補欠の花嫁は許嫁の愛に気づかない

 蒼真が選んでくれた外国劇は恋愛ものの喜劇で、千歳も十分に楽しむことができた。

 観覧を終えた二人は、次の目的地へ向かうため再び並んで歩き出す。
 これだけで十分、もう帰りたい気持ちで内心一杯だったのだが。

「この後は、カフェでお茶でもどうでしょう。美味しいパフェが食べられる店があって」
「パフェ? なんですか、それ」

 もしかしたら今若者の間で流行っているものなのかもしれないが、いかんせん千歳はそういったことに疎い。

 巫女の家系ということで、俗っぽいものから切り離された生活をと育てられたせいもあるが……とはいえ、紗江子はちゃんと流行を収集しているようなので、これは千歳の性格のせいもあるだろう。

「甘味ですよ。千歳さんは甘い物が好きでしょう?」

(甘味!)

 思わずまた瞳を輝かせかけた千歳は、しかしすぐにハッとしお淑やかに「楽しみです」とだけ答えた。

 甘い物は大好きだ。けれど、一般庶民には高値で特別な日にしか食べられないもの。

 正直、現在の白波家は巫女の一族である四家の中でも一番落ちぶれており、一般家庭より慎ましい生活を余儀なくされているといっても過言ではないから……。

 絶対に食べたい。しかし、実は先程から靴擦れが悪化しており歩くのが辛い。

 それでも千歳は食い意地で、なんとか足を引きずらないよう歩いていたのだが。

「顔色が少し良くないようだけど、大丈夫ですか?」
「えっ!? 大丈夫です!」

 健康だけが取り柄ですからと笑ってみせたが、蒼真は千歳の歩き方を見てすぐに察したようだった。

「もしかして、靴擦れかな」
「っ……ごめんなさい、少しだけ痛くて」

 これ以上、なんでもないとは誤魔化せそうにない。

「でも、本当に大丈夫です。歩けないほどじゃなくて……」
「もっと早く気付いてあげられたら良かった、すみません」
「そんなっ! 蒼真さまが謝ることなんてなにもっ」
「少しでも痛むなら無理をしちゃダメです。今日はもう、帰りましょう」
「えぇ!? でも、それじゃあパフェが……あっ」

 思わず本音が出てしまい千歳は慌てて口を押さえた……が、後の祭りだ。

 甘い物に目が眩み、足が痛くても帰りたくないなんてごねるのは淑女の取る態度ではない。
 蒼真も呆れかえっているだろうと、居たたまれなくてしばらく俯いたまま顔をあげられなかった千歳だったが。

「そんなに楽しみしてくれてたなら、嬉しいです。大丈夫、パフェは逃げない。また今度二人で行きましょう」
「で、でも……」
「……どうしてもと言うなら、オレが店まで君を抱きかかえて連れて行ってあげましょうか」
「えぇ!? そ、それはちょっと……」

 そんなの想像するだけで恥ずかしい。

「ではやはり近いうちに行きましょう、約束」

 そう言って蒼真は、子どもみたいに指切りしようと小指を差し出してきた。

「……約束、ですよ」

 千歳もそれに倣って小指を差し出す。

「必ず守るよ。君との約束は、絶対に」

 そう言って笑った蒼真の顔がなんだかいつもよりあどけなく見えて、千歳も釣られて同じように笑っていた。いつもの素のような表情で。


◇◇◇◇◇


 その後、千歳は無事に家に戻り手当も終え自室でくつろいでいた。

 今日は少しだけ蒼真と自然体で接することができた気がした。

 正直、いつもの姉を模倣したような振る舞いは疲れるので、本音を言えば素を出したいところだけど……。

『あんたは本当に紗江子と違って取り柄がない。父親に似て器量も悪けりゃ手先も不器用、せめてもっと姉さんを見習って淑やかになりなさい」

 幼い頃から母にそう言われ育ってきたせいか、姉の模倣をしていないと不安になるのだ。
 こいつはダメなやつだと、見放されてしまうのではないかと。

「千歳、ちょっといい?」
「姉さん?」

 自室でぼんやりしていたところ、紗江子が急にやってきた。

「わたくしと先生から大事なお話があるの。父さんたちも呼んであるから、広間に来てくれないかしら」
「広間に? 分かった」

 こんな風に畏まって家族を集めて話しなんてあまりないことだ。
 千歳はまだ少し痛む足に負担をかけぬよう、ゆっくりとした足取りで広間に向かった。


◇◇◇◇◇


 そこで発表されたのは、とても良い知らせだった。

「姉さんの病気が完治!」
「まあまあ、先生それは本当なの!」

 母が興奮気味に前のめりで紗江子の主治医、山城に詰め寄る。

「はい。私のみつけた薬が本当に紗江子さんの身体に合っていたようで。診断結果も良好で、完治したと言って良い」

「おめでとう、姉さん!」

 家族が口々に喜びと感謝の声を上げる中、山城が続けた。

「これなら元気な子も産める身体に戻ったと、医師として太鼓判を押しましょう」

 山城からの言葉に、紗江子はにっこりと微笑みを浮かべた。

「あらあら、じゃあ紗江子、あなたが龍泉家に嫁いだってなんの問題もなくなったってことじゃない」
「ええ。そうなのよ」

 母と姉がきゃっきゃと愛らしくはしゃいでいる。

「だ、だが、龍泉家に嫁ぐのは千歳だと、あちら様にはもう話しをつけているじゃないか」

 父だけは戸惑うようにそう言って二人に釘を刺そうとしたようだったが。

「あんた、正気? このことを報告したら、千歳より紗江子の方が良いって龍泉家の人たちだって言うに決まってるじゃないか」

 母にキッと睨み付けられた瞬間「そ、そうだろうか」と呟いて、あとはもごもごと父は口ごもってしまった。

「千歳、あんたもそれで良いでしょう? あんたは所詮、紗江子の代理みたいなものだったんだから」

 補欠の花嫁だったことは事実。剛太郎なんて隠さず紗江子がよかったと口に出していたぐらいだ。自分が出しゃばることはできない。

「姉さんが、それでいいなら……」

 ちらっと紗江子の様子を伺ってみると、紗江子は微笑みを浮かべていた。

「もちろん良いに決まっているわ。ずっと、千歳に申し訳ない気持ちで一杯だったの。あなたにも自由があるはずなのに、わたくしがか弱いせいで代わりに嫁がせることになってしまって……今までごめんなさいね、千歳。わたくしが蒼真さまの花嫁になるから。あなたはもう自由よ」

 きゅっと手を握られてそう言われた。

 ならば、もう本当に自分はお役御免なのだなと千歳は察した。そして。

(あーあ、やっぱりパフェだけは、今日のうちに食べておけばよかった)

 そんな後悔が頭の中を過ったのだった。