[インタビュー 白井良子さん]
白井良子といいます。
あの、その前に、最初に確認させてもらいたいんですが。……お金のことなんですが、現金でいただけるんですよね? 振り込みだと、ちょっと口座が……。いえ、なんでもないです。一応、ハンコも持ってきました。……はい、それでいいです。ありがとうございます。
██村でのことを、お話しすればいいんですね。はい、謝礼がいただけるのであれば、なんでも。
私は隣の市出身です。小さいころからずっと学校の先生になりたくて、県の正規教員に採用されて、あの村立小学校に赴任したんです。教師になって、初めて受け持ったクラスでした。
あの五人は──ええ、とても仲のいい子たちでしたよ。休み時間になると、いつも五人でボール遊びとか鉄棒とかしていて、微笑ましいなと思っていました。こんなにのんびりした██村の小学校に赴任できて、本当によかったって。
……今思うと、ハズレくじ引いちゃったなって思いますけどね。あーあ、私の幸せな教師生活って、ほんの一瞬だった。
夏休みに五人で山に入って、あの子だけが戻ってきたんです。山の入り口の近く、ムササビ地蔵があるあたり。裸足で歩いているところを発見されたらしいです。──ええ、私も赴任したとき最初に言われました。ムササビ地蔵を絶対に越えるなって。村の人間であそこに近づく者はいないから、先生も、くれぐれも覚えておくようにって。……名前は可愛いんですけどね(笑)。
そうですね……五人がいなくなったときは、私も胸が引き裂かれるような思いで無事を祈っていたので。だから大輔くんだけでも帰ってきてくれてよかったって、涙が止まりませんでしたよ。あのときは。ええ……ふふふ、嘘じゃないですよ(笑)。
二学期が始まって、あの子は学校に来ました。
最初は普通に見えました。子供ながらに無理しているのかもと思ったんです。だって、あんなに仲が良かった友達がいっぺんにいなくなったら普通はショックでしょ? しばらくは過度に干渉せず、静かに見守ってあげようと思っていました。
でも、だんだんおかしくなっていったんです。
最初に気づいたのは、笑顔でした。
話しかけると、笑うんです。ニタァって。
以前の大輔くんみたいな、はにかんだ笑顔じゃない。口だけ笑っていて、目は笑っていない。私には理解できない何かを、心の底から楽しんでいるような顔。
ブログ見たんですよね? あれを書いたとき、すごいぴったりな表現見つけたなって思ったんですよ。そう、気持ちの悪いゴムマスク。ほら、ハロウィンのときにみんな被ってるようなやつ、あるじゃないですか。目のところに穴が空いていて、その奥には何もない。あの子の目は、あの空洞の目と同じでした。……ああ、今またゾワっとした。忘れようとしてたのに。
それから、話し方も変わってました。抑揚がないっていうか、何を話していても感情が込められていない。ナビが「ETCカードが挿入されました」って言うときくらい平べったい(笑)。
しばらくして、休み時間には誰も使わない空き教室にこもるようになりました。電気もつけずに、薄暗い教室の隅で一人泥人形を作っているんです。床に直接、土と水をぶちまけて、素手でこねていました。
泥人形は六体。横一列に並べて、乾かないようにジョウロで水をかけてあげている。
「上の光が悪さをしてみんなをダメにするから、水をあげないと」
そう言って、またあの顔でニタァと笑うんです。
絵を書かせても、必ず六人の人物を描いて、「これはゆうくん、これはリナちゃん」って、行方不明になった子たちの名前を挙げながら説明するんです。自分のことも、「これはだいちゃん」って、名前で呼んでいました。……ええ、まるで別の人間みたいに。
そして必ず、六人目の顔がないんです。絵なら黒いクレヨンで塗りつぶす。泥人形なら、顔の部分だけカッターでめちゃくちゃに削り取る。
