友達の兄貴を好きになってしまいました

 翌朝、目が覚めたら青空だった。

 雨上がりの朝の光が、紺色のカーテンの隙間から差し込んでいた。昨日まであんなに重かった空が、嘘みたいに晴れている。

 俺はしばらく不思議な気持ちで天井を見ていた。見慣れない天井。そうだ、蓮司さんの家に泊めてもらったんだった。俺が……蓮司さんの……家に……泊めてもらった!?

「うわぁ……! マジかよ!」

 パニックになって起き上がると、「お前って、寝起きからうるせぇのな」と台所から声が聞こえてきた。

「れ、蓮司さん、おはようございます……」
「はよ。……パン、もうすぐ焼けるから」
「……あ、はい」

 蓮司さんはトーストを焼いていた。グレーのスウェットの上下で、いつものバイトの制服姿と全然違う。

「お前、爆睡してたぞ」

 呆れたような顔だったけど、少しだけ口角が上がっている。

 俺はじわじわと体が熱くなるのを感じていた。
 昨日、なんやかんやあって、自分の気持ちにようやく気づいた。
 それからはわけがわからなくて、蓮司さんが作ってくれた夕飯を食べて、蓮司さんが敷いてくれた布団に入って、とにかくぎゅっと目を閉じていたら……朝になっていた。

「蓮司さん、あの……昨日はマジでありがとうございました」
「……いいって。別になんもしてねぇし」

 うそだ。

 蓮司さんは昨日、ひとりぼっちだった俺のことを見つけ出してくれた。

 ゆるい首元。寝起きなのに髪がきれいで、ふだんのピリッとした雰囲気が少しだけ抜けている。ラフな格好で台所に立ってるだけなのに、なんでそんなにかっこいいんだよ、清水蓮司。
 そんなことを考えていたら、パンの焼けるいい匂いが漂ってきた。

「めっちゃいい匂い……」

 しばらくすると、蓮司さんがふたつの皿をテーブルに運んできた。トーストの上に薄切りのアボカドとゆで卵がのっていて、黒こしょうが散らしてある。

「うわ……オシャンティ……」
「……いいから食え」

 向かいに座った蓮司さんは俺にお茶を出してくれて、自分はコーヒーを飲んでいた。
 香ばしい匂いに誘われて、トーストにかじり付く。アボカドのねっとりした甘みと卵の塩気が合わさって、めちゃくちゃうまかった。

「うま……! 蓮司さん、これ自分で作ったんすか。すげぇ……天才じゃん……!」
「アボカド切っただけだろ」

 そう言いながら、蓮司さんはなぜか俺のことをじっと見つめてきた。

 ドキリとする。朝の光が蓮司さんのきれいな横顔に当たっていて、なんか神々しいっつうか……。

 てか、マジでかっこいい……。

 好きだって気づいたら、ますますかっこよく見えるんだけど、これってどういうことなんですか!?

 俺はトーストを持ったまま、蓮司さんから目が離せなかった。
 やばいな、と思った。
 だんだん触れたいとか、触ってもらいたいとか、そういう感じの気持ちがじわじわとあふれ出てきて、自分で自分にびっくりした。

 赤い顔で、こくりと唾を飲み込む。蓮司さんは少しだけ心配そうに、俺を見て言った。

「橋本、喉に詰まったか……?」
「え? いや、あっ、パンめっちゃうまいです! 最高!」
「お前さ、なんか昨日から様子が変じゃねぇ……?」
「……えっ、そうっすかっ!?」
「……昨日の雨のこと、引きずってんの?」
「まさか、全然! ほんとに! 今は快晴だし! 大きく晴れてますし! 俺みたいに!」

 俺はパンをどんどん食べていく。とてもじゃないけれど、蓮司さんの目をまともに見ていられなかった。

「テ、テンション上がってるだけっす! ほら! 蓮司さんちに初めて泊まったから……! 蓮司さんちに……初めて……」

 言葉にしたらだんだん恥ずかしくなってきて、俺は口をつぐんだ。

 改めて考えると、今、蓮司さんの家にふたりきりなのだ。
 俺は一応というか、完全に男子高校生で、それなりに性欲もある。昨夜はパニックになっていてそれどころではなかったけれど。

