観測禁忌—人形送り逆行記録—

捜査報告書 #2024-1118
事件名称: 水無月市連続失踪事件
担当刑事: 相馬徹(水無月市警察署・刑事課)
報告日: 2024年11月18日
事件概要: 過去1ヶ月で4名が失踪。共通点として「人形送り」との関連性が疑われる
失踪者リスト
失踪者1:柊真(ひいらぎ・まこと)
年齢・性別: 25歳・男性
職業: 大学院生(民俗学専攻・修士2年)
失踪日時: 2024年10月14日、午前3時頃と推定
失踪場所: 水無月市「旅館やまと」客室
状況: 宿泊中に忽然と姿を消す。部屋に荷物は残されたまま
失踪者2:桐生ユウ(きりゅう・ゆう)
年齢・性別: 24歳・女性
職業: 動画配信者(チャンネル登録者数8万人)
失踪日時: 2024年11月1日、午前3時頃と推定
失踪場所: 自宅(東京都渋谷区)
状況: 10月28日に水無月市の神社で配信後、4日後に失踪。SNS最終投稿の3時間後、自宅から姿を消す
失踪者3:タケ(本名:武田健三)
年齢・性別: 82歳・男性
職業: 無職(元農業)
失踪日時: 2024年11月11日、午前3時頃と推定
失踪場所: 自宅(水無月市旧水無集落)
状況: 自宅から忽然と姿を消す。玄関の鍵は内側からかかったまま
失踪者4:水原美咲(みずはら・みさき)
年齢・性別: 38歳・女性
職業: 主婦
失踪日時: 2024年11月13日、午後8時頃と推定
失踪場所: 水無月市内スーパー「マルエツ」付近
状況: 買い物帰りに失踪。防犯カメラに最後の姿が記録されている
共通点の分析
 4人の失踪者には、以下の共通点が確認された。
全員が水無月市に関係がある
柊真: 調査のため滞在中
桐生ユウ: 配信のため訪問(失踪の4日前、10月28日)
タケ: 水無月市在住
水原美咲: 水無月市出身
全員が「人形送り」に関わっていた
柊真: フィールドノートに人形の記録
桐生ユウ: 配信で人形を撮影
タケ: 人形送りの風習について証言
水原美咲: 幼少期に人形送りを経験(家族証言)
失踪直前に「人形」について言及
柊真: ノートに「人形が、私に似てきている」
桐生ユウ: SNSに「私の顔が木彫りになっている」
タケ: 近隣住民に「人形が戻ってきた」と話す
水原美咲: 夫に「人形が家にある」と相談
失踪時刻が午前3時台に集中
柊真: 午前3時頃
桐生ユウ: 午前3時頃
タケ: 午前3時頃
水原美咲: 午後8時頃(例外)
上司との協議(内部メモ)

 2024年11月15日、署長室にて報告。
相馬: 「4件の失踪事件、共通点があります。全員が『人形送り』に関わっていました」
署長: 「相馬、民俗学的な迷信に惑わされるな。過疎地域だ、家出や事故の可能性が高い」
相馬: 「でも、4人とも行方不明直前に『人形』について言及しています。これは偶然でしょうか」
署長: 「偶然だろう。人形送りは地域の風習だ。話題に上がるのは自然だ」
相馬: 「しかし——」
署長: 「相馬、お前の几帳面さは認める。だが、オカルトに時間を割くな。もっと現実的な捜査線を追え」
 署長は取り合わなかった。だが、私はこの共通点を無視できない。何かがある。必ず、何かがある。
 私は、独自に捜査を進めることにした。

