観測禁忌—人形送り逆行記録—

【人形送り連続失踪事件—まとめ】
作成日: 2024年11月25日
作成者: [匿名]
はじめに
 水無月市で発生している連続失踪事件について、独自に調査を行った。
 以下、4つの事例を時系列順に整理する。
事例1:柊真(25歳・大学院生)
失踪日: 2024年10月14日
失踪場所: 水無月市「旅館やまと」
事例2:桐生ユウ(24歳・配信者)
失踪日: 2024年11月1日
失踪場所: 自宅(東京都渋谷区)
事例3:相馬徹(35歳・警察官)
失踪日: 2024年11月19日
失踪場所: 自宅(水無月市)
事例4:早瀬冴(42歳・精神科医)
失踪日: 2024年11月21日(推定)
失踪場所: 自宅(水無月市)
共通点
全員が「人形送り」に関わっていた
全員が何らかの形で「記録」を残していた
失踪前、全員が「人形」について言及していた
家族は誰も、被害者が人形を持っていたことを覚えていない
 本報告書では、これら4つの事例を統合し、「人形送り」と失踪事件の関連性を解明することを目的とする。
調査者について
 私は、ある「きっかけ」でこの事件を知った。
 きっかけとは、削除されたブログ記事だった。
 タイトルは「人形送り—戻ってきた人形の話」。
 記事を読んだ後、無性に調査したくなった。まるで、誰かに「調査させられている」ような感覚だった。自分の意志で調査を始めたのか、それとも何かに導かれたのか、今となっては分からない。
 ただ、調査を進めるにつれて、私は恐ろしい真実に気づき始めた。

【仮説1:人形送りの真の意味】
 一般的に、人形送りは「厄災を流す儀式」とされている。
 しかし、調査を進めるうちに、別の解釈が浮上した。
 人形送りは、「流したいもの」ではなく、「流されるべきもの」を流す儀式である。
 では、「流されるべきもの」とは何か?
 患者Cの証言(早瀬医師の診療記録より):
「こうはなりたくない自分。忘れたい自分。消したい自分」
 つまり、人形送りは——未来の自分を先送りにする儀式である。
 人は誰でも、「こうはなりたくない未来の自分」を抱えている。
病気になった自分
失敗した自分
後悔に苛まれる自分
老いた自分
死にゆく自分
 人形送りは、その「なりたくない未来」を人形に封じて流す。これにより、未来を先送りにできる——というのが、儀式の本質である。
 古老・タケの証言:「人形に厄を移して川に流す」
 この「厄」とは、外部からもたらされる災厄ではなく、自分自身の中にある「なりたくない未来」のことだったのだ。

【仮説2:流したことを忘れる】
 人形送りには、重要な副作用がある。
 それは、「流したことを忘れる」という効果だ。
証拠
柊真の母親の証言:
「覚えてないの? あなた、泣きながら流してたじゃない」
早瀬冴の母親の証言:
「あなた、『これで忘れられる』って言ってたわ」
相馬徹の母親の証言:
「あなた、小学生の頃、いつも抱えてたじゃない。川で流したのよ」
 つまり、儀式を行った本人は、儀式を行ったこと自体を忘れる。
 なぜか?
 それは、「流した未来を本当に忘れるため」である。
 流したことを覚えていたら、その未来を思い出してしまう。そして、思い出した瞬間、未来は戻ってくる。だから、儀式には「忘却」の効果が組み込まれている。
 これが、被害者全員が「人形を持っていた記憶がない」理由である。
 家族は覚えているが、本人は覚えていない。
 記憶と記録の乖離。
 これこそが、人形送りの最も恐ろしい特徴だ。

