補欠の花嫁は許嫁の愛に気づかない

「蒼真さま?」

 まるで危険人物から千歳を守るように庇う蒼真に、紗江子は戸惑いをみせ顔を強張らせる。

「姉ばかりを贔屓する母に、妹の命を狙う姉。それに口出すこともできない父。失礼ながら申し上げますが、こんな環境にこれ以上オレの花嫁である千歳を置いておけない。今日から彼女は、花嫁修業も兼ねて龍泉家で引き取ります」

(えっ!?)

 そんな話聞いてないと、蒼真の腕の中で千歳は目を丸くした。

 蒼真の父は、この件は全て蒼真に一任するとだけ言い、腕を組み黙り込んでいる。千歳がいきなり家に来ることに反対する気もないらしい。

「それから……紗江子さん。あなたも山城の共犯だったのではないですか?」
「え……」

 紗江子はその言葉に青ざめた。母は「なにを言うの!」と声を荒げている。
 けれど千歳はもう驚きはしなかった。

 山城の言動はどうみても、紗江子が龍泉家の花嫁になるには邪魔な存在である千歳を、彼女のためにどうにかしてやろうという動機が見え隠れしていたから。

「いくら龍泉家の跡取りだからって、無礼すぎるわ! 紗江子が、心の美しい私の紗江子がそんなことをするはずがないじゃない!」

「なにを根拠におっしゃているのですか! わたくしが、可愛い妹の命を狙うなんて!」

 山城のように蒼真の側近に連行されそうになった紗江子は、慌てて言い繕う。娘を犯罪者にされてたまるかと、母も一緒に。

「本来なら、この子が龍泉家の花嫁になるべき子なのよ! それをこんなあつかい!」

「そうよ! 神託で龍神様が選んだのは、わたくしのほうに決まっているのに! 連行されるようなこと、なにもしていないわ! 言いがかりをつけるなら、ちゃんと証拠をだしてちょうだい!」

 ついに本性を現したように、紗江子はこんな妹のどこがいいのと、蔑むような視線をこちらに向けてきた。
 いつも紗江子は、こんなふうに千歳を心の中では見下していたのかもしれない。

「……ああ、証拠と言えば」

 傷ついた表情を隠すように俯いた千歳を、蒼真は守る様にさらに自分の腕の中に引き寄せ、口元に薄い笑みを浮かべながら紗江子を見やった。

「紗江子さん、あなたが龍泉家の花嫁に相応しくない証拠ならごまんと」
「は?」

「病であると偽って夜遊びしていた時の証拠も。金を散々貢がせて男を破滅させた証言も」
「な、なっ」
「さ、紗江子、それは本当なのかい?」

 蒼真の言葉に思い当たることが多すぎるのか、紗江子は口をぱくぱくとさせ、けれどなにも言い返せないでいる。
 そんな娘に父は青ざめ困惑するばかりだ。

「それから、あなたも」

 蒼真の止まらぬ追撃を向けられ、千歳と紗江子の母は顔を顰めた。

「あ、あたしにやましいことなんてなにもっ」

「あなた、結婚前に黒崎家の男と恋仲でしたね」
「はっ」

 母はその言葉を聞いた途端に言葉を詰まらせた。

(黒崎家って、白波家と同じ巫女の一族四家の一つじゃない……そんなっ)

「巫女の一族同士で結ばれることは禁忌とされています。しかしあなたは、この家に嫁ぐ直前まで黒崎家の男と関係を持っていた。もしかして、紗江子さんは……」

「やめてください!! この子にはなんの罪もないわ!」

 母が叫ぶように悲痛な声をあげた。
 すると蒼真は、それ以上はなにも口にしないでくれた。

「そんな、母さま……」

 けれどそんな母の反応で、ここにいる全員は口に出さずとも悟ってしまっただろう。

 紗江子は、禁忌を侵してしまった黒崎家の男との間に出来た子供だったのではないかと。

「そんな、わたくしは、そんな……」

 自分が禁忌の子だったかもしれない。その衝撃で抵抗する気力もなくなったのか、紗江子は結局項垂れたまま連行されてゆく。

「白波家のご当主様、あとはそちらの問題です。身内で解決してください」

「はい……沢山の恥を晒してしまい、申し訳ございませんでした。どうか、どうか、千歳をよろしくお願いいたします」

(父さま……)

 風当たりの冷たい家の中で、父だけはいつも優しかった。
 気弱で母の尻に敷かれていて、当主としては頼りなかったのかもしれないけれど、確かに自分を愛してくれていた人だった。

「必ず、幸せにすると誓います」

 蒼真もそんな千歳の気持ちを理解しているようで、部屋を出る前、千歳の父に誓うようにそう言い頭を下げてくれた。

 こうして、千歳にとって怒涛の一日は幕を閉じたのだった。