防犯カメラ映像解析
失踪者1:柊真
 旅館「やまと」の廊下防犯カメラ映像を解析。
日時: 2024年10月14日 午前2時47分
映像内容: 柊真が客室から出て、廊下を歩く姿
 映像を最初に見た時、私は何も異変に気づかなかった。ただ、柊が廊下を歩いているだけに見えた。
 しかし、旅館の主人が言った。
主人: 「刑事さん、あの時間、柊さんは部屋から出てませんよ。私、夜通し帳場にいましたから」
 私は映像を見返した。
 そして、気づいた。
 柊の手に、何かが握られている。
 木彫りの人形だ。
 高さ30センチ程度。柊はそれを抱えるようにして、廊下を歩いている。
 私は映像を一時停止して、拡大した。
 人形の顔が見える。風化して、表情は判別できない。でも、確かに人形だ。
 柊の表情は無表情で、目を見開いたまま。瞬きもせず、まっすぐ前を見つめている。まるで夢遊病者のように、ふらふらと歩いている。足取りは不安定で、壁に手をつきながら進んでいる。
 私は旅館の主人に確認した。
相馬: 「柊さん、人形を持っていましたか?」
主人: 「人形……ああ、あれですか。確かにあった気がするんですが、いつからあったのか、どこから来たのか、思い出せなくて」
相馬: 「でも、映像には映っています」
主人: 「そうなんです。映像を見ると確かに映っている。でも、記憶がはっきりしないんです。チェックインの時はなかった気もするし、あった気もするし」
 主人は映像を見て、首を傾げた。何度も映像を見返す。早送り、巻き戻し、一時停止。
主人: 「女房も同じで、部屋の掃除の時に見た気はするが、いつどこに消えたのか、全然思い出せないと言っています」
相馬: 「女将さんに直接聞けますか?」
主人: 「聞いてみましたが、やっぱり記憶が曖昧で。確かに見たはずなのに、思い出せないって」
 映像には確かに映っている。しかし、旅館の主人も女将も、柊が人形を持っていたことを覚えていない。
 私は、何度も映像を見返した。
 人形は、柊の胸元に抱かれている。柊の手は、人形をしっかりと握っている。
 まるで、手放したくないかのように。
 人形の顔を拡大する。木彫りの、のっぺらぼうに近い顔。目鼻の跡だけが残っている。
 でも——
 よく見ると、人形の顔の輪郭が、柊に似ている気がする。
 いや、気のせいか。
 私は映像を最後まで見た。柊は廊下を歩き、階段を降り、玄関に向かう。
 そして、映像から消える。
 それきり、柊は戻ってこなかった。

失踪者2:桐生ユウ
 自宅前の防犯カメラ映像を解析。ユウの父親が設置していたもの。
日時: 2024年11月1日 午前2時58分
映像内容: 桐生ユウが自宅玄関から出る姿
 ユウは、リュックを背負っている。黒いリュック。肩にかけて、玄関から出ていく。
 映像を一時停止する。
 リュックの上部から、何かが突き出ている。
 人形の頭部だ。
 木彫りの、無表情な人形の顔。ユウのリュックから、まるで赤ん坊のように顔を出している。
 私は映像を拡大した。
 人形の顔がはっきりと見える。目を見開いたまま、口は半開き。表情は硬直している。
 そして——
 ユウの顔も、人形と同じ表情をしている。
 目を見開いたまま、口は半開き。表情は硬直している。瞬きもせず、まっすぐ前を見つめている。
 まるで、人形と同じ顔。
 私はユウの父親に確認した。
相馬: 「娘さん、人形を持っていましたか?」
父親: 「いえ、そんなもの……。あの子、人形なんて興味なかったはずです」
相馬: 「でも、映像には映っています」
父親: 「……本当ですね。でも、記憶にないんです。あの子が人形を持ってるところ、一度も見たことがない」
相馬: 「この人形、見覚えはありませんか?」
父親: 「……どこかで見た気がします。でも、思い出せない」
 父親は、額に手を当てて考え込んだ。しばらく黙り込んで、映像を何度も見返す。
父親: 「昔……あの子が小さい頃、こんな人形があった気がします。でも、いつ、どこで……思い出せないんです」
 私は映像を最後まで見た。ユウは玄関から出て、道路を歩いていく。夜の住宅街。街灯の光が、ユウの後ろ姿を照らしている。
 そして、映像から消える。
 それきり、ユウは戻ってこなかった。