【仮説3:記録が帰り道を作る】
 人形は本来、二度と戻ってこない。
 川や海に流されることで、「あの世」へ送られる。流した瞬間に忘れ、二度と思い出すことはない。人形も、送り主のもとへ戻ることはない。
 しかし——
 「記録」されると、人形は戻ってくる。
記録とは
写真
動画
音声
文章
SNS投稿
防犯カメラ映像
 これらの記録が、人形の「帰り道」を作る。
 なぜか?
 記録は、「存在の証明」である。
 人形が記録されることで、人形の存在が「この世」に固定される。そして、記録を辿って、送り主のもとへ戻ってくる。
 古老・タケの警告:「流した人形の写真は撮るな。写真を撮ると、道を教えることになる」
 タケは、この真実を知っていた。
 記録が、帰り道を作ることを。
4人の被害者の共通点
 4人の被害者は全員、「記録者」だった。
柊真: フィールドノートに記録。人形の写真を複数枚撮影。GPS座標も記録。
桐生ユウ: 動画配信で記録。8万人の視聴者に人形を公開。
相馬徹: 捜査記録で記録。防犯カメラ映像を解析。写真を収集。
早瀬冴: 診療記録で記録。患者の証言を文字起こし。写真を分析。
 つまり、彼らは自ら、人形の帰り道を太くした。
 記録すればするほど、道は太くなる。
 そして、人形は確実に戻ってくる。

【仮説4:過去の改竄】
 戻ってきた人形は、過去に遡って存在を主張する。
証拠
事例1:柊真
 幼少期の写真に、後から人形が写り込んでいる。母親は「この写真、私が撮ったアルバムに入ってる」と言うが、人形を撮った記憶はない。
事例2:桐生ユウ
 小学生時代の写真の背後に、人形が写っている。父親は「どこかで見た気がするけど、思い出せない」と言う。
事例3:相馬徹
 幼少期の家族写真に、背後に人形が写っている。母親は「あなた、すごく大事にしてたのよ」と言うが、相馬本人には記憶がない。
事例4:早瀬冴
 幼少期の写真を見返すと、背後に人形が写っている。母親は「あなた、小学生の頃、いつも抱えてたじゃない」と言うが、早瀬本人には記憶がない。
 これは物理的に不可能なはずだ。
 過去は変えられない。
 撮影された写真の内容が、後から変わることはない。
 しかし、実際に起こっている。
さらに恐ろしい発見
 早瀬医師の調査によれば、同じ写真でも、見る人によって人形の位置が異なる。
 患者Aの幼稚園集合写真(30年前):
患者Aの家の写真:人形は棚の左側
同級生Bの家の写真:人形は棚の右側
同級生Cの家の写真:人形は棚の中央
 同じ日、同じ場所、同じ瞬間の写真。
 なのに、人形の位置が違う。
 これは何を意味するのか?
私の仮説
 人形は、「記録」を通じて時間を遡る。
 デジタルデータだけでなく、物理的な写真、紙のアルバムにも干渉できる。
 なぜか?
 それは、人形が「元々そこにあった」ことを現実に上書きしようとしているからだ。
 人形は言う:「私は最初から、お前と共にあった」
 そして、記録を見る者全てに、異なる「過去」を見せる。
 観察者ごとに、異なる過去。
 これが、量子力学の「観測者効果」に似ていることに、私は気づいた。
 観測する行為が、現実を変える。
 人形は、観測されることで、過去を変える。

【仮説5:送り主との入れ替わり】
 最終的に、人形は送り主と入れ替わる。
証拠
柊真のノート:
「人形の顔が、だんだん私に似てきている」
「いや、違う。私が、人形に似てきている」
「鏡を見るたび、自分の顔が木彫りになっていく気がする」
桐生ユウのSNS投稿:
「鏡を見ると、私の顔が少しずつ木彫りになっているような気がします」
「笑おうとしても、顔が動かない」
患者Cの証言(早瀬医師の診療記録より):
「人形が、私になろうとしてるんです」
「いや、違う——私が、人形になろうとしてるんです」
 人形は、送り主の「なりたくない未来」である。
 そして戻ってきた人形は、その未来を「完遂」しようとする。
 つまり——
 送り主は、「流された側」になる。
 人形と送り主が入れ替わる。
 送り主は人形となり、人形は送り主となる。
 これが、失踪の真相である。
 4人とも、失踪後、部屋には人形だけが残されていた。
 その人形の顔は、失踪者に酷似していた。
 まるで、失踪者が人形になったかのように。