 俺が食べる間、蓮司さんはしばらく黙っていた。それから、少し迷うように口を開く。

「……もしかして、お前気づいた?」
「えっ?!」

 気づいたとは、なんのことだろう。俺はその先の蓮司さんの言葉が怖くなってしまった。

 蓮司さんが口を開き、何か言おうとするのを察して慌てて立ち上がる。

「橋本、お前は俺がゲ――」
「ごちそうさまでした! めっちゃうまかったです!」

 台所で勢いよく皿を洗って、水切りカゴにいれた。

「おい、」
「ほ、ほんとにお邪魔しました!!! あっ、パ、パジャマ借りていきます! 洗って返すんで! マジで! めっちゃきれいにして返しますから! このまま帰りますね!」
「……はぁ?」
 
 自分が何をしでかすのか、それに蓮司さんに何を勘づかれてしまうのか。とにかく、これ以上ここにいるわけにはいかなかった。
 急いで鞄を持ったら中身をぶちまけて、「うわっ」と声が出る。スマホ、スマホの充電器、フリスク、どっかで買ったお菓子のレシート。全部適当に突っ込んで、ドアを開けた。

「お、おい!」
「大丈夫っすありがとうございましたまたバイトで!!!」

 全然大丈夫じゃなかったけれど、廊下に出て、ドアが閉まる音を背中で聞きながら、バタバタと階段を降りた。

 蓮司さんが好きだ。すげー好き。めちゃくちゃ好き。

 心臓がばくばくしている。初めて好きになった人は男で、……しかも友達の兄貴で……マジでこれからどうしよう。





 夏休みが終わった。

 九月になると、街の空気がすこし変わる。日差しはまだ強いのに、風だけは一足先に秋のにおいがする。

 朝、学校まで歩くと、交差点のイチョウが少しだけ色を変え始めていた。夏が終わると、いつもなんかちょっとさびしくなるんだよな。

 でも今年は、そんな気持ちになっている余裕がなかった。

 蓮司さんのことが、頭から離れない。

 バイトに行くと蓮司さんがいる。フロアを歩いているだけで視線が吸い寄せられる。目が合いそうになると、俺のほうから逸らしてしまう。

 借りたパジャマは海斗さんに渡してもらった。「は? お前が渡せよ」と言っていたけれど、あーだこーだと理由をつけて、結局海斗さんにお願いした。

 翔太郎の家に行っても、急に口数が減ってしまう。いつもなら何も考えずにべらべらしゃべれるのに、何をしゃべっていいかわからなくなる。

 バイトで会った時、蓮司さんはそんな俺のことをじっと見ていた。でも、何も言ってこなかった。

 何も言わないのに、なんか全部わかってそうな目をしていた気がする。

 俺は距離を保って笑顔を貼り付けたまま、心の中で全力で祈った。気づかないでくれ、蓮司さん。

 頼むから俺の気持ちに気づかないで。

 その日以降、蓮司さんへの気持ちを、翔太郎に打ち明けようとしたことが何回かある。だけど――。

 昼休み、翔太郎と購買のパンを食べながら、「なあ、翔太郎、ちょっと聞いてほしいんだけど」と言いかけて、やめた。
 放課後、靴箱で「実は蓮司さんのことなんだけど……」と言いかけて、やめた。
 たもっちゃんと楓も一緒にいる時に、「俺、最近ちょっと悩んでることがあって」と言いかけて、「……やっぱなんでもない」と笑って流した。

 たもっちゃんが「どうした、珍しいな」と言った。楓は「なんか元気ないじゃん、大晴」と言った。

「全然元気だって!」

 俺はにかっと笑って、それ以上は何も言わなかった。

 言えない理由は、わかっていた。同性だってことだけじゃない。翔太郎の兄貴だからだ。友達の兄貴を好きになりましたなんて、どう考えても話しにくい。

 言うべきか、言わないべきか。

 その答えが出たのは、今日の昼休みのことだった。

 食堂で翔太郎、たもっちゃん、楓と四人でご飯を食べていたら、クラスのギャルたちが「ちょっとちょっと」と翔太郎に話しかけてきた。

「翔太郎のお兄ちゃんって、ゲーセンでバイトしてるって本当? めっちゃかっこいいって聞いたんだけど」
「紹介してよ~!」

 翔太郎は「はぁ?」と思い切り眉をひそめた。

「ぜってぇ無理」
「いいじゃん別にー!」
「だめだって。前に俺のダチだったクラスメイトの子が兄貴と付き合い出して、すぐ別れてめっちゃ気まずくなったんだって! もうそういうのはほんと無理」

