なつやすみのにっき

『なつやすみのにっき』
1ねん2くみ 太田大すけ

7月21日 はれ
きょうからなつやすみ。
あさ、ラジオたいそうにいった。
はんこをおしてもらった。
けんちゃんが、はんこぜんぶたまったらなにくれるの?ってきいた。
おかしだって。
せみがいっぱいいた。
けんちゃんは、せみをつかまえるのがうまい。
ぼくは3びきつかまえた。ぜんぶアブラゼミ。

7月22日 はれ
きょうは、プールにいった。
ゆうくんとリナちゃんもいた。
みんなでおよいだ。
ゆうくんは、もぐるのがとくい。
ぼくは、ひらおよぎできる。
リナちゃんは、かおをつけられないっていった。
でも、うきわでいっぱいあそんでた。
かえりにメロンかきごおりをたべた。
あたまがきーんってなった。

7月23日 くもり
きょうは、あっくんちにいって、けんちゃんとあっくんとゲームをした。
ぼくが2かいかった。
けんちゃんが「だいちゃんはゲームつよいな」っていった。
あっくんはまけておこった。
でも、すぐなおった。
あっくんのおかあさんがアイスをくれた。

7月24日 くもり
きょうはなにもしなかった。
ひるねをした。
ゆめをみたけど、わすれた。
ゆうくんすきなたべものは、
カレー、メロンパン、たこやき。
ゆうくんのきらいなたべものは、ピーマン。
ぼくはピーマンたべられる。

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 日記の各ページには、絵も添えられていた。
 鉛筆の下書き線に沿って、クレヨンで大雑把に色がつけられている。人物の顔には黒いクレヨンで大きな笑顔が描き足されており、太陽はオレンジ色のぐるぐる巻き。セミは人物よりも大きく描かれ、ゲーム機らしきものには十字キーとボタンが並んでいる。プールの水は印刷された枠からはみ出すほど勢いよく塗られていて、枠に収めようという気がまるでないようだった。
 どの絵も、楽しかった一日をそのまま紙にぶつけたような、子供らしいエネルギーに溢れていた。
「スマホが生活に入り込む前の小学生って感じですね。毎日律儀に書いてる」
 日記帳をめくりながら、懐かしそうに木田が言った。
「俺の夏休みの日記なんて、夕飯のメニューばっかりでしたよ。最終日にまとめて書いたから、それくらいしか思い出せなくて」
 夕飯のメニューは思い出せるんだなと思ったが、俺は黙っていた。
「仲良し五人組、って感じですね。楽しそうだなぁ」
「そう。書き手を入れて五人。だいたい出てくるのはこのメンバーだ。八月十日までは、とくに変なところはない」
「八月十日まで?」
「そこまでは飛ばしていい。八月十日から読んでくれ」
 木田は頷いて、ページを送った。

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8月10日 はれ
あしたはみんなでやまにいく。
ないしょのぼうけんだ。
たんけんたいだ。
けんちゃんが、おとなにはぜったいいっちゃだめっていった。
「だいちゃんは、ないしょにできる?」ってきかれた。
できるっていった。
リナちゃんが、4じまでにかえらないとおこられるっていった。
ゆうくんは、じゃあリナちゃんは4じまでねっていった。
むささびさまをいけないって、おかあさんはいってた。
でもあっくんが「おれたちは、たんけんたいだからいいんだよ」っていった。
ぼくもそうおもう。
あしたがたのしみ。

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 そのまま次のページに進もうとする木田の手を、俺は止めた。
「ここからなんだ」
「ここから? なにがですか?」
「四日、空いてる」
「四日?」
「次に書かれてるのは、八月十五日だ」
 木田が問いかけるようにこちらを見る。俺はそれには答えず、ゆっくりとページをめくった。
「……ここから、別人が書いたみたいになる」

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8月15日 きり
きょう、は、しろいとこ、にいる。
けんちゃん、が、いる
ゆうくんが、
あっくんが、いた
リナちゃん、が、いる。
みんな、いる、しろいとこ。
あたらしい、ともだ