失踪者3:タケ
 タケの自宅付近の防犯カメラ映像を解析。自宅から500メートル離れた、川沿いの農道に設置されたカメラ。
日時: 2024年11月11日 午前3時12分
映像内容: タケが川沿いを歩く姿
 タケは、人形を両手で抱えている。
 まるで赤ん坊を抱くように、大切そうに抱えている。川に向かって、ゆっくりと歩いている。
 私は映像を拡大した。
 人形の顔が見える。木彫りの、古い人形。タケに似ている。
 いや、タケが、人形に似ている。
 タケの顔は硬直していて、表情がない。まるで木彫りのように、無表情だ。
 タケは川沿いを歩き、やがて川岸に降りる。そして、水の中に入っていく。
 膝まで、腰まで、胸まで。
 タケは、ゆっくりと水の中に沈んでいく。
 人形を抱えたまま。
 そして、映像から消える。
 私は何度も映像を見返した。タケは、自分の意志で川に入っているように見える。誰かに押されたわけでも、引きずられたわけでもない。
 自分で、歩いて、川に入っていく。
 私はタケの自宅を訪問した。家の中を捜索したが、人形の実物は見つからなかった。
 ただ、タケの部屋には、大量の写真があった。
 古いアルバム。30年前、40年前の写真。家族写真、風景写真。
 その写真の多くに、人形が写り込んでいる。
 背景の隅に、棚の上に、誰かの手に。
 でも、タケの家族に聞いても、誰もその人形を覚えていない。
タケの娘: 「父が人形を持っていた記憶はありません。でも……確かに写真には写ってますね。不思議です」

失踪者4:水原美咲
 スーパー「マルエツ」前の防犯カメラ映像を解析。
日時: 2024年11月13日 午後8時23分
映像内容: 水原美咲がスーパーから出る姿
 美咲は、ショッピングバッグを両手に持っている。白いレジ袋。右手のバッグ、左手のバッグ。
 私は映像を拡大した。
 右手のバッグの中に、何かが入っている。
 木彫りの人形の顔が、バッグから覗いている。
 レジ袋の隙間から、人形の顔が見える。目を見開いた、無表情な顔。
 私はスーパーのレシートを確認した。夫から提供された、美咲のその日のレシート。
 購入品目:牛乳、卵、パン、野菜、肉、調味料。
 人形の購入記録はない。
美咲の夫: 「妻が人形を買ったなんて聞いてません。レシートにもありませんし」
相馬: 「でも、映像には映っています」
夫: 「……信じられません。なぜ、映像にだけ?」
 私も、同じ疑問を抱いた。
 なぜ、映像にだけ映っているのか?
 実物を見た人間は、誰もいない。
 家族も、周囲の人間も、誰も人形を見ていない。
 でも、映像には確かに映っている。
 私は映像を最後まで見た。美咲はスーパーから出て、駐車場を歩き、車に乗る。
 そして、車は走り去る。
 その後、美咲は自宅に帰らなかった。車は、翌日、川沿いの駐車場で発見された。
 車内には、美咲の荷物が残されていた。
 でも、美咲の姿はなかった。
 人形も、なかった。

内部メモ(2024年11月16日)
 なぜ全員、人形を持っているのか?
 しかも、家族は誰も知らない。
 映像には映っている。確かに映っている。
 でも、実物を見た人間がいない。
 まるで、映像だけに人形が映り込んでいるような……。
 いや、そんなことがあるはずない。
 映像は現実を記録するものだ。映像に映っているなら、それは現実に存在したはずだ。
 では、なぜ誰も覚えていないのか?
 私は、一つの可能性を考えた。
 もしかして、人形は存在していたが、誰も気づかなかったのではないか?
 いや、それもおかしい。柊は人形を抱えて廊下を歩いている。旅館の主人は帳場にいた。気づかないはずがない。
 では——
 記憶が、消されている?
 いや、そんなことがあるはずない。
 私は、さらに調査を進めることにした。

