土曜日の午後に調理室で何か作れば、俺たちのお昼ご飯になる。夕飯の時間が近いからと食べる量を気にする必要もないし、心置きなくガッツリ飯が作れるのだ。
土曜日の放課後の料理はメリットしかない。
つまり、肉だ! 肉料理を作ろう。
男子高校生のテンションがブチ上がる肉料理だ。
「そういうわけで、今から唐揚げ大会を開催します!」
俺は調理室のド真ん中を陣取って高らかに開会を宣言した。
「唐揚げ大会なんだ?」
「甲子園があったら、優勝目指す!」
鳴神くんは制服の白シャツを腕まくりしながら、俺の姿を見て、ふはっと声を出して笑った。お互い制服の上にはエプロンをしている。このエプロンは小学生の家庭科実習で各々制作したモノだ。ちなみに俺が本日の部活のユニフォームとして指定した。
二人ともドラゴン柄だった。
期待を裏切らない男子小学生のチョイスでひとしきり笑い合ったあと、気を取り直して食材を買い物袋から取り出していった。
鶏モモ肉、醤油、塩胡椒、料理酒、砂糖、マヨネーズ。そして揚げ油。
「ハル、鶏肉一キロは多かったんじゃない?」
俺たちは学校が終わってすぐ山田マートで鶏肉を買ってきた。その他の調味料は各家から持参したものだ。
「残ったら先生たちに差し入れする予定。ほら調理室も職員室も同じ一階じゃん、仕事中に俺ら飯テロするんだし」
「いい匂いするのに食べられないのは、つらい」
「そうそう。あと野崎先生にはお米の差し入れしてもらったし、そのお礼しないと」
「そうだね」
部費は難しいと言っていた野崎先生は、実家が農家だからと米をカンパしてくれた。そのお米は朝学校に来たときに炊飯器にセットしたので、すでに炊き上がっている。
そして、本日のメインの唐揚げ作りだ。
「じゃあ、頑張って作ろ」
「うん」
友達と料理をするのは小学校の調理実習以来だった。
鳴神くんも料理沼に落ちてくれるといいな。
「鳴神くんは、どんな唐揚げが好きなん?」
「どんな……か。よく家で母さんが作ってるのは衣が柔らかかったかも」
「衣ふんわり系なら卵入ってるやつかな。あれって時間経っても美味しいから、お弁当とかに入れると美味しいよね」
「うん、弁当の唐揚げって感じ。でもせっかくだし、今回は違う感じがいいな」
「よし、じゃあ今日は揚げたてが食べられるし、カリカリ系にしようか」
俺はカバンの中からビニール袋を取り出した。
「それで本日用意したのが、こちらです」
鳴神くんは俺が自分のバックパックからガサっと取り出した大量の物を見て一瞬だけ目を見張った。気持ちは分かる。闇取引のアレみたいだもんな。
「……粉だな」
「そう粉です! 唐揚げが美味しくなる魔法の粉たち」
家から小分けにしてビニール袋に入れて持ってきた。破れて中身が飛び出さないように丁寧に梱包したせいで、ぱっと見は危ないお薬が並んでいるように見える。
「……ハル。……大丈夫だよな。なんか怪しい粉とか」
「大丈夫やって! 他に持ってくる方法なかったんよ!」
「まぁ瓶は重いしね」
「そう! で、使う粉によって食感が違って。俺の実験した感想なんだけど、小麦粉がサクサク、片栗粉がザクッ、米粉がパリパリ、コーンスターチがカリサクッって感じ。で、どれにしようか」
「へぇ、色々あるんだな。ハルのおすすめは?」
鳴神くんは俺の持ってきた粉たちをまじまじと見ている。
俺は後ろの食器棚から、銀色のトレーを出してテーブルの上に並べて置いた。
「俺のオススメはねぇ、片栗粉とコーンスターチを混ぜるのが好き。二度揚げすると、ガッガリになって食感が最高」
「いいね」
「あとは学校だし、ニンニクとか入れない方向で作ろうかなって。香辛料ガッツリ入ってると美味しいんだけど、明日まで臭い残っちゃったら苦情くるかもしれないし」
「確かに」
「で、ニンニクの代わりに用意したのが、こちら」
「……ミカンだな」
「そう。ミカン。校長先生からの差し入れです」
「いつの間に校長先生と会ってきたの?」
「あとで唐揚げ持っていきますって言ったら、デザートに食べなさいってくれたんだ。でもせっかくだし、今日はこれをつかって柑橘の爽やかさとガリッガリジュワジュワ食感を楽しみたいと思います!」
わーっと鳴神くんは、ぱちぱちと拍手してくれた。
「ハルの話聞いているとお腹が空いてきた」
「俺も。よし、じゃー作り方も決まったし、頑張って作るぞ!」
「おー」
「じゃあ鳴神くんは、みかんの皮を剥いて、白いところを取って外皮だけ細く刻んでもらっていい? で果汁を絞ってボウルに入れる」
「俺がやっていいんだろうか」
鳴神くんはハルの楽しみを奪ってしまうよと、少し申し訳なさそうな表情になった。俺は慌てて首を横に振った。部活動なんだから、鳴神くんも一緒に楽しんでくれないと意味がない!