 ギャルたちは「え~そんなぁ~」「気が変わったらいいなよー!」とがっかりしながら離れていった。

 俺はトレーにのったからあげ定食を見つめたまま、動けなかった。

 たもっちゃんが「翔太郎の兄貴、陰キャ極めてんのにモテんだよな」と笑っている。楓は興味津々に「え、誰と付き合ってたの。俺が知ってる子?」と食いついていた。翔太郎は「言わん」と口をつぐむ。

 俺はその会話を、どこか遠く感じながら聞いていた。

 すぐ別れて、めっちゃ気まずくなった。

 翔太郎のダチが、蓮司さんと付き合って、すぐ別れて、気まずくなった。

 たしかにと思う。
 もし俺が蓮司さんに告白して、めちゃくちゃありえない奇跡が起こって付き合えたとして、そのあと別れたら。
 蓮司さんとの関係はどうする。バイトはどうする。それどころか、翔太郎のことまで巻き込んでしまう。

 頭の中でぐるぐると、始まってもいない最悪な未来ばっかりが浮かんでくる。

 蓮司さんはバイト先によく来る女子高生をタイプだって言っていた。そもそも男の俺が相手にしてもらえるわけがない。

 この恋はどうやら初めから終わっていたみたいだ。

 そっか、そうなんだ。

 俺にはどうすることもできないんだ。

 胸の痛みを隠し、にかっと笑って「うまいな、からあげ定食」と言ったら、たもっちゃんに「急に何」と突っ込まれた。

 笑ってごまかしたけれど、その日の午後の授業は、先生が何を言っているのかほとんど頭に入ってこなかった。

 言えない。でも言いたい。だけど言えるわけがない。蓮司さんにも、翔太郎にも。

 俺は結局、何も言えないまま、一週間があっという間に過ぎた。



 その日は朝から雨だった。

 九月の雨は夏のそれとは違う。じとっとした湿気じゃなくて、すこし冷たくて、やっぱりちゃんと秋のにおいがする。

 傘を差して登校しながら、それでも今日は大丈夫だと思った。学校にいれば誰かがいる。ひとりじゃない。

 そうして、蓮司さんが迎えに来てくれたあの夜のことを思っていた放課後のこと。

 教室でぼんやりしていたら、窓の外を見ていたクラスのギャルたちが急に騒ぎ出した。

「ちょっ、待って待って、アレ誰!?」
「見て! 校門のとこにめっちゃかっこいい人いる!」
「うわ、マジじゃん……!」

 ざわざわしているのが気になって、俺も窓に近づく。

「えー、誰? 俺も見たい!」
「あそこ! 見てよ、大晴!」

 はっと息を呑む。彼女たちの指の先にいたのは、蓮司さんだった。

 校門のそばに立って、スマホを見ていた。大学の帰りなのか、当たり前みたいな顔をして、学校の前にいる。なんで。

「しょ、翔太郎、ちょっ、見て……!」
「は?」

 翔太郎が窓に近づいてきて、驚いたように固まった。

「なんで兄貴がいんの……?」
「えっ、あれが翔太郎のお兄ちゃん!?」

 ギャルたちが一斉に翔太郎を見た。

「やっぱ紹介してよー!」
「ダメって言ってんだろ」
「えー! なんで!? ちょっとだけ! もうマジで一瞬でいいから!」
「……そんなに必死に」
「必死になるって! あのビジュだよ!?」