聞き込み調査
柊真の母親への聞き込み
 2024年11月17日、柊の実家を訪問。母親(52歳)に聞き取り。
 柊の実家は、東京都内の閑静な住宅街にある。一戸建て。庭には手入れされた花壇がある。
 母親は、憔悴した様子で私を迎えた。目の下にクマがあり、顔色が悪い。
相馬: 「息子さんが失踪する前、何か変わったことはありませんでしたか?」
母親: 「いえ、特には……。真面目な子でしたから、研究に没頭していたくらいで」
相馬: 「人形について、何か聞いていませんか?」
母親: 「人形? いえ、聞いてません。真が人形に興味を持つなんて……」
 私は、母親に古いアルバムを見せてもらった。柊の幼少期の写真。リビングのテーブルに、アルバムを広げる。
 ページをめくる。赤ん坊の頃、幼稚園の頃、小学生の頃。
 そして、私は一枚の写真で手を止めた。
 幼稚園の頃の柊が、人形を抱えている写真があった。
 庭で撮った写真。柊は、木彫りの人形を両手で抱えている。カメラに向かって、笑顔を向けている。
相馬: 「この人形、覚えていますか?」
母親: 「あ、これ……」
 母親は写真を見つめた。しばらく黙り込んで、額に手を当てる。
母親: 「いや、でも……記憶にないんです」
相馬: 「写真には映っています」
母親: 「確かに……でも、私、この人形を見た覚えがない。この写真、私が撮ったアルバムに入ってるのに」
相馬: 「息子さんが、この人形を持っていたことは?」
母親: 「……思い出せません。でも、写真があるってことは、持ってたんでしょうね」
 母親は、困惑した表情を浮かべた。何か思い出そうとしているが、記憶が出てこない。
母親: 「おかしいですね……。自分が撮った写真なのに、覚えてないなんて」
 私は、さらに別の写真を見せた。小学生の頃の柊。運動会の写真。
 写真の背景、観客席の隅に、人形が写っている。誰かの手に抱えられている。
相馬: 「この人形も、見覚えはありませんか?」
母親: 「これも……見た気がするけど、はっきりとは……」
 母親は、額に手を当てて考え込んだ。しばらく黙り込んで、写真を何度も見返す。
母親: 「刑事さん、これ、なんなんでしょうか。私、自分の記憶が信じられなくなってきました」

桐生ユウの父親への聞き込み
 2024年11月17日、桐生家を訪問。父親(48歳)に聞き取り。
 桐生家は、都内のマンション。ワンルームではなく、3LDKの広い部屋。リビングには、ユウの配信機材が残されている。
相馬: 「娘さんが、幼少期に人形を持っていたことは?」
父親: 「人形? 娘は人形遊びをする子じゃなかったですよ。どちらかというと、外で遊ぶのが好きで」
相馬: 「こちらの写真を見てください」
 私は、ユウの小学生時代の写真を見せた。家族から提供された、運動会の写真。校庭で撮った集合写真。
 写真の背後、観客席の隅に、人形が写っている。ベンチの上に置かれている。
父親: 「この人形……どこかで見た気がするけど……」
相馬: 「思い出せませんか?」
父親: 「思い出せない。でも、確かに見たことがある気がする。どこで……?」
 父親は、額に手を当てて考え込んだ。しばらく黙り込んで、写真を凝視する。
父親: 「すみません、思い出せません。でも……なんだろう、この違和感」
相馬: 「違和感、ですか?」
父親: 「ええ。この人形、確かに見たことがあるんです。でも、いつ、どこで見たのか、全く思い出せない。まるで……記憶が消されてるみたいに」
 父親の言葉が、私の心に引っかかった。
 記憶が消されている。
 それは、私も感じていることだった。

