうか。転校当初はそんなこと少しも考えていなかった。慣れないおしゃれをして、髪を染めて少しでも見た目をよくしたら、友達がたくさんできて楽しい学生生活が送れると思っていた。
春に染めた髪は根元が黒くなっているし、染め直さないにしても、カットはした方がいい気がする。
教室に二人っきりなんて、最初は不安しかなかったのに、今はそのたった一人のクラスメイトの鳴神くんが、恋愛的な意味で大好きだ。
そして、好き避けをしていた頃が懐かしいくらい、恋人同士になった俺たちは毎日仲良しだった。
相変わらず教室に二人だけど、この先の学校生活に不安なんて何もない。
「ねぇ、鳴神くん。今日先生が体育祭あるって言ってたけど」
放課後、俺たちは家庭科室で、いつもと同じように編み物に励んでいた。
「うん。毎年、五月の末にある」
最近の俺はあみぐるみにも挑戦している。が、まだネコもクマも最後まで完成できていない。それでも、初心者コースのお守りはたくさん作ったので、自分的には大きな進歩だった。
「三年生だし高校の行事系ってほぼ終わってるやん? だから俺めっちゃ楽しみやねん。盛り上がるかなぁ」
そう言いながら俺はできたばかりのお守りをテーブルの上の紙箱に入れる。今完成したのは綺麗だし、結構ご利益がありそうに見える。
「……ハル」
「ん?」
「その……すごく期待してるところ申し訳ないんだけど、体育祭、あんまり楽しくないかも」
「え?」
鳴神くんはそう言って肩を落とした。体育祭と言えば修学旅行や文化祭と並ぶくらい楽しいイベントだ。けれど鳴神くんはあんまり楽しみじゃないみたいだった。
「え、えと、もしかして……田舎特有の命懸けのトライアスロンがあるとか?」
俺が恐る恐る訊き返すと鳴神くんは、くすりと笑った。
「それだったら、ハルも楽しかったかもね」
「えぇ、命懸けはちょっと」
俺が山を駆け川を泳ぐ体育祭をイメージしていると鳴神くんは、完成したばかりのあみぐるみのネコを俺の膝の上に置いてくれた。ちなみに俺が途中でギブアップしたので続きを鳴神くんが作ってくれた。俺のせいでネコの首が少し曲がっているが、それはそれで首を傾げているように見えるし、味があって可愛いと思う。
「うちの体育祭って毎年地味だよ」
「地味?」
「分校の生徒は体育祭当日にバスで本校まで移動して、向こうの体育祭に混ぜてもらうだけだから、よくある体育祭の練習とか一致団結して応援団やるとかじゃないんだよ」
そういえば先生は俺に「ジャージだけ買っておいて」と言っていた。体育祭なのに連絡は直前だし準備するのが学校指定のジャージだけなのを不思議に思っていた。普通なら応援団とかリレーの選手選抜とかがありそうなのに。
「え、じゃあ、来週バス乗って本校行って一日座ってるだけなん?」
「一応、本校と分校の対抗リレーがあるよ」
「えマジで! それだったら俺、めっちゃ頑張って走るし!」
俺が大喜びで言うと、突然鳴神くんの顔色が変わった。俺、また何か変なこと言っただろうか?
「……ハル。俺、体育祭にハルがそんなに情熱を持っていたなんて全然知らなくて……ごめん。こんなにハルのことが大好きなのに……俺がハルの気持ちを理解していなかったばかりに、こんな酷い仕打ちを」
久しぶりに鳴神くんの芸人仕草を見た。やっぱり面白い。胸に手を当てて思いつめたような表情をしている。だから、ついつい俺もコントに乗ってしまう。
「い、いきなり、どしたん鳴神くん」
そう返すと鳴神くんは突然俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。お互い家庭科室の丸椅子に座っていた。だから鳴神くんに抱きつかれて椅子から落ちそうになった。俺は慌てて鳴神くんを抱きしめ返していた。
俺たちは付き合ってるし、好き避け期間は終わった。だからハグくらいで慌てたりはしない。けど今は家庭科室に二人っきりなので、こんなふうに密着してたら歯止めが利かなくなりそう。
俺は男の子だし、鳴神くんはキス上手いし。だから、普通にしたくなる!