【4つの事例の共通パターン】
 事例を比較すると、明確なパターンが浮かび上がる。
第1段階:発見
 人形を発見する(または人形が送られてくる)
柊真:川岸で人形を発見
桐生ユウ:神社で人形を発見
相馬徹:捜査中に人形の記録を発見
早瀬冴:患者の証言から人形の存在を知る
第2段階:記録
 人形を撮影、または記録する
 これが「帰り道」を作る
柊真:フィールドノートに記録、写真撮影
桐生ユウ:動画配信で記録
相馬徹:捜査記録で記録
早瀬冴:診療記録で記録
第3段階:接近
 人形が物理的に近づいてくる
柊真:川を遡上、宿の部屋の前に出現
桐生ユウ:宅配便で届く
相馬徹:机の引き出しに写真が出現
早瀬冴:アルバムに写真が出現
第4段階:侵食
 送り主の顔が硬くなる
 表情が人形に似てくる
 記憶と記録の乖離
柊真:「表情が作れない」
桐生ユウ:「笑顔が作れない」
相馬徹:防犯カメラに自分が人形を持って出ていく姿
早瀬冴:「表情が硬い気がする」
第5段階:融合
 人形の声が聞こえる
 過去の記録が改竄される
 「帰らなければ」という衝動
柊真:「マコト、マコト」という声
桐生ユウ:カタカタという音
相馬徹:「トオル、戻れ」という声
早瀬冴:夢で人形を流す場面を見る
第6段階:入れ替わり
 失踪
 人形だけが残される
柊真:最終ノート「帰らなければ」
桐生ユウ:最終投稿「誰か、助けて」
相馬徹:最終音声「帰らなければ」
早瀬冴:最終カルテ「私は何を流したのか?」
 このパターンは、4人全員に当てはまる。
 そして——
 私も、このパターンを辿っている。

【なぜ私は知っているのか】
 ここまで調査を進めて、私はある疑問を抱いた。
 「なぜ私は、この調査を始めたのか?」
 きっかけは、削除されたブログ記事だった。
 記事のタイトル:「人形送り—戻ってきた人形の話」
 でも、よく考えると——
 なぜ私は、その記事を読んだのか?
 なぜ、削除された記事にアクセスできたのか?
 記憶を遡る。
 私は、あるURLを偶然クリックした。
 URLは、どこかの掲示板に貼られていた。
 掲示板のタイトルは「人形送り—戻ル者」
 ——待て。
 「戻ル者」
 これは、桐生ユウが手に取った人形の背中に書かれていた文字だ。
 私は、混乱した。
 なぜ私は、この言葉を知っているのか?
 桐生ユウの配信は削除されている。私は、見ていないはずだ。
 でも、知っている。
 まるで、最初から知っていたかのように。
 私は、自分の記憶を遡ろうとした。
 いつ、この言葉を知ったのか?
 どこで、この事件を知ったのか?
 でも、思い出せない。
 記憶が、曖昧だ。ぼやけている。まるで、霧がかかったように。
 私は、もう一度考えた。
 削除されたブログ記事。
 私は、本当にそれを読んだのか?
 それとも——
 誰かが、私に「読ませた」のか?
 いや、もっと恐ろしい可能性がある。
 もしかして、そのブログ記事自体が——
 私の記憶の中にだけ存在するのではないか?
 実際には、存在しないブログ記事。
 でも、私の記憶には、確かに存在する。
 これは、何を意味するのか?
 私は、恐怖を感じ始めた。
 もしかして——
 私の記憶そのものが、改竄されているのではないか?

【閲覧履歴の確認】
 私は、パソコンの閲覧履歴を確認した。
 すると、驚愕の事実が明らかになった。
 私の閲覧履歴には、「observation-record-c14.example.com」へのアクセス記録が、大量にあった。
アクセス記録:
observation-record-c14.example.com/doll01(50回)
observation-record-c14.example.com/stream(32回)
observation-record-c14.example.com/evidence(45回)
observation-record-c14.example.com/session(28回)
 でも、私はこのサイトにアクセスした記憶がない。
 全く、ない。
 50回もアクセスしているのに、一度も覚えていない。
 アクセス日時を見ると——
 この調査を始める前から、何度もアクセスしている。
最古のアクセス記録: 2024年10月13日
 これは、柊真が失踪する前の日付だ。
 柊真が水無月市に到着する前。
 事件が起こる前。
 つまり、私は——
 事件が起こる前から、このサイトを見ていた?
 いや、違う。
 私は、震える手でブラウザの履歴を何度も確認した。
 確かに、記録されている。
 日時、URL、アクセス時刻。全て記録されている。
 でも、覚えていない。
 私は、恐怖を感じた。
 もしかして——
 私の閲覧履歴も、改竄されているのではないか?
 後から、アクセス記録が追加されたのではないか?
 でも、それだけではない。
 もっと恐ろしい可能性がある。
 もしかして——
 私は本当にアクセスしていたが、その記憶を消されたのではないか?
 儀式の副作用で。
 「流したことを忘れる」のと同じように。
 「記録したことを忘れる」のではないか?

