教室に二人っきりなんて聞いてない!


 喫茶店から学校に戻る途中、俺は山田マートに寄りたいと鳴神くんに言った。
「何買うの?」
「とりあえず肉かな。福子ばあちゃんの家、野菜はたくさんあるけど冷蔵庫に肉がなかった」
「お年寄りは肉あんまり買わないかもね」
「せやねん。魚も好きやけどね」
「喫茶店でも思ってたけど、ハル、関西弁上手だね」
「鳴神くんも普通に喋ってくれてええのに」
「これは……意地です。ハルが関西弁ペラペラで、なんかくやしいし」
「マジで?」
「うん。俺も負けない」
 そう言って鳴神くんは苦笑した。やっぱり鳴神くんは面白い。
 山田マートの入り口近くにはレジが一つ。中央に陳列棚が三列ある。普通にパンやスナック菓子の類も売っているし、充実しているとはいえないが、お菓子が作れるような製菓の材料も揃っていた。
 鳴神くんは何もないと言っていたけど、俺からすれば十分過ぎる。
 これだけ揃っていれば、なんでも作れそう。
 鳴神くんと一緒にお肉売り場まで来てショーケースを眺めていたら、レジから店員さんがやってきて、お肉のグラム数を聞いてくれた。ワンオペだけど接客自体はあまり困っていないみたいだった。今度鳴神くんとコロッケを買いに来たい。
 肉を買って山田マートを出たところで、俺は朝から気になっていたことを切り出した。
「ところで鳴神くんの趣味、朝教えてくれなかったけど。ずっと気になってて」
 俺の質問に鳴神くんは一瞬だけ目を見張った。
「……言いたくない、とかじゃないんだけど」
 鳴神くんは朝「お茶とお花だったら、どう思う?」と俺に訊いていた。もしかしたら俺がどう思うか探りを入れていたのかもしれない。
(お茶とお花に近い趣味だろうか)
 何が趣味でもいいのに。そもそも趣味なんて自分が好きかどうかだし、俺がどう感じるかなんて関係ない。――そこまで考えたとき、ふと小学生の頃の自分を思い出した。
(……そういえば、俺も、料理が好きって最近まで言えなかったな)
 鳴神くんにとってはクラスメイトが俺だけなんだし、相方の俺がどう思うか慎重になるのは当たり前だった。
 まだ午後の早い時間帯だけど同じ高校の生徒はすでに帰宅しているのか、学校まで一本道の道路には誰も歩いていない。
 俺は少し前を歩く鳴神くんに小走りで追いついて隣に並んだ。
「ハルごめん。俺、朝すごく嫌な感じだったよね。ハルにだけ自分の趣味言わせた訳だし」
「え、全然いいよ! だって自分の好きなこと嫌いって言われたら、傷つくの俺分かるよ」
「ハル……」
 俺は鳴神くんの学ランの袖を掴んだ。その場で足を止めた鳴神くんは俺を見下ろしたまま固まっていた。
 鳴神くんを困らせたい訳じゃない。でも二人だけのクラスメイトだし、友達のことはなんでも知りたい。
 俺は他の誰でもない、鳴神くんと、この田舎でリア充になりたいのだから。
「あ、あのさ鳴神くん。ちょっと俺の話聞いて欲しいんやけど」
 そばにはバス停があってベンチが置いてある。俺が腰を下ろしたら鳴神くんは隣に座ってくれた。
 バス停の時刻表を見たが夜の最終便までバスは来ない。二人で座っていても目の前にバスが停車する心配はなかった。
 俺は「あのさ」とちょっと躊躇いがちに口を開いた。改めて自分の好きなことを伝えるのは緊張する。
 鳴神くんは俺に対してすごくフレンドリーだけど、それでも俺たちは、まだ出会ったばかりだ。だから鳴神くんの趣味を知りたいなら、まず俺が鳴神くんに心を開かないといけないと思う。
 それに俺は、学校生活を送る中で、鳴神くんに要らない気遣いや遠慮をして欲しくなかった。
「俺さ、最近まで友達に料理が好きって言ってなかったんよ」
「朝、普通に俺に喋ってたのに?」
「うん。小学校のとき、クラスで料理男子ってからかわれてすげー恥ずかしかったから」
 鳴神くんの目が気遣うように俺を見つめていた。
「まぁ言われたん調理実習中やったし、今思えば、先生に褒められて俺得意になってたんかも、友達からしたらウザかったんやろな」
 鳴神くんは首を横に振った。
「そんなことないよ。褒められたら誰だって嬉しい」
「でも実際、俺この通りお調子者やし、ウザかったんやと思うよ。……それで恥ずかしい思い出があったから、最近まで誰にも言ってなかったん。やっぱり好きなこと揶揄われたら傷つくし。でも、高校になったとき偶然バイト先のファミレスに友達が来て」
 バイト中の姿を友達に見られるのは照れるし、最初はバイト先を秘密にしていた。
「で、俺が作ったもの友達に出したら、美味しいって褒めてくれてさ。別にお店のマニュアル通り作っただけやし、全然褒められるようなことじゃなかったんやけど。それが、もう、めちゃ嬉しくて」
「うん」
「俺さ、結構好きなの顔に出るやん」
「うん分かるかも。さっき喫茶店ですごく嬉しそうだったから」
 鳴神くんは、ふふと思い出し笑いをした。俺の伝えたい意図は伝わったようだった。
「だよなぁ、俺、さっき、鳴神くんにウザ絡みしてたよな」
「全然、俺はハルと一緒で楽しかったし」
「そっか、よかった。それでまぁ、そんな感じで俺が料理好きなのが友達全員の共通認識になったんよ」
 結局、本当に好きなものと関わっているとき、好きは隠し通せない。少なくとも俺はそうだった。
「それからは、バレンタインとか友チョコ作って行って、みんなで食べたりして、楽しい思い出がたくさんできたんよ」
「チョコは俺も欲しい」
 鳴神くんからの友チョコのおねだりが嬉しくて、俺は思わず両手を掴んでいた。
「えーマジで! 来年絶対あげる! 鳴神くんは何がええかなぁ、ケーキ系? それともクッキー?」
「なんでも好き。楽しみにしてるね」
「うん。――それで、なんか色々話したけど、俺が鳴神くんのこともっと知りたいっていうんは、俺の気持ちの押し付けやって分かってる。でも、でもな! 絶対後悔させんし」
 今すぐじゃなくてもいい。でも、俺になら秘密の趣味について話してもいいと思われたい。自然と鳴神くんの手を握る力が強くなっていた。
「ハル?」
「俺さ、多分鳴神くんに負けんくらい包容力あるし、何が好きでもちゃんと受け止めるから! だから、今日じゃなくてもええから。……好きなこと、俺にも話して……欲しい、かも……です」
 勢いよく色々喋ったくせに、鳴神くんと見つめあっているのが恥ずかしくて、肝心な後半のところは声が小さくなってしまった。ちゃんと最後まで聞こえただろうか。
 しばらくその場で固まっていると、突然鳴神くんがベンチから立ち上がった。鳴神くんは俺の左手は握ったままだ。
「絶対、か。うん、分かった。じゃあ、行こうか」
「え、行くってどこに?」
「まずは、職員室かな」
「え、職員室?」
 俺は鳴神くんに手を握られたまま学校に向かって歩いていた。