補欠の花嫁は許嫁の愛に気づかない

 しかし、山城の言っていたことは、間違いじゃなかったようだ。

 栄養剤を飲んだ次の日、千歳は何年かぶりの体調不良で布団から出られなかった。
 ひどい倦怠感で体が鉛のように重たく感じる。
 それから頭痛もひどかった。動くたびに頭が割れそうだ。

「やはり体調を崩したようだね。昨日の顔色の悪さは、病気の前兆だったんだろう」

 家の者がすぐに山城を呼んでくれたが、診察の結果は思わしくないものだった。
 原因不明の病であるため、治療法がないと言われてしまったのだ。

「ああ、紗江子が元気になったと思えば、今度は千歳が……この家は呪われているのかっ」
 父が嘆き山城になんとかしてくれと懇願している。

「伝手を辿って良い薬がないか探してみましょう」
「千歳、大丈夫よ。山城先生は優秀なお医者様だから。わたくしの時のように、きっと良い薬を見つけ出してくれるわ」
 紗江子がぎゅっと手を握りしめながら、そう励ましてくれた。

「治療薬が見つかるまでは、気休めにしかならないと思うが……」

 山城は、頭痛と倦怠感を軽くする薬を処方し、その日は帰って行った。





 山城に原因不明の病だと診断を受けてからも数日は、ただ風邪をこじらせているだけなんじゃないかと千歳は内心思っていた。

 だって自分は健康だけが取り柄なのだ。きっと寝ていればそのうちに良くなると。
 だが、次の日も、その次の日も容態はよくならない。布団から起き上がることもままならない日々が続き、徐々に心細くなってくる。

 母は原因不明の病と聞いてうつされてはたまったものじゃないと、部屋に寄り付きもしない。使用人たちも感染したらと怖がって、必要最低限食事だけを届け逃げるように去ってゆく。

 父と姉だけは千歳を励ましに来てくれた。
 蒼真は、もしも感染する病だった場合大事になるので、面会を拒否していると父から聞いている。妥当な判断だと思う。

 もし蒼真が自分と同じ病に罹ってしまったら……こんな苦しい思いをさせたくなかったから。


◇◇◇◇◇


(もう、布団から出られなくなって何日が過ぎただろう)

 曜日感覚もあいまいになってきた。蒼真の顔もずっと長いこと見ていない。
 一緒にカフェ巡りをしたり、帝都の街で笑い合っていたあの日々が遠い昔の出来事のようだ。

「千歳、起きてる? 少し良いかしら」

(姉、さん……)

 返事をしたかったが、薬を飲んだ眠気からか返事もままならなかった。
 なんとか薄っすらと目を開けると、枕元に姉が座っていた。

「そのままでいいから、わたくしからの話を聞いてくれる?」

 千歳が小さく頷くと、姉は静かに話し始める。

 山城が千歳のために病の原因と治療薬を捜してくれていること。きっと良くなるから、大丈夫だと、紗江子は親身に励ましてくれた。
 自分も似た境遇になったことがあるからこそ、千歳の気持ちがわかるのだと。

 誰も寄り付かなくなった部屋に、嫌がらずに今も通ってくれる父と姉には感謝しかない。

「あり、がとう、姉さん……」
「千歳……それでね、結婚のことなのだけど」
「…………」
「やっぱり、いつよくなるかも分からないあなたを、このまま蒼真さまの許嫁にしておくわけにはいかないって。正式にあちらの当主様からも言われてしまってね。それでね……蒼真さまとは、わたくしが結婚することになったわ」

 そうなるだろうなと、思っていた。
 こんな自由の効かない体で、龍泉家の花嫁になれるわけないから。

「あなたはなにも心配しないで、療養に専念してね。蒼真さまのこと、あとはわたくしに任せて」

 それだけ言うと、姉はこれから蒼真と約束があるからと部屋を出て行ってしまった。
 軽い足取りで歩いて行った紗江子の後ろ姿を見て、羨ましいと千歳は思った。

 自由に動けること、好きなものをお腹いっぱい食べられること、痛みのないこと、それがどれだけ幸せなことだったのか思い知って。

「っ……」

 酷い頭痛のせいか、心細さのせいか、それとも寂しさからなのか、気が付けば千歳の頬を涙が伝っていた。

「さようなら、蒼真さま」

 笑い合えたあの日々が恋しいかった。