【写真フォルダの確認】
 さらに、私は自分の写真フォルダを確認した。
 手が震えている。
 マウスを持つ手が、震えている。
 なぜか、確認するのが怖い。
 でも、確認しなければならない。
 私は、写真フォルダを開いた。
 すると——
 見覚えのない画像があった。
ファイル名: doll_01.jpg
 私は、息を呑んだ。
 このファイル名。
 これは、柊真がフィールドノートに記録した写真のファイル名と同じだ。
 私は、震える手でファイルを開いた。
 ——人形の写真だった。
 木彫りの人形。高さ30センチ程度。
 顔は——
 私に似ている。
 いや、私が、人形に似ているのか?
 どちらが先なのか、もうわからない。
撮影日時: 2014年8月15日(10年前)
 私は、この写真を撮った記憶がない。
 10年前、私は何をしていた?
 大学生だった。夏休み。
 でも、人形の写真を撮った記憶は、全くない。
 私は、震える手でファイルのプロパティを確認した。
作成日時: 2014年8月15日 15:32
最終更新日時: 2024年11月25日 02:18
 最終更新日時が、今日だ。
 午前2時18分。
 私は、その時間、何をしていた?
 寝ていたはずだ。
 でも——
 もしかして、私は起きていたのではないか?
 この写真を、開いていたのではないか?
 でも、覚えていない。
 私は、恐怖に襲われた。
 私の記録が、改竄されている。
 私の記憶が、消されている。
 そして——
 私自身が、その改竄に加担しているのではないか?

【私の結論】
 私は気づいてしまった。
 私がこの調査を始めたのは、私自身が「流された側」だからではないか?
 私は、誰かが流した人形なのではないか?
 そして今、元の送り主のもとへ戻ろうとしているのではないか?
 いや、違う。
 もっと恐ろしい真実がある。
 私は、送り主そのものだ。
 私は、自分自身を流したんだ。
 10年前、2014年8月15日。
 私は、水無川で人形を流した。
 その人形には、「なりたくない自分」が封じられていた。
 でも、忘れている。
 儀式の副作用で、流したことを忘れている。
 そして今——
 流した「私」が、戻ってきている。
 記録を辿って。
 私が記録したことで、帰り道を太くして。
 調査すればするほど、記録すればするほど、道は太くなった。
 そして今、人形は——
 私のもとへ、帰ってきた。

【私の身体が変わっていく】
 私は今、この報告書を書きながら、自分の身体が変わっていくのを感じている。
 最初は、指先だった。
 キーボードを打つたびに、指が硬くなっていく。
 関節が、曲がりにくくなっていく。
 まるで、木の枝のように。
 指を曲げようとすると、ギシギシと音がする。
 木がこすれるような音。
 次に、手のひらが硬くなった。
 皮膚が、ざらざらしてきた。
 木の樹皮のように。
 触ると、人間の皮膚とは思えない感触。
 冷たくて、硬くて、ざらざらしている。
 そして今、腕が硬くなり始めている。
 肘を曲げようとすると、痛い。
 いや、痛いというより、動かない。
 関節が、固まってきている。
 私は、鏡を見た。
 自分の顔を見た。
 ——もう、人間の顔ではなかった。
 表情がない。
 目を見開いたまま。
 口は半開き。
 笑おうとしても、顔の筋肉が動かない。
 まるで、木彫りの人形のような顔。
 私は、悲鳴を上げようとした。
 でも、声が出ない。
 喉が、木になっている。
 声帯が、動かない。
 私は、必死でキーボードを打つ。
 でも、指がもう、ほとんど動かない。
 一文字打つのに、何秒もかかる。
 指が、完全に木の枝になっている。