その人物のことを聞いても、教えてくれません。あの感情の読み取れないゴムマスクの目で、ニタァって笑うだけ。
ある日、私は勇気を出して聞いてみました。六人目を指さして、「この人は、山にいた人?」って。
またあの顔で笑うのかと身構えたんですが、あの子は空洞の目を大きく見開きながら、口元だけで小さく笑って言いました。
「先生も、もうすぐだよ」って。
あの、瞳孔が開き切った目……。思い出すと──。
(録音中断)
……すみません。
すみません、すみません。
取り乱して。
(沈黙)
──それから、親御さんがあの子を学校に来させなくなりました。理由は聞いていません。でも私にはわかりました。
戻ってきた子……あれは、大輔くんじゃなかった。
大輔くんの形をした、別のなにかだった。
でも先生って立場だと、あれを受け入れなきゃいけない。
きっと親御さんもそうだったんでしょうね。いえ、私より酷い状態ですよ。我が子の形をした別の何かと、ひとつ屋根の下で暮らさなければならないんだから。あはは、私の方がまだマシだったってわけ。
で、「もうすぐだよ」って言われてから、夢を見るようになっちゃったんですよ。
暗くて、狭くて、湿った場所。濃い土の匂い。決まって、遠くで甲高い子供たちの声がするんです。
笑ってるのか歌ってるのかわからない……森の中で木霊するような気味の悪い声。それが耳を塞いでも聞こえてきて、もう気が狂いそうになる(笑)。
目が覚めると、口の中に土の味が残ってい……。
……すみません、これ以上は、ちょっと。
(録音中断)
……学期の途中でしたが、私は教師を辞めました。
それからはいろんな仕事をしましたよ、生きていくためにね。
でも、あの夢は私をどこまでも追いかけてきて、何しても長続きしませんでした。眠れない日が続くと仕事にならなくて、すぐにやる気がないって言われる。
アフィリエイトブログを始めたのも……ええ、そうです。定職に就けないから、どうにかして収入を得たいと思って。
でも、まあ、これもうまくいかなくて(笑)。ブログで稼ぐのも無理だと悟って……もうこれは山に呼ばれているんだって認めたんですよ。だから八年前の秋、行きました。██村へ、ひとりで。
確かにね(笑)。今思うと正常な精神状態なんかじゃなかった。だけどそのときは、楽になる方法は██村に戻って山に入ることだと、本気でそう思ってたんですよ。ねえ、面白いでしょ? 笑うところですよ、ここ(笑)。
そしたら偶然登山者がいて、私はすんでのところで山に入るのを免れたんです。運命ってあるんだなぁって思いました。ふふ、ふ、あ、あは、あはははは。
(大笑いする声がしばらく続く)
……ああ、おかしい。でもね、そうなの。私にとっても登山者さんにとっても、運命だったんです、あれは。
あのとき山に入っていたら、私はどうなっていたんでしょう、そんなことわかりませんよねぇ。あのとき出会った登山者さんには、いくら感謝してもしたりないですよ。
え? 日記ですか?
ああ……そういえば、そんなものも作ってましたね。確か、表紙と、日記を書くページを手書きして印刷して、ホチキスで綴じただけの簡単なものです。文字でも絵でも、好きなやり方で書いてと伝えて。
私ね、ほんとうは──そういう柔軟な教師になりたいと思ってたんすよ。いろんな子の個性を見つけて、伸ばしてあげられるような。ええ、高い志を持ってたんですよ。今はこんなですけどね。
あの子の日記ですか? ……見た覚えがないから、提出してもらってないと思います。あんなことがあった後ですから、とても「宿題は?」なんて言える状態じゃないですし。あの状況でそんなこと言ったら、ふふ、逆に笑えますよねぇ、あは、あはははは……ああおかしい。
……あの、これでいいですか?
約束の謝礼、今日もらえるんですよね? あと……いっぱい注文しちゃったけど、ここの飲食代も払ってもらえるんですよね?
