なつやすみのにっき

差出人:鳴海 吉彦 narumi.writer@*****.co.jp
宛先:松平洋司matsudaira01@*****.co.jp
日時:20██年XX月X日 22:48
件名:Re: Re: ██県██村についてお伺いしたいことがあります

松平くん

██村の隣村が消滅した経緯についての資料あった。
ただ、気持ちのいい話じゃない。
電話できる?

鳴海
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[通話録音データ]

 ああ、松平くん。
 いや、大丈夫だよ。ちょうど今、資料を読み込んでいたところだ。
 ……うん。いろいろわかったことがある。
 まず、村の名前は風咽村。風が咽び泣くと書く。
 由来は、山を吹き抜ける風の音らしいが、もともと土地が痩せていて貧しい村だったらしいから、裏の意味もあったんだろう。作物が育たず、腹を空かせた子供が咽び泣く──例えばだけど、そういう意味とか。
 風咽村は明治██年の大雪で廃村になった。それは郷土誌の記録通りだ。ただ、全滅した理由は大雪だけじゃない。
 ……ここからが、気持ちのいい話じゃなくなるんだけど、聞くかい?
 うん、まあそう言うだろうと思ったよ。
 その年、記録的な大雪に見舞われて、風咽村では食料が尽きた。村の男たちは家族に食わせるため、先祖代々受け継がれてきた家宝を持って山を下りることにしたらしい。根付や掛け軸、正絹の着物とか、売れそうなものはなんでも持って。
 ところが──脇街道へ出たところで、麓の集落の人間に止められた。通りたければ金を払え、とね。
 ああ、その村が、今君が調べている██村──集落ぐるみだったようだ。
 ██村の連中は、通行料だと言って、風咽村の男たちから家宝を巻き上げた。残ったのは、二束三文にもならないものばかり。結局、男たちはわずかな食料を手に村に戻った。
 そしてその冬、風咽村は全滅した。
 ……飢えと寒さで、子供から順に死んでいったそうだ。子供、年寄り、妻と一人ずつ看取り、最後に残った者たちも春を待たずに餓死したそうだ。
 雪解けのころ、いつものように村を回る行商人が風咽村に入った。村は静まり返っていた。馴染みの家の戸を開けたら、中には腐敗した遺体がいくつも転がっていたそうだよ。一部には齧られた痕跡があったらしい。……死後に動物にやられたんだと願いたいね。
 この話、██村の郷土誌には載っていない。当然だろうね、自分たちがその原因になったんだから。
 この記録の出どころかい? 私が見つけたのは、その行商人の家に残っていた日記だ。知り合いの郷土史家が、██地方の街道沿いの商家を調べていたときに発見した。
 帳簿には「風咽村、明治██年全滅、以後訪問中止」と書かれていて、日記には、今話したことが詳しく書かれていた。行商人は、村人が残した日記も見たらしい。最後の一人が死ぬ直前までの記録が、そこにあったと。……ああ、地獄絵図だったんだろうな。
 それで██村では、風咽村のことを記録から消した。名前も、場所も、全部だ。「東の山には近づくな」という言い伝えだけを残してね。
 その後、何人かの村人が行方不明になった。みんな「山へ行く」と言ったまま戻らなかったから、風咽村の呪いじゃないかと噂された。それで、昭和期に風咽村への山道の入り口に地蔵を立てたらしい。
 飢えて死んだ人たちの供養のためだと言われているが、本当のところは、地蔵を越えるな──つまり、「ここから先入るべからず」という印だったんだろう。
 地蔵の名前? 当時は「(むせび)地蔵」と呼ばれていたらしいが、今はなんと呼ばれているかは分からんよ。

 で、松平くん。君は██村で何を見たんだい?
 ……いや、答えなくていい。ただ、これは因習村ムックなんかとは違うってことだけは理解しておいたほうがいい。
 今日は子供、明日は妻──そんなふうに愛するものを看取らなければならなかった者たちが、どれほどの思いを抱えて死んでいったか。恨まないほうがおかしいだろう。
 ……ところで松平くん。君……話し方が変わったね。
 前に会ったときは、もう少し抑揚があった気がするんだが。
 ……いや、気のせいならいいんだ。
 とにかく、深入りしすぎるなよ。

(録音終了)