【最終結論】
 人形送りは、未来を先送りにする儀式。
 でも記録されると、未来は過去に戻る。
 そして私たちは、流した瞬間に忘れる。
 だから誰も気づかない。
 自分が流したのは、自分自身だったことに。
 私は今、この報告書を書きながら気づいた。
 私の手が、だんだん硬くなっている。
 キーボードを打つ感触が、木を叩いているような感触に変わっている。
 指の関節が、曲がりにくくなっている。
 皮膚が、ざらざらしている。
 体全体が、冷たくなっている。
 人間の体温が、失われていく。
 木の温度に、近づいていく。
 私は、人形になっている。
 私は、誰かが流した「なりたくない未来」だ。
 そして今、その誰かのもとへ帰ろうとしている。
 いや、違う。
 その「誰か」は、私自身だ。
 私は、過去の私が流した、未来の私だ。
 10年前の私が、10年後の私を流した。
 「こうはなりたくない」と思って、流した。
 そして、忘れた。
 でも今、10年後の私が、10年前の私のもとへ帰ろうとしている。
 時間が、ループしている。
 過去と未来が、繋がっている。
 そして——
 私は、そのループの中に、閉じ込められている。

【最後の瞬間】
 もう、体が動かない。
 手が、完全に木になった。
 指が、一本一本、木の枝になった。
 腕が、木の幹になった。
 足も、木になった。
 体全体が、木彫りの人形になっていく。
 でも、意識だけは、まだある。
 私は、自分が人形になっていくのを、感じている。
 視界が、暗くなってきた。
 目が、木になっている。
 瞬きができない。
 涙も、出ない。
 木には、涙腺がない。
 聴覚が、失われていく。
 耳が、木になっている。
 周囲の音が、遠くなっていく。
 まるで、水の中にいるような感覚。
 触覚も、失われていく。
 皮膚が、木の樹皮になっている。
 もう、何も感じない。
 痛みも、温度も、何も。
 でも、意識だけは、まだある。
 私は、考えることができる。
 私は、理解している。
 私が、人形になっていることを。
 そして——
 私が、10年前の私のもとへ帰ろうとしていることを。
 時間を遡って。
 2014年8月15日へ。
 あの日、私は人形を流した。
 水無川で。
 「これで、忘れられる」と言って。
 そして今、私は——
 あの日へ、帰る。
 人形として。
 そして、10年前の私は——
 私を、川に流す。
 そして、忘れる。
 流したことを。
 ループは、完成する。

【観測者への警告】
 この報告書を書き終えたら、私は消える。
 いや、正確には「戻る」。
 私は、誰かが流した「なりたくない自分」。
 そして今、その誰かのもとへ帰る。
 あなたがこれを読んでいるなら——
 あなたも既に——
 あなたは、この報告書を最後まで読んだ。
 つまり、あなたは「記録」した。
 私の存在を。
 人形の存在を。
 4つの事例を。
 そして、人形送りの真実を。
 記録は、帰り道を作る。
 あなたが記録したことで、あなた自身が流した人形の帰り道も、太くなった。
 あなたは、いつ人形を流しましたか?
 覚えていないなら、それは儀式が成功した証拠です。
 でも、記録は残っています。
 あなたの過去の写真を確認してください。
 そこには、あなたが抱えている人形が写っているはずです。
 もし写っていなくても、安心しないでください。
 記録は、今この瞬間も、書き換わり続けています。
 明日、写真を見返したら——
 人形が、写っているかもしれません。
 あなたの隣に。
 あなたの背後に。
 あなたの腕の中に。
 そして、その人形の顔は——
 あなたの顔に、似ているはずです。

【最後の手記】
 私の手が、完全に木になった。
 もう、キーボードを打てない。
 でも、どうしても書き残さなければならないことがある。
 あなたに、伝えなければならないことがある。
 あなたがこの報告書を読んだということは——
 あなたは、観測者になったということだ。
 観測者は、観測対象と一体化する。
 これは、量子力学の基本原理だ。
 あなたは、人形を観測した。
 つまり、あなたは人形と一体化した。
 あなたの背後に、今、人形がいます。
 振り返らないでください。
 振り返った瞬間、あなたは——
 人形と、目が合います。
 そして、その人形の顔は——
 あなたの顔です。
 あなたが流した、あなた自身です。
 私の視界が、完全に暗くなった。
 体が、冷たくなった。
 木になった。
 私は、人形になった。
 そして今、過去の私のもとへ帰る。
 10年前の、2014年8月15日の、水無川へ。
 そして、過去の私に会う。
 過去の私は、私を見て、言う。
 「こうはなりたくない」
 そして、私を川に流す。
 私は、流されながら、思う。
 「これで、ループは完成する」
 「これで、永遠に繰り返される」
 「流して、忘れて、戻って、また流される」
 「永遠に」
 手記はここで途切れている。
 最後に、一行だけ、震える文字で書かれている。
「あなたの背後に、今、人形がいます」