 まずい。
 俺は反射的に俺と翔太郎の鞄をふたつ持ち、翔太郎の腕を引っ張って、教室を出た。

「おい、大晴?」
「蓮司さんのとこ行こ、翔太郎!」
「え、あ、ああ、うん……」
「ちょっと、大晴~~~!!」
「ごめん、みんな! あとで埋め合わせするから!」

 人混みをかき分けて校舎を出た。蓮司さんは校門のそばに立っていた。片手に傘をもうひとつ持って。

「兄貴、どうしたんだよ。……あ、もしかして、傘持ってきてくれた? 俺は持ってるけど」

 傘を小さく揺らしながら翔太郎が言った。
 蓮司さんは隣で傘をさしている俺をちらりと見て、その後翔太郎に告げる。

「……お前じゃなくて、橋本に会いに」
「えっ、俺!?」

 思わず声が出た。蓮司さんはしばらく黙って、それから言った。

「雨だったから……」

 時間が止まったみたいに感じる。

「……余計なお世話だとは思ったけど」

 蓮司さんが、自分の頭をがしがしと掻いた。珍しく、どこか戸惑っているみたいに。

「……いや、何してんだ、俺は」

 俺のことを心配して、迎えに来てくれたってこと? なんだよ、それ。

 キュンとさせるなよ、清水蓮司。

「……雨だったから大晴に会いに来たの? どういうこと?」

 翔太郎が俺と蓮司さんを交互に見ていた。

「あっ、翔太郎、塾じゃん!? 早く行かないと!」
「……そうだけど」
「遅刻するって! ほら!」

 翔太郎は「……ああ」となんだか腑に落ちていない顔のまま、傘を差して歩いていった。何度か振り返っていたけど、俺は笑顔で手を振ってなんとかごまかす。

 雨の音だけが残った。

 蓮司さんと俺と、ふたりきりで。

「傘、あったんだな」
「……はい」
「お前、今日はバイトないだろ」
「……はい」
「一緒に、……飯でも食うか?」
「……はい」

 赤い顔で小さくうなずく。久しぶりに間近で聞く蓮司さんの声はやっぱりどこか優しい。





 ふたりで近くのハンバーガーチェーンに入った。

 席に着いて、チーズバーガーにかじりついて、それでもなんだか気まずかった。蓮司さんは死んだような顔でポテトを食べていた。俺は俺で、コーラをストローで吸いながら、目のやり場がわからなくなっていた。
 店内が騒がしいことだけが救いだった。放課後の中高校生たちがあちこちにいる。雨で外に出られないのか、いつもより混んでいるみたいだ。
 蓮司さんは鞄から紙袋を取り出して、無言でテーブルに置いた。
「……え、なんすか」
「お前の服」

 中を見たら、きれいに畳まれた服が入っていた。泊まった夜に着ていたやつだ。

「あっ……!」

 完全に忘れていた。あの朝、パニックになって逃げ出すのに必死で、自分の服のことなんかこれっぽっちも頭になかった。

「す、すみません……めっちゃ忘れてたっていうか……」
「だろうな」

 蓮司さんは呆れたように言って、またポテトを食べた。
 しばらく、ふたりとも何も言わなかった。
 蓮司さんが、ゆっくりと口を開く。

「お前、気づいたんだろ?」
「……あ」

 もしかして……というか、やっぱり蓮司さんは俺の気持ちに気づいていたのだ。かぁっと頬が熱くなる。
 俺は観念して、こくりとうなずいた。

「やっぱりな……」
「そうなんです、実は……この前気づいて……その……蓮司さんが……あの……、えっと……あー、……ちょっと……いや……なんつうか……あー……」

 ばかみたいに言葉が出てこない。蓮司さんはしびれを切らすように、「わかってるよ」と言葉を続ける。

「俺がゲイだって気づいたんだろ……?」

 俺は「えっ」と動きを止めた。

「だから避けてたんだろ……」
「は……?」
「……はっきり言えよ、橋本」

 蓮司さんは俺を見ていた。いつもの無表情だったけど、なんかちょっとだけ、覚悟みたいなものが見えた気がした。

「ま、待ってください……え、何!?」
「だから、俺がゲイだって……」
「蓮司さん……ゲイ、なんですか!? お、男が好き!?」
「……ああ。……なんだよ、今知ったみたいな顔して」

