蒼真が千歳の許嫁となり数週間が過ぎていた。
突如龍泉家の跡取りとなり多忙な日々を送っているはずなのに、彼は時間を作っては千歳に会いに来てくれる。
「四日も開いてしまってすみません」
少し仕事で帝都を離れていたのだと、四日ぶりに千歳の家に来てくれた蒼真は教えてくれた。そして土産だと、千歳の好物である甘味を持ってやってきたのだ。
「いえ、お気になさらず。ご多忙の時は、無理に会いに来ていただかなくても大丈夫ですよ」
「……千歳さんは、あまりオレに会いたくはないですか?」
「え?」
「オレは君に会えると元気をもらえるんです。無理なんてしていませんよ」
「ありがとうございます。もったいないお言葉です」
前婚約者はこんな風に会いに来てはくれなかったし、どうせ結婚することは決められているのだからと、互いを知る努力もしてこなかった。もちろん千歳自身も。
だから婚約者への対応がこうも違うことに、まだ慣れないでいるというのが本音だ。
(だって、まるで恋仲の相手みたいに大切に扱ってくれるんだもの……反応に困る)
けれど、絶対にあり得ないそんな勘違いをしてはいけないと、千歳は自分に言い聞かせる。
女の子の理想の王子様像を寄せ集めたように完璧な蒼真と、秀でたところは特になく強いて言えば健康だけが取り柄の自分。
どうみても釣り合いの取れてない自分たちが結婚に至るのは、一族の風習のため。それだけなのだ。
千歳の生まれ育った日ノ本が大きな災害もなく豊かでいられるのは、龍神の加護があるおかげであるとされている。
そしてその龍神の化身を先祖に持つと伝承の残る特別な一族、それが龍泉家。華族の中でも身分は公爵だ。
爵位を持たない千歳の家が、そんな龍泉家に嫁げる理由は巫女の一族であることが関係していた。
その昔、龍神に仕えていたとされる巫女の家系が日ノ本には現在四家残っている。
そして数十年に一度、神託により選ばれた家の娘が龍神の化身とされる龍泉家に嫁ぎ、子をなすことで日ノ本に続く龍神の加護は持続されると言い伝えられているのだ。
今までその掟が破られたことは一度たりともない。
日ノ本のため、そして選ばれた家の名誉のために、この結婚は絶対のこと。
愛だの恋だのは関係なく、千歳の精神的な重圧は大きい。龍泉家の次期当主と結婚して、子を生すまでは気が休まらないだろう。
「ここ数日変わりはなかったですか? なにか困りごとがあれば教えてください」
「大丈夫ですよ。何事も無く……」
そう言い掛けて、一つだけ変わりがあったことを思い出す。しかし、困りごとではなく、むしろ良い出来事と言ってもいい内容。
蒼真にそれを報告しようか迷っていたところ。
「蒼真さま! いらっしゃっていたのですね」
長い黒髪が美しい淑やかな娘が、柔らかな笑みを浮かべこちらへやってくる。
「姉さま」
「あら、千歳。あなたもいたのね」
その女性は千歳の姉、紗江子だった。
清楚で儚げという言葉が似合う、そんな女性だ。
「紗江子さん、今日は起きても大丈夫なんですか?」
蒼真が少し驚いた顔をしている。
紗江子は千歳とは違い病弱で、特にここ二年近くは臥せっていることが多かったからだ。
主治医からは、子を産むことに耐えられる身体じゃないと言われ、それを理由に龍泉家の花嫁からは除外されていた。
それが千歳がなんの取り柄も無い次女でありながら、花嫁に選ばれた理由だった。
姉の方が巫女としての才能に恵まれ、舞も祝詞も得意であり、誰からも愛される特別な女性なのに。
「実は、最近体調が良い日が多くて。主治医の先生が見つけてくださったお薬が、わたくしの身体にあっていたみたい」
そうなのだ。これがここ数日で起きていた、良い出来事。
特別な薬によって紗江子はみるみる元気になっているように見える。
昨日は久しぶりに屋敷の外へ散歩にも出掛けられ、母が涙を浮かべ喜んでいた。
「それはよかったですね」
「はい。蒼真さまも喜んでくださりますか?」
「もちろんです。紗江子さんは、大切な千歳さんのお姉さんですから」
蒼真の言葉に紗江子は「ありがとうございます」と微笑む。
紗江子は妹の千歳からみても、清楚で美しい女性だ。だからこうして美丈夫の蒼真と並んでいると、とても似合いの二人に見える。
自分なんかより、ずっと。
「蒼真さん、お仕事で遠方へ行っていたんですよね」
「そうなんですよ。恥ずかしい話し、兄が居なくなり人手不足で……」
「わたくし、帝都の外に詳しくなくて。是非、地方のお話を聞かせて欲しいですわ」
瞳を輝かせお願いする紗江子に、蒼真は微笑みかける。
なんとなく、このままここに自分がいては邪魔になる気がした。
なので足音を立てないよう、そっと踵を返してこの場から離れようと思ったのだけれど。
「いいですよ、そのうち」
「そのうち……それっていつですか? 今日じゃだめですの?」
「そのうち、時間があれば。今日は数日ぶりに会えた婚約者との、二人きりの時間を楽しみたいのですみません、お姉さん」
「っ……そうですね。わたくしったら、気が利かなくてごめんなさい」
羞恥心からか頬を僅かに赤らめ居心地の悪そうな顔をした紗江子は、そう言うとすぐにこの場からいなくなってしまった。
姉からの誘いを断るなんて。信じられないものを見た気持ちがした。
どんな男性でも姉が淑やかに微笑みかければ、みな飛び上がって食いついてゆくものなのに。
「そうだ、千歳さん。今度君の時間がある日に、二人で街に出掛けませんか?」
「え……」
これは逢い引きの誘いというやつだろうか。そんなもの初めてで、それも突然のことに千歳はしどろもどろになってしまったが。
「嫌でしょうか、それとも忙しい?」
「い、いえっ、それでは蒼真さまのお時間があるときにでも」
「いつにしようか。君のためならいつでも時間を作ります」
そう言って、彼はまた宝物を見るような目を千歳に向け微笑むのだった。