水原美咲の夫への聞き込み
 2024年11月17日、水原家を訪問。夫(40歳)に聞き取り。
 水原家は、水無月市内の一戸建て。古い日本家屋。庭には柿の木がある。
相馬: 「奥さんが、幼少期に人形を持っていたことは?」
夫: 「さあ……妻から聞いたことはありません。妻は人形に興味がない人でしたから」
相馬: 「こちらの写真を見てください」
 私は、美咲の結婚式の写真を見せた。15年前の写真。式場で撮った集合写真。
 写真の背景、装飾の隅に、人形らしきものが写っている。テーブルの上に置かれている。
夫: 「この人形……式場にありましたっけ?」
相馬: 「覚えていませんか?」
夫: 「記憶にないです。式場の装飾に、こんな人形があったかな……」
相馬: 「奥さんが持ち込んだ可能性は?」
夫: 「いや、妻がそんなことするとは思えません。それに、こんな人形、見たことない」
 夫は、写真を何度も見返した。拡大鏡を持ってきて、細部まで確認する。
夫: 「でも……なんだろう、この感じ。この人形、どこかで見た気がするんです」
相馬: 「思い出せませんか?」
夫: 「思い出せません。でも、妻が子供の頃、こんな人形を持っていた気がする。いや、違う……妻の実家に、こんな人形があった気がする。でも、はっきりしないんです」

過去の写真への侵食
 2024年11月17日、私はさらに深く調査を進めた。
 各失踪者の家族から、さらに古い写真を提供してもらった。10年前、20年前、30年前の写真。
 そして、私は恐ろしい発見をした。
 全ての古い写真に、人形が写り込んでいる。

柊真のケース
 柊の幼稚園の集合写真(20年前)。
 教室で撮った写真。20人ほどの園児が、先生を囲んで座っている。
 写真の背後、教室の隅の棚に、人形が置かれている。
 木彫りの人形。他の玩具に混ざって、棚の上に置かれている。
 私は、その幼稚園を訪問した。現在も運営されている幼稚園。
先生(60代・女性): 「そんな人形、園にはありませんでした。私、30年以上この園で働いてますが、そんな人形、見たことありません」
相馬: 「でも、写真には映っています」
先生: 「……不思議ですね。でも、本当に記憶にないんです」
 先生は、写真を何度も見返した。拡大して、細部まで確認する。
先生: 「確かに映ってますね。でも……これ、いつ撮った写真ですか?」
相馬: 「20年前です」
先生: 「20年前なら、私も園にいました。でも、この人形、全く覚えてません」

桐生ユウのケース
 ユウの小学校の写真(15年前)。
 教室で撮った写真。授業中の様子。黒板の前に先生が立ち、生徒たちが座っている。
 写真の隅、教室の後ろの棚に、人形が写っている。
 本棚の上に置かれている。他の教材に混ざって。
 私は、その小学校を訪問した。現在も運営されている小学校。
担任の先生(50代・女性): 「教室にそんな人形を置いた覚えはありません。生徒が持ち込んだとも思えませんし」
相馬: 「でも、写真には映っています」
先生: 「……本当ですね。でも、私、こんな人形、見た覚えがないんです」
 先生は困惑した表情を浮かべた。何か思い出そうとしているが、記憶が出てこない。
先生: 「生徒が持ち込んだなら、注意したはずなんです。でも、そんな記憶がない……」

水原美咲のケース
 美咲の結婚式の写真(15年前)。
 式場で撮った写真。新郎新婦が、ケーキ入刀をしている場面。
 写真の背景、装飾のテーブルの上に、人形が写っている。
 他の装飾に混ざって、テーブルの隅に置かれている。
 私は、その式場に問い合わせた。
式場スタッフ: 「当日の装飾リストを確認しましたが、人形は含まれていません。お客様が持ち込んだ可能性もありますが……記録にはありませんね」
相馬: 「持ち込みの記録は残っていますか?」
スタッフ: 「持ち込み品のリストもありますが、人形の記載はありません」
相馬: 「では、なぜ写真に映っているのでしょうか?」
スタッフ: 「……分かりません。不思議ですね」