8月16日 くらい
けんちゃん、の、すきなもの。
つち。つめたいつち。
みんな、さい
リナちゃんの、きらいな、もの。
うえにあるひかり

8月17日 くらい
リナちゃんとゆう、くんは、かわくと、うごけな
だから、みずをかけて、あげた。
リナちゃんは、

8月18日 つち
きょうは、みんな、で、
つちのなかは、もっと、すずしい。
ゆうくんは、もぐるのが、
ずっと、もぐってる。

8月19日 きり
あっくんに、はを、もらった。
あた、ら、しいともだち、

8月20日 あめ
だいちゃんの、かおが、すこし、ながく、なった。
わたしたちは、ともだちの、

8月21日 いたい
わたしたちは、みずが
うえにあるひかり、が、きらい、
ひかりが、いたい。
みんな、まってる

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 それが、最終ページだった。
 絵も、八月十日以前のものとは様変わりしていた。
 色調が暗い。黒と灰色がページの大部分を覆い、空も太陽もプールもセミも描かれていない。
 人物らしきものが五つ並んでいた。だが、これまでのような子供らしい絵ではなくなっている。輪郭は歪み、手足の長さもばらばらで、人間なのかどうかも定かでない。
 ただ──目だけが、妙にはっきりと描かれていた。顔の輪郭から飛び出しそうなほど大きい、白目のない真っ黒な目。それが、それぞれの顔に二つずつ。クレヨンを握って押し付けて描いただけの目なのに、妙に嫌な視線だ。
 五つの人物すべてがその目で、俺と木田を見ていた。
 そして……少し離れたところに六人目がいる。顔は、黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされている。
 手に入れてから何度も読み返した日記なのに、この絵を見るたびに背筋がぞわりとする。俺は思わず目を逸らした。
 最後のページまで読み終えても、木田はすぐに顔を上げなかった。日記を閉じることもせず、視線だけを落としたまま、動かない。
「……松平さん」
 いつもの軽さが、木田の声から消えていた。
「四日間の間に……なにが起きたんですかね、この子たちに」
「わからない」
「なんか……読んでるだけでぞわぞわしてきた」
 木田がネクタイを緩めた。それから何かを感じたのか、不安そうに背後を振り返り、またノートに視線を戻す。
「『顔が長くなった』とか『乾くと動けない』って……なんなんですかね、これ」
 深く息を吐いてから、昨夜気づいたことを口にした。
「書き方のほかにも、おかしいことがある」
「え……たとえば?」
「だいちゃんは、この日記の書き手だ。自分で書いているはずなんだ」
 木田はゆっくりと頷いた。
「なのに、山から帰ってきてから──彼は自分のことを『だいちゃん』って、別の人物から見てるみたいに書いてる」
 ごくりと唾を呑み込んで、木田はノートから指を離した。
「言われてみれば、一人称も、『ぼく』から『わたし』とか『わたしたち』になってますね」
「それに、この日を境に、友達の人数も増えているんだ」
 木田はもう一度日記を取り上げて、ページをめくった。
「どのページにも六人いますね。しかも、そのうち一人は必ず顔が黒く塗り潰されている……」
 俺は頷いた。「奇妙だろ?」
「八月十一日から十四日までの四日間……何があったんですかね」
「それを調べようと思ってる。記事にまとめたら、二分の一ページなんてケチくさいこと言わないよな?」
 俺がそうけしかけると、木田はふっと表情を引き締めた。さっきまでの不安そうな表情が薄れて、編集者の顔になる。
「……そうですね。日記がどれだけ掲載可能かによりますが……最低でも見開き二ページはもらえるよう編集長に掛け合ってみます。あと、俺も取材同行していいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「……それにしても、山で何があったんだろうな」
 木田は日記の最後のページを見つめたまま呟いた。それから顔を上げると、いつもの調子に戻って言った。
「俺、これからちょっと当たってみます。それじゃ松平さん、スケジュール調整してからまた連絡します」
 木田は最後に残ったマドレーヌをポケットに突っ込むと、ニッと笑って部屋をあとにした。