 俺の頭の中が凄い勢いで回転している。

 蓮司さんは「おい……」と声を上げると、自分が勘違いしていたことに気づいたようだった。

「もしかして、知らなかった……?」
「……あの、……はい」
「……そう、か」

 髪をかき上げた蓮司さんが、小さくため息を吐く。

「悪かった、勝手に勘違いして……。お前がもし嫌なら、もう無理に話したりしなくてもいいから。バイトで会う時も、距離取っていいよ」

 蓮司さんの言葉を、俺はほとんど聞いていなかった。

 ゲイ。男が好き。タイプの子が、男だったってこと?

 だって、それじゃあ、俺にもチャンスが……。

「あのっ」

 俺はテーブルに乗り出して、蓮司さんの両手をつかんでいた。

 蓮司さんが、小さく口をあけてぽかんとする。こんな顔、初めて見た。

「おっ、俺と……お付き合いしません!?」
「何言ってんだ、お前……」
「い、いや……あの……」

 怒ったような低い蓮司さんの声で、はっとして手を離す。

 俺は一回深呼吸して、蓮司さんを見た。

「俺、蓮司さんが好きで。……前になんで蓮司さんと一緒にいたいのかって答えを出すって言ったじゃないですか? それがこの前泊まった時にわかって。なんか蓮司さんってめちゃくちゃかっこいいし、優しいし、……いつも塩対応だけど、今日みたいに迎えに来てくれたりするし。なんかそのギャップがメロいっていうか……俺、全然そういうこと考えたことなくて、男の人を好きになるとか想像もしたことなくて、だから気づくのに時間かかったんですけど……、つうか翔太郎の兄貴って時点で、かなりやばいっすよね。好きになるなんて、ぜったいありえないって思ってたから、まさか……好きとか、そんなわけねぇじゃんみたいな……。しかも、翔太郎はダチが兄貴と付き合うなんてありえねぇって感じで、それもほんと大問題で……だけど……蓮司さんがゲイだって言うなら、俺……希望持っちゃうっていうか……いてもたってもいられないっていうか……」

 俺は逃げ出しそうになるのをこらえて、蓮司さんの目をちゃんと見た。

「俺、……蓮司さんが、好きです」

 騒がしい店内だった。高校生たちが笑っていて、雨が窓を忙しなく叩いている。

 蓮司さんは、じっと俺を見ていた。
 何も言わなかった。長い沈黙だった。

 勝算はない。勝てる気なんて全くしない。だけど、ここで引き下がったら、一生後悔するような気がして、俺はがっつり頭を下げた。

「なんとか、お付き合いしてもらえませんでしょうか……!」

 また長い長い沈黙。

「や、やっぱだめっすよね……」

 泣きそうになりながらへらへらと笑って、俺は地獄みたいなこの場の雰囲気を少しでも明るくしようとしていた。

「む、無理なら、そう言ってください! 俺、全然平気……ではないっすけど、なんか……なんとかやっていける――」

 その時――。

「いいよ」

 静かな声だった。

「え……っ」

 驚いている俺に、蓮司さんが真顔でつぶやく。

「……いいって言ってんだよ。聞こえなかったか」

 俺は一秒、二秒、三秒。いや、体感三十秒くらい固まった。

「えっ!? えっ!? えっ!?」
「うるせぇよ、橋本」
「い、いいって、いいってどういう意味の、いいですか!?」
「いいって意味のいいだよ」
「わ、かんねぇって!」

 蓮司さんがちらりとこっちを見た。
 心臓が爆発しそうだ。

「え、待って……ちょっ、蓮司さんしっかりしてください! 俺っすよ!? 付き合うって、あの……俺、真面目に、けっこうエロいこととかちゃんと考えてるんで……なんていうか、そういうのクリアできる感じで言ってます……? 俺、蓮司さんと……、こうぎゅっとしたり、キスとかも、……したいんですけど……」

 蓮司さんがなぜか笑いを堪えている。俺は小刻みに揺れる蓮司さんの肩を見つめながら、「いや、笑ってんなよ、清水蓮司ぃ……」と情けない声を出したのだった。