内部メモ(2024年11月17日 深夜)
 記憶と記録が食い違っている。
 全員が、「人形を持っていた記憶がない」と言う。
 しかし、写真には確かに映っている。
 防犯カメラ映像にも映っている。
 アルバムの写真にも映っている。
 しかも、10年前、20年前、30年前の写真にまで映り込んでいる。
 記録は嘘をつかない。
 では、記憶が間違っているのか?
 それとも——
 私は、一つの恐ろしい仮説を立てた。
 人形が、後から写真に追加されている。
 しかし、それは物理的に不可能だ。
 デジタルデータなら改竄の可能性もある。しかし、これは物理的な写真だ。紙のアルバム。30年前、40年前の写真。
 どうやって改竄する?
 いや、改竄ではない。
 もしかして——
 人形は、過去に遡って存在を主張しているのではないか?
 記録を通じて、過去に干渉している。
 そして、記録を書き換えている。
 いや、そんなことがあるはずない。
 私は、頭を振った。
 冷静になれ。
 これは、科学的に説明できるはずだ。
 でも——
 私の手が、震えている。

相馬自身への侵食
 2024年11月18日、午前2時。
 私は署で捜査資料を整理していた。深夜残業。誰もいないオフィス。蛍光灯の光だけが、デスクを照らしている。
 資料を整理しながら、ふと机の引き出しを開けた。
 書類整理用の引き出し。普段はあまり開けない場所。
 その時、私は一枚の写真を見つけた。
 古い写真。色褪せている。角が折れている。
 写真を手に取る。
 ——幼少期の家族写真だった。
 私、父、母、妹。4人で海に行った時の写真。私が小学生の頃。夏の海。青い空。白い砂浜。
 しかし、写真の背後に、見覚えのないものが写っている。
 人形だ。
 木彫りの人形。砂浜に置かれている。私たちの後ろに。まるで、私たちを見守っているかのように。
 私は、この人形を覚えていない。
 こんな人形、海に持っていったか?
 いや、覚えていない。全く覚えていない。
 私はすぐに実家の母親に電話した。午前2時過ぎだが、緊急だ。母親は電話に出た。
母親: 「もしもし……徹? どうしたの、こんな夜中に」
相馬: 「母さん、ちょっと聞きたいことがあって」
母親: 「何?」
相馬: 「俺、子供の頃、人形を持ってた?」
母親: 「人形? ああ、あの人形ね」
 母親は、すぐに答えた。まるで、当たり前のことのように。
母親: 「あなた、すごく大事にしてたのよ。いつも抱えてたじゃない」
相馬: 「え……?」
 私は混乱した。そんな記憶は、一切ない。
相馬: 「俺、そんな記憶ないんだけど」
母親: 「覚えてないの? 小学生の頃、いつも抱えてたわよ。どこに行くにも持っていって。学校にも持っていこうとして、先生に注意されたこともあったわ」
相馬: 「本当に?」
母親: 「本当よ。あなた、その人形に名前までつけてたじゃない」
相馬: 「名前……?」
母親: 「そう。『トオル』って。自分の名前をつけてたのよ。可愛かったわ」
 私は、電話を握る手が震えた。
 そんな記憶は、一切ない。
 人形に自分の名前をつけた?
 全く、覚えていない。
相馬: 「その人形、どうなったの?」
母親: 「ああ、あれね。あなた、小学校高学年の頃、川に流したのよ」
相馬: 「川に……流した?」
母親: 「そう。水無川で。人形送りの儀式で」
 私は、息が止まりそうになった。
 水無川。
 人形送り。
 私が、今、捜査している事件と同じ。
母親: 「あなた、覚えてないの? 泣きながら流してたわよ。『これでいい』『これで忘れられる』って言いながら」
相馬: 「俺が……?」
母親: 「そうよ。もう忘れちゃったの? あなた、その時、妙なこと言ってたわ。『なりたくない自分を流す』って」
 電話を切った後、私はしばらく動けなかった。
 私が、人形を流した?
 人形送りの儀式を行った?
 そんな記憶は、一切ない。
 でも、母親は確かに覚えている。
 そして、写真にも映っている。
 記憶と記録が、食い違っている。
 私も、失踪者たちと同じだ。