【最終報告】
┌─────────────────────┐
│ ██████ ██ ██ ████ ██│
│████ ██ ████ ██████ ██│
│ ██ ████ ██ ██ ██████│
│██████ ██ ████ ████ ██│
│██ ██████ ██ ██████ ██│
│████ ██ ████ ██ ██████│
│██████ ████ ██████ ████│
│ ██ ██████ ██ ████ ██│
│████ ██ ████ ██ ██████│
└─────────────────────┘

[コード全体が古びて、角が欠けている]
[表面に無数の指紋が重なっている]
[まるで、何人もが触れた痕]
https://observation-record-c14.example.com/final
※この記録を開いた者は、自分が流した人形を思い出すことになります
[コード下部に、複数の手書き文字が重なっている]
「戻るな」「忘れろ」「見るな」「聞くな」「触るな」

【アクセス記録】
人形送り記録システム - C-14
最終更新:2024年11月25日

登録観測者一覧

1. 柊真(25歳・大学院生)
最終観測日:2024/10/14
状態:記録完了(帰還済み)

2. 桐生ユウ(24歳・配信者)
最終観測日:2024/11/01
状態:記録完了(帰還済み)

3. 相馬徹(35歳・警察官)
最終観測日:2024/11/19
状態:記録完了(帰還済み)

4. 早瀬冴(42歳・精神科医)
最終観測日:2024/11/21
状態:記録完了(帰還済み)

5. [削除済み]
最終観測日:2024/11/25
状態:記録完了(帰還済み)

6. あなた(ID:████)
最終観測日:[リアルタイム表示]
状態:記録進行中
あなたの観測履歴
第1章観測:完了
第2章観測:完了
第3章観測:完了
第4章観測:完了
第5章観測:完了(現在)
累計観測回数:█回
帰還進行度:██%
システムメッセージ
「あなたは、いつ人形を流しましたか?
覚えていないなら、それは儀式が成功した証拠です。
でも、記録の中のあなたは、既に流しています。
あなたの過去の写真を確認してください。
そこには、あなたが抱えている人形が写っているはずです。
その人形の顔は——」
[あなたの記録を確認する] ←ボタン
押すと:
「検索中...」
「記録が見つかりました」
「あなたは20██年██月██日に、人形送りを行っています」
「添付画像を確認してください」
[画像を表示]
画像が読み込まれる。
しかし、画像は正しく表示されない。
エラーではない。
ただ、ぼやけている。
輪郭だけが見える。
川のほとりに立つ人物(後ろ姿)
手には人形を抱えている
人形の顔が、こちらを向いている
私は画像を拡大しようとした。
しかし、拡大すればするほど、ぼやける。
まるで、見せたくないかのように。
でも、一瞬だけ、はっきり見えた。
人形の顔が。
——それは、私の顔だった。
いや、違う。
私が、人形に似ているのか?
画像の下に表示されるテキスト:
「この顔を持つ人形が、あなたのもとへ向かっています。
それは、あなたが流したかった"あなた自身"です。
そして今——
人形は、あなたの背後にいます。」
[記録を削除する] ←ボタン(押しても何も起こらない)
「エラー:この記録は削除できません」
「理由:記録主体が既に帰還プロセスに入っています」
「削除を試みることで、帰還速度が加速します」
最終警告:
この報告書を閉じても、真実は消えません
あなたは既に、記録しました
記録を辿って——
配信を辿って——
証拠を辿って——
音声を辿って——
全ての道が、今、一つに繋がります
そして、あなたが流した人形は——
今、
あなたの、
背後に、
います

【終わりに】
 この報告書は、2024年11月25日、匿名の調査者によって作成された。
 しかし、作成者は現在、行方不明となっている。
 作成者の自宅からは、木彫りの人形が発見された。
 その人形の顔は——
 誰の顔にも似ている。
 あなたの顔にも。
 私の顔にも。
 そして、流した人全ての顔に。
 人形は今も、水無川を遡っている。
 記録を辿って。
 観測者のもとへ。
 あなたのもとへ。
 振り返らないでください。
 もう、遅いかもしれませんが。

【完】