週刊レビスタ 20██年██月██日号より
隣の廃墟 第16回
「首吊りの木からカラスが見下ろす廃温泉」
文・写真 松平洋司
Z県の山間の集落。国道から脇道に逸れてしばらく走ると、道は急に細くなり、やがて完全に塞がれた。仕方なく車を降りて歩くこと10分、木々の間に、朽ちた二階建ての建物が姿を現した。
鉄筋コンクリートの外壁には無数のヒビが入り、一部は剥がれ落ちて下地が露出している。大きな間口の玄関の上には、かつて金属文字の宿名が掲げられていたらしき痕跡があった。目を凝らすと「X温泉K荘」と読めた。
玄関脇の歓迎看板は真ん中から割れ、意味不明の文字や記号がいくつも黒いスプレーで殴り書きされていた。
建物の周囲を一周する。建物の最奥は浴場だったようで、割れたガラスの間から中の様子をうかがうことができた。
広々としたタイル張りの浴槽の中央には、岩山を模した造形物が据えられている。壁には玄関同様、落書きが書かれていた。その中で、「首吊りの木に近づくな」という文字だけがやけにはっきりと見てとれた。
ふと気配を感じ、振り返る。背後の木にカラスが一羽止まり、私を見下ろしていた。
居心地の悪さを覚え、来た道を引き返す。車で近くの集落へ降りると、犬を散歩させていた男性がいた。
「俺が子供の頃、この温泉は県外からも湯治客が訪れるほど賑わってたんだ」
温泉についていくつか質問をすると、男性は誇らしげに語ってくれた。
K荘について切り出してみた。さっきまで饒舌だった男性の口が急に重くなる。食い下がると、ぽつぽつと話してくれた。
K荘は、この温泉地ではとくに人気の旅館だった。だがある日、宿泊客の一人が宿の裏手の木にロープをかけ、首を吊った。それ以降客足は途絶え、やがてオーナー一家も姿を消したらしい。
男性は「噂だけど」と前置きをしてから声をひそめ、さらに衝撃的なことを教えてくれた。
「あの廃墟には、あんまり近づかない方がいいよ。首を吊ったっていうのも、実は一人じゃなかったって話もあるし」
あのカラスが止まっていた木は、はたして首吊りの木だったのだろうか……。今となっては知る由もない。
取材後記:
帰り道、別の場所で、少し奇妙な廃屋を見つけた。廃墟サイトにも情報は見当たらない。次回、詳しく取り上げたい。
※本連載の取材あたっては法律・ルールを順守し、立ち入り禁止区域には入っていません。
※廃墟への無断侵入は犯罪行為です。読者の皆様は絶対に真似しないでください。
隣の廃墟 第16回
「首吊りの木からカラスが見下ろす廃温泉」
文・写真 松平洋司
Z県の山間の集落。国道から脇道に逸れてしばらく走ると、道は急に細くなり、やがて完全に塞がれた。仕方なく車を降りて歩くこと10分、木々の間に、朽ちた二階建ての建物が姿を現した。
鉄筋コンクリートの外壁には無数のヒビが入り、一部は剥がれ落ちて下地が露出している。大きな間口の玄関の上には、かつて金属文字の宿名が掲げられていたらしき痕跡があった。目を凝らすと「X温泉K荘」と読めた。
玄関脇の歓迎看板は真ん中から割れ、意味不明の文字や記号がいくつも黒いスプレーで殴り書きされていた。
建物の周囲を一周する。建物の最奥は浴場だったようで、割れたガラスの間から中の様子をうかがうことができた。
広々としたタイル張りの浴槽の中央には、岩山を模した造形物が据えられている。壁には玄関同様、落書きが書かれていた。その中で、「首吊りの木に近づくな」という文字だけがやけにはっきりと見てとれた。
ふと気配を感じ、振り返る。背後の木にカラスが一羽止まり、私を見下ろしていた。
居心地の悪さを覚え、来た道を引き返す。車で近くの集落へ降りると、犬を散歩させていた男性がいた。
「俺が子供の頃、この温泉は県外からも湯治客が訪れるほど賑わってたんだ」
温泉についていくつか質問をすると、男性は誇らしげに語ってくれた。
K荘について切り出してみた。さっきまで饒舌だった男性の口が急に重くなる。食い下がると、ぽつぽつと話してくれた。
K荘は、この温泉地ではとくに人気の旅館だった。だがある日、宿泊客の一人が宿の裏手の木にロープをかけ、首を吊った。それ以降客足は途絶え、やがてオーナー一家も姿を消したらしい。
男性は「噂だけど」と前置きをしてから声をひそめ、さらに衝撃的なことを教えてくれた。
「あの廃墟には、あんまり近づかない方がいいよ。首を吊ったっていうのも、実は一人じゃなかったって話もあるし」
あのカラスが止まっていた木は、はたして首吊りの木だったのだろうか……。今となっては知る由もない。
取材後記:
帰り道、別の場所で、少し奇妙な廃屋を見つけた。廃墟サイトにも情報は見当たらない。次回、詳しく取り上げたい。
※本連載の取材あたっては法律・ルールを順守し、立ち入り禁止区域には入っていません。
※廃墟への無断侵入は犯罪行為です。読者の皆様は絶対に真似しないでください。