防犯カメラ映像の確認
 2024年11月18日、午前3時。
 私は、自宅の防犯カメラ映像を確認することにした。
 私は最近、自宅に防犯カメラを設置した。この連続失踪事件の捜査を始めてから、何となく不安を感じて設置したのだ。玄関に一台。リビングに一台。
 映像を確認する。
 11月18日、午前2時から3時の映像。
 私は、自宅にいるはずだ。署で仕事をしていて、午前1時に帰宅した。
 でも——
 映像には、私が玄関から出ていく姿が映っていた。
映像の時刻: 午前2時33分
 私は、玄関から出ていく。
 手には、人形を持っている。
 木彫りの人形。私はそれを抱えるようにして、玄関を出ていく。
 表情は無表情。目を見開いたまま。瞬きもせず、まっすぐ前を見つめている。
 まるで、夢遊病者のように。
 私は、この記憶が全くない。
 午前2時33分、私は何をしていた?
 寝ていたはずだ。午前1時に帰宅して、すぐにベッドに入った。
 でも、映像には、自宅から出ていく私が映っている。
 これは、俺か?
 服装は、私のものだ。体型も、私のものだ。
 でも、記憶にない。全く記憶にない。
 映像をさらに見る。
 時刻表示が、午前2時33分を指している。
 私は玄関から出ていく。
 次の瞬間——
 時刻表示が、午前2時33分に戻る。
 映像がループしている。
 同じ映像が、何度も繰り返される。
 私が玄関から出ていく。午前2時33分。
 また戻る。午前2時33分。
 また出ていく。午前2時33分。
 ループ。
 10回以上、同じ映像が繰り返される。
 私は、映像を止めた。
 これは、何だ?
 カメラの故障か?
 いや、違う。
 映像は、確かに記録されている。
 私が、玄関から出ていく姿が。
 人形を抱えて。

内部メモ(2024年11月18日 午前3時45分)
 私も、"流した側"なのか?
 いつ?
 なぜ覚えていない?
 母親の証言:「あなた、川で流したのよ」
 防犯カメラの映像:私が人形を抱えて出ていく姿
 でも、記憶にない。
 全く、記憶にない。
 他の失踪者と同じだ。
 柊、ユウ、タケ、美咲。
 全員が、「人形を持っていた記憶がない」と家族に言われている。
 でも、記録には残っている。
 私も、同じなのか?
 私も、いつか失踪するのか?
 いや、冷静になれ。
 これは、何かの間違いだ。
 映像の不具合か、記憶の錯誤か。
 でも——
 私の手が、震えている。
 恐怖が、じわじわと這い上がってくる。

音声記録(ICレコーダー)
 2024年11月19日、午前3時08分。
 私は、ICレコーダーに音声を記録することにした。もし、私に何かあった時のために。証拠を残すために。
 私は、寝室にいた。ベッドに座って、ICレコーダーを手に持っている。

録音開始
「本日、午前3時過ぎ。自宅で異変」
「人形が、枕元にある」
 私は、枕元を見た。
 そこには、人形が置かれていた。
 木彫りの人形。高さ30センチ程度。顔は、妙にはっきりしている。
 私に、似ている。
 目鼻口の配置が、私に似ている。
「誰が置いたのか分からない」
 私は、一人暮らしだ。誰も、部屋に入ってこれない。
 玄関の鍵は、内側からかかっている。
 窓も、全て閉まっている。
 では、誰が?
「いや、分かっている。私が置いたんだ」
「でも覚えていない」
 私は、人形を手に取った。
 温かい。
 木のはずなのに、人肌のように温かい。
 まるで、生きているかのように。
「人形が、私の名前を呼んでいる」
「"トオル、戻れ"と」
 幻聴か?
 いや、確かに聞こえる。
 掠れた声。木がこすれるような声。
 「トオル」
 「戻れ」
 「お前の場所へ」
「私を、送り返そうとしている」
「もしかして、私は最初から——」
 その瞬間、音声にノイズが入った。
 カタカタ。
 木がこすれる音。
 カタカタ、カタカタ。
 部屋の中から聞こえてくる。
 人形が、動いている。
 いや、違う。
 私の手が、動いている。
 私の意志とは関係なく、手が動いている。
 人形を、抱きしめている。
「帰らなければ」
 私は、そう呟いた。
 なぜ、そう言ったのか分からない。
 でも、強い衝動があった。
 帰らなければ。
 どこへ?
 分からない。
 でも、帰らなければ。
 川へ。
 水無川へ。
 私を流した場所へ。
録音終了