抱きしめてた鳴神くんの体が離れていく。俺はドキドキしながら鳴神くんの顔を見上げていた。
「ハルのこと大好きなんだ……。だから、体育祭で酷いことをする俺のこと……どうか見捨てないでほしい」
「み、見捨てたりしないって!」
「……ハル」
手を握り合ったあと、二人の間に少しの沈黙が走った。しばらくして二人で額をコツンと突き合わせて笑い合う。
「で、このいつものコントに落ちあるん? てか、あかんって、あんまりくっついたら、ちゅーしたくなる、だからもう離れよ」
「じゃあ、する?」
そう言った鳴神くんは顔を少し傾けて、俺の下唇を親指でなぞった。俺は慌てて横を向いた。
健全な男子高校生の意思は簡単に崩れるのだから、あんまりいじめないで欲しい。
「だ、だめ! 部活動中は恋愛禁止やし!」
「いつ決まったの? その部則」
「最初から!」
「えー俺はいいのに」
「部は健全な活動を求めます! 部室でえっちなことはダメ」
「ハルは真面目だなぁ」
「せっかく先生たちが部として認めてくれたんだから、部活は真面目にやります!」
「了解です。――で、来週の体育祭のことなんだけど」
「うん、どしたん?」
「先生に頼まれて、リレー俺が走るって返事しちゃってて」
「えぇ! マジで」
「俺、あんまり体育祭が楽しいってイメージなかったから、自分でいいかって。だから、ハル走りたかったなら、ごめん」
「いや全然! 鳴神くん走るんやったら、俺すげー応援するし」
「でも、せっかくやる気あるんだし、今から先生に言って交代できないか訊いてみるよ」
「いいって! 俺、鳴神くんかっこよく走るとこ応援したいもん」
「本当? かっこよく走れるかは分からないけど」
「絶対かっこいい! あ、そうだ」
俺はさっき作ったばかりのお守りを箱から取り出して、両手で挟んだ。お祈りだ。
「え、どうかした?」
俺は念を込めたお守りを鳴神くんに差し出す。
「これ! プレゼント。鳴神くんがリレーで優勝しますように! ってお守り。今までで一番上手にできたから、もらってください」
「いいの?」
「うん。ご利益あるか分からんし、神社でお父さんにご祈祷してもらった方がいいかもやけど」
鳴神くんは首を横に振った。
「大丈夫。これはハルが願掛けしてくれたお守りだから、ご利益は十分」
「そうかなぁ?」
「うん。リレーは分校で一チーム。一年生、二年生と組んで、俺がアンカーなんだ。別に練習とかしないし、負けてもいいかって思ってたけど、ハルが応援してくれるなら今年は絶対勝つね」
「おう、頑張って! てか、分校で一チームってことは鳴神くんは、前のクラスメイトと戦うってことやん」
「そういえば、そうだね」
「かつての仲間と再会して敵同士って、バトル漫画の王道やん」
「まぁアイツらがリレーに出るか分からないけど」
鳴神くんは続けて「リレーに誰が出るか訊いておく」と言ってニッと笑った。
(アイツら、かぁ……。皆仲良かったんだろうなぁ……どんな子たちだろ)
鳴神くんの口ぶりから、長年付き合ってきた信頼や気やすさみたいなものを感じて、ちょっと羨ましく思った。
転校していった彼らは俺が知らない鳴神くんを知っているし、俺よりも長い間、鳴神くんと一緒に過ごしてきた。だから、きっとお互い久しぶりに会えるのを楽しみにしているはずだ。
「な、本校行ったら、鳴神くんの前のクラスメイト俺に紹介してな」
俺は鳴神くんのシャツの袖を指でつかんだ。
「うーん。それは……ちょっと、嫌かも」
「えーなんでぇ」
「絶対、アイツらとハル仲良くなるし」
「えー仲良くなったらあかんの? リレーの敵だから?」
俺がそう言うと鳴神くんの頬が少し赤くなった。なんでだろうと思っていたら鳴神くんの手が俺の頭の上に乗る。その手の重さで俺は下を向くことになった。
「なに?」
「ちょっとだけ下向いて、あみぐるみのネコ見てて」
「お、おう、わかった」
そう言えば、俺はまだ鳴神くんのことを、鳴神くんと呼んでいる。
せっかくお付き合いを始めたし、呼び方を変えるいい機会だったのに、悩んでいるうちにタイミングを逃してしまった。
(昔みたいにアキちゃんって呼ぶべきか、鳴神くんみたいにアキって呼ぶべきなのか……それとも秋彦、かな)
最初が大事だと思う。
ちゃんと決めてから呼び方を変えたい。男らしく! かっこよく! 元気に鳴神くんの名前を呼ぶ。
だから、もう少しだけ待って欲しい。いつの間にか頭の上にあった手の重さがなくなっていた。
決意を込めて顔を上げたら、鳴神くんの顔がどアップだった。
「ハル、もう。部活の時間終わったよ」
下校時間のチャイムが鳴り終わった瞬間、鳴神くんは俺の唇にそっとキスを落とした。
部活の時間が終わったからセーフってことだろうか。俺的にはアウトなんだけどなぁ。