白井良子といいます。
あの、その前に、最初に確認させてもらいたいんですが。……お金のことなんですが、現金でいただけるんですよね? 振り込みだと、ちょっと口座が……。いえ、なんでもないです。一応、ハンコも持ってきました。……はい、それでいいです。ありがとうございます。
██村でのことを、お話しすればいいんですね。はい、謝礼がいただけるのであれば、なんでも。
私は隣の市出身です。小さいころからずっと学校の先生になりたくて、県の正規教員に採用されて、あの村立小学校に赴任したんです。教師になって、初めて受け持ったクラスでした。
あの五人は──ええ、とても仲のいい子たちでしたよ。休み時間になると、いつも五人でボール遊びとか鉄棒とかしていて、微笑ましいなと思っていました。こんなにのんびりした██村の小学校に赴任できて、本当によかったって。
……今思うと、ハズレくじ引いちゃったなって思いますけどね。あーあ、私の幸せな教師生活って、ほんの一瞬だった。
夏休みに五人で山に入って、あの子だけが戻ってきたんです。山の入り口の近く、ムササビ地蔵があるあたり。裸足で歩いているところを発見されたらしいです。──ええ、私も赴任したとき最初に言われました。ムササビ地蔵を絶対に越えるなって。村の人間であそこに近づく者はいないから、先生も、くれぐれも覚えておくようにって。……名前は可愛いんですけどね(笑)。
そうですね……五人がいなくなったときは、私も胸が引き裂かれるような思いで無事を祈っていたので。だから大輔くんだけでも帰ってきてくれてよかったって、涙が止まりませんでしたよ。あのときは。ええ……ふふふ、嘘じゃないですよ(笑)。
二学期が始まって、あの子は学校に来ました。
最初は普通に見えました。子供ながらに無理しているのかもと思ったんです。だって、あんなに仲が良かった友達がいっぺんにいなくなったら普通はショックでしょ? しばらくは過度に干渉せず、静かに見守ってあげようと思っていました。
でも、だんだんおかしくなっていったんです。
最初に気づいたのは、笑顔でした。
話しかけると、笑うんです。ニタァって。
以前の大輔くんみたいな、はにかんだ笑顔じゃない。口だけ笑っていて、目は笑っていない。私には理解できない何かを、心の底から楽しんでいるような顔。
ブログ見たんですよね? あれを書いたとき、すごいぴったりな表現見つけたなって思ったんですよ。そう、気持ちの悪いゴムマスク。ほら、ハロウィンのときにみんな被ってるようなやつ、あるじゃないですか。目のところに穴が空いていて、その奥には何もない。あの子の目は、あの空洞の目と同じでした。……ああ、今またゾワっとした。忘れようとしてたのに。
それから、話し方も変わってました。抑揚がないっていうか、何を話していても感情が込められていない。ナビが「ETCカードが挿入されました」って言うときくらい平べったい(笑)。
しばらくして、休み時間には誰も使わない空き教室にこもるようになりました。電気もつけずに、薄暗い教室の隅で一人泥人形を作っているんです。床に直接、土と水をぶちまけて、素手でこねていました。
泥人形は六体。横一列に並べて、乾かないようにジョウロで水をかけてあげている。
「上の光が悪さをしてみんなをダメにするから、水をあげないと」
そう言って、またあの顔でニタァと笑うんです。
絵を書かせても、必ず六人の人物を描いて、「これはゆうくん、これはリナちゃん」って、行方不明になった子たちの名前を挙げながら説明するんです。自分のことも、「これはだいちゃん」って、名前で呼んでいました。……ええ、まるで別の人間みたいに。
そして必ず、六人目の顔がないんです。絵なら黒いクレヨンで塗りつぶす。泥人形なら、顔の部分だけカッターでめちゃくちゃに削り取る。