捜査報告書 #2024-1104(最終報告)
報告日: 2024年11月20日
報告者: 水無月市警察署・刑事課長
 相馬徹刑事が、2024年11月19日午前3時以降、連絡が取れなくなった。
 同日午前10時、同僚が相馬刑事の自宅を訪問。玄関の鍵は内側からかかっており、呼び鈴にも応答なし。
 管理会社立ち会いのもと、室内に入ると、相馬刑事の姿はなかった。
 部屋には、相馬刑事の私物が残されたまま。携帯電話、財布、鍵、警察手帳。全て残されている。
 ただ一つ、テーブルの上に、人形が置かれていた。
 木彫りの人形。高さ30センチ程度。
 顔は、相馬刑事に酷似していた。
 目鼻口の配置、顔の輪郭。まるで、相馬刑事の顔を模して作られたかのように。
 ICレコーダーも発見された。最後の音声記録が残されていた。
 本件は、連続失踪事件の5件目として扱う。
 引き続き、捜査を継続する。
 ただし、担当刑事の交代が必要である。

【証拠映像】
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[コード表面に、指紋らしき痕]
[左上の角が折れて、一部判読不能]
https://observation-record-c14.example.com/evidence
※この証拠映像を見た者は、人形の帰還を幇助したことになります
[コード下部に、慌てて書かれた手書きメモ]
「見るな」

【アクセス記録】
初回アクセス時表示内容:
証拠映像アーカイブ - C-14
捜査対象:水無月市連続失踪事件
記録日時:2024年11月18日
アクセス回数:[カウント開始]

[静止画:人形を抱える人物の後ろ姿]

※この映像を閲覧したことで、あなたは観測者として登録されました
観測者ID:[自動生成番号]
2回目アクセス時表示内容:
証拠映像アーカイブ - C-14
捜査対象:水無月市連続失踪事件
記録日時:2024年11月18日
アクセス回数:[増加]

[静止画:人物の体型が少し変化している]

※観測回数:2回
※同期進行度:20%
3回目アクセス時表示内容:
証拠映像アーカイブ - C-14
捜査対象:水無月市連続失踪事件
記録日時:2024年11月18日
アクセス回数:[増加]

[静止画:人物の服装が変化している]

※観測回数:3回
※同期進行度:45%

警告:
この映像を繰り返し閲覧することで、
観測者の記録が証拠映像と同期し始めます
5回目アクセス時表示内容:
証拠映像アーカイブ - C-14
最終確認日時:[リアルタイム表示]

[静止画:人物の体型・服装があなたに似ている]

※観測回数:5回
※同期進行度:75%

警告:
この人物の体型・服装が、あなたに似てきています

記録は、観測者を取り込もうとしています
10回目以降アクセス時表示内容:
[後ろ姿の人物が、あなたそのものになっている]

システムメッセージ:
観測完了
同期進行度:100%

この映像の人物は、あなたです

画面に表示されるテキスト:
「これはあなたです」

[記録を削除する] ←ボタン(クリックしても無効)

エラー:この記録は削除できません
理由:記録主体が既に映像の一部になっています
削除を試みることで、同期速度が加速します

最終警告:
この映像を閉じても、記録は終了しません
あなたは既に、証拠の一部です

証拠を辿って、人形は同期します