補欠の花嫁は許嫁の愛に気づかない

「千歳はもう子を産むどころか、一年後に生きているかも怪しい容態なんですのよ」

 白波家の応接室。

 応接室には、両親と紗江子それから龍泉家の現当主と蒼真が着席していた。

 そして会合が始まって早々、母が訴え始める。
 母はいつだって自分の味方だ。気弱で頼りない父なんかより、よほど頼もしいと紗江子は思っている。

「蒼真さま、わたくしあなたに相応しい妻になれるよう、花嫁修業もがんばります。だから、わたくしをあなたの花嫁にしてはくださりませんか?」

 潤む瞳で彼を見つめたが。

「……すみません」

 彼はただ一言、そう言って紗江子を拒んだ。
 どんな男だって自分が見つめ誘うように微笑めば言うことを聞いてくれるのに。

(なぜなの? でも、このじれったい関係も今日でおしまいよ)

 紗江子がそう心で思ったのと同時に、見計らったように部屋のドアがノックされた。

「失礼いたします。千歳さんをお連れいたしました」

(来た来た、うふふ)

 紗江子は感情が顔にでないよう堪えながらも、この後の展開を思い浮かべこっそりとほくそ笑まずにはいられなかった。


◇◇◇◇◇


「千歳さん、久しぶりだね」

 部屋に入ってすぐ、蒼真がこちらを気遣うように声を掛けてくれた。
 昨夜も含め毎日こっそり会っているのに「久しぶりだね」と、平然と言ってのける蒼真に対し、千歳も不自然にならないよう会釈だけ返す。

「千歳、どうしたんだ? 寝ていなくて大丈夫なのかい?」
「いやね、なんで部屋から出てきたの。うつさないでよ」

 父は心配そうに、そして母は汚いものを見るように口元に手をあてこちらを一瞥してくる。

「千歳さんが、どうしても皆さんにお伝えしたいことがあるそうで、お連れいたしました」

 距離を空けていれば感染の心配はしなくて良いとの山城の意見から、千歳は山城の付き添いの元部屋のドアの前に椅子を置き話すことになった。

「千歳、話というのはいったいなあに?」
 紗江子が首を傾げ、蒼真の父と蒼真も千歳の言葉を待つように黙りこちらに視線を向ける。

「さあ、千歳さん。今、思っていることを言ってごらん」
 山城が千歳の肩にぽんと手を置き、そうせっついてくる。

(わたしが、今思っていること……)

 それを口にするのにはすごく勇気が必要だったけど。

「…………」
「…………」

 ちらりと視線をあげると、すぐに蒼真と目が合った。
 温かく自分を見守ってくれている眼差しを感じた瞬間、千歳は背中を押されるように自分の素直な気持ちを口にした。

「もう、体調は大丈夫です。わたしは、蒼真さまの花嫁になることを望みます」

「なっ!?」

 目を見開いて驚く紗江子に、状況が把握できなくて固まる山城、憤慨する母と反応は様々だった。

 龍泉家の当主は動揺も驚きも表情からは伺えず無言のまま。千歳たちの父はきょとんとしている。

「そんな嘘ついて、そうまでして花嫁の座を譲らないなんて! あんたは白波家の恥さらしだよ!」
「……嘘じゃないわ、母さま。わたし、ここ一週間、薬を断ってからとても調子がよくなったの」

 具合の悪いフリをやめた千歳は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
 支えがなくてもふらつくことのない千歳の姿に、山城と紗江子は息を飲んでいた。

「ど、どういうことだい? 山城先生の薬が効いたから調子がよくなったのなら分かるんだが」

 薬を断ったら治ったなどと言われ、父は困惑しているようだった。

「な、なにを言うんだ千歳さん。きみは毎日、ぼくの前でちゃんと薬を飲んでいたじゃないか!」
「そうよ、千歳。変なことを言ってみんなを混乱させないで」
「千歳が飲んでいたのは、オレが渡した解毒剤です」

 突然の蒼真からの言葉に、その場がしんと静まり返る。

 この一週間、千歳は蒼真に言われた通り山城からの薬を一切口にするのをやめていた。

 ――怖いかもしれないけど、オレを信じてほしい。

 あの時の蒼真からのお願いが、それだったからだ。

『しばらく山城からもらったものを口にするのをやめてほしいんだ。薬も飲んだフリをしてほしい』

 命綱だと思っていた薬を断つのは、千歳にとって不安もあったが、それでも蒼真を信じた結果体調はみるみるよくなっていき……そこで千歳は、自分が毒を飲まされていたのだと察した。

 ただ、急に元気になったら、もっと強い毒を飲まされる危険性もあったので、今日までずっと病気のフリをし続けていたのだ。

 飲んだフリをした薬は初日に蒼真にあずけ、その結果は聞くまでもない。

「千歳さんが飲まされていた薬の成分を調べさせてもらった。これがその証拠です」

 専門家が調べた薬の成分が記されている書類を掲げられては、もう山城も言い逃れできないだろう。

「オレの花嫁に毒の飲ませるなんて、愚かなことを」
「ひっ!」

 冷気でも放ちそうな蒼真の冷ややかな目と声音に、山城は震えあがり、他の者たちは困惑している。

「や、山城先生、なんで千歳に毒なんて……」

 なんて恐ろしい、そう言い紗江子は怯えた表情を浮かべていた。

「さ、紗江子さん、ぼくはっ」

 紗江子のその態度を見て、山城は一瞬だけ絶望した顔をみせたが……。

「ぼくは……自分で作った毒の効果を実験したくて、千歳さんを利用していました」

 そう告げた。

 連れていけと蒼真が目で合図を送ると、待機していた彼の側近が素早く山城を連行してゆく。

「山城先生が、まさかあんな人だったなんて軽蔑します」

 部屋に流れていた暫しの沈黙を破ったのは紗江子だった。

「ああ、千歳。病気じゃなかったのね、元気になって本当によかった」

 そうして、涙ながらに千歳に駆け寄り、紗江子は千歳を抱きしめようと手を広げたのだが。

「彼女に触らないでください」

 紗江子が千歳に触れる前に、蒼真は千歳を自分の方へと引き寄せた。