その人物のことを聞いても、教えてくれません。あの感情の読み取れないゴムマスクの目で、ニタァって笑うだけ。
ある日、私は勇気を出して聞いてみました。六人目を指さして、「この人は、山にいた人?」って。
またあの顔で笑うのかと身構えたんですが、あの子は空洞の目を大きく見開きながら、口元だけで小さく笑って言いました。
「先生も、もうすぐだよ」って。
あの、瞳孔が開き切った目……。思い出すと──。
(録音中断)
……すみません。
すみません、すみません。
取り乱して。
(沈黙)
──それから、親御さんがあの子を学校に来させなくなりました。理由は聞いていません。でも私にはわかりました。
戻ってきた子……あれは、大輔くんじゃなかった。
大輔くんの形をした、別のなにかだった。
でも先生って立場だと、あれを受け入れなきゃいけない。
きっと親御さんもそうだったんでしょうね。いえ、私より酷い状態ですよ。我が子の形をした別の何かと、ひとつ屋根の下で暮らさなければならないんだから。あはは、私の方がまだマシだったってわけ。
で、「もうすぐだよ」って言われてから、夢を見るようになっちゃったんですよ。
暗くて、狭くて、湿った場所。濃い土の匂い。決まって、遠くで甲高い子供たちの声がするんです。
笑ってるのか歌ってるのかわからない……森の中で木霊するような気味の悪い声。それが耳を塞いでも聞こえてきて、もう気が狂いそうになる(笑)。
目が覚めると、口の中に土の味が残ってい……。
……すみません、これ以上は、ちょっと。
(録音中断)
……学期の途中でしたが、私は教師を辞めました。
それからはいろんな仕事をしましたよ、生きていくためにね。
でも、あの夢は私をどこまでも追いかけてきて、何しても長続きしませんでした。眠れない日が続くと仕事にならなくて、すぐにやる気がないって言われる。
アフィリエイトブログを始めたのも……ええ、そうです。定職に就けないから、どうにかして収入を得たいと思って。
でも、まあ、これもうまくいかなくて(笑)。ブログで稼ぐのも無理だと悟って……もうこれは山に呼ばれているんだって認めたんですよ。だから八年前の秋、行きました。██村へ、ひとりで。
確かにね(笑)。今思うと正常な精神状態なんかじゃなかった。だけどそのときは、楽になる方法は██村に戻って山に入ることだと、本気でそう思ってたんですよ。ねえ、面白いでしょ? 笑うところですよ、ここ(笑)。
そしたら偶然登山者がいて、私はすんでのところで山に入るのを免れたんです。運命ってあるんだなぁって思いました。ふふ、ふ、あ、あは、あはははは。
(大笑いする声がしばらく続く)
……ああ、おかしい。でもね、そうなの。私にとっても登山者さんにとっても、運命だったんです、あれは。
あのとき山に入っていたら、私はどうなっていたんでしょう、そんなことわかりませんよねぇ。あのとき出会った登山者さんには、いくら感謝してもしたりないですよ。
え? 日記ですか?
ああ……そういえば、そんなものも作ってましたね。確か、表紙と、日記を書くページを手書きして印刷して、ホチキスで綴じただけの簡単なものです。文字でも絵でも、好きなやり方で書いてと伝えて。
私ね、ほんとうは──そういう柔軟な教師になりたいと思ってたんすよ。いろんな子の個性を見つけて、伸ばしてあげられるような。ええ、高い志を持ってたんですよ。今はこんなですけどね。
あの子の日記ですか? ……見た覚えがないから、提出してもらってないと思います。あんなことがあった後ですから、とても「宿題は?」なんて言える状態じゃないですし。あの状況でそんなこと言ったら、ふふ、逆に笑えますよねぇ、あは、あはははは……ああおかしい。
……あの、これでいいですか?
約束の謝礼、今日もらえるんですよね? あと……いっぱい注文しちゃったけど、ここの飲食代も払ってもらえるんですよね?
