補欠の花嫁は許嫁の愛に気づかない

 千歳(ちとせ)には家の仕来たりにより決められた許嫁がいた。

 剛太郎という名の、十七歳の千歳より八つ年上で、ずんぐりとした目付きの悪い男だった。ついでに性格も悪い。

 初対面から偉そうで、こちらを見下しているような態度が酷かった。本当は千歳より姉の紗江子を嫁に望んでいたのにとデリカシーに欠ける言動を平気でしてくるぐらいだ。

 けれど反論も拒絶も千歳には許されない。家のため、耐え続けるしかないのだと思っていた。

 だが、そんなある日――転機は突然訪れた。

「今日からはオレが君の婚約者になりました。改めてよろしくお願いします、千歳さん」

「え?」

 柔和な笑みを浮かべる青年の言葉に千歳は目を丸くした。

蒼真(そうま)さま、冗談はよしてください」

 彼の名は龍泉蒼真といって許嫁であった剛太郎の弟だ。
 千歳とは顔見知り程度の間柄で、見かければ会釈をするかたまに軽く言葉を交わす程度の関係。軽口や冗談を言い合うような仲ではなかったので困惑しかない。

「冗談ではありませんよ。次期に正式な通達があると思いますが、その前に直接君に伝えておきたくて」
「…………」

 彼の言っていることは事実なのだろう。蒼真は剛太郎とは違って誠実。清廉潔白を絵に描いたような人なので、千歳をからかって遊ぶなんて真似するはずがない。

「驚かせてしまって、すみません」
「いえ……あの、ちなみに剛太郎さまとの婚約がなくなった理由って?」

 千歳の表情が陰る。

 それは決して剛太郎と結婚できなくなったことに対してではない。
 けれど龍泉家との結婚は、千歳の家である白波家にとっての悲願。千歳になにか問題があって次男の蒼真に変更になったとなれば、家族や親戚たちになにを言われるか……。

「君には酷な話しかもしれないけど、金と女性関係で……」

 剛太郎から愛情や誠実さなど微塵も感じたことがなかったので、その事実に衝撃を受けることはなかった。

 蒼真が気遣わしげに教えてくれた内容を要約すると、剛太郎は花街にいた贔屓の女性に溺れ駆け落ちを目論むも失敗。手を付けてはいけない金を横領していた事実まで発覚し、一族の恥さらしとして破門されたという結末のようだ。

「そうでしたか……」

「千歳さんにも色々と思うところはあるだろうけど、オレとの結婚を受け入れくれませんか?」

 優しげな口調の中に有無を言わせぬなにかが含まれている気がして、千歳は黙って小さく頷いた。

 龍泉家の花嫁は、決められた数家の中から神託で選ばれた家の娘がなる習わし。
 拒否権はないのだから受け入れるしかない。

(でも、わたしなんかでいいのかな……)

 正直、千歳にとって蒼真は眩しすぎて、目を細めたくなるような存在だった。

 紳士で爽やかで整った面差し。社交の場では、華族令嬢たちの憧れの的。
 本当に剛太郎と兄弟なのかと疑われるぐらい人間が出来た人なのだ……。

 それに比べて自分は……本来なら姉が嫁ぐべき龍泉家へ、やむを得ない事情で代わりに嫁ぐ事になった補欠の花嫁。

(卑屈になってはいけないけども……)

 他のご令嬢たちから、嫉妬の目を向けられるようになる気がした。
 今までも龍泉家に千歳じゃ不釣り合いなどと、心ない声を耳にすることがあったのに。

「千歳さん……すみません、突然オレが許嫁に変わってしまって」

「そ、そんなとんでもないです!」

 浮かない顔をしてしまったことで、この婚約が不服だと勘違いさせてしまったかもしれないと、千歳は慌てて否定する。

「蒼真さまは、わたしにはもったいないお相手です! わたしじゃ、申し訳ないぐらいで……」

「そんな風に言っていただけて嬉しいです。これから少しずつ、お互いのことを知っていきましょう」

 そう言って蒼真は、そっと労うように千歳の手を取ってくれた。真摯な眼差しで。

 おまえの姉の方がよかったと、開口一番に言ってきた剛太郎とは大違いだ。
 違いすぎてどう反応したら良いか、困るぐらいに……。

「こんなわたしでよろしければ、よろしくお願いします」

 控え目に答えた千歳へ微笑んでくれたその表情に、どきんと心臓が飛び跳ねる。

 まるで愛しい宝物のように見つけられた気がして……そんなこと、あるはずがないのに。