「もちろん、二人で作らないと家庭科部にならないし、俺が料理で鳴神くんは編み物の先生!」
「分かった。じゃあ、何か間違ってたら教えて」
「おう、分からなかったら、なんでも聞いて」
調理室に必要な道具は全て揃っている。でも包丁は肉が切れるほど切れ味は良くない。
俺は包丁で切るのは早々に諦めて、キッチンバサミで一口大に鶏モモ肉を切ることにした。
「肉をハサミで切っていいんだ?」
「うん全然オッケー。包丁より早いし。あと味染み込ませる時間もないから、今日はレンジ使うよ。裏技裏技」
「料理に裏技があるんだ」
「必殺技もある」
「格闘技だ」
鶏肉と調味料を入れて軽く混ぜた後、俺はボウルごと肉をレンジに入れる。数秒チンして取り出して混ぜて、を三回繰り返して火が通らないギリギリまで温めた。これで味を染み込ませる時短になる。
最後に鳴神くんが準備してくれたみかんの果汁と刻んだ皮を一混ぜ。
調理室にはみかんの爽やかな匂いが漂っていた。
「はい、で、あとはバットに入れた粉を肉に絡ませて、準備完了!」
「おぉ、簡単だ」
「せやろ? あとはひたすら、揚げる!」
そこから俺たちは見事な連携プレーで粉をまぶし油に肉を入れていった。しばらくして綺麗な狐色になったら、一度肉を網に上げて休ませて、もう一度揚げたら完成。
結構な重労働で運動部みたいだった。
「めっちゃ感動。スゲェ、キラキラしてる」
「あぁ……肉の山だな。すごい」
網を敷いた銀色のバットの上に山盛りの唐揚げが乗っている。
「じゃあ鳴神くん。最初に味見……してくれる?」
俺は箸で揚げたてを一つとって、鳴神くんの口元に持っていく。
「え、俺が先でいいのか」
「もちろん。揚げたてが一番美味しいし、鳴神くんに一番に食べて欲しい」
「じゃあ、いただきます」
「おう!」
鳴神くんの唇が俺の箸の唐揚げに近づいてくる。
食べるのは鳴神くんなのに、なぜか俺の喉がゴクリとなった。
(鳴神くんの、おっきな口……)
鳴神くんが唐揚げを口に運ぶ様子をまじまじと見守っていたら、突然後ろの扉がガラリと開いた。
「おー唐揚げ完成したのか? いい匂いだなぁ」
「あ、はい。今、先生たちに味見持って行こうと思ってて」
扉の前に立っていたのは野崎先生だった。俺が先生の方を見ていたら、背後からうめき声が聞こえてきた。
「な、鳴神くん?」
振り返ると、鳴神くんが床にしゃがみ込んで、その場でジタバタと悶絶していた。
「ふ、あ……あッ、あつ」
野崎先生が扉を開けたタイミングで驚いた鳴神くんは、熱々の唐揚げを冷める前に口の中に入れてしまったようだ。
俺は慌ててコップに水を入れて鳴神くんに手渡す。
「だ、大丈夫、火傷してない?」
「……だ、大丈夫。中の肉汁がジュワジュワで熱くて死ぬかと思った。てかハルこれ最高だよ。衣ザクザクで、あとみかんがアクセントになってて後味が爽やか」
「マジで! よかった!」
「大成功だな。なんか料理っていうか、科学の実験みたいだったけど」
「あー言われてみたらそうかも」
ちらりと俺たちが料理したあとのテーブルを見ると、食器やボウルなどが散乱していて、さながら実験のあとだった。
片付けながら綺麗に調理スペースを使うのが次の課題かもしれない。
先生が部活を覗きに来てくれたので、自分たちが食べる分を皿に取り分けたあと、残りを野崎先生に託した。
茶碗に米をよそって、ちょっと遅いお昼ごはんだ。
もちろん部活の記録としてSNSの更新も忘れない。
大量の唐揚げが盛られたお皿をたくさん写真にとって速報をアップした。食べ終わったらちゃんと作り方も書くつもりだ。
「では、いただきます!」
「いただきます」
二人で手を合わせて、本日の活動の成果をいただく。
「鳴神くん。ホント付き合ってくれてありがとな。あ~楽しかったぁ」
「こちらこそ俺も楽しかった。唐揚げも美味しいし」
「マジで! 嬉しい」
俺の中で趣味の料理は一人で楽しむモノだった。その上で、自分の趣味を知ってもらって、俺が作ったものを食べておいしいねって言ってもらえたら最高で、趣味としてはゴールだった。
それ以上の幸せなんてないと思っていた。
今日は、それ以上の幸せを知ってしまった。
一緒に同じ趣味を楽しめる相手がいたら、もっと楽しかった。
きっと俺は鳴神くんに出会わなかったら誰かと一緒に料理をしたいとは思わなかったと思う。
直感で、絶対! 鳴神くんと一緒に部活動したら楽しいと思った。
そしてやってみたら想像以上に楽しくて、この楽しい時間がこのまま終わらなければいいのにと思っている。
「ねぇハル、次はなに作ろうか」
鳴神くんのその言葉に胸がぎゅーっと締め付けられる。次って言ってくれたのが、たまらなく嬉しくて、その場で足をバタバタとしたくなった。でも、それだけじゃ足りなくて何だか走り出したい気分。
校庭は広いし誰もいない。走り放題だ。
「次も……ええの?」
「もちろん」
「じゃあ、次は鳴神くんの好きな物作りたいな」
「分かった。じゃあ考えておく」
「うん。楽しみにしてるな」
鳴神くんは唐揚げを食べながら、少しだけ遠くを見ていた。多分俺も今、鳴神くんと同じことを思っている気がする。
「ハル。唐揚げって、なんか幸せの味がする」
「俺もそう思う。マジで幸せ」
食べ終わったあと、俺たちは掃除をして、最後に綺麗になった調理室の写真を撮った。
――青春ってこんな感じ。



